選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~
第30話 重なるもの、崩れるもの
「大変です!」
ドアを叩きながら、大きな声を出す茶髪の少女が一人。かなり急いだのか、額には汗が浮かび、息は荒い。
激しいノックに住人が気付いて玄関へ向かってくるのが、外にいる少女にも感じ取れた。
その待ち時間すら長いのか、少女はウズウズあたふたしている。
ドアが開き、少女の前に住人が姿を現す。
「はーい、ってエイナ!どうしたんですか?」
「い、ぃいイールさんが!し、死んじゃいます!」
「……はい?」
エイナは中心広場での出来事を事細かに説明した。
「なるほど。それでイールさん、昨日は帰ってこなかったんですね」
住人──ハルはエイナの話を聞いて、合点がいったと言うように頷く。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!あのティナさんと殺し合いなんて、怪我じゃ済まないです!」
「まあそうですね。では、レイと私が行きますか。ライとユキは別件を当たらせるとして、」
「別件?」
ハルの口から思わぬ言葉が出て、エイナは素直に疑問を浮かべる。
「ええ。昨晩、フラートさんが『今夜はイールと一緒に飲んでるぜ!』と言いに来たのですが、──きっとあれは脅されていたのでしょう。二人には彼を探してもらいます」
「そ、そうだったんですね……って!急がないと!イールさんが危ないですよ!」
ハルの似ていないフラートの真似を聞いて、エイナは苦笑いを浮かべたが、すぐに本題に戻る。
「ああ。エイナ、勘違いをしているようですが」
そこまで言うとハルは少しだけ口の端を上げ、
「治癒が必要になるのはティナさんの方ですよ」
                                  ***
程なくして、中心広場に到着した。
ざっと200人はいるであろう野次馬は、何かを囲むように大きく円を描いて見物していた。
いつの間にか処刑台は撤去されており、中心には銀髪の男と桃色髪の女が数mの距離を挟んで、各々身体をほぐしている。
「あっちゃぁ、スゴいねこれ」
聴衆を見てか、エイナの後ろからそんな素っ頓狂な声が聞こえた。
振り返ると、予想通りの表情を浮かべたレイがこめかみをポリポリと掻いている。
「どうしてそんなに能天気なんですか!?早く行かないと!」
「まあまあ、落ち着いてエイナ。焦っても良いことないよ?」
今まさに殺し合いが始まろうとしている状況──しかも恩人が負けそうな状況で、エイナにそんな余裕はない。
人混みを掻き分け、助っ人二人を戦場へ促す。
それ以外のことは考えられなかった。
やっと二人を円の中へ導くと、それに気付いたイールがこちらを向いて、大きく手を振った。
自分が死ぬかもしれない状況なのに、あまりにも緊張感がないとエイナは思う。
「なんだ、来てくれたのか……って、レイ!今日は安静って言っただろ?」
「それ、昨日の話だよ。私はすっかり元気!」
「はあ?じゃあ俺は1日処刑台で寝てたってことか?」
加えてこの会話。エイナは怒りを覚えそうになるが、
「グラディオチャンプがイールを殺す?アタシには無理だと思うけどなぁ」
「少なくとも、負けることはない」
「ライさんとユキさんまで、あんなこと言うなんて……」
エイナは出発する前に聞いた、別件を当たっている二人の言葉を噛み締めた。
「審判は僕がやろう」
一人の男が、野次馬の中から姿を現す。
派手で高そうなコートを身に纏った一重瞼の男──オスティンは、イールとは少し離れた場所にいたハルの隣で審判を申し出た。
「おや、オスティンではないですか。若手の女剣士に負けての準優勝、おめでとうございます」
「別にティナくんに負けたことは悔しくないよ。だからその煽りも効果無しさ」
「そうですか。てっきり自分を負かした相手の死に際を見て、充足感を得るために来たのかと」
ハルはオスティンに皮肉を重ねる。
過去に色々あった結果、ハルが一方的に彼を嫌っているからだ。
オスティンはハルの言葉に眉根を寄せる。
「……イールくんが勝つとでも?」
ハルはその問いに答えることなく、準備が完了した二人の方へ目をやった。
唐突な無視に、思わずオスティンはため息をつき、状況を見て試合開始を告げる。
「ではこれより、イール・ファート対ティナ・アリア・プリヴァートによる剣闘を開始する!どちらかが戦闘不能と見なされたか、殺された時点で決着とする!では、」
「「「剣闘、スタート!」」」
そこにいた大勢の人々の声で、闘いの火蓋は切られた。
「いや、デュエルの条件って互いに対等とかじゃなかったか?」
