The Little Match Girl 闇の国のアリス【外伝】~孤独な少女の物語~
第四話[ホームレス少女]
1861年9月30日。
約一ヶ月の間、水とパンの耳のみで何とか食い繋いできたエリカ。
然しながら、そのぞんざいな食生活にも遂に限界が訪れたようだ。
「うそ‥‥もう11ピソカしか残ってない‥‥。これじゃあパンの耳も買えない‥‥」
床に両膝をついて愕然とするエリカ。
しかし、そんなエリカ自身にもどうやら体調の変化が現れたらしく、長期間の栄養の無い食事(栄養不足)により、『栄養失調』の症状が現れていた。
以前に比べ、体重は激減し、皮肉な事に、毎日の様に倦怠感、脱力感、貧血といった症状が彼女を襲った。
それに加え、腹は浮腫(ふしゅ)に冒され、これではまるで胎内に子を宿した母親の様だ。
最早此処まで来ると彼女の身体がどれ程まで病に蝕まれ、冒されてきたのかが痛い程分かる。
手元に残された数枚のコイン。それを窶れて今にでも果てそうな虚ろげな表情でぼんやりと見詰めるエリカ。
そんな事をしているだけでも時間は刻一刻と過ぎていき、最早彼女にはあの頃、即ち幼少期の様な活力感は微塵も残されてはいなかった。
「どうしよう‥‥。私、このまま死んじゃうのかな‥‥」
父は戦場で仲間を庇い死に、母は投身自殺により無惨な姿になりながらも死亡。
しかし、そんな事実さえ知り得なかった彼女にとってはどれ程の苦痛であったであろうか。
[「こんな酷極まる生活に一体何の意味が有るのだろうか」]
その様な何とも虚しげな考えが彼女の脳裏に浮かび上がる。
その何とも面白みに欠け、シニカルな光景に対して、ダイニングに無造作に置かれた彼女の母親が遺したバスケットは、彼女の屈辱的で無様な面を嘲るかの如く俯瞰している。
この様な状況下にぽつんと置かれた彼女だが、果たして救いはあるのだろうか。
理非を知らない最近の人間は、彼女を見て一体どう思うだろうか。
「哀れなる子供だ」
きっと、そう言い、片付けてしまうだろう。
ギュルルルル‥‥
「うぅ‥‥おながいだいよぉ‥‥」
腹を抱え、必死に痛みに堪えるエリカ。
栄養不足の上、最近は下痢気味が続いていた。
西洋のトイレとは、それまたぞんざいな造りのもので、一般市民は『おまる』を用い、そのおまるの中が屎尿で満杯になった時、それを指定された場所に廃棄するというものであったが、しかし、市民はそれに対してとてもずぼらで、家の窓という窓から屎尿を放り投げ、お蔭で街は糞尿塗れになるという有様であった。
その代表的な例が中世のフランスである。
しかし、此処スピルス国にはその様な条例は無く、道路の端を流れている水路に用を流し、軈て(やがて)川へ垂れ流すという様式になっていた。
しかしエリカはそれを頑なに拒み、卑劣なものと見なし、昼間は決してその様な行動をする事はなかった。
「痛い‥‥痛いよ‥‥。助けてお母さん‥‥」
苦痛のあまり呻き(うめき)声をあげるエリカ。
しかし、母はもう『此の世』にはいない。
藻掻き、苦しみ、床に倒れ込み必死に腹を押さえるエリカだが、やはり神は彼女に慈悲というものを与える事はなかった。
トントン‥‥
不意に玄関からドアをノックする音が聞こえる。
エリカは腹痛に耐えながら、玄関のドアを開き、来客を迎え入れた。
「な、何でしょうか‥‥?」
そこには髭面で強面の男が立っていた。
しかも厳(いかめ)しい表情をしている。
「やあ、こんにちは。此処の家主のバレリオだ。家賃を取り立てに来た。さあ、払って貰おうか」
「‥‥お幾らでしょうか‥‥?」
「7万ピソカだ。君の母親がいつも払ってる金額だが‥‥」
「そんな‥‥。私そんな大金持っていませんっ!!」
