選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~

海野藻屑

第19話 怠惰に眠る禁忌の記憶。

眠っていたイールの瞼を白い光が柔らかに照らした。
眩しさを感じて、彼は瞼を持ち上げる。
彼の目を、その白い光は優しく包む。
彼は身体を起こし、その光を真っ直ぐ見つめた。
何故だかその光が突然照らし始めたにも関わらず、彼の目を刺激しないのを奇妙に思ったが、その疑問はすぐに解決される。

「夢…か。」

その解答が正しいことは、光の先にいる10代前半くらいの少年が証明している。

もうこの世にはいないはず少年だ。
イールの手の中で最期を迎えたはず少年だ。




イールが殺したはずの少年だ。




「どうしてあの技を使ったんだ?危険だと言ったのに。」

少年は怒っている様子も、悲しんでいる様子も見せず、ただ真顔で問う。
少年の真っ白な髪と真っ白な服が、その心に色がないことを助長しているようにも感じられる。

イールは心の中で『またか』と思いながら、しかしそれを口にはせずに問に答える。

「あれ以外には無かったんだ、人類を救う方法なんて何も。」

この答えを告げるのは何度目だろうか。
夢というものは徐々に薄れていくのでほとんど覚えていないが、きっと数え切れないほどこの答えを出してきた。

しかし少年はその答えを聞くと、目を大きくして驚いた。

「勇者に任せれば良かったんだよ…。そうすれば僕だって…。」

言葉を失った少年は、目から溢れ始めた涙を手で拭う。両手でゴシゴシと、これ以上拭けないと思われるほど、呻きながら何度も何度も。

暫く擦った後、少年は俯いた顔から手を退けて呼吸を整えた。
そして俯く顔をイールへ向け直すと、彼の眼球のない顔がイールの目に映った。
その光景にイールは絶句して後退りした。しかし、あの顔に空いた2つの闇に引きずり込まれそうになる。

「殺してやる…!こっちへ連れていってやる!」

少年は鬼の形相でそう言った後、イールに向かって走り出した。
イールの恐怖はゲージを振り切れ、

うわぁぁああああ!





自分の叫び声で目を覚ました。
呼吸は荒く、息が苦しい。

身体中から汗が吹き出し下着がくっついるため、気持ち悪さが全身を覆っている。
そんな最悪の朝だが、イールはさっきまでのものが夢だったことに安心できた。

呼吸が整う頃には既に夢を忘れていた。あの少年が出てきたこと以外は。

「アイツら起こしに行くか。」

ベッドから起きて怠い身体に伸びを入れると、部屋を出て洗面台で顔を洗い、一部屋ずつドアを開けていった。

「起きろ、朝だ。今日はエイナが来るんだ、早く支度を整えろ~。」

全員から一応の返事を確認すると、朝ごはんを作るために台所へ向かった。


アルフアから帰った彼らは、達成した余韻に浸りたいと言ってもう6日もだらけている。
当人たち曰く、アルフアに行ったことは一週間通してダンジョンへ潜ったことと同義らしい。
これでは週一主義のユーリを怠惰だと言った、あの五人は何処へやらという感じだ。

アルフアから帰ったその日に、彼らはエイナに会ってほしい相手がいると言われた。
今日はその約束の日である。

二人の女性が寝起きの仏頂面をさげてダイニングへ入ってきた。
一人は席へ着き、一人は朝食の配膳を手伝う。
残る二人はまだ眠いのかダイニングには辿り着かず、リビングにあるソファに倒れこんでいた。
もはや毎朝これを見るのがここ6日のイールの日課になっている。

どうにかこうにか五人揃ったダイニングテーブルには、軽めの朝食が並んでいた。
イールはパンに手を伸ばす。

「お前ら…。何もしてないのにどうしてそんなにも眠そうなんだ?日課の素振りをして多少疲れてる俺の方が元気だぞ。」

パンに赤いジャムを塗りながらイールが問うと、そのパンを横取りして寝癖ゴワゴワのライが口を開いた。

「寝過ぎるのも疲れんのよ。」

そして彼女はパンをかじった。




食事の片付けをし終わったところで、玄関をノックする音がイールの耳に入った。
お客についての確信をもってそのドアを開くと、ふざけ混じりに敬礼をしたエイナとその後ろで腕組をして俯く青い髪の青年がいた。

「おう!久しぶりだな。会わせたい人ってのは彼か?」

イールは青年へ視線を移す。
その視線に気付いたのか、青年は腕を下ろして面をあげた。
青い瞳が特徴的な美しい顔立ちだった。

しかし、イールはその顔に既視感を覚えた。
数日前にも同じような体験をしていたため、どうしてもその時と重ねてしまう。
だがそれ故、彼は既視感の正体を見破ることができた。

「お前、ユキのファンクラブの一人か?」

そう。アルフアへ行く前日にファンクラブの中で既視感を覚えた青年の顔が、そこにあったのだ。

青年は意表を突かれたと言いたげな顔で頷く。

「そうです。今日は妹に言われてユキさんへお礼をしに来たんです。」

その言葉に、お礼を言うのはユキだけなのかとも思ってしまう。
だが、口には出さないでおこう。

文脈から判断して、彼とエイナは兄妹であると推測される。
しかし、二人の顔は似ても似つかない。

少々複雑な関係を描く思考がイールの頭を過っている頃、青年は『ですが』と付け加えていた。

「気が変わりました。イールさん、良ければ僕と外でお茶でもしませんか?」

……は?

イールの思考が再開されるのはそれから数秒後のことになる。

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