噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神
66 峰影の選択
峰影の工房を襲撃する、2時間前。時は少し遡り湖畔のテントにて。
テント内の簡易イスに腰掛けて無線機を使って話しているのは、以前隊長と呼ばれていた男だ。まぁ正体は桜夜なのだが、修行を終えた彼は高校時代よりはるかに成長を遂げ逞しくなっていたので、隊長と言い表していた。
事実、今の彼は優しくかっこよさのある顔立ちはそのままに、細かった身体に筋肉がしっかりついたことで、元々の高身長と合わせてかなりイケメン度が上がっていたりする。
因みに神秘である『主人公補正』の方もある程度使い物になるようにできたらしい。
そうこうしているうちに、間もなく通話が終わりそうだ。
「了解しました。こちらから仕掛けます」
『ああ、くれぐれも問答無用に殺すんじゃねぇぞ』
「承知していますよ、師匠」
『あと、そのしゃべり方キモイからいつも通りやってくれ…』
「キモイとかひどいなぁ。
まぁ、こっちの方が堅くなくていいんですけどね」
『とにかく、しっかりやれよ。 桜夜…』
と、そこで通信が切れた。
相変わらず気ままな神だと、苦笑いしつつ桜夜はテント内を振り返り、今回任務に連れてきた2名を見る。
まず1人目、氷瑠真澪士。薄青い髪を後ろで束ねている少年だ。
そして2人目、氷瑠真涼葉。弟と一緒の薄青い髪を腰のあたりまで伸ばした華麗な少女。なのだが、足が透けている……俗に言う幽霊というやつだそうだ。因みに一般人には視認できず、視れるのは弟である澪士と真眼系神秘保持者だけなのだが、桜夜は『主人公補正』で視えてしまう。
この2人も、神々の尖兵なのだが経験不足ということで今回、師匠に同行を命じられたのである。前々回の会話を見てくれれば分かるが、この3人の仲は決して良いとは言えないものだった。
特に桜夜と澪士の場合、澪士からは口を開いても愚痴ばかりで、普段は姉の涼葉と喋っている。桜夜はそんな澪士との距離が取りづらいらしく、(愚痴や態度などは気にしていないようだが)こちらからもあまり話しかけていないようだ。
そんな2人に遠慮しつつも、隊長としてビシッと決めるため、意を決して命令を下す。
「聞いてくれ2人とも! たった今、師匠かりあッッ……ぁ………」
だがしかし、盛大に噛んでしまう桜夜。羞恥で顔が真っ赤である。
(…もう帰りたい……もう死にたい………もう召されたい…………)
だが、諦めるわけにもいかないそこで、ゴホンッと咳払いを一つ。
「たった今、師匠から工房への突撃命令が出た。出発は30分後。各自それまでに突撃準備を整えておくこと!」
声量と早口で誤魔化しにかかろうとする桜夜だが、結果は覆らなかった。
「隊長噛んでるしw……顔真っ赤だしw…」
『もう、澪士くん! そういうことは言っちゃダメ!
いくら顔真っ赤で今にも穴があったら入りたそうな顔してても笑っちゃダメ!』
(………グハッ……………)バタリッ…
その時、氷瑠真姉の善意からきていると思われる注意の言葉の中に隠れていた棘が、MP1の桜夜を襲った。
……ただ笑われるだけならまだよかった……けれどそれをわざわざ解説して注意しなくてもいいんじゃないですかね。お姉さん………
そう思いながら、桜夜は羞恥心が頂点に達したため力なく地面に倒れ伏した…
『た、隊長さん!? どうしたんですか!?』
「そんな奴ほっとけよ、涼姉。 さっさと準備するぞ~」
桜夜の倒伏に動揺する涼葉だが、彼女は自身のしたことに気づいていない。また、澪士は心配の言葉一つ掛けることなく準備をしにテントを出て行った。とても軽い感じで…
先が思いやられる部隊だが、この3人は一応訓練を積んだ神々の尖兵なので基本スペックは高い。そのため30分かからず、まして5分とかからず3人は出発した。
道中、険しい斜面を登りつつ峰影が設置した結界などを無力化していく。それも峰影側に緊急連絡がいかないよう細心の注意を払いながら。夜の闇に紛れて静かにされど速く駆け上がり進んでいく。
そして出発して10分たった時、一行は少し開けた場所に出た。そこは不自然にも周りの木々が入ることはなく、綺麗な円を描いていた。
「結…界か……」
『そうみたいですね』
「涼葉さん。霊的視点で見るとどんな感じですか?」
『えーっとですねぇ……うーん…残念ながら私の方にも隠蔽結界が張られているようで、何も見えないです』
「涼葉さんの方もダメですか……なら……」
どうやらここは、現実側でも神秘側でも隠蔽工作がしてあるらしく、そう簡単に正しい道がわかるわけではないらしい。もちろん誤った道に進むと、緊急連絡が峰影に伝わると同時にこの山を追い出されかねないだろう。
なので桜夜は慎重に考えるのかと思ったが、違うらしい。彼はいつも通りといった感じで魔法の言葉を呟く。
「神秘『主人公補正』…………第一補正《運・直感》!!」
呟かれたのは彼の神秘。彼が願い、彼が望み、彼が求め、彼が鍛えた己の力。そして一つ目の補正である《運・直感》はその名の通り、全ての運が彼に集まり偶然を必然とさせる。
また直感も同様。これは彼の五感を全て研ぎ澄ますことで、新たなる第六感を目覚めさせるという補正。直感、それ即ち言いようのない根拠。
いつか読んだ本の中にこんな台詞があったのを覚えている…
