噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

85 新名神攻防戦 その1

 織田軍が出陣する少し前、既に尖兵団は新名神に一番近い東名道の亀山パーキングエリアに布陣していた。こちらもまもなく行軍が開始されるだろう。

 そんな中、桜夜はスサノオに呼び出されたらしく、ここに建てた中継拠点の天幕にあんまり気の乗らなそうな足取りで向かっていた。

「ったく、師匠の奴さっきあんなに暴れといてまだなんかあんのかよ」

 悪態をつき、路傍の石を蹴りながらも天幕に辿り着く。バサッと天幕の布をどけて中に入ると…

「入るぜ師匠! なんか用か? ………って、え?」
「あら?」

 天幕に入るとそこにいたのはスサノオではなく、踊り子の装いをした妙齢の美女。天井から垂れ下がる薄く透けた布に隠れてはいたが、確かにそう見えた。

「…待っていましたよ。九重桜夜さん。さぁこちらへ」
「なんで俺の名前を?」

 首を傾げ訝しみながらも、女性の手招きに従って奥へと入る。
 すると突然。ーーーファサッ、踊り子の衣装らしき物が地面に落ちる。

「ッッッ!?」
「ふふふふ」

 いきなり服を脱ぎ出す眼前の女性に桜夜は目を白黒させ、慌てて天幕から飛び出した。

 その反応を面白がるかのように女性は妖しく微笑む。ほんの半年前まで普通の男子高校生だった桜夜にとっては目に毒だろう。

「あら、別に恥ずかしがらなくてもいいのよ?」
「無理ですよ!!」

「私は恥ずかしくないもの」
「痴女か!?」

 天幕越しで交わされる誘惑の数々を振り払い、あらゆる邪念を理性で抑えつけ自分を強く持とうとするが、なおも止まらない衣擦れの音がいらぬ想像を次から次へと浮かび上がらせてくる。

(なんか、妄想がやけにリアルだ……一目見ただけだぞ!?)

 この一文だけ見るとただ記憶力と妄想力がヤバい変態にしかならないが、そういうわけではない。

 もちろんこれらも彼の神秘『主人公補正』の効果だ。桜夜自身はまだ気付いていないが(気付いていたらそれはそれでヤバいのだが…)、これが第七補正《ラッキースケベ》である。

 この第七補正のヤバいところは、ただ記憶力や妄想力が上がるだけではないということだ。その真価は絶対に有り得ない偶然を必然にしてしまうところだ。確率にして何億分の1。一生のうちに1回あるかないか。

 今回はまだ記憶力などの補正だけだが、その内この第七補正が本格的に目覚めると、うっかり女の子の着替えを覗いてしまったり、何もないところで躓き転んで誤って女子のスカートの中とか、いろいろ日常生活では起きてはいけない偶然を誘発させていくことになるだろう。無論、それに対する報復はあるかもしれないが…

 そんな恐ろしい補正が目覚め始めているとは露ほども知らずに、桜夜は気を紛らわすため天幕越しに痴女さんに聞きそびれたことを聴く。

「そういやあんた、なんで俺の名前知ってんだよ」
「あら、言わなかったかしら?」

「言ってねぇよ!! 言う前にあんたが脱ぎだしたんだろ!?」
「…そうだったわね……クスクスクス」
「……」

 なぜ笑われているかも気になるが、それより先に先程の妄想が脳裏をよぎって羞恥からか言葉がなにもでなくなる。今も口をパクパクさせているだけで、声が出ていない。

「もう入ってきてもいいわよ?」
「ほ、ほ、本当だろうナ?」
「ええ、嘘じゃないわ」

 語尾が裏返っているが、なんとか平静を取り戻し、意を決して天幕の布を開ける。先程と同じ様に薄く透けた布越しに女性を見るが、ちゃんと服は着ていた。どうやら着替えたらしく清楚な巫女服になっている。

