Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第二十五話 方舟の担い手

「……そうか。あの村に、生き残りがいたんだ」
「殺そうとは思わないんだ」

 キャンディを口から取り出して、それを見つめるベッキー。
 対してラインハルトは未だ俯いたままであった。

「殺そうとは思わないよ。あれは、俺の罪だ。むしろ殺されるべきは俺なのかもしれない」
「だからあなたはここに居るのね。神に一番近い場所に」
「生憎、無宗教だったがね」

 ラインハルトは、それだけしか言わなかった。
 それだけしか、言い出せなかった。


 ◇◇◇


「ラインハルト・ルーキブルの容態は?」
「……精神状態に関して言えば、あまり良いものとは言えませんね」

 陛下と呼ばれた男とベッキーは、会議室で会話をしていた。
 とはいえ、彼ら二人の距離は長いテーブルを挟んでいるため、かなり大きい声を出さなければ伝わることは無い。

「ならば問題ない。計画の担い手になってもらうためには、十分過ぎる素質だ」
「……もう、教えて頂いてもいいのではないですか?」
「何を、かね?」
「しらばくれないでください。彼に、ラインハルトに、何をさせようと言うのですか」

 座っていた椅子を乱暴に蹴ると、それ以上何も言わなくなった。
 陛下は秘書から貰った紙を見つめ、

「……成程。昔、君は恋仲にあったわけだ。あのラインハルトと」
「五年も昔の話ですよ。今はただ職場が同じチームメイトなだけです」
「ふうん、チームメイト、ねえ」

 紙を放り投げた陛下は立ち上がる。
 それを見た彼女は、回答を先延ばしにされるのではないかと焦りを見せ始めるが、

「別に回答を先延ばしにするつもりはないよ。……これから、ラインハルトには一つの壁を越えて貰わねばならないからね。天使がドラゴンになったのと同じように、彼も人間から計画の担い手へとステップアップして貰わねばならない」
「……いったい何をさせるつもりですか、ラインハルトに。彼は未だ作戦を遂行させるほどの精神状態であるとはっ」
「言えない、だろ? それくらい私にも分かっていることだ。さて、これからが正念場だよ。ラインハルトくん」

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる陛下。
 その様子を見て、彼女はただ不気味であるという感想を考えるに至ることしかできなかったのであった。


 ◇◇◇


 ラインハルトは、その後夕方まで礼拝に参加した。参加した、と言ってもただぼうっとした様子で賛美歌を聴いていただけに過ぎない。神に祈りを捧げていたわけでも無い。神に救いを求めていたわけでも無い。ただ、ぼうっとしていただけ。ただ、傍観していただけ。
 そこに救いは無かった。
 そこに哀れと思う心は無かった。
 残念ながら――人間は、冷酷だ。

「……君が、ラインハルト君だね?」

 声が聞こえた。
 ラインハルトは、それを聞いてその方を振り向く。
 そこには、一人の少年が立っていた。
 白いシャツと、黒いズボンを履いている彼は、白銀の髪をしていた。
 見たことの無い人間だったが、ラインハルトは今、彼から自分の名前を聞いている。
 とどのつまり、ラインハルトのことを知っている、ということになる。

「申し訳ない。……名前が分からないのだが、誰かな?」
「僕の名前は、アダム・レニルン。よろしく頼むよ、ラインハルト君」


 ◇◇◇


方舟の担い手アルシュ・コンダクターが接触したようだな』
『アルシュ・コンダクターは人間と一対でなければその効果を発揮しない』
『然様。アルシュに見定められた人間で無ければならない』
「しかし、それが彼である、と?」
『何か問題でも? ビリス殿下』
「いえ、何も。……しかし、彼には少々身重では無いかと」
『アルシュによる人間の導きと、再生の卵の孵化。それは人間にとっての希望であることを忘れてはならない』
「忘れておりませんとも。いつでも、私たちは……いや、いつまで私たちはこのような『戦争ごっこ』を続ける必要があるのでしょうか」
『ビリス殿下、態度を弁えたまえ。……それに、戦争ごっことやらはすでに終了した。再生の卵にはすでに命が満たされている。あとは孵化をさせるための段階を踏むだけだ』
「それが、アルシュ・コンダクターだと言うのですか」
『君とて計画を知らないとは言わせないぞ、ビリス殿下。アルシュ・コンダクターとの邂逅、それと交流、そして混合は、人々に平和と希望をもたらすのだから』

 そして、一方的にモノリスからの会話は終了した。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品