噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

94 力の使い方

 桜夜の眼前に突きたった剣。それはもちろん…

「あめの……むらくも…」

 桜夜が呟いたとおり、この剣は神器・天叢雲剣である。おそらく神聖力を込める儀式を終えたアマテラスが、直接渡すのをめんどくさがって空に投げたのだろう。スサノオの言っていたとおりだ。

 結果としては、この状況を覆せる可能性になったので大助かりなのだが…

「もうちょっと何か渡し方あっただろ!? 軌道が少しでも違ったら死んでたぞっ!!」
「誰に向かって叫んでるの?」

「あ…いや…上司みたいな方?」
「はあ…」

 扱いの悪さに文句の一つ二つは出てくることだろう。無論、それをここで言っても遠き地にいるアマテラスには伝わらない。
 しかも虚空に向かって叫んでいるため、周囲にいらぬ誤解を生ませてしまったようだ。

「と、とにかく……これで形勢逆転だな」

 あれこれ開き直ったというか、気にしないことにした桜夜は、自慢気に天叢雲剣を引き抜こうと柄を持とうとしたその時…

「まだやめておけ!…桜夜!」
「そっすよ…隊長には分不相応です」

 先程の流星を見て何かを察して駆けつけた師匠ことスサノオと、いつもはこんな時絶対こないはずの澪士が桜夜に待ったをかけた。

「ど、どうしたんだ師匠? それに澪士まで…」

 桜夜は彼等のいる方向に振り返りながら首を傾げる。敵を前にして、そんな隙を見せるようなことをするのは愚の骨頂だが、今はスサノオが威圧を掛けているので多分大丈夫だろう。

「いいか桜夜。今のまま叢雲を引き抜けば、お前は確実に……堕ちる」
「はぁ? なんで!?」

 諭すかのように告げられるスサノオの忠告。だが既にこの剣に起死回生の可能性を見出している桜夜にとってそれは、納得のいかないものなのは必然。

「見てわからないんすか? その剣が今、どんな状態か…」
「どんなって……刀身から七色の光が溢れて、淡く光っているとしか…」

 桜夜の言ったとおりなのだが補足しておくと、もともと白かった刀身が神聖力によって力を引き出されたことにより、微量の虹がそこから溢れ出し、刀身を七色に染め上げて淡く発光しているのだ。

 ちなみに虹色の光が出るのは神聖力ではなく、刀身の核に使われている神話金属オリハルコンが原因だ。オリハルコンは古代ギリシャやアトランティスの産物であり、極東にある日本には本来存在しないはずなのだ。しかし存在しないのは鉱石の状態としてであり、武具の核などには稀に使われていた。

 当時の日本人はそんなこと知るはずもないので、伝承には何ら残っていないが神や大自然は神器との相性の良さに気付いていたのである。あとは星造物と神造物の神器の話になるので割愛するが、ここだけの話、オリハルコンは結構全世界に分布していたりする。まぁ今この時代に残っていないとなると、神々が無駄遣いしたのは想像がつくだろう。

 まぁそれは置いといて。

 澪士が桜夜に伝えたいのはそんな光り方の話ではない。

「隊長っ! 気付いてるんでしょ!? その剣は……人間が扱って良い代物じゃない!」
「……」

 事の重大さを理解してか、いつもの疲れたような棒読みではなく彼の本物の言葉が桜夜へと訴えかけられている。そんな勢いのある説得に桜夜は押し黙るしかないのだが…

「でも……でもこの剣があれば………この剣さえあれば…俺は勝てるんだ!」

 いつもは飲み込みの良い桜夜が、なぜかここでは頑なに譲らなかった。最終的には駄々を捏ねる子どもの如き有り様だ。

「な、なんでわからないんすかっ!? このっ――!」
「―待て、澪士!」

 しびれを切らした澪士が桜夜に向かって殴りかからん勢いで迫ろうとしたが、すんでのところでスサノオが片手で制す。

「恐らく、もう手遅れなんだろう。…やつは叢雲に呑まれた…」
「な――」

 静かにそう言い放つスサノオ。それを聞いて言葉を失った澪士は諦めかけるが…

「だが……まだ希望はある。あのバカ弟子から叢雲に関する力の制御権限を奪えれば……の話だが…賭けてみる価値はあるぞ…」

「……やります…それで隊長を救えるのなら……たとえ命懸けでも!」

(別に命を懸けろとは言ってないんだが……まぁいいか…)

 最早、どちらが主人公かわからない状況だ。片や剣に魅せられその絶対的な力を手に入れようとする桜夜。片や、自身が慕う人を助けたいと命を勝手に懸け始める澪士。

「なんか知らねーけど、俺は決めたからな…」

 それぞれの思惑はあれど、それら全てを無視して勝手に叢雲を引き抜いた桜夜。

 瞬間。辺り一面にその虹の輝きを増し、地面に影一つ作り出させない程の光量が周囲にいた未智咲、スサノオ、澪士の視界を白く焼き尽くす。失明には至らないが少しの間、目が眩んでしまう。

