噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

93 新名神攻防戦 その5

 翌日、新名神亀山西ジャンクション一帯は上り下りとも激しい戦火に包まれていた。常に足元にはどちらかの陣営の死体が転がっている状況だ。しかも曇っていて日が射さないため、気分も悪い。

「クソが…」

 そんな薄暗い戦場を悪態とともに掻き分けて、今なお進み続けているのは桜夜だ。昨日の傷はもうある程度治したらしく、包帯も目立ったところには巻かれていない。

 この鉄の臭いにもそろそろ慣れてきたな。あとは人を殺す度に増す目つきの悪さをどうにかしねぇと…

 自分でも思っている通り、今の彼の形相はとても恐ろしいものだった。

「もう一日休んどけばよかったぜ…」

 攻勢からまだ3時間しか経っていないというのに、体が重くだるい。それもこれも全て異常な士気を発している織田軍のせいだと心中で毒づきつつも、敵兵を殺し、さらに目つきを悪くしていく。

 昨日の夕方頃、本隊と合流した桜夜達は日が昇るとともに、織田軍に攻撃を仕掛けたまではよかったのだが…

「ホントになんなんだよコイツらはっ!」

 怒鳴り散らし、一閃。襲いかかってきた織田の兵士の腹を深く切り裂く。しかし……

「……ぅぅぅうううおおおおお!!」

 立ち上がったのだ。あきらかに出血多量でショック死してもおかしくない状態でも、彼らは何度も立ち上がってくる。そんな敵軍に恐怖を覚えない者などおらず、尖兵団の士気はどんどん低下していき仲間が殺されていく。

「…なるほど…昨日の俺はこんな感じだったんだな…」

 何度傷ついても、悲鳴をあげても立ち上がってくる狂気の兵士。おそらくあの女将軍には自分の事がそう見えたのだろうと、ひとり納得するが…

「皮肉にも程があるわっ!!」

 眼前の敵を斬撃と刺突で確実に殺し、剣に付いた血を払って落とす。そして次へと視線を動かしたその先には…

「昨日言ったはずだけど? 後悔するわよって…」

 織田五大将・未智咲雪姫が戦火の中、静かに佇んでいた。その手には相棒である三叉槍が握られており、同じく炎の中、煌めいている。

「ほう…仲間には殺されなかったみたいだな…」
「えぇ…おかげさまでね」

 轟々と大気が唸りを上げ、二人の再会を祝福する。髪を押さえて吹き荒ぶ風をやり凌いだ未智咲は、おもむろに槍を振り上げ、振り落とす。

 瞬間、生まれる閃風。

「クッ……昨日のやつかっ!!」

 襲いかかってくるが、すんでのところで避ける。

「いきなり真槍とやらを使ってくるとは、容赦がなくなったな……なにか吹っ切れたのか?」

 余裕の笑みでそう問い掛ける桜夜。

「あなたのおかげでいろいろと、ね」

 続けて放たれる閃風二閃。

「そりゃどう致しまして!」

 昨日と同じく体を風の隙間に滑り込ませ、やり過ごす。

「ふふ、ここまでは昨日も出来てたけど、お次はどうかしらね?」

 三叉を振り回し、三陣の風を乱れ飛ばす。

「やっぱりこいつぁ…ちとキツい!」

 剣を上段に構え、振り下ろし一閃目を霧散させる。

「それじゃ昨日と変わらないわよ?」
「そりゃどうだか!?」
「ふふ…」

 おかしそうに微笑む未智咲の視線の先には、剣を切り返して二閃目、三閃目を打ち消す桜夜の姿があった。
 勢い良く振り下ろすが振り抜くことはせず、型に従い切り上げ、また切り落とすことによって閃風をかき乱したのだ。

「やっぱ、型って大事だなぁ」

 そんな感慨に浸っている場合ではないのだが…

「…隙ありっ!」
「ヌォッ!?」

 言わずもがな。気を抜いたところを攻められ、体勢を崩す。思わず出た変な声とともに浅くだが肩に傷を作ってしまう。
 バックステップで距離を取り、立て直す。

「そういえば、なんであんたの仲間はみんなこんな状態なんだ?」

 休憩がてらにゾンビ兵みたいな織田軍のことを聴くと…

「え? なにかおかしい?」
「いやいやいや、おかしすぎるだろ!」

 首を傾げる未智咲と激しくツッコミを入れる桜夜。二人の間に数秒沈黙が訪れるが、ふとした瞬間、未智咲はさも当然のように、さらっと聞き返したくなるようなことを口走った。

「近接戦闘の武士ならこれくらい当たり前じゃない」
「はい?」

 今、桜夜の脳内では未智咲の台詞にエコーがかかって何度もリピートされてることだろう。完全なる思考停止。それほどまでに未智咲の台詞は意味不明さを多分に含んでいたのだ。

「当たり前? ……これが?」
「え? …ち、違うの?」

 未智咲側からしたら何故か困惑される自分達の当たり前。即ち異世界の常識、だがそれはこれだけではない。

「じ、じゃあ昨日の弓兵は?」
「それならあなたも目の当たりにしたでしょ? あの威力と精度、そしてあらゆる場所から飛来する矢。あれが弓兵の当たり前?」

 自信が無くなってきたのか、最後の方は声を小さくして疑問系だ。
 しかし、ここまで聴くともう一つ疑問が浮かび上がる。

「俺も昨日、コイツ等と同じようなことしてたよな?」
「ええ、そうね」
「じゃあなんで、慣れてなかったんだ?」

 桜夜の言うとおり、仲間がこんな戦い方をするなら模擬戦などをするときに、ほんの一瞬でも垣間見る筈なのだ。だが昨日戦った未智咲は何度も立ち上がる桜夜に対して明らかに圧されていた。

