Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第四十二話 再生の卵(4)


『再生の卵が孵化し、アルシュ・コンダクターがその役目も終わりを迎えたか』
『然様。計画も最後の段階に突入しつつある。再生の卵は孵化し、竜は人を食らう。そうすれば、アルシュが目覚め、やがて世界は一つになる。あの首都を犠牲にしてな』
「……元老院。聞いていればどういうことですかな、これは。まるで我々を捨て駒に扱っていたような言い草ですが」
『気づかなかったのかね? 或いは気づいていたがわざと無視していたのだと思っていたよ。……いずれにせよ、君の役割はこれで終わりだ。残念だったね』
「そんなこと……そんなことが許されるとお思いですか、あなたは! あなたたちは、自分たちさえ良ければいいと、思っているのか!」
『当然だ。それが人間だからな。人間は薄汚い価値観の上に生きている。そうして我々はずっと長い間生き続けてきたのだから。そうして今回もまた、犠牲の下に我々は種を残すことが出来る。安心したまえ、君たちの歴史は今後永遠にこちらの管理センターに残すことになるだろうから』

 何とか宥めようとする老人たち。
 しかし、それでも陛下の怒りは収まるところを知らない。

「あなたたちは……あなたたちは、このテスラーを滅ぼして、残りの世界でぬくぬくと生き延びるつもりですか!」
『何もテスラー全域を滅ぼすとは言っていない。テスラーの首都……つまりは君がいる場所の近くを滅ぼすことになるだろう、というだけの話だ。別に話は難しくない。もっとシンプルに物事を考えたまえ』
「……いい加減にしろ。我々テスラーの民はお前たちの道具じゃない! お前たちの計画のために、お前たちの理論のために、生きているだけのモルモットではない!」
『いい加減弁えたまえ。今、ラインハルトと竜はヌルの部屋に居る。ヌルの部屋とこの世界を繋ぐ扉は今、一つしか開いていない。言ってしまえば通用門だ。それを、大本のゲートを開く必要があるわけだ。そうではないと、この世界に竜を召喚することが出来ない。この意味が分かるかね?』
「そのために……我々は血の魔方陣を、作っていたのではありませんか……!」
『然様。そして、血の魔方陣に必要な巨大な円。これを生み出す朔の時は明日に迫っている。つまり、明日になればテスラーの首都に巨大な門が開き、世界は破壊と再生を開始する、ということだ』
「馬鹿な……。そんなことを、なぜ初めに言わなかったのですか!」
『言っていれば、おぬしは無視していただろう? この計画のことを』
「当然だ。自国の人間を排除することなど考えるわけが……!」
「ああ、もう、鬱陶しい」

 ぐさり。
 何かの衝撃が、陛下に襲いかかった。
 それは具体的に言えば、刀で身体を突き刺されたような――そんな強烈な痛み。
 そして、その発言と行動が出来るのは、この場所ではただ一人しか居ない。

「お、お前……どうして……」
「秘書、としてではなく、元老院議長マルス・アウトレイジの娘として、最善の判断を尽くしたまでです」

 ハンカチで血の跡を拭き取り、刀を仕舞う。
 モノリスから一つ深い溜息が聞こえた。

『……どうするかね? 計画はこれで強制的に実行される。ただし問題はある』
「王の件については、致し方ありません。知り合いの医者が居ますから、病死と判断してもらいましょう。刀傷は燃やしてしまえば誰も見ることが出来ない。だから簡単な話です」
『成程。処理はするので、あとは任せてくれということか』
「ええ。お願いしますね、《お父様》」

 それを聞いたモノリスは、一瞬の沈黙の後、

『承知した。では、これより世界再生計画の最終段階に突入することを宣言する。まずは、ヌルの部屋へと通ずる扉を開放するのだ』



 ◇◇◇


「……ああ、ああ……ブラン……」

 すでに食われてしまったブランの身体は、骨と僅かながらの肉、それに臓物しか残されていなかった。
 その変わり果てた姿を見ながら、彼は涙を流す。
 量産機(正確に言えば、ドラゴン)は、彼に近づくことはあっても危害を加えることは無かった。まるでそれが命令に無い、と言っているかのごとく、ただ近づこうとはしなかったのである。
 そして、ノワールはついにその姿を形成する。
 その姿はブランの姿そのものだった。
 強いて違う点を上げるのならば、その身体の色は、暗黒そのものだった。
 すべてを黒で象られたドラゴンは、咆哮を一つすると、ブランの身体に近づいていく。
 そしてそれを名も無きドラゴンは止めることをしない。寧ろ、そのドラゴンの進路の妨げにならないように、一体、また一体と後退していく。
 そして、ノワールは変わり果てたブランの前に到着する。

「……お、お前……ブランをどうするつもりだ?」

 そこで漸く気がついたラインハルトは、ノワールを見てそう言い放つと、剣を取り出す。
 そんな剣がドラゴンの鱗を貫通するとは思えないし、彼自身も思ってはいなかった。
 でも、そうであったとしても、抵抗しなくてはいけないと彼は思っていたのだ。

「ブランに……ブランに近づくな! お前はいったい、何をするつもりだ!」
「食らうのだよ。ブラン……再生の竜を食らいて、一つになるのだ」

 ノワールは、ラインハルトの問いに、こうはっきりと答えた。

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