イールは自分の手元にある一本の採取用ナイフに目をやる。
最近新しくしたため、切れ味に問題はないことが幾らか救いだが、心もとなさは否めない。
と言うのも、正面に立つ凛々しい女はしっかりと剣を構えているのだ。あの片刃の反った剣である。
それに対してイールには何の武器も支給されず、たまたま持っていたナイフを手に取ったわけだ。
愚痴が溢れるのも当然である。
「仕掛けて来ないのかしら?」
ティナは柔和な笑顔でそう口にする。
だが、その言葉には確かに殺気がのっており、イールにはそれがまざまざと感じられた。
「流石にこんな装備なんでね。そっちこそ、仕掛けて来ないの?」
イールは汚いものを持つようにして、ナイフを見せる。
「あら、可哀想だと思って仕掛けなかったのに。死にたいのかしら、罪人さん?」
「そんなこと言って、あんたも殺す気あんの?さっさと来てよ。なんならスキルも魔法も使ってな」
拘束を解かれたイールは、再び執行人を煽る。
損か得かで判断すれば、間違いなく損な行為なのだが。
「あら、本当に死にたいのね。じゃあ、遠慮なく……」
ティナは左足を大きく下げ、剣先を下に向けるという独特の構えをする。
そして──
空を斬るように、高速で駆けた。
その速度は音をも凌駕し、その場の誰もが彼女の姿を視認することは出来なかった。
気付いたときには、ティナはイールの正面で剣を突き出していた。
「……ゴフッ……グハッ」
イールの足下に血溜まりができる。
赤黒い液体が、咳き込む音と共に地面に飛び散る。
石造りの地面は突然降ってきた多量の液体を吸収しきれず、浸透しなかった血液の独特のとろみが確認できる。
ぐしゅぐしゅという音につれて、体に刺さっていた金属の姿が徐々に露になる。
完全に引き抜かれると、傷口から新たに血液が溢れ出し、血溜まりの面積を広げていく。
出血多量で力が入らなくなった体は、バランスを崩して血溜まりへ倒れ込んだ。
「レイ、治癒してやってくれ」
腹部から血を流す敗者を見下ろしながらそう言ったのは、傷ひとつない最弱の剣士──イール・ファートだった。
第30話にして主人公がやっと活躍(しかもあんまりかっこよくない)。
主人公とは何ぞや。
因みにティナのフルネームは考えていなかった訳ではありません。タイミングが無かっただけです(汗)
も、もちろんオスティンのフルネームもありますよ……?
ドアを叩きながら、大きな声を出す茶髪の少女が一人。かなり急いだのか、額には汗が浮かび、息は荒い。
激しいノックに住人が気付いて玄関へ向かってくるのが、外にいる少女にも感じ取れた。
その待ち時間すら長いのか、少女はウズウズあたふたしている。
ドアが開き、少女の前に住人が姿を現す。
「はーい、ってエイナ!どうしたんですか?」
「い、ぃいイールさんが!し、死んじゃいます!」
「……はい?」
エイナは中心広場での出来事を事細かに説明した。
「なるほど。それでイールさん、昨日は帰ってこなかったんですね」
住人──ハルはエイナの話を聞いて、合点がいったと言うように頷く。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!あのティナさんと殺し合いなんて、怪我じゃ済まないです!」
「まあそうですね。では、レイと私が行きますか。ライとユキは別件を当たらせるとして、」
「別件?」
ハルの口から思わぬ言葉が出て、エイナは素直に疑問を浮かべる。
「ええ。昨晩、フラートさんが『今夜はイールと一緒に飲んでるぜ!』と言いに来たのですが、──きっとあれは脅されていたのでしょう。二人には彼を探してもらいます」
「そ、そうだったんですね……って!急がないと!イールさんが危ないですよ!」
ハルの似ていないフラートの真似を聞いて、エイナは苦笑いを浮かべたが、すぐに本題に戻る。
「ああ。エイナ、勘違いをしているようですが」
そこまで言うとハルは少しだけ口の端を上げ、
「治癒が必要になるのはティナさんの方ですよ」
                                  ***
程なくして、中心広場に到着した。
ざっと200人はいるであろう野次馬は、何かを囲むように大きく円を描いて見物していた。
いつの間にか処刑台は撤去されており、中心には銀髪の男と桃色髪の女が数mの距離を挟んで、各々身体をほぐしている。
「あっちゃぁ、スゴいねこれ」
聴衆を見てか、エイナの後ろからそんな素っ頓狂な声が聞こえた。
振り返ると、予想通りの表情を浮かべたレイがこめかみをポリポリと掻いている。
「どうしてそんなに能天気なんですか!?早く行かないと!」
「まあまあ、落ち着いてエイナ。焦っても良いことないよ?」
