噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神
104 最幸
「--は?」
 誰のかわからない疑問の声。咄嗟に出たと思われる困惑の声が、どこからか聞こえた。
 どうやらその声の主は自分に近いようで、多少の息遣いが感じられる。
 今、目の前で起きている光景に息を呑むことも出来ず、身体を動かすことさえも許されず、ただ見ている事しか出来なかった。
 さらには誰かの心音がうるさく煩わしい。どんどん速さを増していくそれは一体誰のものなのか、気付くのに時間はさほどかからなかった。
 眼前で起こっていることから逃避しようとして、無駄な思考を一瞬割くだけですぐに答えは帰ってきたのだから。
 困惑の声の主も、早鐘の如き心音の持ち主も、動かぬ身体の主人も、全部、俺だった。
 そしてそんな無駄な思考はそこで一旦停止し、現実に回帰する。
 俺にトドメを刺すはずだった矢帝天子は、何故か、どういう理屈か、なんの冗談か、不条理か、俺の相棒にとどめを刺していた。
 一方、今なお俺を庇っている相棒、《最高》は最早、虫の息という表現さえ怪しい状態だ。
 一体どうやってあの瞬間、俺たちの間に入ったのかは不明だが、どうやら矢帝天子に背を向けて波動を伴った必殺の一撃を受け止めたらしく全身ズタボロになってしまっている。
 そんな彼に俺は、なんと声をかければいいのかと、まさに言葉を失っていた。
「大丈夫か、くらい言ったら…どうなんだ…?」
 俺が言葉を詰まらせていると彼は激痛を噛み殺して、無理矢理に笑みを浮かべる。
 その後、いつものように笑い声をあげる彼を想像するが、いつまで経ってもそれは無かった。
「お前…なんで……」
 やっとのことで声が、言葉が、出せたと思ったらたったこれだけだった。そんな自分に心底嫌気がさす。
『忘れたか?
    僕らは…《最高》と《最低》は…
   二人揃って最強だってことをよ…』
「……忘れる訳、ないだろ!
   ならなんで、今のお前は…死にかけてんだよ!?俺なんかを庇ってんだよ!?」
 相棒の言葉を皮切りに次々と己の感情が溢れ出て、口から流れ出て行く。
「《最善》の選択で俺が選ばれた筈だっただろ!?俺が死ぬ筈だっただろ!!なのに…なんで…」
『僕の神秘『笑う所へ福来る』の第二制限、なんだったか覚えてるか?』
 そう問われて、思い出した。
「…ハッピー……エンド…」
『その通り。『最高の結末』だ』
 かの能力がどんなものかは知らなかった。しかし、想像は容易い。
『たった一回だけ、親しい者の窮地を救う。全身全霊、この身をかけて。それがこいつの力だ。それと−』
「−俺は、そんな能力さえも知らなかったのか…お前の相棒を自称しておいて…そんな事も……」
 《最高》の言葉を遮って、自身の愚かしい悔やんでも悔やみきれない心情を吐露する。今の俺にはそれくらいしか出来なかった。
『そう悲観するな、相棒。お前は何にも悪くない。それと僕はもういく。あとは頼んだぞ!』
「ま、待てよ。行くってどこに…」
 頭ではわかっている。でも、認めたくなかった。だから、まだ話していたいから、感じていたいから、会話を引き延ばそうと駄々をこねる。母と別れる子どものように、相手を困らせて最期の時間を永いものへとする為に。
「俺はまだ、お前に言いたい事が、言いたかった事がたくさん…」
『もう相棒も気付いてるんだろ?
   俺が喋ってないこと』
 いつからだろうか。《最高》の声が耳を介さず直接、脳に響き始めたのは…
「見逃す訳ないだろ……でも!
   それでも−」
『−ごめん、もう時間切れなんだ。
    あと少しで、神秘の移行が完了して僕の意識が完全になくなる。そしたら《最強》の誕生だ』
 さっきとは逆に俺の言葉を遮って《最高》が謝罪を口にした後、奇妙なことを言った。
「神秘の移行?《最強》の誕生?
どういうことだ!?」
 何を言ってるのか俺には分からない。でも確かなのは、もう時間がない。それだけだ。
「いや、もうそんなことはいい。
まだなんとかなる筈だ!
どうにかしてこの状況を覆そう!