「………」
「……」

 入ってしばらく無言が続く。何度か女性がクルリとターンしたりしているが、まったく桜夜はピンときていない。

「はぁ……」

 とうとう諦めたらしい女性は、一息着くと近くに置いてあった簡易椅子を持ってきて座った。

「…なにやってるの?」
「へ? 何って…立ってるだけですけど…」

「あなた、もしかして知らないの?」
「なにをだよ…」

 桜夜が聞くと女性は右手の人差し指で地面を指差し、一言。

「そこに跪きなさい!」
「はあ!? なんで?」

「それがルールなのよ」
「ルールって……つーかあんた、さっきと口調変わってないか?さっきまでは『あらあらうふふ』キャラだっただろ」

 言われてみればその通りで、先程までの穏やかな感じは皆無だ。逆にSっ気が増している。一体どういうことかと女性を問い詰めると…

「跪いたら教えてあげても良いわよ?」

 満面の笑みでそう言われた。
 じゃあいったんそれは置いておき、先程の質問を繰り返すと…

「土下座したら教えてあげないでもないわよ?」
「……」

 同じく満面の笑みで、ハードルが上がっていた。

「それとも靴でも舐める?」

 眼前の女性は組んだ右足を前に出し、ピコピコ動かす。さすがにこれにはイラついたらしい桜夜が目つきを鋭くし、声を低くして言った。

「ふざけんなよ?」
「もう、我が儘な子ね。じゃあ何がいいのよ?」
「何がとか、そういうことじゃねぇんだよ」

 だんだんと雰囲気が怪しくなってきているが、そんなこと全く気にしないこの女性は淡々と言う。もちろん桜夜もこのまま引き下がるわけにもいかないので少しずつ圧を掛けようとするが…

「なら仕方ないわね。『そこに跪きなさい!』」
「なっっ!? ぐっっぅ!!」

 女が先程より口調を強くしただけで、桜夜に正体不明の重みがのし掛かる。最初は少し耐えてはいたが、際限なく増していく重みに耐えられなくなった桜夜の膝は地につき、ついでに両手もついてしまう。

「あは、あはははははははっ!! やれば出来るじゃない! これはご褒美よ」
「ガハッ!?」

 盛大に笑い褒美と言って桜夜の頭を踏みつける女と、それをただ受け続ける事しかできない桜夜。つい数時間前の師匠との戦闘さえ甘っちょろく感じられる圧倒的な屈辱と敗北感。

「う、うぅぅぅぁぁぁぁぁぁ!!」

 悔しさにまみれながらも反抗を試みるがもう身体は動かず、刃向かった分だけさらに重さが増していく。

「あはは!精々頑張りなさい。ま、あなたには無理でしょうけど。私の『神言』は、日本神話の中でも上位に位置するものなんだから、人間ごときに逆らえるわけないのよ」 

(神言だと!? 師匠に一度も掛けられたことがなかったのが、逆に仇になったか!! しかもこいつ、神だったのか!? じゃあなんで巫女の服なんて着てやがる?)

 神話の神々の持つ権能の一つ。『神言』。
 それは神の言葉を「神命」即ち、神の命令と認識させることでその神話を奉じる人々のみ強制的に行動させることが出来るという神々の絶対命令権だ。例え聴覚が機能していなくても、脳に直接言葉を響かせることができる。
 それ故に、以前までは耳に障がいを持つ人々が盲目的な神々の尖兵となっていたのだが、後に国会で人権について議論されたときこの事が論題に上がり、最終決議で障がいをもつ国民が尖兵になる場合、本人とその家族の同意が必要と可決された。しかし問題がない者については神話側が本人の選択を拒否したため、やむなく現状が維持されている状態だ。

 高校生の頃そういえばそんな事を習ったな、と思い出したが依然として解決策は見当たらないままだ。

(第四補正の《理不尽耐性》も発動しないのか…)

 桜夜の神秘『主人公補正』がどれだけ優秀な能力だろうと、彼が尖兵であり日本神話を奉じている限りこれは破れないだろう。

 そしてもう全体力を出し尽くしたらしい桜夜は、惜しくも地に伏せる。その姿はなんとも弱々しく見れたものじゃない。普段の彼からは想像できない惨めさだ。目に溜めた雫をこぼさないのは、まだ諦めていないからか、はたまた意地からか。

「なぁに?もう終わりなの?あんたそれでもスサノオ様に鍛えられた戦士?悔しくないの?ねぇ。ねぇってば!」
「ぐっっぅ… グハッ」

 脇腹を蹴られ苦しそうに呻くことしかできない。こんな事がこれから延々と続くのかと思ったその時…希望という名の光が差した。

「『そこまでだウズメ!』もうやめろ」
「なっスサノオ様!? なんでここに!?」
「し…しょう……」

 そう言い放って天幕の入り口に立っていたのは、この部隊の隊長であり、桜夜の師匠であるスサノオだ。彼の神言で今まで桜夜を虐げていたウズメと呼ばれた女の動きが止まる。

 突然の硬直と入り口に立っているスサノオにウズメは驚きを露わにし、硬直が解けた途端後ずさる。
 桜夜はその状況に呆然とするしかなかったが、指先が辛うじて動いているのを見るにウズメの神言は解かれているようだ。

