Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第三十話 救済

「宜しいのですか。あれほどの情報を一兵士に渡して」

 ちょうどベッキーが出て行ったタイミングで、秘書の女性は陛下に質問した。
 秘書はただの秘書という役割ではない。陛下である彼が『暴走』したときにそのストッパーとなる役割を持っているのだ。
 そして今回はそのストッパーが働かなかった。いや、働かない方が良いと思ったのかもしれない。

「少しはスリルが無いと面白くない、と思ってね」
「そのスリルがいつまで続きましょうか」
「……気になっているのかい?」
「いいえ。ただ、あなたのことを心配しているだけです」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「あなたは陛下という地位に立っていますが、その以前にあなたはただの人間なのです。砲弾を避けきることも出来なければ、砲弾を撃ち返すことも出来ません。人間は弱くて脆くて儚い生き物なのですから」
「……人間は、どうして生まれてきたのだろうな」
「きっとその考えを持たせるためでは無いでしょうか。人間は数少ない、自分の生まれた意味を考えることの出来る種族です。それをさせるというのは、きっと神が与えたもうた役割なのでは無いでしょうか」
「驚いた、君、ノルーク教なのかい?」
「いえ。残念ながら、ここまで言っておいて無宗教です。神など居ません。居るならばもっと早くこの世界は救済されているでしょうから」
「救済……ね」

 彼と彼女の会話は、これにて終わりを迎えた。


 ◇◇◇


「陛下は、いったい何を考えているのだろうか」

 女子トイレの個室にて、ベッキーは独りごちっていた。
 もちろん何を話しているかは聞こえないくらいの小さい声であるため、もし聞こえる人間が居るとしても話の内容を聞き取ることは出来やしない。

「並列処理出来るCPUを持っている。噂程度にまことしやかに囁かれていたけれど、まさか本当だったとはね」

 陛下が手術により脳の処理速度を上げるCPUを持ち合わせている、というのは軍部の中ではもっぱらの噂になっていた。
 だからこそその真意を知ることが出来たのは何よりの収穫であったし、同時に不安も募っていた。

「何故、自分にそれを教えることとしたのだろうか」

 監視がついているのではないかと注意を払ったが、そんな様子も無かった。
 となると完全に、戯れで教えただけなのだろうか?

「……戯れで教える程の情報では無いと思うのだけれどね」

 はっきり言って、国家機密レベルの情報だ。
 それを一兵士に教えても良いものだろうか? 仮に彼女がその地位に立っているとするならば、教えることは無いだろう。
 にも関わらず、教えるということは――。

「ライアンの壺に、何か書かれていたということなのかしら」

 ライアンの壺の情報は、絶対。
 予言ではなく、確定的な未来の真実。
 ライアンの壺にはそんな情報が仕舞い込まれている。
 つまり、ライアンの壺からデータを抽出して、その結果、彼女に陛下の秘密を教えることが一番良い結果を生み出すという判断に至ったのか。

「だとしても……あまり知りたくは無かったけれどね」

 こうして秘密を共有したところで、その秘密を誰にも言えないことは変わりない。
 誰にも言うな、とは言われていないが、秘密であることは変わりないのだから、実質はそうなることだろう。

「私はこれからどうしていけばいいのかしら。……まさか、この状況で寝返る、なんてことは誰も考えないでしょうし」

 そう思っていたからこその、呼び出し。
 そして、退役をちらつかせることで、これ以上越権行為をしてはならないという駄目出し。

「……なら、私は私として、やるべきことをやらないとね」

 そうして、彼女は決意する。
 これから何をするべきなのか。
 何をすることで、彼女の居る意味を確立するためには、どうすれば良いのか。


 ◇◇◇


 夜。
 ラインハルトは家のベッドで横になっていた。
 とはいえ眠りについているわけでは無く、天井を眺めていて、何か考え事をしているようだった。
 その考え事とは――もっぱら今日出会った『同僚』のことであった。

「アダム……か。あいつはいったい何者なんだ」

 見知っているようで、はじめて出会ったような風貌。
 しかしアダムはラインハルトのことを知っている。それがとても、気持ち悪かった。

「もしどこかで出会ったなら……学校か? いや、だとすればもっと早く伝えるはず。伝えないと言うことは何か後ろめたいことがある……?」

 推理を開始する。
 アダムはいったいどこからやってきたのか。
 ラインハルトとアダムは、いったいどこで出会ったのか。
 ラインハルトは考えても考えても、その結果を導き出すことが出来なかった。
 その結論を導くまでには、あまりにもヒントが足りなすぎる。

「……分からん。取りあえず頭をリセットするしかない」

 そう思って、彼は目を瞑り、半ば強引に眠りにつくのだった。


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