 いくら真槍のスキルアシストで槍術の練度が一時的に向上しようとも、確実に彼女の士気を下げていたのは事実のはずだ。

 そしてそれは何故なのか…

「あ、あれよ……いつもやる側だったから、やられる側があんなしんどいとは思わなかったのよ…」

 何処か恥ずかしそうにそう答える。理由としては、まぁギリギリ通用するが……

「なっ……なんだと……」

 桜夜さん、もう絶句するしかなかった。昨日、あそこまで追い詰めることができたと思っていたらこんな理由だったとは、もう……うん。返す言葉が見当たらない。




 ま、まぁこれで気になっていたことも解消したので、本題に移ろう。

「ま、まぁいい。取り敢えずお前を倒させてもらう!」
「ふふふ、昨日よりは手強いわよ?」
「望むところだっ!!」

 そう言って駆け出した桜夜。その先には槍を振るって着々と速度を上げている未智咲の姿がある。

「要は、俺が反応しきれなくなる前に、倒しゃあいいんだろっ!!」

 数メートル手前で剣を肩に担ぎ、一気に距離を詰めるため跳び、間合いに入ったところを斬るという桜夜の得意技。その名も…

「師匠殺し!」
「…っ!!」

 一瞬のうちになくなる両者の間合い。これは流石に読めなかったらしく未智咲は咄嗟に槍を突き出すことしかできない。

-キィィィィィィィィンンンン

 打ち合わされることで金属が甲高い声をあげて鳴くが、お構いなしに続く攻防。

「ふうっ!! たあっ!!」
「セイッ! はぁぁあああっ!!」

 押しては圧され、圧されては押し返す。打ち鳴らし打ちつける。気迫と気迫がぶつかり合い、数瞬後には剣と槍が衝突する。互いに一切、退かず、退かせず斬り合い、斬り返す。

(このくらいなら…まだいける!……けど、決め手が見当たらないっ!!)
「ふふ…」

 焦りが顔にでたらしく、未智咲がそれに微笑む。

「…真槍…レベル10!」
「はあ!? ちょっ…いきなりあげるなってのっ!!」

 宣言通り先程より槍の速さが、威力が、鋭さが格段にあがっていく。それに対する桜夜の焦りはピークに達し…

「ヌォォォォォ!! ………っっ!!…ノワァッ!」

 奮闘するも吹き飛ばされた。受け身をとったあと数回、転がってダメージを抑え立ち上がり、ふと自分の身体を見る。そこには昨日の比ではない程の切り傷が刻まれていた。

 この一度の剣戟だけで桜夜は数多の傷を負っているのに対し、未智咲には未だ掠り傷一つない。

「おいおい、これホントに勝ち目あんのか?」
「あら? 昨日、真槍の攻略法を見つけたのは誰だったかしらね…」

 桜夜の諦めたような呟きに、未智咲があからさまな挑発を返す。無論、ここで乗ってしまうような桜夜ではない。ないのだが…

「そんなのりの悪い主人公は……いねぇよな…」

 やはり彼はその精神から主人公であり続けたいらしい。そして…

「その主人公たる俺が、こんな人相悪くてどうすんだよっ!!」

-ゴツッ

 鈍い音が鳴った。そう桜夜は自らの右拳で、自分の顔を殴ったのだ。端から見れば、ただの変人。しかし、今の彼は憑き物がとれたような清らかで心地いい表情を……まるで物語で語られる希望に満ちた主人公のような顔をしていた。

「あなた、そんな良い顔もできたのね」
「お褒めに与り、光栄だよ」

「あと、その喋り方はキモイからさっきまでと一緒でいいわよ」
「うるせ、それくらいわかってる」

 そしてそんな彼を、主人公のような彼を、讃えるかのように空が晴れ渡る。陽光が戦場を照らし出し、中でも桜夜を中心とした一帯は一際輝いていた。先程までの曇り空など、見る影もない。

「こ、これは…」

 二人はそんな奇跡を前にしてただ絶句するしかできなかった。そうすること数秒後……空のある一点がキラリと光ったかと思えば、何かが流星の如く落ちてきた。

「っ!今度はなんだ!?」

 突然の事態に双方ともまともな防御が間に合わず、とっさに手で顔を庇い難を逃れようとする。

 また落下時に砂煙が舞ったため、落下物が何かはっきりとは確認できなかったが、やがて砂埃がマシになったあと、桜夜の前に一振りの剣が突きたっているのがわかった…


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 流石に今回、グダるわけにはいかないなと思い、いきなりの合戦状態になりましたことお許し下さい。
 本当なら前話あとの未智咲とその仲間のシーンや、桜夜と澪士の場面など書きたかったのですが、それは皆様のご想像にお任せしたいと思います。自分勝手ですみません。

 そして次回、満を持してあの武器が!

 これからもよろしくお願いします!
 いいね、フォローもありがとうございます!

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