選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~

海野藻屑

第13話 普段ふざけてる人の真面目な姿って格好いいですね。

アスフィの主張に、一瞬沈黙が走る。
情報処理に少々時間がかかったらしい。

「なんで?」

その単純で無意味な質問はイールの口から放たれた。

「わからん。しかしおらぬのは事実じゃ。」

あそこまで焦っていたのだ。理由など分かるはずもない。
頭を抱えて子供のように悩み出すアスフィを見て、ずっと黙っていたユキが口を開く。

「教えて、その子の特徴。」

ポカンとした表情を浮かべたアスフィだったが、戸惑いつつも特徴を述べていく。

「茶色い髪の毛で身長は150cmくらい。もちろん耳は尖っとらん。あー、あとはー……。」

「十分。ちょっと外出てくる。」

ユキが何をするのか察した女子三人は大きく頷く。

「え、おいユキ!どこ行くんだよ!」

これは天然ではない、バカだ。
ここまで来て何も察しない銀髪を見て、レイが深いため息をついている。

ユキについていく形で他の六人も外へ出た。


ユキは外へ出て目を瞑る。
その瞬間、ユキの脳には周囲1kmでの生命体の運動が、座標、形、動きで流れ込んでくる。
サーチの応用だ。


……大樹の上部に生命体の運動を確認。
茶髪、身長149cm、人族、特徴と合致。
現在……高度700mで……っ!


「落下……!」

ユキの言葉は全員にとって理解不能だった。
しかし、その様子を見たユキは大樹を指差し、冷静かつ迅速に説明を始める。

「女の子、今あの大樹の700m上空から落ち始めた。ライ、間に合う?」

ユキの指差す方向をじっと見つめていたライだったが、すぐにユキの言葉を理解し建物の屋根に飛び上がった。

「このまま真っ直ぐ行けばいいの?」

「そう。よろしく。」

ライは大樹の方を見て口角を上げる。

「あいよ。」


ビュンッという音と共に、ライの姿は屋根から消えた。

あまりのスピードで、商店街を歩くエルフは誰一人として屋根を渡るライに気付かない。
否、みな上空を翔る強い風に顔を向けるも、視認できないのだ。


ライの目にはかなりのスピードで大樹の側を落ちる少女の姿が写った。
その姿からは抵抗している様子は感じられない。
気を失っているのだろう。
このままでは、確実に死んでしまう。


「間ぁにぃ合えぇぇええ!」


大樹から一番近い家の屋根を思いっきり蹴って右手を伸ばす。
湖を軽々と越えて行く様は、まるで白鳥のよう。

数m先には力なく落下する茶髪の少女。
ライの体は速さを変えることなく進むのに対して、少女はその間も落下を続ける。


くっそぉぉお!


ライは全力で少女に手を伸ばし、その指はギリギリで少女のシャツの襟にかかった。
その時、ライの心には慢心が過った。
だが、その後ライの目に飛び込んできたのは高速で近付いてくる樹皮だった。

ズゥゥン!

大樹から鈍い音が響く。
その音は商店街のエルフたちにも届いたらしく、賑やかだった商店街は一気に静まり返る。


太さ20mはあるであろう大樹の、根から少し上の方に、2mくらいの穴が空いていた。その穴からは煙が立っている。

煙の中には穴の縁に腰掛けた傷だらけの黄色いポニーテールの美少女が確認された。そして彼女の右手には襟に吊り下げられた茶髪の少女がぶら下がっている。

ライが高速移動をしてから僅か一秒ほどの、誰も知らない救出劇がどうやら成功したらしい。
その事をいちばん実感しているのは、誰でもなくライ本人だった。

「ま……間に合った……。」

肩で息をして安堵している。
その荒い呼吸に合わせてぶら下がった少女も上下に揺れる。


チン


プチン


プチン


繊維が切れるような音が、ライの耳に入った。
右手から聞こえるような気がする。

「……ん?」

音の原因に目をやった途端。


ブチブチブチ


ブチッ!


ライの右手が軽くなった。

最早服とは呼べない形の布を纏った少女が落下していくのが見える。

シャツには相当な負担がかかっていたのだろう。これも当然の事だ。



やっちまった……。気を抜くのが早すぎた……。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ…!
助けろ、助けるんだ!



しかし、再び少女に意識を戻したときには、彼女は地上から2mもないところにいた。
未だに意識が戻った様子はない。穴は根から10mはある。
彼女の命はあと数秒だろう。



……間に合わない……。今度こそはもう……。



思わず顔を手で覆い隠してしまう。
己の無力さを直視するのが怖かったからだ。


「ウィンド!」

数十m先からそんな声が聞こえた気がする。
聞き慣れているはずなのに、力が入っているのに違和感を感じるような声だ。

少女が地面に叩きつけられただろう時間は過ぎた。
しかし、下からそれらしき音は何も聞こえない。

不思議に思ったライは顔を覆っていた手を恐る恐る外した。
見下ろすと地面まで1mくらいの位置で、少女はフワフワと浮いていた。

「……え?」

「ライ!ナイスファイト!」

湖の外から声が聞こえた。さっきの声だ。

声の主を確認すると、そこにはハルと、その腕に抱えられたユキが親指を立てて笑っているのが見えた。

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