”偶然と偶然が重なれば、それはもう必然なのだと”
だから今、彼が信じるのは己自身。彼は絶対的な自信を持って、この力が指し示す方向へとただ走る。その先に目的地があると確信して。
そしてそれを追う姉弟。 夜はまだまだ長い…
桜夜が信じた道を突き進みしばらくして、3人はとうとう目的地に到着した。案外、ここへの道のりが1時間半近くかかってしまったが、安全策をとっていたので仕方がないことだろう。
それよりも、今はこれより行う奇襲攻撃に意識を向けなければならない。
開始は2分後。各人の息が整ったので、いよいよ打って出るのだ。
手順としては、まず澪士が自身の狙撃銃で峰影がいると思われる、明かりのついた一階の窓を撃ち抜く。それを何発か繰り返し次に拳銃で牽制しつつの突撃だ。こちらは桜夜と涼葉で担当することになる。
それと涼葉は幽霊なのだが、物体(生命以外)には触れることが可能だ。ただしお約束通り攻撃を受けた場合などはすり抜けるが……まぁそこが幽霊の強みでもある。
こんな事を説明しているうちに2分が経ったようだ。
…パッァァァァァァァァァァァァァァンンンンン…と乾いた銃声が響き渡り、攻撃が開始される。
銃弾が次々とまだガラスを割り、その奥にある調度品類を破壊していき、さらにその奥にある壁をも貫通しているようだ。もちろんこれは通常の狙撃銃では不可能な芸当である。これをふまえ考えると恐ろしい貫通力があることが理解できるだろう。
実は澪士の持つこの狙撃銃は、姉である涼葉が自ら設計し作製からメンテナンス、改造までこだわっている特別製だ。
名を【天之波士弓=フラン・エルトリエRSH17】
まぁ一目見ただけでわかるだろうが、前半部分がかなり不自然だ。これは後付けなので仕方がない。なぜなら2人が神々の尖兵となる時、この狙撃銃も一緒に疑似神格化され、それによりオオクニヌシから神弓の名を賜ったからだ。
もちろん名を変えることは神命によって不可能。当時、涼葉はこれで一週間位泣いていたのだが、それも今では昔の話だ。
当の姉が自作の狙撃銃を見ながら、過去に意識を向けていると、装填されていた全ての銃弾が放たれ、再装填へと移行する。
この間に、桜夜達は拳銃で牽制射撃を行いながら工房に近付いていく。
『私の目から見たら、近くに1人。地下に2人かな』
「わかった。ここの1人は確実に潰す!……『ここを制圧している間、澪士は地下に行った2人を追ってくれ! それとお姉さんは借りておく』」
『チッ……わーったよ…』
『ここが片付いたら、駆けつけるから待っててね。澪士くん』
『わかったよ、姉ちゃん』
「………」
明らかに態度が違う!と心の中で叫びたくなるが今はそれどころじゃないのでスルーだ。
そして先程から桜夜が明確に感じていた殺気に警戒しながら、窓から入り込む。
そのとたん…
シュッッッッッッ!と風を切る音を自身の耳が拾う。その音に反応は出来たが、身体が動かなかった。結果的に脇腹から胸にかけてを浅く斬られる。さらにその時の血が目にかかり、目をつぶらざるをえなくなる。
「ハハッ窓から飛び込んでくるとか馬鹿なの?」
すぐ前から人の声が聞こえてくるが、お構いなしに手に握っている拳銃を乱射。銃弾はそれぞれ別の軌道を描き、部屋中に傷をつけていく。そして偶然にもその中の一発が跳弾、桜夜の右太股を軽く擦り服が裂けて血がにじむ。
「乱暴に撃っても、無駄弾になるだけだぜ?
どうせお前は動けねぇんだ、おとなしくしとけ」
「動けない? なんのことかな!」
言葉と同時に発せられる、右脚の蹴り上げ。
「ッウオ!?」
「まだだ!!」
続く蹴り下ろしで、相手は間合いをとるべく後ろへ下がる。
そこで一端、ひと息つく両者。片方は不敵な笑みを、もう片方は完全に動けるようになっていた。
「ふぅ~ なぁなんで動けるんだ?ってありきたりなこと聞いていいか」
「フゥー 何でって、ワイヤーが切れたら動けるようになれるだろ?」
桜夜が手に持っているのは千切れた鉄線ワイヤー。そう先程まで桜夜の動きを止めていたのはこのワイヤーの影響だ。これが窓を飛び越えてきたとき身体に巻き付けられ身動きを封じられたのだ。
だが、あの問答無用の拳銃乱射時の跳弾により、うち一発が第一補正のおかげで必然的に右太股に巻いてあったワイヤーを数本まとめて切断した。それにより、右足に余裕ができ蹴り技を放てたというわけだ。
「なるほど。あの無駄弾が無駄じゃなかったわけか…」
「そうゆうこと。観念したらさっさと降参してほしいんだけど?」
「そうはいかねぇなぁ。こちとらこれが仕事なもんで」
そう言って男は、懐から手帳型の通信端末を取り出し、チラリと見せた。
「世界……調停機関……やはり絡んでいたか…」
「いかにも世界調停機関、到達者《最低》…よろしくな?」
「ならこちらも、名乗っておこう。
日本神話尖兵団第一部隊隊長 九重桜夜だ…」
お互いに名乗り上げ、不敵に笑い合う。
そんな2人の姿を涼葉は楽しげに眺めており、またそこに月明かりが差し込み半壊した部屋を幻想的な戦場へと書き換えていくのだった。
一方、地下にいる2人の制圧を任された澪士は、工房の正面玄関から入り、近くの階段からそのまま地下へと降りていた。
地下は意外にも広く、物置としても実験場としても機能しそうな便利な部屋であった。そのため逆に探すのが難しいのだが…
(まったく、どこ行きやがったんだ?)
