十年待ってチートスキルを解放したら魔法少女になった件

りょう

第6話因縁の龍

 十年ぶりの食事を終え、腹休めも終えた俺達は、改めて旅団の人達と一緒に王都へ向けて山越えを再開した。

「ねえテツヤ」

 その道中、ピリスが小声で俺に話しかけてきた。

「何?」

「すっかり旅団の人にテツコって名前が定着してるけど、気持ち悪くないの?」

「それを定着させたのはどこの誰かな?」

 ピリスの耳を引っ張る。恐らくこいつが俺を散々テツ子とか呼んでいたから、それが定着してしまったのだろう。しかもこいつに至っては、若干ながら皆とイントネーションが違う。
 彼女の呼び方だと、どこかの部屋が始まりそうだ。

 ルールル ルルル

 そんな幻聴も聞こえてきそうなそんな感じだ。

「そういうテツヤだって満更でもなさそうじゃない。いつの間にか一人称も変わってるし」

「……これでも恥ずかしいんだよ」

「照れちゃってぇ」

「王都に行ったら覚えてろよな」

 こんなくだらないやり取りをしながらも、俺達は順調に山を登り、日が暮れる頃には折り返し地点に到着し、今日はそこでキャンプをする事になった。

「二度手間をかけさせてごめんなさい。私が倒れたばかりに」

「いいんですよ、困った時はお互い様ですから」

「本当に何から何まですいません」

 この旅団の団長のクルルさんはとても世話焼な人で、ここまで登ってくる間も何度も気にかけてくれたり、団長としての資質をいかんなく発揮してくれた。
 本人はすごく謙遜していたけれど、彼女は素晴らしい人間だと思う。

「さてと、明日も朝早いですし、そろそろ寝ましょうか」

 そんな彼女が全員に向けて言う。焚き火を消して、俺達はそれぞれの寝床に入るのだが、

「私真ん中で寝たいー」

「わ、わたくしこそ真ん中で寝るのに相応しいんです!」

「子供があんたらは」

 何故かピリスとシーラが寝る場所を決めるのに争っていて、俺はすぐには眠れなかった。結局間をとって俺が真ん中で(勝手に)寝たことで、終止符が打たれたが、俺達の夜はまだ終わりではなかった。

 ◇
 それは全員が寝静まった頃のこと。

「こんな時間に何をしているんですか? クルルさん」

「え、あ、テツコさんでしたか」

 外で誰かが動いた音が気になり、目を覚ましてしまった俺が外に出ると、クルルさんが一人で何かをしていた。
 その手には魔法使いには不似合いのナイフ。そしてもう片方の手に持っているのはーー。

「クルルさん、それは」

 だが俺がそれに対して言葉を言う前に、彼女は俺にナイフを突きつけてきた。

「っ!?」

「動かないでください、動いたら刺しますよ?」

「どうして」

「分からないんですか? あなたは今見てはいけないものを見ている事を」

「見てはいけないもの?」

 彼女の片手に握られているのは、血が付いた何か。でもそれが何なのかは俺には見分けがつかない。そして何故それが、見てはいけないものなのかも分からなかった。

「何て冗談ですよ、冗談」

 考えを巡らせているとナイフを捨て、クルルさんは笑いながらそう言った。

「冗談って、じゃあそれは」

「これは形見なんですよ、私の親友の」

「形見?」

 その形見とナイフで彼女は一体何をしていたのだろうか、と疑問に思ったのもつかの間、静かな夜を引き裂くように山に咆哮が響き渡った。

「きゃあ」

 突然の事に耳を塞ぐクルルさん。だけど俺は違った。

「この咆哮ーー」

 記憶が蘇る。まだ俺が駆け出しの冒険者で、到底魔王には及ばないと思っていたあの頃の記憶。

「まだ、いたんだ」

「テツコさん?」

「ごめんなさいクルルさん、すぐに戻ります!」

 俺は気がつけば走り出していた。まだ動きが慣れないこの体。あの時もこんな感じだったのを二十年近く経っても、覚えている。
 いや、忘れてはいけないのだ。

(あの咆哮は間違いなく奴だ)

 この山脈に突如として現れる黒龍。俺は運悪くそいつと一度、いやこれまで何度も出会ってきた。けど、傷をつけるのが精一杯で、平和になった世界でも唯一の脅威だった。

(初めてあいつと戦った時俺は……)

 色々思い返していると、俺の目の前に漆黒の翼をはためかせた黒龍が立ちはだかった。今の俺が適う相手ではないのは分かっている。けど、この山脈を越えるには、奴を退かなければならない。

 そう、退ければいいんだ。

「向こうは俺を認識しているわけないよな……。でも、あの時の借りはここで」

 俺は今頭の中で考えられる最大級の魔法を心で唱える。すると数秒もしないうちに、黒龍目掛けて氷の塊が郡となって降り注いだ。
 RPGの鉄板、龍は氷か水に弱い。
 こいつに至っては、それが効き目があるのかは分からない。けど、最大威力のこの魔法ならば。

 氷の上級魔法"アイスメテオ"

 その塊は龍を凍りつかせ、動きを鈍らせる。

「やっぱり効果ありか。なら」

 俺はエルフの森で使った原理で、魔法を使って空へと飛ぶ。今の魔法で怯んだ今なら、奴の顔面にこの魔法を。
 だが次の瞬間、怯んだはずの龍の顔がこちらを向き、俺に目掛けて炎を吐いた。

「なっ」

 俺はもう一度魔法を発動させ、更に高く飛び辛うじてそれを避ける。だがすぐさま、次の炎を吐こうと、俺に顔を向けた。

「マズイ」

 これを食らったら、一発で焼け死にだ。

(くそ、俺はまた)

「テツコ!」

 だが炎が吐かれる直前、龍の目を鋭い矢が射抜いた。

「シーラ!」

 目をやられた事により黒龍は咆哮を上げながら、首を縦に横に揺らす。

(今がチャンスかもしれない)

 俺は手に魔法を宿らせる。作り出したのは雷の槍。俺はそれを龍の顔面に向けて突き刺した。

「よし」

「テツコ、危ないからすぐ逃げてください!」

「分かってる!」

 刺さったのを確認すると、龍の頭を使って俺は地面に着地した。それとほぼ同じタイミングで、旅団の人達とピリスが俺達の元にやってきた。

「すごいですテツコさん、あの龍を一人で」

「長居は危険です。早くここを越えて山を降りましょう!」

 シーラの指示で俺達は上手く龍の下を掻い潜り、山脈の下の道へと進んでいく。丁度あの黒龍がいた場所がこの山の頂上だったという事か。

「テツヤ、大丈夫ですか?」

 皆で山を降りていく途中シーラが小声で話しかけてきた。

「怪我はないよ」

「いえ、わたくしが心配しているのは」

「そっちもーー大丈夫かな」

 二つの意味で心配してくれたシーラに俺はそう答えた。でもほんの少しだけ大丈夫ではなかった。あの龍がまだこの世界にいるって考えると、因縁は終わってない事になる。

(俺はまだあいつに勝てないのか)

 いつか終わらさなければならない、黒龍との因縁。いつか決着をつけないと、いつまでも報われない人間がいる。
 俺が初めてあいつと対決した時に、助けてくれたあの人に。

(ヒュウイさん……。また俺は逃げてしまいました、すいません)

 王都への道のりは、間も無く終着を迎える。

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