職に恵まれた少年は世界を無双する

雹月 庵

新たなる出会い

森の中は静寂に包まれていた。早朝だからか、魔物の動きは少ない。俺を見つけた魔物もいたが、俺に敵意が感じられないのかやる気がないのか、どこかに去っていってしまった。俺の前にいる、このどでかい狼以外は。
グルルルルッッッッッッ!!!
とても低い声で、長く、怯ませるように威嚇してくる。…この狼は俺の知ってる狼とは程遠いな。毛は、灰色ではなく闇を連想させる深い黒、目は紅く、今まで人を何人も殺してきたかの如く、鋭い目つきをしている。
率直に言おう。こいつはカッコイイ!人三人分乗りそうな巨体にこのビジュアル。テイムしない他ないぞ。……テイムか…テイムしたいんだが、どうやるんだ?魔導書貰ったし、それ読んでからやるか。こいつは待ってくれるわけないし、地面とくっつけさせとくか。ただ、くっつけさせるだけだと何してくるかわからないから魔力吸収でも仕組んどくか。魔法はイメージの具現化だと漫画に書いてあった覚えがある。魔力吸収、拘束を付与すれば…。
「……!?」
詠唱をしなくても、イメージだけで効果が発揮された!?
これは大発見だ。相手に技を塞がれるのを防ぐことができるかもしれない。覚えておこう、無詠唱は必須と。

さて、どうするか。どうやら、テイムするには体力をギリギリまで削らなければいけないらしい。俺は加減が難しい。まぁ、こいつは『鑑定』で見る限り、魔狼王ウルファーと言って、ペトロウルフの王的存在らしい。魔法の1発や2発では死ななさそうだが、念には念を、だ。蝋燭に火を灯すイメージで火球を飛ばす。……あまりダメージは入っていないようだ。次は、高威力の炎をガスバーナーのように一瞬だけ勢いよく噴射させる。
グ……ルルルゥ
お、いい感じじゃないか?よし、このままテイムしよう。
ピロンッ
「うわっ!」
いきなり目の前にステータスが出てきた。えーと、魔狼王をテイムしました。テイムすると、使役者の魔力を使って回復するようだ。
「これでいいのか、案外簡単だったな。」
新たに『意思疎通』というテイムした魔物と会話できるスキルも手に入れたようだ。
「おはようございます、我が主様。早速の要求で申し訳ないですが、拘束をお外し下さい。」
この堅苦しい感じ…キャラ被ってね?物語のお約束を完全無視だな。ただ、メスということに驚きだが。
「お、おぉ、そうだな。名前を付けたいんだがいいか?」
「名前を下さるのですか?名付けとは本来、難しいものなのですよ?魔物が持っている魔力量より多くなければ、魔力欠陥症になります。それだけではございません。魔力というものは大変不安定です。それ故に、名前を刻むには集中力と気力が必要になってきます。」
そんな重大な事があったとは知りもしなかった。地球では誰でも名前やあだ名は付けることができるし、魔力なんてのも無かった。俺なら出来るだろうけど。
「分かった。拘束は解くが、静かにしていてくれよ。」
右手を魔狼王に当て、魔法陣を展開させていく。その魔法陣に名前を刻み、身体に埋め込むイメージで染み込ませる。………これで終わりらしい。
「素敵な名前をありがとうございます、主様!」
先程までの真面目そうな顔と声音はどこへいったのだろう。今はとてもおてんば娘のような雰囲気を漂わせている。
「気に入ってくれて何よりだ。これからよろしく、リュヌ。」
リュヌ……これはフランス語で月を表す。狼と言ったら月、地球では当たり前のような連想だ。
「俺は海希だ、これからよろしく。」
そう言って、右手を差し出すとリュヌは前足ではなく、顔を乗せてきた。……カワイイ、癒されるな。
「…嫌だったらやめるけど、これからカッキーって呼んでもいい!?」
カッキー!?呼ばれたことないぞ!恥ずかしいから断ろうと思っているのだが……さぁどうするか。

10分後
悩みに悩んだ結果、時間が経つにつれて、目をキラキラと輝かせていって断りにくい状況になってしまった。これは断れない。仕方ないか。
「ゔ~ん、まぁいいぞ。」
先ほどまでの堅苦しさはどこへいったのだろう。クロエとは全く違うな。
不本意ながらの了承に、少し不満げに突っ立っていると、ガサガサと音がした。戦闘態勢をとったが、それは人だった。至って普通の一般人。こちらに目を向けると。
「お、おいアンタ!早く逃げろ!魔狼王ウルファーに喰われるぞ!」
その人の叫びから、一時の沈黙を経て、何も反応しなかった俺に後ずさりしながら言い放った。
「なんで逃げないんだよ!俺は知らないからな!」
……なんというか、嵐のような奴だったな。
「あの人間、めっちゃ失礼だよ!!私のような高貴な狼は人なんか食べないのに!」
リュヌがぷんぷんと怒っている。これはいいことを聞いた。これから一緒に旅をする以上、人間が食糧だと色々とキツイからな。
「じゃあ、リュヌは何を食べるんだ?」
リュヌは少し悩んだ様子を見せて、意外な答えを言った。
「私はねぇ、あんまり肉は好きじゃないんだぁ。人間には毒なんだけど、ポライズの実が大好きなの!」
ポライズ?聞いたことのない食べ物だな。
「ポライズの実ってなんだ?毒がある以上、美味しそうには聞こえないんだが。」
「ポライズの実っていうのはね、紫色をしていて噛むと、ピカーって光り輝くの!ただ、ポライズって標高が高い所に繁殖するの。狼は空気に弱くてあまり取りに行けないんだ。あとあと、それを守護する妖精巨人エレメンタリーゴーレムが超強いの。物理も魔法も効きにくくって。でもね!味はすっごく美味しいの!食べてみてよ!…あっ、カッキー死んじゃうね!」
あまりにもにこやかに最後のあの言葉を言うもんだから、少し恐怖を感じた。
……俺、いつか無意識に殺されるんじゃないかなぁ。
そういえば、対抗戦の時間やばくね。
「リュヌ、俺を乗せて指定した所まで頼む!」
リュヌは初仕事を貰って嬉しいのか尻尾をぶんぶん上下に激しく振って。
「がってん承知!カッキーのために頑張る!」
…………がってん承知?随分古く感じるな。右折左折を指示してようやくリンネがいる所まで戻ってきた。街ゆく人々がリュヌを見て驚いている。中には、恐怖で腰が抜けた人もいる。だが、リュヌに付けられた首輪のおかげで契約獣だと理解したようだ。
「私ってそんなに怖いかな…」
リュヌは誰にも聞こえないようにぼそっと呟いた。

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