心中で悪態を吐きつつも、くまなく探している。暗いためこの部屋の具体的な広さまではわからないが、一階の面積より広いのは確かなようで、階段近くにあった鉄製の柱が今では一つも見当たらない。
と、その時。
綺麗な水の音を澪士の耳は確かに聞いた。それはどこかに向かっているかのように流れがあるどうやら地下水路のようだ。次にヒュゥヒュゥと風が吹く音を感じ、間違いなくこの地下は外へと続いていることを確信し、2人はそこから脱出したのだと仮定すると…途端に澪士は風が聞こえた方に向かって走っていった。
また、絶賛逃走中の2人。峰影と《最弱》は地下を抜け出たその先に広がる知床の山を走っていた。
「《最低》君をおいて勝手に逃げてよかったのかい?」
「ハァハァ …別に問題ないと思いますよ。僕達の任務はあなたの保護ですし」
「だけど彼、神々の尖兵に勝てるわけではないんだろ?」
「《最低》の場合、勝てる確率は五分五分ですかね。僕の場合はゼロですが」
「……」
それを聞いて少し、いやかなり不安そうな顔をする峰影。こいつら本当に大丈夫か?と、疑問を抱いている目で《最弱》を見ている。
しかし当の本人は、そんなことには気付かずに脚を動かし続ける。
「これから峰影さんには、知床守の契約を森に返してもらいます。それで」
「まて、御神木が見つかったのか?」
「いいえ……見つかってません……」
「だったら僕は、ここからで出行くことはできない」
その言葉に思わず足を止め重く黙り込んでしまう《最弱》。
《最弱》につられて足を止めた峰影は、そんな彼の方を静かに見つめている。まるで、何か答えを待つかのように…
だがその数瞬が、命取りになる。
「ッッ!」
発砲音にいち早く気づいた峰影はとっさに《最弱》を庇うようにして前に出た。以前、巴音の弾丸を防いだように今回も右手を前に出すが……
「ッ速い!」
あまりの速さに峰影は前に突きだした腕を退いてしまう。銃弾は狙いが甘かったらしく右の方にそれていったが、続く二射目が2人を襲う。峰影は焦りと驚きで斜面に足を取られ体勢を崩し、そのまま尻餅をついてしまう。
そして前にいた峰影が急にいなくなったせいで、銃弾の接近に対処できなかった《最弱》が肩に被弾する。
「ック!! イッテェッッッッ!!」
被弾しても弾丸の速さが落ちることはなく、《最弱》は少し身体をもっていかれそうになる。必死に踏みとどまろうと踏ん張る《最弱》だったが、三射目の発砲に気付き、このままではさらに被弾すると考え、脚の力を緩め地面に倒れ込む。
「大丈夫か!? おい!!《最弱》!?」
「無事っすよ……撃たれましたけど…かすり傷みたいなもんです」
あきらかな強がりだが、今は弱音を吐いている場合ではない。意を決して《最弱》は峰影に近付き肩をつかむ。
「峰影さん…逃げてください! ここは僕に任せて逃げてください!!」
「でも君…さっき勝てないって…」
「いいから逃げろッ!!」
「ッ! ……わかった…すまない………」
普段の彼からは想像できない怒声と鬼気迫った顔、その迫力に峰影は気圧され小さな声で謝罪すると一気に山を駆け上がっていった。
それを見ることなく、《最弱》は奥にいるはずの敵を睨みつける。
「ここは……通さねぇ!!」
暗い山の中でも彼の瞳からは、確かな覚悟と意志が垣間見えた…
それに対する澪士は、目標を逃したことに舌打ちしつつ、眼前の敵を仕留めるため銃を構える。
「次弾装填……ターゲット…確認………殺す!」
呪詛と共にトリガーを引き、その弾丸は月光を浴び閃光となって《最弱》を襲う。
もちろん《最弱》は回避するしか助かる道はない。しかしここは木々が密集して生息しているため左右の回避には向いていない厄介な地形。
「なら……前に行くだけだ! ウォォォオオオオオオオオオオオ!!」
澪士と《最弱》の距離は高低差も含めて約200メートル。だが斜面を一気に駆け下り同時に木々を盾にし銃弾を逃れ、距離を詰める。
接近戦ではこちらに分があるはずと信じて、《最弱》は腰に下げた剣に手をかけ素早く抜剣する。
「峰影さんは追わせねぇ! ウァアアアア!!」
切りかかってきた《最弱》を銃で受け止め、弾き返す澪士。
「クッ…! 往生際が悪いなぁお前!!」
銃口近くを持ち、振り回して《最弱》の剣をいなす。ちゃんと弾は抜いているので暴発することもない。
「てめぇもなあぁぁ!!」
ますます口の悪さが加速する《最弱》、今は相手の気を峰影から自分へと向けさせないといけないため、仕方ないのだ。
「チッ……ここで使わされるとか迷惑極まりないんだが……」
一方、澪士は何か策があるようなのだが、なぜか心底嫌そうな顔をする。
「仕方ない……」
「ぁあ?」
任務のため、生きて姉と会うため、と割り切って彼は叫んだ…
「…神秘!『血盟契約』……もっていけ…おれの血を…」
すると澪士の身体の周りから、赤い霧のようなものが発生する。
「なんだっ? なにが起きて…………なん…だと!?」
突然の事態に冷静さを取り戻した《最弱》は、澪士の身体を見て驚愕する。
そこにいたのは、先程まで銃を振り回していた澪士と何ら変わらないはずなのだが、《最弱》は今まで培ってきた経験で直感した。
”こいつはヤバい”と。
「ハァ…ハァ…ハァ…ック…ゲホッ……さぁ今から蹂躙の始まりだ!」
荒い息づかいで血を吐きつつも、不敵な笑みを見せる澪士。
彼の神秘『血盟契約』は、自身の血を一定量消費することで5分間の劇的な身体能力強化を可能とする対価契約型の神秘だ。もちろんリスクも多々ある。それになによりこの神秘は、対価と効果が噛み合っていないため使い勝手が非常に悪いのだ。
「喰らって…消し飛べ!!」
「うぁあ…ガフッ……………ゲホッゲホッゲホッ…」
一瞬のうちに《最弱》の間合いに入り、胸倉をつかんで腹を殴りつけ吹き飛ばす。《最弱》は為す術無く飛ばされ、背を木に打ちつけてしまい肺にある空気を無理やり出される。地面に崩れ落ち、空気を吸い込もうとするが上手くできずに咳き込む。
「ハハッこりゃ無理ゲーだ……」
冷静さなど、とうの昔に失いただ軽口を言うことしかできない。口元は笑い瞳からは光が消え失せそうになっている。
それでも近付いてくる明確な死に《最弱》は震えることしかできないのだった。
一方、《最弱》に逃がされた峰影はというと、暗い山中を必死に足を動かし駆け上っていた。いくら自身の力が及ぶ土地であったとしても、死の恐怖というものはとてつもなく怖い。
以前、死神である壱月と巴音と一緒に戦ったときはそんなもの微塵も感じなかったはずなのに、今はただただ怖かった。
そして何より怖いのは先程から、知床にこちらから呼び掛けているのに、一向に返事がくる様子がないことだ。
「まさか…知床に見捨てられたのか? いや…そんなはずない…」
《最弱》と別れてからずっと繰り返してきた自問自答。それはまるで真実から目を背けているかのようだ。
だが、未だ知床とのパスがつながっている以上、その可能性は低い筈で…
と、頭の中でごちゃごちゃ考え込んでいる内に峰影は、妙に開けた場所にでる。自身が隠蔽結界を張った場所に似ているが、そことは明確な違いが目の前にあった。
「なんだ? あの大きな木は……」
あまりの不自然さに訝しみながらもゆっくりと近付く峰影。
すると…
「…やっと来たか、知床守…」
「っ!」
男が木の裏から音もなくスッと出てきた。
「お…お前は…誰だ?」
「フッ知床守…お前はこの魔力の性質を知っているはずだが?」
そう言って男は自身の左手に魔力を集中させ、緑色の魔力光が鮮やかに男と峰影を照らした。
そして問われた峰影は、この覚えのある魔力性質から男の正体を導き出す。
「死神!? 死神が何故ここにいる!?」
「答えは簡単……漁夫の利ってやつだよ」
「…死神も…僕の命を狙っていたとは……」
自分で言いつつも、額に嫌な汗をかく。死神が命を狩りにきた場合、もう逃げることは不可能だ。
だが対する死神は、何のことかと首を傾げる。
「命? 違う違う、知床守の力の方さ」
「え?」
「…え?」
思わず聞き返す峰影だったが、死神の方も同様に呆けてしまった。
「あ~説明が足りなかったね。おれは壱月の報告で様子を見に来たんだ」
「壱月を知っているのか?」
「知ってるもなにも、親友だからな」
「そうだったのか」
親友と断言した時の死神の得意顔の眩しさに、思わず頬が緩む峰影。
「それで、うちの上司が壱月が世話になった礼に、
知床守の任から解放できるよう手を打ちに来たんだ。
事が収まったとしても死ぬまでここで暮らすのは不便だろ?