俺たちなら−」
『ハハッ会議の時の壱月くんと同じ様なこと言ってるよ?』
「ッ!?」
 今、一番聞きたくない名前を引き合いに出され、さらにはその男と同じ戯言を口にしている自分がひどくおぞましい。
『君も人のこと言えないね』
「うるさい…黙れ!………あっ」
『……』
 勿論。本心ではないけれど言ってしまった。他人を貶める暴言というのはとても強い力を持っている。後に気づいた時にはもう遅い。言い終わったと同時に頭に響いていた声は聞こえなくなってしまった。
「嘘だ…嘘に決まってるだろ!
 俺が…お前に黙れなんて…いう筈ないだろ!!」
 しかし返ってくる言葉は、温かさは、どんなに待っても…
 その代わりにドサリと傍らに崩れ落ちる人影があった。誰のかは言うまでもない。
  
「…クソッ!…クソッ!!」
 ドン。ドン!
 もう動かないはずだった腕が悪態とともにアスファルトに叩きつけられる。
 しばらく目を瞑って、滲み出そうになる雫を必死に堪えて、堪えて、耐えて、耐えて、そこで自分の中の何かが斬れた。
 やがて目を開け、
 仰向けのまま夜空を睨みつけた。
 起き上がって虚空を睨んだ。
 立ち上がって敵を視線で射殺さんと鋭く睨んで…
「殺してやるっ!」
 憎悪を声に出した。明らかに敵が怯むのを目にした。
『第二神秘『笑う所へ福来る』、移行を確認。完了。
同調開始。完了。過去の設定を引き継ぎますか?』
『YES/NO』
 視界にメッセージが表示される。神秘を応用して情報開示の力を使った時と同じだ。
 どうやら相棒に神秘を託されたらしい。あんな別れかたでも俺を信じてくれていたのだろう。
 設定云々はどちらでもいいが、出来るだけそのままがいいと思ってYESを選択する。
『了承。過去の設定を引き継ぎます』
 一通り説明を受けて、大体は使えるようになったはずだ。
 そして最後に、
「笑えよ、相棒!」
そんな懐かしい台詞を思い出した。
「最も幸多き者、
《最高》レミル・ファミルノ
俺はお前を絶対に忘れやしない!」
 胸に手を当て、強く誓う。そして隣にある遺体に己のコートを被せ、目の前の敵へと大きく一歩を踏み出すのだった。
 誰のかわからない疑問の声。咄嗟に出たと思われる困惑の声が、どこからか聞こえた。
 どうやらその声の主は自分に近いようで、多少の息遣いが感じられる。
 今、目の前で起きている光景に息を呑むことも出来ず、身体を動かすことさえも許されず、ただ見ている事しか出来なかった。
 さらには誰かの心音がうるさく煩わしい。どんどん速さを増していくそれは一体誰のものなのか、気付くのに時間はさほどかからなかった。
 眼前で起こっていることから逃避しようとして、無駄な思考を一瞬割くだけですぐに答えは帰ってきたのだから。
 困惑の声の主も、早鐘の如き心音の持ち主も、動かぬ身体の主人も、全部、俺だった。
 そしてそんな無駄な思考はそこで一旦停止し、現実に回帰する。
 俺にトドメを刺すはずだった矢帝天子は、何故か、どういう理屈か、なんの冗談か、不条理か、俺の相棒にとどめを刺していた。
 一方、今なお俺を庇っている相棒、《最高》は最早、虫の息という表現さえ怪しい状態だ。
 一体どうやってあの瞬間、俺たちの間に入ったのかは不明だが、どうやら矢帝天子に背を向けて波動を伴った必殺の一撃を受け止めたらしく全身ズタボロになってしまっている。
 そんな彼に俺は、なんと声をかければいいのかと、まさに言葉を失っていた。
「大丈夫か、くらい言ったら…どうなんだ…?」
 俺が言葉を詰まらせていると彼は激痛を噛み殺して、無理矢理に笑みを浮かべる。
 その後、いつものように笑い声をあげる彼を想像するが、いつまで経ってもそれは無かった。
「お前…なんで……」
 やっとのことで声が、言葉が、出せたと思ったらたったこれだけだった。そんな自分に心底嫌気がさす。
『忘れたか?
    僕らは…《最高》と《最低》は…
   二人揃って最強だってことをよ…』
「……忘れる訳、ないだろ!
