選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~
第27話 平和なセカイ
人間の死ぬ瞬間は、寝るときと同じ感覚だとよく言われる。
ある研究者によれば、その理由はどちらにおいても魔力の流れが著しく低下するかららしい。
しかし決定的に違うのは、死ぬ瞬間での魔力の流れの低下は魔力核の損壊に因るものであるということだ。
魔力を供給している魔力核はその主が死ねば不要になり、まるでハンマーで叩かれたように、しかし自発的に壊れる。
その後、溜められていた魔力は漏れ出して全身に移動する。が、魔力が循環することはないためその質は下がり、1日も経てば肉体を腐らせる物質へと完全に姿を変える。
故に、死語1日以内に適切な処理を死体に施さなければならない。
それを逆手にとって考えられたのが、現存最高の治癒魔法『核再生』である。
死んでから1日なら、自らの魔力が幾らかは残っているのだ。
なら、その魔力からもう一度魔力核を作り出すことが可能なのではないか。という考えがこの魔法の起源であり、これを考えたのは魔法において最強の種族であるエルフだ。それも当時最高の治癒魔法師と呼ばれた上位エルフ。
それ故、それを発動するのは容易ではない。
上位エルフの異常なほどの魔力量を前提として作られた魔法だ。人間に発動させることなど限りなく不可能に近い。
それを可能にした唯一の人間がレイである。
上位エルフ程ではないが、才能に左右される魔力の量と質において彼女は稀なほど優れていた。恐らく姉が少々魔法が苦手なのは、妹に取られたせいだろう。
ともあれ、彼女はその最高難度の治癒魔法を使えるわけだが、実際のところ魔力量はギリギリでありその反動がこの惨状である。
生きているのか不安になるほど力なく横たわる彼女の頬を、イールは手を伸ばして優しく撫でる。
魔力の消費で顔色は悪いが、触れた指先からは生命の温度が伝わってくる。
術者が死ぬことはないのだが、それでも触れてみるまでは安堵しきれないというのが第三者の本音だ。
フラートもかなり焦ったことだろう。
イールはレイを抱え上げつつ、そんなフラートを見やり、
「悪かったな、迷惑かけて。」
「いや、とりあえず一安心だ。その様子だと、レイちゃんも大丈夫なんだろ?」
「ああ。ただそっちの方は目覚めても二、三日は動けないと思うから」
そう言って、イールは台の上で仰向けに寝かされている女へと視線を移す。
数時間前には傷があったはず腹が、服の切れ目から肌色を覗かせており、それはレイが治癒魔法を使ったことを示している。
「そうだな、一度死んでるんだからな。まあ、こっちのことは任せてくれよ。」
似合わない作り笑顔を浮かべたフラートの言葉を聞き、イール、ハル、レイの三人はギルドを後にした。
外に出れば、相変わらず軽蔑の視線は止んでいない。
人数が減ったことによってその視線が誰に集まっているのかがハッキリとしてくる。
剣の腕は最低で、なのにダンジョン攻略を担っている上、そのパーティーのリーダーを務める無駄に長く生きている雑種──少なくとも周りからはそう思われている銀髪の採取係、イール・ファートに視線が集中していた。
イール自身は既に慣れた視線だが、自分が抱えているレイにもそれが向けられている気がしてならない。
「あんな人がいるからモンスターが暴れるのよ」
「雑魚のくせに仕切ってるからだ」
「弱い奴は上層で遊んでろよ」
「アイツが襲われればよかったんだ」
「──あーあ、早く消えねえかな」
そんな罵詈雑言が自分だけでなくレイやハルにまで及んでいるような錯覚に陥って、しかし彼が何も言い返さないのは、その言葉が間違いではないからだろう。
全ては自分のミスであり、責任である。
その責任を最低限果たしたところで、罵る彼らには関係ないのだ。
黙って歩き、それらを聞くしかないと思っていた。だが、それに耐えかねたのはイールではなかった。