リゾート地としてはこの上なく魅力を感じるがな…」
そう言って死神は、後ろにあるこの一本の木を指差した。
「そしてこいつが、解決策である御神木だ」
「こ…この木が…」
「で、どうする? ここが気に入っているなら無理強いするなって上司から言われてるんだけど?」
「それはもちろん………」
即決は出来なかった。ここに来ていろんな事があったからだ。そしてその全てが一つ一つ楽しかった思い出であり宝物だ。最後に死の恐怖を味わいながら逃げるというのは、どうかと思ったが何時の日かこの出来事も笑える時が来るのだろう。
そして何より、この知床がもう僕を望んでいないということがはっきりわかった。何度呼び掛けても返事がなく森のルールを破ってもなにもなかったのは新たな守人役が見つかったから。ここはもう、僕の居場所じゃないんだろう。
そう思うと、自然に涙が溢れて頬を伝った。むせび泣く声が辺りの木々に跳ね返って木霊する。
そして一通り泣いた後、別れの、旅立ちの決意をする。
「死神…」
「…なんだ?」
「知床守の役目を自然に返す。手伝ってくれ…」
「ああ」
峰影の頼みに快く返事をする死神。さっそく儀式の準備を始めた…
しばらくして準備が整うと、峰影は御神木の前に立ち魔力を左手に集中させるため目をつぶる。死神はそれを後ろでじっと見ている。
その間にも数々の記憶が峰影の頭の中に蘇っては消えてゆく。そのたびに涙が溢れそうになるが、もう泣くわけにはいかないので我慢する。
やがて必要な魔力が左手に集まり…
「決別の時だ……今まで……今まであ"り"がとう!!」
途端に左手の魔力が御神木に吸収されていき、数秒後神々しい光が御神木から発せられ、辺りの木々を照らす。
すると今度は、周囲の森が淡い紺色の光を放ちだした。
「この光は……僕の…魔力光……」
「どうやらこいつらもあんたに感謝してるようだな」
「だと…いいんだがな…」
その時、知床半島全体が淡い紺色の光にに包まれていたのだが、峰影はその事を知る由もない。
そして山中で戦っている、澪士や《最弱》達はこの幻想的な光に包まれ思わず戦闘を辞めていた……
しばらく時間が止まったような感覚を覚えつつもやがて、発光は弱まっていき完全に元の夜の山に戻った。
「さて、峰影。あんたこれからどうするんだ?」
「わざわざ僕に会いに来たんだ。もう受け入れ態勢はばっちりなんだろ?」
質問に質問で返す峰影。その問いはまるで、自分が死神のところに行くと言ってるように聞こえなくもないが……というか聞こえるが…
「フッお見通しか…もちろんスカウトも兼ねている…」
「…………」
「一緒に…来ないか?」
「ハハッ…ああ!」
差し出された手を強く握り返す峰影。
「これで契約成立だな…」
「やめてくれ…契約はもう懲り懲りだ…」
「そりゃ悪かった。 これからよろしく!」
「こちらこそ」
そう言って、峰影はまた新たな道に進んで行くことになるのだった…
「おい! 俺達置いてかれたぞ!?」
「あ~まあ、いいんじゃないですか?」
「そうだな、とりあえず疲れた! 帰るぞ!」
こちらもそう言ってあっさり帰ってしまう。どこまでもマイペースな機関である。しかし傷だらけな為、かなりフラフラしているが…
「おれ達も……帰りましょうよ……隊長…」
かすれた声で桜夜に呼びかける澪士。彼は彼で暴れ回ったせいで身体がボロボロだった。
『澪士くん!元気だして!もう直ぐ帰りの車が到着するから!』
そんな彼の傍らで泣きそうになっているのは、涼葉だ。毎度毎度、弟のボロボロな姿を見ていてもやはり心配なのだろう。
「大丈夫だ…澪士。帰ったらしばらく休暇の筈だからな」
桜夜も澪士の容態を見つつ、そんなことを言う。
すると、とっさに起き上がる澪士。
「ほんとっすか隊長!?」
「あ、ああ。約束する」
「ヤッッッッタアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!」
起き上がったかと思えば立ち上がり、立ち上がったかと思えば、万歳をして山中に響き渡るほど叫んだ。さっきまでのボロボロさはどこへ行ったのか…
原因である桜夜は少し引いている……
それほど嬉しかったのだろうか…
「姉ちゃんやったぜ、休暇だって!」
『よかったわね!澪士くん!』
姉も一緒に盛り上がるのでもう手が着けられない。
桜夜は早く迎えの車が来ることを願うのだった……
いつもお読みいただきありがとうございます。
更新が遅くて大変申し訳ありません!