「‥‥そうか。家賃を滞納するか。ならば、こっちにも考えが有る。ところで、君の母親は何処へ?」
「知りませんっ!そんな‥‥知りませんよ‥‥」
家主の前で崩れ落ち、涙目になるエリカ。
「‥‥家賃も払えない、その上、金を払う母親も不在かっ。分かった、じゃあこの家から出て行って貰おうか」
「!?そんな、待って下さい!!どうか、私に猶予(ゆうよ)を下さい!!」
「駄目だ。うちはそういうのは受け付けてないから。さあ、行った行った。金が払えん奴は出て行けっ!」
「許して下さいっ!御願いです‥‥!! ‥‥きゃあっ!?」
家主に首根っこを掴まれ外に放り出されるエリカ。
その男の顔は明らかに愚劣で、計画的であった事をエリカに思い知らせる様なものであった。
「うちに金をまともに払えねぇ奴は要らねぇ。いくら治安の良いスピルス国とはいえ、そういう所を甘く見て付け上がるのも良くねえよお嬢ちゃん」
「うう‥‥」
屈辱に咽ぶエリカ。
しかし、家主はとても冷淡で薄情な人間であった。
「あ、そうだお嬢ちゃん。あんたの家の中にあったこのバスケット、若しかしたら何かの足しになるかもしれねぇ。持ってきな。‥‥通行人に懇願して金でも入れて貰ったらどうだ?この、困窮女!」
すると家主はエリカの家のドアに鍵を掛け、高笑いを上げながら去っていった。
その後ろ姿を虚ろな目で見詰めるエリカ。
身寄りのないメルスケルクの繁華街が彼女を嘲笑しながら迎え入れる。
※雁渡し(かりわたし)が吹き荒ぶ中、エリカはその貧相な体を右へ左へとふらふらとよろめかしながら夕闇が包むメルスケルクの中央通りへと消えていった。
「おかあ‥‥さん‥‥」
………………………………………………………………………
【雁渡しとは】
初秋から仲秋にかけて吹く北風。
この頃雁が渡ってくるのでこう呼ばれた。
もとは伊豆や伊勢の漁師の方言。
この風が吹くと急に秋らしくなり、海も空も青く澄みわたる。
約一ヶ月の間、水とパンの耳のみで何とか食い繋いできたエリカ。
然しながら、そのぞんざいな食生活にも遂に限界が訪れたようだ。
「うそ‥‥もう11ピソカしか残ってない‥‥。これじゃあパンの耳も買えない‥‥」
床に両膝をついて愕然とするエリカ。
しかし、そんなエリカ自身にもどうやら体調の変化が現れたらしく、長期間の栄養の無い食事(栄養不足)により、『栄養失調』の症状が現れていた。
以前に比べ、体重は激減し、皮肉な事に、毎日の様に倦怠感、脱力感、貧血といった症状が彼女を襲った。
それに加え、腹は浮腫(ふしゅ)に冒され、これではまるで胎内に子を宿した母親の様だ。
最早此処まで来ると彼女の身体がどれ程まで病に蝕まれ、冒されてきたのかが痛い程分かる。
手元に残された数枚のコイン。それを窶れて今にでも果てそうな虚ろげな表情でぼんやりと見詰めるエリカ。
そんな事をしているだけでも時間は刻一刻と過ぎていき、最早彼女にはあの頃、即ち幼少期の様な活力感は微塵も残されてはいなかった。
「どうしよう‥‥。私、このまま死んじゃうのかな‥‥」
父は戦場で仲間を庇い死に、母は投身自殺により無惨な姿になりながらも死亡。
しかし、そんな事実さえ知り得なかった彼女にとってはどれ程の苦痛であったであろうか。
[「こんな酷極まる生活に一体何の意味が有るのだろうか」]
その様な何とも虚しげな考えが彼女の脳裏に浮かび上がる。
その何とも面白みに欠け、シニカルな光景に対して、ダイニングに無造作に置かれた彼女の母親が遺したバスケットは、彼女の屈辱的で無様な面を嘲るかの如く俯瞰している。
この様な状況下にぽつんと置かれた彼女だが、果たして救いはあるのだろうか。
理非を知らない最近の人間は、彼女を見て一体どう思うだろうか。
「哀れなる子供だ」
きっと、そう言い、片付けてしまうだろう。