「あなた方は、何も見ていないんです!」
いつの間にか足を止めていたハルが憤慨し、声を荒らげていた。
鼻と眉間に皺がよっており、明らかに不機嫌そうなその様子に市民は一斉に声を殺す。
「そもそも、何故あなた方が今生きていると思いますか!?100年前の惨劇を、誰が止めてくれたと──」
「ハル!止めろ!」
箍が外れて暴走しそうなハルに歩み寄り、イールは怒声をぶつけて制止する。
ハルはその声で我に返ったのか、肩をびくつかせて一言、
「す、すみません…」
イールはそれに笑みで反応し、踵を返して歩き出した。
「なあ、ハル。」
「はい?」
「平和になったと思わないか?」
追い付き、横に並んで歩いていたハルにイールは突然そう投げ掛ける。
「…皮肉ですか?」
「いいや。たださ、人が一人死ぬ。そんなことで一喜一憂できる世の中になったってのは、平和の証拠なんじゃないかなって」
その言葉に呆気にとられてハルは数秒黙ったが、少し頬を緩ませて、
「皮肉じゃないですか」
そう呟いた。
                                ***
その夜。
ハルは昼間の出来事のせいで寝付けず、部屋からリビングへ来て水を一杯飲み干したところだった。
「私は、何をしているんでしょうか」
誰に問いかけることもなく呟き、今するべきことを探すが、あまりのやることの無さに部屋に戻る選択肢以外無いと気付く。
浅いため息を漏らし自室へ戻ろうと廊下に出れば、自分の部屋より奥にある部屋の灯りがほんのり点いているのが目に入った。
そこはレイの部屋であり、今晩はイールが彼女の面倒を見ると言っていた。
自分を寝かせない、心の中にあるモヤモヤが何なのか。答えが出ていたから、ハルはイールの下へ向かった。
扉を静かに開けて中の様子を伺うと、それに気付いたイールと目があった。
「少し、お話いいですか?」
「おう。」
彼が自然な笑顔で返したのを見て、少し心が安らぐ。と同時に、そこに彼の弱さを感じてモヤモヤが増す感覚を覚える。
部屋に入り、隅に置いてあった木の椅子に腰を掛けて口を開いた。
「イールさんは悔しくないんですか?自身を知らない他人にあれだけ言われて、あれだけ罵られて、どうして何も言わないんですか?」
感情がこもり、ハルは自分でも早口になったことを感じた。
それを聞き、イールはまた、あの優しい笑みを浮かべる。
「仕方ない事だから。俺が弱いのは事実で、ミスしたのはリーダーである俺の責任で、だから責められても仕方な──」
「違います!イールさんはただ『弱い』という傘に隠れて、言い返さない理由を作っているだけです!」
つい感情が先走り、レイが寝ていることも忘れて怒鳴り散らしてしまった。
そう思いつつも、彼女は止まれなかった。
「一見して、己の弱さを認めているようですが、それは違います!他人に弱いと言われ、それを鵜呑みにしている!他人が勝手に作った壁を、越えようともせず隠れている!」
イールは驚きに目を見開き、思考が回らなくなる。彼女が自分に、本気で怒っている。初めての経験だった。
「貴方は分かっていないんです!今貴方がしているその逃げこそが、貴方の本当の『弱さ』なんです!」
そこまで言うと、彼女は本日二度目の肩ビクを見せて顔を伏せた。
「す、すみません…今日は寝ます。お騒がせしました…」
そう言って彼女は扉の方へ歩く。
その横顔から、怒りは伺えなかった。ただ、悲しそうな顔をしていた。
ドアを開き、一歩踏み出した彼女は「ただ」と口にして、
「忘れない下さい。イールさんが傷付くことを嫌がる人間が、少なくとも一人ここにいるってことを」
そう言って彼女はレイの部屋を出た。
自室に戻るやいなやドアに背を預けて溶けるように座り込み、ハルは最大まで息を吸い込んで、
「いつか貴方が、その『弱さ』を超えられることを…」
そのまま眠りに落ちたのだった。