これからも遅いと思いますが気長に待っていて下されば幸いです。
さて、今回で信長編の下準備である峰影達の物語が終わりましたがいかがでしたでしょうか? (感想などお気軽にどうぞ)
久しぶりの峰影や桜夜、新キャラの氷瑠真姉弟と最後に出てきた死神など結構考えるの大変でした…
そのため戦闘シーンが全然無かったのをお許しください…
ではこれからもよろしくお願い致します。
テント内の簡易イスに腰掛けて無線機を使って話しているのは、以前隊長と呼ばれていた男だ。まぁ正体は桜夜なのだが、修行を終えた彼は高校時代よりはるかに成長を遂げ逞しくなっていたので、隊長と言い表していた。
事実、今の彼は優しくかっこよさのある顔立ちはそのままに、細かった身体に筋肉がしっかりついたことで、元々の高身長と合わせてかなりイケメン度が上がっていたりする。
因みに神秘である『主人公補正』の方もある程度使い物になるようにできたらしい。
そうこうしているうちに、間もなく通話が終わりそうだ。
「了解しました。こちらから仕掛けます」
『ああ、くれぐれも問答無用に殺すんじゃねぇぞ』
「承知していますよ、師匠」
『あと、そのしゃべり方キモイからいつも通りやってくれ…』
「キモイとかひどいなぁ。
まぁ、こっちの方が堅くなくていいんですけどね」
『とにかく、しっかりやれよ。 桜夜…』
と、そこで通信が切れた。
相変わらず気ままな神だと、苦笑いしつつ桜夜はテント内を振り返り、今回任務に連れてきた2名を見る。
まず1人目、氷瑠真澪士。薄青い髪を後ろで束ねている少年だ。
そして2人目、氷瑠真涼葉。弟と一緒の薄青い髪を腰のあたりまで伸ばした華麗な少女。なのだが、足が透けている……俗に言う幽霊というやつだそうだ。因みに一般人には視認できず、視れるのは弟である澪士と真眼系神秘保持者だけなのだが、桜夜は『主人公補正』で視えてしまう。
この2人も、神々の尖兵なのだが経験不足ということで今回、師匠に同行を命じられたのである。前々回の会話を見てくれれば分かるが、この3人の仲は決して良いとは言えないものだった。
特に桜夜と澪士の場合、澪士からは口を開いても愚痴ばかりで、普段は姉の涼葉と喋っている。桜夜はそんな澪士との距離が取りづらいらしく、(愚痴や態度などは気にしていないようだが)こちらからもあまり話しかけていないようだ。
そんな2人に遠慮しつつも、隊長としてビシッと決めるため、意を決して命令を下す。
「聞いてくれ2人とも! たった今、師匠かりあッッ……ぁ………」
だがしかし、盛大に噛んでしまう桜夜。羞恥で顔が真っ赤である。
(…もう帰りたい……もう死にたい………もう召されたい…………)
だが、諦めるわけにもいかないそこで、ゴホンッと咳払いを一つ。
「たった今、師匠から工房への突撃命令が出た。出発は30分後。各自それまでに突撃準備を整えておくこと!」
声量と早口で誤魔化しにかかろうとする桜夜だが、結果は覆らなかった。
「隊長噛んでるしw……顔真っ赤だしw…」
『もう、澪士くん! そういうことは言っちゃダメ!
いくら顔真っ赤で今にも穴があったら入りたそうな顔してても笑っちゃダメ!』
(………グハッ……………)バタリッ…
その時、氷瑠真姉の善意からきていると思われる注意の言葉の中に隠れていた棘が、MP1の桜夜を襲った。
……ただ笑われるだけならまだよかった……けれどそれをわざわざ解説して注意しなくてもいいんじゃないですかね。お姉さん………
そう思いながら、桜夜は羞恥心が頂点に達したため力なく地面に倒れ伏した…
『た、隊長さん!? どうしたんですか!?』
「そんな奴ほっとけよ、涼姉。 さっさと準備するぞ~」
桜夜の倒伏に動揺する涼葉だが、彼女は自身のしたことに気づいていない。また、澪士は心配の言葉一つ掛けることなく準備をしにテントを出て行った。とても軽い感じで…
先が思いやられる部隊だが、この3人は一応訓練を積んだ神々の尖兵なので基本スペックは高い。そのため30分かからず、まして5分とかからず3人は出発した。
道中、険しい斜面を登りつつ峰影が設置した結界などを無力化していく。それも峰影側に緊急連絡がいかないよう細心の注意を払いながら。夜の闇に紛れて静かにされど速く駆け上がり進んでいく。
そして出発して10分たった時、一行は少し開けた場所に出た。そこは不自然にも周りの木々が入ることはなく、綺麗な円を描いていた。
「結…界か……」
『そうみたいですね』
「涼葉さん。霊的視点で見るとどんな感じですか?」
『えーっとですねぇ……うーん…残念ながら私の方にも隠蔽結界が張られているようで、何も見えないです』
「涼葉さんの方もダメですか……なら……」
どうやらここは、現実側でも神秘側でも隠蔽工作がしてあるらしく、そう簡単に正しい道がわかるわけではないらしい。もちろん誤った道に進むと、緊急連絡が峰影に伝わると同時にこの山を追い出されかねないだろう。
なので桜夜は慎重に考えるのかと思ったが、違うらしい。彼はいつも通りといった感じで魔法の言葉を呟く。
「神秘『主人公補正』…………第一補正《運・直感》!!」
呟かれたのは彼の神秘。彼が願い、彼が望み、彼が求め、彼が鍛えた己の力。そして一つ目の補正である《運・直感》はその名の通り、全ての運が彼に集まり偶然を必然とさせる。
また直感も同様。これは彼の五感を全て研ぎ澄ますことで、新たなる第六感を目覚めさせるという補正。直感、それ即ち言いようのない根拠。
