Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第三十七話 血の魔方陣(3)

 では、なぜ彼はそんなことを言ってのけたのか?
 理由は簡単だ。あくまでもそれは彼女が辞めないための、デコイに過ぎなかった。しかしながら彼女が得る情報の中では、はっきり言ってこの国のためにならないものが多い(現に、今やっている計画ですら、この国に利益があるものだとは陛下も秘書も思っていない)。だからこそ、記憶を消す手段があるとあらかじめ言っておくことでこちら側にリードを持たせておくことを考えていたのだ。
 しかし、秘書はもう大方気づいているだろう。彼とこれほどともに過ごしてきて、記憶を消す技術が無いことと――彼の優しさを。
 彼は本来そんな強かな性格でも無ければ、記憶を消すことの非情さも持ち合わせていないということを。

「……何かございましたか。聞いてはいけないことがあったのでしたら、直ぐに記憶を忘れるように努力致しますが」
「……いや、いい。それに、別に今更隠したところで無駄だと言うことは分かっている」
「?」

 分かっていた。
 分かっていたけれど、それをどうにもすることは出来なかった。
 彼にとっての『秘密』とは、もはやすべて彼女と共有できているのではないか、ということに、気づいてしまっていたのだ。
 それを隠しきることなど、最早出来やしないと。彼は願っていたし、気づいていた。

「……気づいているとはいえ、何というか切なくなるものだね」
「?」

 彼女は小首を傾げ、

「どうかなさいましたか?」
「いいや、何でも無いよ。それに、君がやってきたと言うことは、何か急ぎの案件があったか、或いは予定が詰まっているかのいずれかだろう。急いで行かないといけないのならば今から走るが」
「いえ! 走るほどの案件でもありません。しかし、時間がかかってしまうと困った、と思いましたので私は話をした次第です」
「そうか。ならば問題ない。直ぐに向かうよ。……次の予定は?」
「次の予定ですが、国民にそのお姿をお見せし、現在のお気持ちをお話するものとなります」

 これも重要なことだ。
 国民に自らの地位でしか出来ないこと、それを行うことでこの国がどうなっていくのかを伝えなくては成らない。そして国民に不安を与えてもいけない。それは彼も分かっているし、彼女も分かっていた。
 そして、原稿を手渡した彼女を見てゆっくりと頷く。

「内容は?」
「今回の内戦についてのお気持ちをメインとしています。やはり国民も気になっていますからね、各種メディアも取り上げていますし。しかし、現代ノルーク教に則ったものであることを十分理解しているためか、批判は少ないですね。批判しているのは、古代ノルーク教に通ずる人間か、歴史学者くらいでしょう。歴史的価値の高い建造物を破壊するな、と言っています。参考のためにお渡し致しましょうか? 新聞のスクラップ程度ではありますが」
「見せてくれないか」

 その言葉を聞いてゆっくりと頷くと、ノートに挟んでいた紙を一枚差し出した。

「どうぞ。これはコピーですので、捨てて頂いても構いません。しかし紛失だけはしないようにお願いします。どこから陛下の情報が漏れ出すか分かったものではありませんので」
「それくらいは分かっているよ」

 陛下はそう言い切ると、秘書から受け取ったスクラップを見つめる。
 確かに高名な歴史学者が、歴史的建造物の多いラスタール地区で内戦をするとは何事か、と国家を批判する内容の記事を執筆している。しかしそれはこの国最大の新聞紙で書かれたものではなく、そういう人間が集まるような、少々ニッチな新聞に書かれていた記事だった。これくらいの記事なら国民の大半に目がとまることも無いだろうし、だったら問題は無いだろう。そう思い、彼はそのスクラップから目を離した。

「もし、それを捨てるなら私にお渡し頂ければ処分致しますが?」
「ああ、じゃあ、頼むよ」

 スクラップを秘書に返還する。

「……陛下、最近あのモノリス……元老院との会議が増えているような気がしますが、何かあったのでしょうか?」

 恐る恐る彼女は聞いた。好奇心に駆られた物だったのだろうが、彼女も立ち位置的にはあまり聞いて良い物かどうか分からなかったのだろう。

「……君が気にすることでは無いよ。元老院も慌てているのだろう。計画がうまく立ち行かないことについて。未だ私の地位はこのままだろうが、いずれは息のかかった者に変更させてくる可能性はある。その為にも私は、彼奴らに従う。仕方ないことだがね。人間がそうあるためには、従った方が楽ということもあるものだよ。流されるままにせよ、という言葉もあるくらいだ」
「そうでしょうか。……かつての陛下はそんな弱音を吐いた方ではありませんでしたが」
「君に何が分かる。陛下としてずっと活動してきた、私のことが分かるというのか」
「いいえ、分かりません」

 はっきりと、しかし淡々と彼女は述べた。

「しかしながら、あなたはいつも強くあれ、という存在だったことだけは分かりますし、覚えています。ですから私もついてきたし、辛いことがあろうともこの場所を私以外の人間にやらせてたまるものかと思っていた。しかし、今のあなたは……違う」
「何がだ? 弱くなったとでも言いたいのか?」
「弱くなった、というわけではありません。しかし……あなたはそんな弱い人間じゃない。それは私が一番見ていて分かるし、私にしか分からない、あなたの強さを」
「……ふん。聞いていれば、何だ。面と向かって恥ずかしい話を続けて。……まあ、いい。少しは気分が楽になった。ありがとう」

 そう言って彼は、こちらに寄れと手招きをする。
 顔を近づける彼女だったが、そこで陛下は彼女の頭をなでた。
 数回なでたところでくるりと踵を返し、部屋を出て行くのだった。
 ……顔を真っ赤にさせた秘書だけを残して。


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