出番がなかったので今回はハルさんを書いてみました笑
ある研究者によれば、その理由はどちらにおいても魔力の流れが著しく低下するかららしい。
しかし決定的に違うのは、死ぬ瞬間での魔力の流れの低下は魔力核の損壊に因るものであるということだ。
魔力を供給している魔力核はその主が死ねば不要になり、まるでハンマーで叩かれたように、しかし自発的に壊れる。
その後、溜められていた魔力は漏れ出して全身に移動する。が、魔力が循環することはないためその質は下がり、1日も経てば肉体を腐らせる物質へと完全に姿を変える。
故に、死語1日以内に適切な処理を死体に施さなければならない。
それを逆手にとって考えられたのが、現存最高の治癒魔法『核再生』である。
死んでから1日なら、自らの魔力が幾らかは残っているのだ。
なら、その魔力からもう一度魔力核を作り出すことが可能なのではないか。という考えがこの魔法の起源であり、これを考えたのは魔法において最強の種族であるエルフだ。それも当時最高の治癒魔法師と呼ばれた上位エルフ。
それ故、それを発動するのは容易ではない。
上位エルフの異常なほどの魔力量を前提として作られた魔法だ。人間に発動させることなど限りなく不可能に近い。
それを可能にした唯一の人間がレイである。
上位エルフ程ではないが、才能に左右される魔力の量と質において彼女は稀なほど優れていた。恐らく姉が少々魔法が苦手なのは、妹に取られたせいだろう。
ともあれ、彼女はその最高難度の治癒魔法を使えるわけだが、実際のところ魔力量はギリギリでありその反動がこの惨状である。
生きているのか不安になるほど力なく横たわる彼女の頬を、イールは手を伸ばして優しく撫でる。
魔力の消費で顔色は悪いが、触れた指先からは生命の温度が伝わってくる。
術者が死ぬことはないのだが、それでも触れてみるまでは安堵しきれないというのが第三者の本音だ。
フラートもかなり焦ったことだろう。
イールはレイを抱え上げつつ、そんなフラートを見やり、
「悪かったな、迷惑かけて。」
「いや、とりあえず一安心だ。その様子だと、レイちゃんも大丈夫なんだろ?」
「ああ。ただそっちの方は目覚めても二、三日は動けないと思うから」
そう言って、イールは台の上で仰向けに寝かされている女へと視線を移す。
数時間前には傷があったはず腹が、服の切れ目から肌色を覗かせており、それはレイが治癒魔法を使ったことを示している。
「そうだな、一度死んでるんだからな。まあ、こっちのことは任せてくれよ。」
似合わない作り笑顔を浮かべたフラートの言葉を聞き、イール、ハル、レイの三人はギルドを後にした。
外に出れば、相変わらず軽蔑の視線は止んでいない。
人数が減ったことによってその視線が誰に集まっているのかがハッキリとしてくる。
剣の腕は最低で、なのにダンジョン攻略を担っている上、そのパーティーのリーダーを務める無駄に長く生きている雑種──少なくとも周りからはそう思われている銀髪の採取係、イール・ファートに視線が集中していた。
イール自身は既に慣れた視線だが、自分が抱えているレイにもそれが向けられている気がしてならない。
「あんな人がいるからモンスターが暴れるのよ」
「雑魚のくせに仕切ってるからだ」
「弱い奴は上層で遊んでろよ」
「アイツが襲われればよかったんだ」
「──あーあ、早く消えねえかな」
そんな罵詈雑言が自分だけでなくレイやハルにまで及んでいるような錯覚に陥って、しかし彼が何も言い返さないのは、その言葉が間違いではないからだろう。
全ては自分のミスであり、責任である。
その責任を最低限果たしたところで、罵る彼らには関係ないのだ。
黙って歩き、それらを聞くしかないと思っていた。だが、それに耐えかねたのはイールではなかった。
「あなた方は、何も見ていないんです!」
いつの間にか足を止めていたハルが憤慨し、声を荒らげていた。