いつか読んだ本の中にこんな台詞があったのを覚えている…
”偶然と偶然が重なれば、それはもう必然なのだと”
だから今、彼が信じるのは己自身。彼は絶対的な自信を持って、この力が指し示す方向へとただ走る。その先に目的地があると確信して。
そしてそれを追う姉弟。 夜はまだまだ長い…
桜夜が信じた道を突き進みしばらくして、3人はとうとう目的地に到着した。案外、ここへの道のりが1時間半近くかかってしまったが、安全策をとっていたので仕方がないことだろう。
それよりも、今はこれより行う奇襲攻撃に意識を向けなければならない。
開始は2分後。各人の息が整ったので、いよいよ打って出るのだ。
手順としては、まず澪士が自身の狙撃銃で峰影がいると思われる、明かりのついた一階の窓を撃ち抜く。それを何発か繰り返し次に拳銃で牽制しつつの突撃だ。こちらは桜夜と涼葉で担当することになる。
それと涼葉は幽霊なのだが、物体(生命以外)には触れることが可能だ。ただしお約束通り攻撃を受けた場合などはすり抜けるが……まぁそこが幽霊の強みでもある。
こんな事を説明しているうちに2分が経ったようだ。
…パッァァァァァァァァァァァァァァンンンンン…と乾いた銃声が響き渡り、攻撃が開始される。
銃弾が次々とまだガラスを割り、その奥にある調度品類を破壊していき、さらにその奥にある壁をも貫通しているようだ。もちろんこれは通常の狙撃銃では不可能な芸当である。これをふまえ考えると恐ろしい貫通力があることが理解できるだろう。
実は澪士の持つこの狙撃銃は、姉である涼葉が自ら設計し作製からメンテナンス、改造までこだわっている特別製だ。
名を【天之波士弓=フラン・エルトリエRSH17】
まぁ一目見ただけでわかるだろうが、前半部分がかなり不自然だ。これは後付けなので仕方がない。なぜなら2人が神々の尖兵となる時、この狙撃銃も一緒に疑似神格化され、それによりオオクニヌシから神弓の名を賜ったからだ。
もちろん名を変えることは神命によって不可能。当時、涼葉はこれで一週間位泣いていたのだが、それも今では昔の話だ。
当の姉が自作の狙撃銃を見ながら、過去に意識を向けていると、装填されていた全ての銃弾が放たれ、再装填へと移行する。
この間に、桜夜達は拳銃で牽制射撃を行いながら工房に近付いていく。
『私の目から見たら、近くに1人。地下に2人かな』
「わかった。ここの1人は確実に潰す!……『ここを制圧している間、澪士は地下に行った2人を追ってくれ! それとお姉さんは借りておく』」
『チッ……わーったよ…』
『ここが片付いたら、駆けつけるから待っててね。澪士くん』
『わかったよ、姉ちゃん』
「………」
明らかに態度が違う!と心の中で叫びたくなるが今はそれどころじゃないのでスルーだ。
そして先程から桜夜が明確に感じていた殺気に警戒しながら、窓から入り込む。
そのとたん…
シュッッッッッッ!と風を切る音を自身の耳が拾う。その音に反応は出来たが、身体が動かなかった。結果的に脇腹から胸にかけてを浅く斬られる。さらにその時の血が目にかかり、目をつぶらざるをえなくなる。
「ハハッ窓から飛び込んでくるとか馬鹿なの?」
すぐ前から人の声が聞こえてくるが、お構いなしに手に握っている拳銃を乱射。銃弾はそれぞれ別の軌道を描き、部屋中に傷をつけていく。そして偶然にもその中の一発が跳弾、桜夜の右太股を軽く擦り服が裂けて血がにじむ。
「乱暴に撃っても、無駄弾になるだけだぜ?
どうせお前は動けねぇんだ、おとなしくしとけ」
「動けない? なんのことかな!」
言葉と同時に発せられる、右脚の蹴り上げ。
「ッウオ!?」
「まだだ!!」
続く蹴り下ろしで、相手は間合いをとるべく後ろへ下がる。
そこで一端、ひと息つく両者。片方は不敵な笑みを、もう片方は完全に動けるようになっていた。
「ふぅ~ なぁなんで動けるんだ?ってありきたりなこと聞いていいか」
「フゥー 何でって、ワイヤーが切れたら動けるようになれるだろ?」
桜夜が手に持っているのは千切れた鉄線ワイヤー。そう先程まで桜夜の動きを止めていたのはこのワイヤーの影響だ。これが窓を飛び越えてきたとき身体に巻き付けられ身動きを封じられたのだ。
だが、あの問答無用の拳銃乱射時の跳弾により、うち一発が第一補正のおかげで必然的に右太股に巻いてあったワイヤーを数本まとめて切断した。それにより、右足に余裕ができ蹴り技を放てたというわけだ。
「なるほど。あの無駄弾が無駄じゃなかったわけか…」
「そうゆうこと。観念したらさっさと降参してほしいんだけど?」
「そうはいかねぇなぁ。こちとらこれが仕事なもんで」
そう言って男は、懐から手帳型の通信端末を取り出し、チラリと見せた。
「世界……調停機関……やはり絡んでいたか…」
「いかにも世界調停機関、到達者《最低》…よろしくな?」
「ならこちらも、名乗っておこう。
日本神話尖兵団第一部隊隊長 九重桜夜だ…」
お互いに名乗り上げ、不敵に笑い合う。
そんな2人の姿を涼葉は楽しげに眺めており、またそこに月明かりが差し込み半壊した部屋を幻想的な戦場へと書き換えていくのだった。
一方、地下にいる2人の制圧を任された澪士は、工房の正面玄関から入り、近くの階段からそのまま地下へと降りていた。
地下は意外にも広く、物置としても実験場としても機能しそうな便利な部屋であった。そのため逆に探すのが難しいのだが…
(まったく、どこ行きやがったんだ?)