「いきなり、チャンス到来だな!………うおっ――!」

 無論、この機会をみすみす逃す桜夜ではないのだが…

「何しやがるっ!? 澪士っ!!」
「させませんよっ! 絶対に…」

 確固たる意志をもって桜夜を妨害する澪士。目が眩んでいるため、彼の気配だけを頼りに行動するしかない。そしてそれは相当な危険が伴うはずなのだが、何の躊躇いもなく澪士はやってのけている。その在り方はまさに命懸けと言えるだろう。

「いいですか、あの敵将は僕とスサノオさんで倒しますから…隊長は大人しくしてて下さい!」

「…なんでだよ……今の俺ならあいつを倒せるんだ! 今しかないんだ!……もう、お前等に甘えるわけにはいかねぇんだ…」

 桜夜のそんな叫びは荒々しさもあったが同時に悔しさや弱さも伴っていた。

「でも隊長、堕ちたら元も子もないんですよ!?」
「っ―――!!」

 先程は反発されそのまま流されたが、桜夜が自身の気持ちを吐露した今なら澪士達の思いは伝わるはずだ。

「――俺は……どうしたらいいんだよ……なぁ澪士…」
「最初から…答えは出てるでしょ?」

 静かに落ち着かせるように澪士は言うが、肝心なのは桜夜がそれを口に出して答えないといけないということだ。

「あぁ…そうだな……一緒に……一緒に戦ってくれるか? 澪士…」
「その言葉をずっと待ってたっすよ。隊長…」

 今度こそ曇りのない真っ直ぐな目でそう口にする。もちろん返ってくるのは温かい感情が籠もった力強い言葉。それが叢雲に、力に呑まれようとしていた桜夜を引っ張り上げる。

「想定していたのとは違う形での解決になったが、よくやった澪士。ま、そういうのは師匠である俺様がするべきなんだけどな…」

「師匠……師匠も力、貸して下さいね」
「おうよ…任せとけバカ弟子」

 後ろからスサノオがやってきて剣を肩に担いで隣に並んだ。

 今、未智咲ひとりの前には、桜夜、澪士、スサノオが各々準備を済ませ待ちかまえている。

「たぶんこれが…無謀と言うものなんでしょうね」
「そうだ。逃げるなら今のうちだぜ、嬢ちゃん」
「ふふ…これぐらいじゃ逃げる理由にはなりませんよ」

 お互い不敵に笑い、構える。未智咲が狙うは一撃必殺による形勢逆転。対して桜夜達が考えるのは連携攻撃による未智咲の完全封殺だ。

「さぁ仲間に救われた者同士、そろそろ決着をつけましょうか…」

 そうは言うが桜夜達はこの場を動けない。その原因は…

(やべぇ…連携攻撃なんてしたことないからどうすりゃいいのかわかんねぇ!)

 冷や汗をだらだらと掻いて桜夜は内心もの凄く焦っていた。そして歴戦の武士ならこんな千載一遇のチャンスを逃すはずもない…

「―瞬動―!」

 未智咲が小さくそう呟くと今まで出し渋っていた第二のスキルが発動する。

 ―瞬動―
 それを一言で表すのなら諸刃の剣が妥当だろう。効果としては、一度発動すれば自身の体力が尽きるまで止めることができず、そのくせ体力の消費量が馬鹿でかいというとても燃費が悪い高速移動スキルである。

 だがそれはこのスキルしか持っていない場合の話。
 未智咲の第一スキル―真槍―を思い出してほしい。あのスキルの効果を簡単に説明すれば槍を速く振るえば振るうほど、自身のステータスを向上させていくというものだ。真空刃的なやつはおまけにすぎない。

 そうこの二つのスキルはとても相性がいいのである。
 細かく言うと瞬動の高速移動は槍捌きの速さにも繋がっているため、真槍を発動しているとすぐにレベル10に至れるのだ。因みに通常は激しい戦闘を10分間続けることでようやく達することができる。

 自分の持つスキルを掛け合わせることで無限の可能性を生み出す。これこそがスキルの醍醐味であり神秘との決定的な違いだ。

「スキル・コンビネーション!」

 その一言で真槍のレベルが10に達するとともに、真ん中にいる桜夜を捉える。桜夜もいきなりレベル10が跳んでくるとは読めなかったようでその速さに圧倒されかけるが…

「させねぇよっ!」

 寸前で横から神の一撃が炸裂する。無論、人と神では次元が違うので押し返されるが未智咲は留まらず、迷わず、そして焦らずに次の一手を打つ。

(やはり一撃必殺は防がれましたか……ですがまだです…まだ…)