「大丈夫か? 遅くなって済まない」
「ぜん…ぜん、大丈夫じゃ…ねぇ…どこ…行ってたんだよ……まったく…」
「ちょっと…な…」

 スサノオは弟子である桜夜を案じながら助け起こす。桜夜もスサノオの肩に支えられながら悪態をつきつつも、安堵の表情を浮かべていた。

「す、スサノオ様。その者はただの人間なのですよ!」
「あぁ?それがどうした?」

「人間ごときに神であるあなた様が謝罪を口にするなど、あってはなりません!」
「はぁ…お前なぁ…」

 スサノオの振る舞いに神として思うところがあったのか、ウズメは声を荒げる。対してスサノオは、ため息とともに呆れるだけだ。

「俺様にとってこいつは、弟子だ。それもただの弟子じゃない。苦楽をともにし、あらゆる修羅場を乗り越えてきた大切なバカ弟子なんだよ」

「そんな奴が助けを求めていたらそれに応じるのは当然だろう?そしてそんな目に遭わせたやつはいくら仲間であっても俺様は容赦しないぞ?」

 これまでの出来事を思い返し、桜夜へ優しい眼差しを向ける。当の本人は、照れくさいのか少し耳を赤く染めて俯いているが…
 だがいくらスサノオが言葉を並べようともウズメの考えは変わらないようで、冷ややかな目を両者に向ける。

「スサノオ様はどうやら行き過ぎた師弟関係で人間に対して情が芽生えてしまったようですね。なんと嘆かわしい」
「勝手に嘆いとけ……それと今度、桜夜に手を出したら死を覚悟しろよ…」
「っ……」

 どこまでも低い声がウズメへと向けられ、彼女は息を呑むことも許されない。スサノオは殺気が無くとも相手に多大なプレッシャーを与えることができ、桜夜も修行中何度となくやられたことがある。

「わっわかり、ましたっ」

 台詞の所々でビクつきながらも、なんとか返事をするウズメ。その態度に反省を見て取ったのか、スサノオは気を許したらしい。
 ついでに今まで持っていた円盤型の箱をウズメに向けて放り投げる。

「ほらよ! 御注文の品だ。それがあれば出来るんだろ?」
「ちょっ!? お…っとと!」

 回転しながらも放物線を描く箱に対して、いかに衝撃を与えないかを考えた結果、閃いたらしい態勢で両腕を広げるウズメ。キャッチの瞬間、ショックをできるだけ和らげるため全身の筋肉(主に彼女の豊満な胸部)を駆使し、ノーダメージで受け止めることに成功する。

「な、何するんですか!! これが割れたら私達はほぼ確実に死ぬんですよ!?」
「別に割れなかったんだから良いだろ?」
「なっ…そ、そんな理不尽な…」
「その理不尽をうちのバカ弟子にしたのは、何処の何奴だよ」
「う…」

 血相変えて猛抗議するが、それを言われては押し黙るしかない。

「とにかく、後は頼んだぞ?」
「は、はい」

 その表情は如何にも不服そうだが、渋々何かを了承するウズメ。返事を聴いた後、スサノオは桜夜を支えながら天幕を出た。



 天幕からの帰り道、助けられたのはいいがそれはそれで気恥ずかしい桜夜は、気になっていたことを話題にあげ、気を紛らわす。

「なぁ師匠、あいつ芸能神のアメノウズメだよな?」
「ん?よくわかったな! その通りだ。あいつは姉貴が岩戸に隠れたとき、踊り子として神楽を舞った芸能神…天宇受賣命アメノウズメだ」
「やっぱりか!」