心中で悪態を吐きつつも、くまなく探している。暗いためこの部屋の具体的な広さまではわからないが、一階の面積より広いのは確かなようで、階段近くにあった鉄製の柱が今では一つも見当たらない。
と、その時。
綺麗な水の音を澪士の耳は確かに聞いた。それはどこかに向かっているかのように流れがあるどうやら地下水路のようだ。次にヒュゥヒュゥと風が吹く音を感じ、間違いなくこの地下は外へと続いていることを確信し、2人はそこから脱出したのだと仮定すると…途端に澪士は風が聞こえた方に向かって走っていった。
また、絶賛逃走中の2人。峰影と《最弱》は地下を抜け出たその先に広がる知床の山を走っていた。
「《最低》君をおいて勝手に逃げてよかったのかい?」
「ハァハァ …別に問題ないと思いますよ。僕達の任務はあなたの保護ですし」
「だけど彼、神々の尖兵に勝てるわけではないんだろ?」
「《最低》の場合、勝てる確率は五分五分ですかね。僕の場合はゼロですが」
「……」
それを聞いて少し、いやかなり不安そうな顔をする峰影。こいつら本当に大丈夫か?と、疑問を抱いている目で《最弱》を見ている。
しかし当の本人は、そんなことには気付かずに脚を動かし続ける。
「これから峰影さんには、知床守の契約を森に返してもらいます。それで」
「まて、御神木が見つかったのか?」
「いいえ……見つかってません……」
「だったら僕は、ここからで出行くことはできない」
その言葉に思わず足を止め重く黙り込んでしまう《最弱》。
《最弱》につられて足を止めた峰影は、そんな彼の方を静かに見つめている。まるで、何か答えを待つかのように…
だがその数瞬が、命取りになる。
「ッッ!」
発砲音にいち早く気づいた峰影はとっさに《最弱》を庇うようにして前に出た。以前、巴音の弾丸を防いだように今回も右手を前に出すが……
「ッ速い!」
あまりの速さに峰影は前に突きだした腕を退いてしまう。銃弾は狙いが甘かったらしく右の方にそれていったが、続く二射目が2人を襲う。峰影は焦りと驚きで斜面に足を取られ体勢を崩し、そのまま尻餅をついてしまう。
そして前にいた峰影が急にいなくなったせいで、銃弾の接近に対処できなかった《最弱》が肩に被弾する。
「ック!! イッテェッッッッ!!」
被弾しても弾丸の速さが落ちることはなく、《最弱》は少し身体をもっていかれそうになる。必死に踏みとどまろうと踏ん張る《最弱》だったが、三射目の発砲に気付き、このままではさらに被弾すると考え、脚の力を緩め地面に倒れ込む。
「大丈夫か!? おい!!《最弱》!?」
「無事っすよ……撃たれましたけど…かすり傷みたいなもんです」
あきらかな強がりだが、今は弱音を吐いている場合ではない。意を決して《最弱》は峰影に近付き肩をつかむ。
「峰影さん…逃げてください! ここは僕に任せて逃げてください!!」
「でも君…さっき勝てないって…」
「いいから逃げろッ!!」
「ッ! ……わかった…すまない………」
普段の彼からは想像できない怒声と鬼気迫った顔、その迫力に峰影は気圧され小さな声で謝罪すると一気に山を駆け上がっていった。
それを見ることなく、《最弱》は奥にいるはずの敵を睨みつける。
「ここは……通さねぇ!!」
暗い山の中でも彼の瞳からは、確かな覚悟と意志が垣間見えた…
それに対する澪士は、目標を逃したことに舌打ちしつつ、眼前の敵を仕留めるため銃を構える。
「次弾装填……ターゲット…確認………殺す!」
呪詛と共にトリガーを引き、その弾丸は月光を浴び閃光となって《最弱》を襲う。
もちろん《最弱》は回避するしか助かる道はない。しかしここは木々が密集して生息しているため左右の回避には向いていない厄介な地形。
「なら……前に行くだけだ! ウォォォオオオオオオオオオオオ!!」
澪士と《最弱》の距離は高低差も含めて約200メートル。だが斜面を一気に駆け下り同時に木々を盾にし銃弾を逃れ、距離を詰める。
接近戦ではこちらに分があるはずと信じて、《最弱》は腰に下げた剣に手をかけ素早く抜剣する。
「峰影さんは追わせねぇ! ウァアアアア!!」
切りかかってきた《最弱》を銃で受け止め、弾き返す澪士。
「クッ…! 往生際が悪いなぁお前!!」
銃口近くを持ち、振り回して《最弱》の剣をいなす。ちゃんと弾は抜いているので暴発することもない。
「てめぇもなあぁぁ!!」
ますます口の悪さが加速する《最弱》、今は相手の気を峰影から自分へと向けさせないといけないため、仕方ないのだ。
「チッ……ここで使わされるとか迷惑極まりないんだが……」
一方、澪士は何か策があるようなのだが、なぜか心底嫌そうな顔をする。
「仕方ない……」
「ぁあ?」
任務のため、生きて姉と会うため、と割り切って彼は叫んだ…
「…神秘!『血盟契約』……もっていけ…おれの血を…」
すると澪士の身体の周りから、赤い霧のようなものが発生する。
「なんだっ? なにが起きて…………なん…だと!?」
突然の事態に冷静さを取り戻した《最弱》は、澪士の身体を見て驚愕する。
そこにいたのは、先程まで銃を振り回していた澪士と何ら変わらないはずなのだが、《最弱》は今まで培ってきた経験で直感した。
”こいつはヤバい”と。
「ハァ…ハァ…ハァ…ック…ゲホッ……さぁ今から蹂躙の始まりだ!」
荒い息づかいで血を吐きつつも、不敵な笑みを見せる澪士。
彼の神秘『血盟契約』は、自身の血を一定量消費することで5分間の劇的な身体能力強化を可能とする対価契約型の神秘だ。もちろんリスクも多々ある。それになによりこの神秘は、対価と効果が噛み合っていないため使い勝手が非常に悪いのだ。
「喰らって…消し飛べ!!」
「うぁあ…ガフッ……………ゲホッゲホッゲホッ…」
一瞬のうちに《最弱》の間合いに入り、胸倉をつかんで腹を殴りつけ吹き飛ばす。《最弱》は為す術無く飛ばされ、背を木に打ちつけてしまい肺にある空気を無理やり出される。地面に崩れ落ち、空気を吸い込もうとするが上手くできずに咳き込む。
「ハハッこりゃ無理ゲーだ……」
冷静さなど、とうの昔に失いただ軽口を言うことしかできない。口元は笑い瞳からは光が消え失せそうになっている。
それでも近付いてくる明確な死に《最弱》は震えることしかできないのだった。
一方、《最弱》に逃がされた峰影はというと、暗い山中を必死に足を動かし駆け上っていた。いくら自身の力が及ぶ土地であったとしても、死の恐怖というものはとてつもなく怖い。
以前、死神である壱月と巴音と一緒に戦ったときはそんなもの微塵も感じなかったはずなのに、今はただただ怖かった。
そして何より怖いのは先程から、知床にこちらから呼び掛けているのに、一向に返事がくる様子がないことだ。
「まさか…知床に見捨てられたのか? いや…そんなはずない…」
《最弱》と別れてからずっと繰り返してきた自問自答。それはまるで真実から目を背けているかのようだ。
だが、未だ知床とのパスがつながっている以上、その可能性は低い筈で…
と、頭の中でごちゃごちゃ考え込んでいる内に峰影は、妙に開けた場所にでる。自身が隠蔽結界を張った場所に似ているが、そことは明確な違いが目の前にあった。
「なんだ? あの大きな木は……」
あまりの不自然さに訝しみながらもゆっくりと近付く峰影。
すると…
「…やっと来たか、知床守…」
「っ!」
男が木の裏から音もなくスッと出てきた。
「お…お前は…誰だ?」
「フッ知床守…お前はこの魔力の性質を知っているはずだが?」
そう言って男は自身の左手に魔力を集中させ、緑色の魔力光が鮮やかに男と峰影を照らした。
そして問われた峰影は、この覚えのある魔力性質から男の正体を導き出す。
「死神!? 死神が何故ここにいる!?」
「答えは簡単……漁夫の利ってやつだよ」
「…死神も…僕の命を狙っていたとは……」
自分で言いつつも、額に嫌な汗をかく。死神が命を狩りにきた場合、もう逃げることは不可能だ。
だが対する死神は、何のことかと首を傾げる。
「命? 違う違う、知床守の力の方さ」
「え?」
「…え?」
思わず聞き返す峰影だったが、死神の方も同様に呆けてしまった。
「あ~説明が足りなかったね。おれは壱月の報告で様子を見に来たんだ」
「壱月を知っているのか?」
「知ってるもなにも、親友だからな」
「そうだったのか」
親友と断言した時の死神の得意顔の眩しさに、思わず頬が緩む峰影。
「それで、うちの上司が壱月が世話になった礼に、
知床守の任から解放できるよう手を打ちに来たんだ。
事が収まったとしても死ぬまでここで暮らすのは不便だろ?