   ならなんで、今のお前は…死にかけてんだよ!?俺なんかを庇ってんだよ!?」
 相棒の言葉を皮切りに次々と己の感情が溢れ出て、口から流れ出て行く。
「《最善》の選択で俺が選ばれた筈だっただろ!?俺が死ぬ筈だっただろ!!なのに…なんで…」
『僕の神秘『笑う所へ福来る』の第二制限、なんだったか覚えてるか?』
 そう問われて、思い出した。
「…ハッピー……エンド…」
『その通り。『最高の結末』だ』
 かの能力がどんなものかは知らなかった。しかし、想像は容易い。
『たった一回だけ、親しい者の窮地を救う。全身全霊、この身をかけて。それがこいつの力だ。それと−』
「−俺は、そんな能力さえも知らなかったのか…お前の相棒を自称しておいて…そんな事も……」
 《最高》の言葉を遮って、自身の愚かしい悔やんでも悔やみきれない心情を吐露する。今の俺にはそれくらいしか出来なかった。
『そう悲観するな、相棒。お前は何にも悪くない。それと僕はもういく。あとは頼んだぞ!』
「ま、待てよ。行くってどこに…」
 頭ではわかっている。でも、認めたくなかった。だから、まだ話していたいから、感じていたいから、会話を引き延ばそうと駄々をこねる。母と別れる子どものように、相手を困らせて最期の時間を永いものへとする為に。
「俺はまだ、お前に言いたい事が、言いたかった事がたくさん…」
『もう相棒も気付いてるんだろ?
   俺が喋ってないこと』
 いつからだろうか。《最高》の声が耳を介さず直接、脳に響き始めたのは…
「見逃す訳ないだろ……でも!
   それでも−」
『−ごめん、もう時間切れなんだ。
    あと少しで、神秘の移行が完了して僕の意識が完全になくなる。そしたら《最強》の誕生だ』
 さっきとは逆に俺の言葉を遮って《最高》が謝罪を口にした後、奇妙なことを言った。
「神秘の移行?《最強》の誕生?
どういうことだ!?」
 何を言ってるのか俺には分からない。でも確かなのは、もう時間がない。それだけだ。
「いや、もうそんなことはいい。
まだなんとかなる筈だ!
どうにかしてこの状況を覆そう!
俺たちなら−」
『ハハッ会議の時の壱月くんと同じ様なこと言ってるよ?』
「ッ!?」
 今、一番聞きたくない名前を引き合いに出され、さらにはその男と同じ戯言を口にしている自分がひどくおぞましい。
『君も人のこと言えないね』
「うるさい…黙れ!………あっ」
『……』
 勿論。本心ではないけれど言ってしまった。他人を貶める暴言というのはとても強い力を持っている。後に気づいた時にはもう遅い。言い終わったと同時に頭に響いていた声は聞こえなくなってしまった。
「嘘だ…嘘に決まってるだろ!
 俺が…お前に黙れなんて…いう筈ないだろ!!」
 しかし返ってくる言葉は、温かさは、どんなに待っても…
 その代わりにドサリと傍らに崩れ落ちる人影があった。誰のかは言うまでもない。
  
「…クソッ!…クソッ!!」
 ドン。ドン!
 もう動かないはずだった腕が悪態とともにアスファルトに叩きつけられる。
 しばらく目を瞑って、滲み出そうになる雫を必死に堪えて、堪えて、耐えて、耐えて、そこで自分の中の何かが斬れた。
 やがて目を開け、
 仰向けのまま夜空を睨みつけた。
 起き上がって虚空を睨んだ。
 立ち上がって敵を視線で射殺さんと鋭く睨んで…
「殺してやるっ!」
 憎悪を声に出した。明らかに敵が怯むのを目にした。
『第二神秘『笑う所へ福来る』、移行を確認。完了。
同調開始。完了。過去の設定を引き継ぎますか?』
『YES/NO』
 視界にメッセージが表示される。神秘を応用して情報開示の力を使った時と同じだ。
 どうやら相棒に神秘を託されたらしい。あんな別れかたでも俺を信じてくれていたのだろう。
 設定云々はどちらでもいいが、出来るだけそのままがいいと思ってYESを選択する。
『了承。過去の設定を引き継ぎます』
 一通り説明を受けて、大体は使えるようになったはずだ。
 そして最後に、
「笑えよ、相棒!」
そんな懐かしい台詞を思い出した。
「最も幸多き者、
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