 一度この二人は諦め、狙いを澪士に変更するべく反対側へ駆ける。駆けると言っても瞬動のおかげで二三歩程度なのだが。

「っ今度はこっちか!! 神秘・血盟契約!!」

 とたん澪士が少しふらつくが明らかにその雰囲気が先程までとは違う。自身の血を力に変え、速さに変え、繰り出される瞬速の乱れ突きを回避し、いなし、拳で打ち落とす。

「うぉぉぉおおおおおおっ!!」

 しかしいくら体が速く動いたとしても反応できなければ意味はないため、だんだんと切り傷の数が増していく。

「くっ―――!」
「はぁっ!」

 槍傷、裂傷、擦り傷、打撲、そしてまた槍傷といった風に着実に切り裂かれていき澪士は苦痛の表情を浮かべている。しかし出血で失った血液は血盟契約に則って血霞へと変化し、神秘に吸収され身体強化に使われるので未智咲との力量に大きな差が開くことはない。

 もちろん血液を消費しすぎれば出血多量と同じで死に至るので、無理は出来ないが、そこは彼等が上手くフォローするようだ。

「俺らも構ってほしいんだけどっ!」
弟子みぎに同じくっ」

 桜夜の上段からの切り落とし、スサノオの切り上げが未智咲を襲うが、瞬く間に弾かれ、逸らされ、圧されていく。

「レベル20っ!!」
「これならどうだっ!!」

 気迫。槍捌きがまた一段と速くなり、スサノオが力で抑えつけようとするが技で逃げられるので意味がない。さらに…

「ふふ、やっとあなたに追い付きましたよ」
「やってくれるねぇ…嬢ちゃん…」

 なんと先程からスサノオの速さに力強さに並び始めているのだ。まさに神域。一時的であれど人が次元を越えた瞬間である。
 そしてそこまで至ってしまうと…

「俺達じゃどうしようもねぇ…」
「ですね…」

 神速と瞬速の戦いに少し強いだけの人間二人が入れる筈もなく、桜夜達は観ているしかない。
 だが…

「レベル30ぅぅぅぅッッ!!!」
「なっ―!」

 奥底から絞り出したかのように叫ぶと、さらに未智咲の速さが増す。最早、スサノオでさえ対応するのがやっと、といった感じだ。未智咲に先手、先手を打たれ続け、スサノオは後手に回って効率良く防ぐしかない。

「これは…まずいな…」
「そっすね…」

 もしこのままレベルが上がっていくのなら、確実にスサノオは負けるだろう。そしてその時には既に、桜夜達の目に未智咲の姿は映らない。
 それならば…

「なら…今、決着をつけるしかない!」
「でもどうするんです?」
「それは…その……うーん…」

 そうは言っても具体案が思い浮かばない桜夜は、ふと自分の右手に握られているものを見る。

「叢雲……そうかっ!…これならいけるっ!!」
「隊長?」
「澪士、頼みがある!」

 自信に満ちた桜夜の表情に澪士は首を傾げるが、そんなのお構いなしに桜夜は頭を下げる。

「お願いだ…師匠と一緒にあいつの足止めをしてくれ!!」
「いいっすよ」

「…だよな、ダメだよな…………って、え?いいの!?」
「自分で頼んどいてその反応はなんすか…」

 桜夜の無謀な頼みを二つ返事で快諾する澪士。いつもの彼からはとてもじゃないが想像できない。

「じゃ、頼んだ。それと合図したら、師匠と一緒に退いてくれ」
「了解っす…」

 澪士に作戦の旨を伝え、桜夜も準備に入る。

「じゃあ、ちょっくら行きますかね……神秘・血盟契約!―外部媒体吸収―!」

 両腕を上げ、左右の掌にエネルギーを集めていくイメージをする澪士。かの有名作品の必殺技である元○玉にどこか似ているが、澪士が収集しているのは生命力ではない。血液だ。

 赤黒く、紅く、朱い球体が、着々と大きさを増していっている。そうこの戦場で散っていった多くの仲間達や敵の血液を集めているのだ。

「これぐらいあれば足りるよな?…血盟契約っ!!」

 およそ直径2メートルもの血球を媒体にし、力に変える。これが澪士の奥の手だ。

「ぅぅぅうううううううぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!!!」

 馬鹿でかい雄叫びを上げ、未智咲の下へ突進していく。

「頼んだぞ…澪士!」

 それを力の籠もった瞳で見送る桜夜。彼も作戦を成功させるため叢雲に精神を集中させ始めるのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。
投稿遅れてすみません。

 多分、次回で新名神攻防戦は終わると……思いたい……

これからもよろしくお願いします!



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