リゾート地としてはこの上なく魅力を感じるがな…」
そう言って死神は、後ろにあるこの一本の木を指差した。
「そしてこいつが、解決策である御神木だ」
「こ…この木が…」
「で、どうする? ここが気に入っているなら無理強いするなって上司から言われてるんだけど?」
「それはもちろん………」
即決は出来なかった。ここに来ていろんな事があったからだ。そしてその全てが一つ一つ楽しかった思い出であり宝物だ。最後に死の恐怖を味わいながら逃げるというのは、どうかと思ったが何時の日かこの出来事も笑える時が来るのだろう。
そして何より、この知床がもう僕を望んでいないということがはっきりわかった。何度呼び掛けても返事がなく森のルールを破ってもなにもなかったのは新たな守人役が見つかったから。ここはもう、僕の居場所じゃないんだろう。
そう思うと、自然に涙が溢れて頬を伝った。むせび泣く声が辺りの木々に跳ね返って木霊する。
そして一通り泣いた後、別れの、旅立ちの決意をする。
「死神…」
「…なんだ?」
「知床守の役目を自然に返す。手伝ってくれ…」
「ああ」
峰影の頼みに快く返事をする死神。さっそく儀式の準備を始めた…
しばらくして準備が整うと、峰影は御神木の前に立ち魔力を左手に集中させるため目をつぶる。死神はそれを後ろでじっと見ている。
その間にも数々の記憶が峰影の頭の中に蘇っては消えてゆく。そのたびに涙が溢れそうになるが、もう泣くわけにはいかないので我慢する。
やがて必要な魔力が左手に集まり…
「決別の時だ……今まで……今まであ"り"がとう!!」
途端に左手の魔力が御神木に吸収されていき、数秒後神々しい光が御神木から発せられ、辺りの木々を照らす。
すると今度は、周囲の森が淡い紺色の光を放ちだした。
「この光は……僕の…魔力光……」
「どうやらこいつらもあんたに感謝してるようだな」
「だと…いいんだがな…」
その時、知床半島全体が淡い紺色の光にに包まれていたのだが、峰影はその事を知る由もない。
そして山中で戦っている、澪士や《最弱》達はこの幻想的な光に包まれ思わず戦闘を辞めていた……
しばらく時間が止まったような感覚を覚えつつもやがて、発光は弱まっていき完全に元の夜の山に戻った。
「さて、峰影。あんたこれからどうするんだ?」
「わざわざ僕に会いに来たんだ。もう受け入れ態勢はばっちりなんだろ?」
質問に質問で返す峰影。その問いはまるで、自分が死神のところに行くと言ってるように聞こえなくもないが……というか聞こえるが…
「フッお見通しか…もちろんスカウトも兼ねている…」
「…………」
「一緒に…来ないか?」
「ハハッ…ああ!」
差し出された手を強く握り返す峰影。
「これで契約成立だな…」
「やめてくれ…契約はもう懲り懲りだ…」
「そりゃ悪かった。 これからよろしく!」
「こちらこそ」
そう言って、峰影はまた新たな道に進んで行くことになるのだった…
「おい! 俺達置いてかれたぞ!?」
「あ~まあ、いいんじゃないですか?」
「そうだな、とりあえず疲れた! 帰るぞ!」
こちらもそう言ってあっさり帰ってしまう。どこまでもマイペースな機関である。しかし傷だらけな為、かなりフラフラしているが…
「おれ達も……帰りましょうよ……隊長…」
かすれた声で桜夜に呼びかける澪士。彼は彼で暴れ回ったせいで身体がボロボロだった。
『澪士くん!元気だして!もう直ぐ帰りの車が到着するから!』
そんな彼の傍らで泣きそうになっているのは、涼葉だ。毎度毎度、弟のボロボロな姿を見ていてもやはり心配なのだろう。
「大丈夫だ…澪士。帰ったらしばらく休暇の筈だからな」
桜夜も澪士の容態を見つつ、そんなことを言う。
すると、とっさに起き上がる澪士。
「ほんとっすか隊長!?」
「あ、ああ。約束する」
「ヤッッッッタアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!」
起き上がったかと思えば立ち上がり、立ち上がったかと思えば、万歳をして山中に響き渡るほど叫んだ。さっきまでのボロボロさはどこへ行ったのか…
原因である桜夜は少し引いている……
それほど嬉しかったのだろうか…
「姉ちゃんやったぜ、休暇だって!」
『よかったわね!澪士くん!』
姉も一緒に盛り上がるのでもう手が着けられない。
桜夜は早く迎えの車が来ることを願うのだった……
いつもお読みいただきありがとうございます。
更新が遅くて大変申し訳ありません!
これからも遅いと思いますが気長に待っていて下されば幸いです。
さて、今回で信長編の下準備である峰影達の物語が終わりましたがいかがでしたでしょうか? (感想などお気軽にどうぞ)
久しぶりの峰影や桜夜、新キャラの氷瑠真姉弟と最後に出てきた死神など結構考えるの大変でした…
そのため戦闘シーンが全然無かったのをお許しください…
ではこれからもよろしくお願い致します。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
1512
-
-
267
-
-
140
-
-
1359
-
-
221
-
-
63
-
-
1978
-
-
141
-
-
127
コメント