鼻と眉間に皺がよっており、明らかに不機嫌そうなその様子に市民は一斉に声を殺す。
「そもそも、何故あなた方が今生きていると思いますか!?100年前の惨劇を、誰が止めてくれたと──」
「ハル!止めろ!」
箍が外れて暴走しそうなハルに歩み寄り、イールは怒声をぶつけて制止する。
ハルはその声で我に返ったのか、肩をびくつかせて一言、
「す、すみません…」
イールはそれに笑みで反応し、踵を返して歩き出した。
「なあ、ハル。」
「はい?」
「平和になったと思わないか?」
追い付き、横に並んで歩いていたハルにイールは突然そう投げ掛ける。
「…皮肉ですか?」
「いいや。たださ、人が一人死ぬ。そんなことで一喜一憂できる世の中になったってのは、平和の証拠なんじゃないかなって」
その言葉に呆気にとられてハルは数秒黙ったが、少し頬を緩ませて、
「皮肉じゃないですか」
そう呟いた。
                                ***
その夜。
ハルは昼間の出来事のせいで寝付けず、部屋からリビングへ来て水を一杯飲み干したところだった。
「私は、何をしているんでしょうか」
誰に問いかけることもなく呟き、今するべきことを探すが、あまりのやることの無さに部屋に戻る選択肢以外無いと気付く。
浅いため息を漏らし自室へ戻ろうと廊下に出れば、自分の部屋より奥にある部屋の灯りがほんのり点いているのが目に入った。
そこはレイの部屋であり、今晩はイールが彼女の面倒を見ると言っていた。
自分を寝かせない、心の中にあるモヤモヤが何なのか。答えが出ていたから、ハルはイールの下へ向かった。
扉を静かに開けて中の様子を伺うと、それに気付いたイールと目があった。
「少し、お話いいですか?」
「おう。」
彼が自然な笑顔で返したのを見て、少し心が安らぐ。と同時に、そこに彼の弱さを感じてモヤモヤが増す感覚を覚える。
部屋に入り、隅に置いてあった木の椅子に腰を掛けて口を開いた。
「イールさんは悔しくないんですか?自身を知らない他人にあれだけ言われて、あれだけ罵られて、どうして何も言わないんですか?」
感情がこもり、ハルは自分でも早口になったことを感じた。
それを聞き、イールはまた、あの優しい笑みを浮かべる。
「仕方ない事だから。俺が弱いのは事実で、ミスしたのはリーダーである俺の責任で、だから責められても仕方な──」
「違います!イールさんはただ『弱い』という傘に隠れて、言い返さない理由を作っているだけです!」
つい感情が先走り、レイが寝ていることも忘れて怒鳴り散らしてしまった。
そう思いつつも、彼女は止まれなかった。
「一見して、己の弱さを認めているようですが、それは違います!他人に弱いと言われ、それを鵜呑みにしている!他人が勝手に作った壁を、越えようともせず隠れている!」
イールは驚きに目を見開き、思考が回らなくなる。彼女が自分に、本気で怒っている。初めての経験だった。
「貴方は分かっていないんです!今貴方がしているその逃げこそが、貴方の本当の『弱さ』なんです!」
そこまで言うと、彼女は本日二度目の肩ビクを見せて顔を伏せた。
「す、すみません…今日は寝ます。お騒がせしました…」
そう言って彼女は扉の方へ歩く。
その横顔から、怒りは伺えなかった。ただ、悲しそうな顔をしていた。
ドアを開き、一歩踏み出した彼女は「ただ」と口にして、
「忘れない下さい。イールさんが傷付くことを嫌がる人間が、少なくとも一人ここにいるってことを」
そう言って彼女はレイの部屋を出た。
自室に戻るやいなやドアに背を預けて溶けるように座り込み、ハルは最大まで息を吸い込んで、
「いつか貴方が、その『弱さ』を超えられることを…」
そのまま眠りに落ちたのだった。
出番がなかったので今回はハルさんを書いてみました笑
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