Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第三十六話 血の魔方陣(2)

 そこまで言われてしまえば、はっきり言って彼だって躊躇するに決まっている。

「……正直、俺もそこまで命令違反をしようなんて思うつもりはないさ。俺だって命が惜しい。だから、」
「はいはい。それくらい分かっていますよ。あんたが別にどうこう言ったところで私たちには関係ないわけだけれど、そんな涙ぐましい努力を語られたところで、」
「いや、別に俺はそんなことを言っているつもりは……」
「まあまあ、良いじゃ無いですか。別に、二人とも怒るために会話をするつもりはないでしょう? だったら作戦まで待機しましょうよ、無駄なエネルギーを使いたくないでしょう?」
「それもそうだな」
「そうね。確かに、アダムの言うとおり。……あなたがどうこう言ったところで何も変わらないし、私がどうこう言った所で何も変わらない。それは私たちが一兵士だということを思い起こさせるには十分過ぎることだけれど」
「……まあ、それもそうだな。作戦を遂行して、無事クリアするためにもエネルギーはなるべく置いておいたほうがいい。消費して作戦を遂行出来なかったら、それこそ無駄だ。俺たちの評価も著しく下がるだろうし、俺たちの作戦が今後国にとって『どうでもいい』ものにランクダウンされる可能性だってあるわけだし」

 ラインハルトの話を聞いて、二人はそれ以上何も言わなかった。大方二人の意見もラインハルトと同じだと言うことだろう。
 そうして、三人は作戦までの時間を待つのであった。


 ◇◇◇


「本日の作戦を持って、ラスタール地区は殲滅出来るでしょう。そうすれば、血の魔方陣は完成し、『朔の時』までに間に合うことでしょう」
『ほんとうにそうであれば良いのだがな。不安要素は無いという認識で宜しいな? そこまで自信があるというならば』
『……まあ良いではありませんか。ここは若者にすべてを任せておきましょう。きっと彼も、この「元老院」に入りたいのでしょうから』
「いえ、そんなことは……」
『まあ、よそよそしくことすることも無い。……いずれにせよ、時間が無いことは確かだ。朔の時、そのときまでに血の魔方陣を完成させること。それは人間の悲願であること、ゆめゆめ忘れては成らぬぞ』
「承知しております」

 モノリスの会話を終え、深い溜息を吐く。
 モノリスは焦りを見せている。それは朔の時が間もないことが理由だろう。
 朔の時。それは太陽が月に食われる日。
 それにより闇は生まれ、光は消え落ちる。僅かな時間ではあるが、儀式を行うにはちょうど良い。
 そして、今回の儀式に最適な魔方陣を作り出すにも、その日がちょうど良かったのだ。

「いずれにせよ、恐らくは作戦が実行出来ない可能性を排除しない限り、老人どもの不安も消えないことだろう」

 元老院――老人どもの目的は、朔の時を実現し、再生の卵を孵化させ、アルシュを導くことだ。それにより人間の種は残されることになるのだろうが、はっきり言って、それがどう人間を導くのかは誰にも分からない。
 分かるはずが無い。そのことが起きたのは神話の時代が最後で、今の時代ではそれは神話か、或いは上手い物語作家が作り出した妄想のいずれかだと言われているのだから。
 いずれにせよ、その『物語』を実現させるということ、それが老人どもの悲願であり、希望であった。それを実現するのが自分たちで無くては成らないという条件があれば、きっと彼らは自分たちで計画を遂行していくのだろうが、あくまでも彼らは脚本家ストーリーテラーとして存在することになった。そのほうがちょうど良いと思ったからだ。

「いずれにせよ、その脚本がどこまで適用されるか、だが……」

 はっきり言って、それは誰にも分からないし、分かるはずが無い。
 その脚本だってどこかの誰かが持ってきた何かを盗用して作り出しているに過ぎないし、その計画も過去にあったもののリバイバルだからだ。
 だからといっても、それを否定するつもりは無いだろうし、否定する人間も居ない。
 ……とは言ったところで、全員がその人間の賛同者だからという理由に過ぎないのだが。
 脚本の策定だってどれくらいの人間が携わっているか分からないし、人間が演じるものだから無数のリジェクトは起きている。しかしながらそのリジェクトをだましだましで修正しながら、老人どもはついにこの日までやってきた。

「ここでしくじれば、人間の世界は破滅を迎えるとでも言うのだろうか」

 ぽつり、と彼は呟いた。
 或いは直ぐに代わりを用意して、『次の王』に命じられるのかもしれない。
 そうなってしまえば彼はお払い箱だ。良くて幽閉、悪くて暗殺だろう。計画を知った人間により、計画を失敗させることは絶対に許されないし、許しがたいことだ。だから老人どもも躍起になって作戦を実行させようと思うわけだが、いかんせん時間も足りなければモノも足りない。となると問題として浮上してくるのは、紛れもなく、人間を如何にして長生きさせるかという結論に落ち着くわけだ。
 ……だが、それをしたところで何も生まれないし、何も解決しない。やがてやってくる終末のために、嘆き悲しむだけだ。

「……それにしても、何をそんなに焦っているのやら。すでに元老院は人が変わることの無い機関だ。いや、それだけではない。そもそも元老院があることを知っている人間自体が少なくなってしまっている事態だ。そんな状況で、自分たちが死ぬ可能性なんて考慮するはずがないが……」
「陛下、お時間でございます」
「…………ん?」

 それを聞いて彼は後ろを振り向く。
 そこに立っていたのは、秘書の女性だ。いつから立っていたのだろうか。或いは立ち聞きしていたのだろうか。だとしても、ある程度の情報は彼女に伝えてしまっている以上、彼女もろくな死に方は出来ないだろう、と陛下は知っていたし、彼女もまた理解していた。
 仮にこの国を辞めることとなれば、記憶を消去させられるだろう――とかつて陛下は彼女に話したことがある。ただの兵士ならまだしも陛下直属の秘書など、はっきり言ってどんな秘密を握るか分かったものでは無い。他国のスパイに情報を売る可能性だって十分にあり得たし、考えられる話だったのだ。
 だから、だからこそ、彼はそう言い放った。あくまでもそれは保険だ。それをすることで、情報は安全に保護されるが、そもそもそんな技術は存在しないし、存在しないと言うことはその技術が使えるはずも無かった。


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