ギュルルルル‥‥
「うぅ‥‥おながいだいよぉ‥‥」
腹を抱え、必死に痛みに堪えるエリカ。
栄養不足の上、最近は下痢気味が続いていた。
西洋のトイレとは、それまたぞんざいな造りのもので、一般市民は『おまる』を用い、そのおまるの中が屎尿で満杯になった時、それを指定された場所に廃棄するというものであったが、しかし、市民はそれに対してとてもずぼらで、家の窓という窓から屎尿を放り投げ、お蔭で街は糞尿塗れになるという有様であった。
その代表的な例が中世のフランスである。
しかし、此処スピルス国にはその様な条例は無く、道路の端を流れている水路に用を流し、軈て(やがて)川へ垂れ流すという様式になっていた。
しかしエリカはそれを頑なに拒み、卑劣なものと見なし、昼間は決してその様な行動をする事はなかった。
「痛い‥‥痛いよ‥‥。助けてお母さん‥‥」
苦痛のあまり呻き(うめき)声をあげるエリカ。
しかし、母はもう『此の世』にはいない。
藻掻き、苦しみ、床に倒れ込み必死に腹を押さえるエリカだが、やはり神は彼女に慈悲というものを与える事はなかった。
トントン‥‥
不意に玄関からドアをノックする音が聞こえる。
エリカは腹痛に耐えながら、玄関のドアを開き、来客を迎え入れた。
「な、何でしょうか‥‥?」
そこには髭面で強面の男が立っていた。
しかも厳(いかめ)しい表情をしている。
「やあ、こんにちは。此処の家主のバレリオだ。家賃を取り立てに来た。さあ、払って貰おうか」
「‥‥お幾らでしょうか‥‥?」
「7万ピソカだ。君の母親がいつも払ってる金額だが‥‥」
「そんな‥‥。私そんな大金持っていませんっ!!」
「‥‥そうか。家賃を滞納するか。ならば、こっちにも考えが有る。ところで、君の母親は何処へ?」
「知りませんっ!そんな‥‥知りませんよ‥‥」
家主の前で崩れ落ち、涙目になるエリカ。
「‥‥家賃も払えない、その上、金を払う母親も不在かっ。分かった、じゃあこの家から出て行って貰おうか」
「!?そんな、待って下さい!!どうか、私に猶予(ゆうよ)を下さい!!」
「駄目だ。うちはそういうのは受け付けてないから。さあ、行った行った。金が払えん奴は出て行けっ!」
「許して下さいっ!御願いです‥‥!! ‥‥きゃあっ!?」
家主に首根っこを掴まれ外に放り出されるエリカ。
その男の顔は明らかに愚劣で、計画的であった事をエリカに思い知らせる様なものであった。
「うちに金をまともに払えねぇ奴は要らねぇ。いくら治安の良いスピルス国とはいえ、そういう所を甘く見て付け上がるのも良くねえよお嬢ちゃん」
「うう‥‥」
屈辱に咽ぶエリカ。
しかし、家主はとても冷淡で薄情な人間であった。
「あ、そうだお嬢ちゃん。あんたの家の中にあったこのバスケット、若しかしたら何かの足しになるかもしれねぇ。持ってきな。‥‥通行人に懇願して金でも入れて貰ったらどうだ?この、困窮女!」
すると家主はエリカの家のドアに鍵を掛け、高笑いを上げながら去っていった。
その後ろ姿を虚ろな目で見詰めるエリカ。
身寄りのないメルスケルクの繁華街が彼女を嘲笑しながら迎え入れる。
※雁渡し(かりわたし)が吹き荒ぶ中、エリカはその貧相な体を右へ左へとふらふらとよろめかしながら夕闇が包むメルスケルクの中央通りへと消えていった。
「おかあ‥‥さん‥‥」
………………………………………………………………………
【雁渡しとは】
初秋から仲秋にかけて吹く北風。
この頃雁が渡ってくるのでこう呼ばれた。
もとは伊豆や伊勢の漁師の方言。
この風が吹くと急に秋らしくなり、海も空も青く澄みわたる。
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