今まさに殺し合いが始まろうとしている状況──しかも恩人が負けそうな状況で、エイナにそんな余裕はない。
人混みを掻き分け、助っ人二人を戦場へ促す。
それ以外のことは考えられなかった。
やっと二人を円の中へ導くと、それに気付いたイールがこちらを向いて、大きく手を振った。
自分が死ぬかもしれない状況なのに、あまりにも緊張感がないとエイナは思う。
「なんだ、来てくれたのか……って、レイ!今日は安静って言っただろ?」
「それ、昨日の話だよ。私はすっかり元気!」
「はあ?じゃあ俺は1日処刑台で寝てたってことか?」
加えてこの会話。エイナは怒りを覚えそうになるが、
「グラディオチャンプがイールを殺す?アタシには無理だと思うけどなぁ」
「少なくとも、負けることはない」
「ライさんとユキさんまで、あんなこと言うなんて……」
エイナは出発する前に聞いた、別件を当たっている二人の言葉を噛み締めた。
「審判は僕がやろう」
一人の男が、野次馬の中から姿を現す。
派手で高そうなコートを身に纏った一重瞼の男──オスティンは、イールとは少し離れた場所にいたハルの隣で審判を申し出た。
「おや、オスティンではないですか。若手の女剣士に負けての準優勝、おめでとうございます」
「別にティナくんに負けたことは悔しくないよ。だからその煽りも効果無しさ」
「そうですか。てっきり自分を負かした相手の死に際を見て、充足感を得るために来たのかと」
ハルはオスティンに皮肉を重ねる。
過去に色々あった結果、ハルが一方的に彼を嫌っているからだ。
オスティンはハルの言葉に眉根を寄せる。
「……イールくんが勝つとでも?」
ハルはその問いに答えることなく、準備が完了した二人の方へ目をやった。
唐突な無視に、思わずオスティンはため息をつき、状況を見て試合開始を告げる。
「ではこれより、イール・ファート対ティナ・アリア・プリヴァートによる剣闘を開始する!どちらかが戦闘不能と見なされたか、殺された時点で決着とする!では、」
「「「剣闘、スタート!」」」
そこにいた大勢の人々の声で、闘いの火蓋は切られた。
「いや、デュエルの条件って互いに対等とかじゃなかったか?」
イールは自分の手元にある一本の採取用ナイフに目をやる。
最近新しくしたため、切れ味に問題はないことが幾らか救いだが、心もとなさは否めない。
と言うのも、正面に立つ凛々しい女はしっかりと剣を構えているのだ。あの片刃の反った剣である。
それに対してイールには何の武器も支給されず、たまたま持っていたナイフを手に取ったわけだ。
愚痴が溢れるのも当然である。
「仕掛けて来ないのかしら?」
ティナは柔和な笑顔でそう口にする。
だが、その言葉には確かに殺気がのっており、イールにはそれがまざまざと感じられた。
「流石にこんな装備なんでね。そっちこそ、仕掛けて来ないの?」
イールは汚いものを持つようにして、ナイフを見せる。
「あら、可哀想だと思って仕掛けなかったのに。死にたいのかしら、罪人さん?」
「そんなこと言って、あんたも殺す気あんの?さっさと来てよ。なんならスキルも魔法も使ってな」
拘束を解かれたイールは、再び執行人を煽る。
損か得かで判断すれば、間違いなく損な行為なのだが。
「あら、本当に死にたいのね。じゃあ、遠慮なく……」
ティナは左足を大きく下げ、剣先を下に向けるという独特の構えをする。
そして──
空を斬るように、高速で駆けた。
その速度は音をも凌駕し、その場の誰もが彼女の姿を視認することは出来なかった。
気付いたときには、ティナはイールの正面で剣を突き出していた。
「……ゴフッ……グハッ」
イールの足下に血溜まりができる。
赤黒い液体が、咳き込む音と共に地面に飛び散る。
石造りの地面は突然降ってきた多量の液体を吸収しきれず、浸透しなかった血液の独特のとろみが確認できる。
ぐしゅぐしゅという音につれて、体に刺さっていた金属の姿が徐々に露になる。
完全に引き抜かれると、傷口から新たに血液が溢れ出し、血溜まりの面積を広げていく。
出血多量で力が入らなくなった体は、バランスを崩して血溜まりへ倒れ込んだ。
「レイ、治癒してやってくれ」
腹部から血を流す敗者を見下ろしながらそう言ったのは、傷ひとつない最弱の剣士──イール・ファートだった。
第30話にして主人公がやっと活躍(しかもあんまりかっこよくない)。
主人公とは何ぞや。
因みにティナのフルネームは考えていなかった訳ではありません。タイミングが無かっただけです(汗)
も、もちろんオスティンのフルネームもありますよ……?
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