 桜夜自身、スサノオが名前を呼んだときから疑問に思っていたらしく、神名を当てることができ嬉しいようでガッツポーズしている。
 さらについでとばかりに、もう一つ。

「じゃあ、あいつに渡したあの丸っこいのは?」
「ああ、あれは三種の神器の一つ、八咫の鏡やたのかがみだ」
「は?」

「だから八咫の鏡だ」
「いや、そこじゃなくて…」

 神であるスサノオは、桜夜が聞き返してくることにピンときていないらしく、首を傾げているが、日本国民である桜夜は愕然としている。主に扱い方について。

 もう一度、思い返してみてほしい。先程の鏡を持ったスサノオとウズメのやり取りの一部始終を。
 そう、スサノオは八咫の鏡が入っている円盤型の箱をあろうことか放り投げているのである。

 恐らくウズメが相当上手くキャッチしない限り鏡は割れ、何に用いるのか知らないが使い物にならなくなっていたことだろう。

「ち、因みに…あれをどう使うつもりだったんだ?」
「えっと…ウズメにあれを持たせて特殊な神楽を舞わせることで、鏡面結界っていうのを作り出してそれを足掛かりに侵攻を進めていくんだが…」

 何気なく明かされた侵攻の要。それをさも当然のように放り投げていたスサノオの神経はどうなっているのか…考えるまでもなかった。

「馬鹿なの?……あー疑問系は失礼かな。…馬鹿だ。師匠は馬鹿だ!」
「お前なぁ、助けてもらっておいてそれはないだろ!」

 今この瞬間、桜夜の中で日本神話馬鹿No.1はスサノオに決定された。隣でなんか騒いでいるがスルーだ。
 そして、その馬鹿のバックアップにまわったウズメのなんと素晴らしいことか。

「性格的には最悪だが…日本神話女神No.3くらいには、入賞出来るぞ!ウズメちゃん!……性格は…最悪だが…」
「神をちゃん付けとは、いい度胸だな」

「何か言ったか? バカノオくん」
「おい、テメェ…」

 そこからはただひたすらに罵詈雑言が飛び交うだけだった。



 その後、自身の天幕内で怪我の手当てを行っているとき、ふと思い出した最大の疑問。

「そういえば、なんでウズメちゃん巫女服になった途端、ドSキャラになったんだ?」

 自分の名が知られているのは神だがらということにしておいても、これはまだ引っ掛かったようだ。
 そんな桜夜の疑問を面倒くさがらず、ちゃんと応えてくれるバカノオさん。

「ああ、あれはな…プライドの問題なんだよ」
「プライド?」

 結論から先に言ったようだが、桜夜はピンとこない。

「普通、巫女の服ってもんは人が神に何かを奉じる時に着るもんだろ?」
「そうだな。確かなことは知らないが……あ!」

 何かに気付いたのか、治療の手を止め訳もなく立ち上がる桜夜。

「そういうことか。本来、人が神の下手に出て着る巫女服を着ること自体がウズメちゃんのプライドを傷つけかねない。しかもそれを他人に見られれば余計に…」

「そうだ、余計に矜持を傷つけられちまう。それを誤魔化すためのアイツなりの威厳の保ち方なんだろう。まぁ踊り子やってるせいで、羞恥心がバグってるからあんまり威厳無いんだけどな…」
(こいつの手前、姉貴の岩戸隠れの儀式の詳細については言わなかったが……あん時も相当ヤバいことしてたしなぁ)

「そういえば…俺の前でもさも当然のように服脱いでたし…」

「ま、まぁそういうわけだ。照れ隠しとでも思っといてやってくれ…」

 ただの照れ隠しだけで、あそこまでボコボコにされるのもたまったもんじゃないが、そこはそれ主人公の優しさというやつだ。なにより作戦の要を無事にキャッチしたことに対して桜夜のウズメへの好感度はなんとなく上がっているのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 今回は私が桜夜で一番書きたかった第七補正の回です。おそらくこれからこの補正が暴走していくことでしょう。

 それと桜夜の神秘『主人公補正』について今一度まとめておきます。
今現在、桜夜が任意で行使出来るのは…
(作中表記と作中表記無しの両方を書いておきます)
 
 第一補正《運・直感》 派生《想像実現》《戦闘センス》
 第二補正《回避・逃走》
 第四補正《理不尽耐性》派生《神言耐性(獲得率10%)》
 (半覚醒)第七補正《ラッキースケベ》 派生《記憶力・想像力上昇》

 なお日本神話が所有するあらゆる神秘が解説されている本の『主人公補正』欄には、補正は全八つと表記されている。

 さて残り四つの補正も気になるところではありますが、今回はこの辺で…
これからもよろしくお願いします!

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