Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

プロローグ

『作戦内容をもう一度繰り返す。我々はこれからマギニア王国へ突入し、敵の核たる「ルーンストーン」を破壊する。これによりマギニア王国に満ちたる魔の力は消失し、我々に勝利をもたらすであろう』
「……了解。これより第七部隊、マギニア王国へと突入する」

 そう言って、彼はライフルの撃鉄にも似た操縦桿を握る。
 同時に、コックピットに満たされた液体が赤く濁り始め、それが彼の意識をより深いところへと移行させていく。

『こちらシンギュラリティ、ドラグーンの精神汚染が強くなってきています。同調を行うために、精神の安定を図るため深呼吸を提案します』

 機械音声が彼に告げる。
 しかしそれは彼にとって、同時に、不快な印象を与えるものであった。

「こちらドラグーン。提案には応じられない。今本艦は作戦中だ。精神の安定よりも、作戦の遂行を優先する」
『こちらシンギュラリティ。しかしそれでは、』
「機械なら大人しく創造主たる人間に従え」

 強引に通信を切ると、やがてゆっくりと赤くなっていた液体は透明に戻っていった。

「……ほら、別に深呼吸なんてしなくても戻ったじゃないか。さて、行くぞシンギュラリティ!」
『了解、ドラグーン。これより作戦を遂行致します』

 諦めたような口調で、無論今話している存在は人工知能だからそんなことはあり得ないはずなのだが、シンギュラリティの機械音声は告げた。
 シンギュラリティ。
 機械帝国テスラーの生み出した飛空人型機械兵器。
 背中には大きな機械の翼が生え、一つ羽ばたくごとにがしゃんがしゃんと金属の擦れる音がする。
 顔は人間ではなくどちらかといえば獣に近く、牙は鋭く、時にはそれすらも武器として扱う。
 テスラーの生み出した科学の叡智、それこそがシンギュラリティなのだ。

「行くぞ、先ずはあの魔導師軍団を蹴散らす!」

 彼が吼えるとともに、シンギュラリティは炎を撒き散らす。すると敵の魔導師が載っていた飛行船やドラゴンはその攻撃を受け、落下していった。
 圧倒的な戦力差。
 テスラーとマギニアにはこれほどまでの戦力差があったにもかかわらず、お互いがお互いのプライドを維持したいがために休戦協定へと持ち込むことはしない。
 だからこそ、今は二つの国が共に戦力を総動員させ、そしてやがては疲弊していくだろうと多くの科学者は判断していた。
 でも、坂道を転がるボールのように、もう止まることは許されない。一度加速してしまえば、そのボールは止まらないのだ。

「ははは! これならば負ける事は無いな。シンギュラリティの力は最高だ。この力さえあれば我々帝国は世界をも掌握することができるだろう……!」

 あまりに優位になり過ぎたからか、彼はほんの一瞬だけ油断をしていた。
 その油断が、きっかけだった。
 ビープ音と共に、シンギュラリティの行動が停止した。
 そして、コックピットを満たしている液体もまた、真っ赤に染まっていった。

「……何だ! おい、何が起きたんだ、さっさと修正を開始しろ!」
『……プログラム再起動中です。しばらくお待ちください』
「プログラムの再起動だと?」

 機械音声から告げられたのは彼の想像を超えるものだった。プログラムがどのプログラムを指しているのか、彼はそこまで内部の仕組みに詳しくないから分からないが、いずれにせよかなり基本のプログラムがやられている可能性は非常に高い。
 プログラムの再起動なんて待っていたら、それこそ墜落しかねない……そう考えた彼は、すぐ様操縦桿のグリップにあるボタンを押した。

「シンギュラリティ、手動制御モード!」

 本来は禁止されている、手動制御モードを起動した合図だった。
 何故禁止されているのかというのは、それはシンギュラリティが若干オーパーツめいているものだからだ。シンギュラリティを操縦するだけでも、シンギュラリティとシンクロ出来るかどうかの『適性』を判断する。そしてその適性に合致すれば、先ずは合格ということだ。
 しかし、シンギュラリティはそのオーパーツめいた性能から、動作の大半を人工知能によって実現させており、人間のパイロットが行う事は『最終的な判断を下す』のみとなった。
 人工知能でなければ実現し得ない操縦を、手動で制御しようというのだから、はっきり言ってそれは自殺行為だ。

『シンギュラリティ、手動制御モード……拒否』
「何故だ! このコマンドを使えば、シンギュラリティは自動で手動制御モードに移行して、後はこちらのキーボード型操縦パネルを使うことになるとマニュアルに書いてあったはずなのに……!」

 マニュアルに書いてあった。
 彼はそう言った。
 しかし、そのマニュアルが真実を書いていない・・・・・・・・・としたら?

「……まさか、あのコマンドはデコイか! 勝手にこちら側から使わせない為に!」

 何の為に?
 それは、シンギュラリティを使って反逆行為をさせないためだ。シンギュラリティさえあれば一つの都市を滅ぼす事だって容易に出来る。シンギュラリティはそんな革命的な兵器だった。だからそれをたったひとりのパイロットに使わせるには『信頼が足りない』。
 要するに、信用されていない。
 信用されていないどころか、常にシンギュラリティを悪用しないかどうか監視すらされている状態。
 そんな状態なら、シンギュラリティをむざむざ手動制御させるモードの公開などするだろうか?
 答えは、否。

「くそおおおおおおおおおおお!」

 砲撃が、命中する。魔導師の放った爆裂魔法だ。シンギュラリティの鎧はそんな魔法で壊れる事は無いが、しかしシンギュラリティ自体の体力はじわじわと奪われていく。
 そして、シンギュラリティが完全に空中で停止した。
 羽ばたくはずの翼はボロボロになっていた。
 そして、ゆっくりと、しかし確実に、彼を乗せたシンギュラリティは落下していく。

「こうなったら、これを乗り捨てるしか無い! ……ええと、緊急脱出モードは……これか!」

 パイロットの座る椅子の後ろに隠されていたボタンを押す。
 するとコックピットの屋根が開き、同時に彼の椅子ごと空中に放り込まれた。

「うわわわわわわ……落ちるううううう!」

 しかし、落下しそうなタイミングで背凭れにあるパラシュートが開き、落下速度はゆっくりとしたものになっていった。

「……分かっていても、心臓に悪いよな。緊急脱出モード」

 そして彼は、敵国の森へ落下した。
 椅子のベルトを外し、周囲を見回す。
 森は鬱蒼と生い茂っており、どの方角に何があるかもさっぱり分からない。砲撃の音もすっかり鳴り止んでしまったところを見ると、今日の戦争は終わったらしい。
 今日の戦争、というと語弊があるかもしれないが、しかしそれは正しい。シンギュラリティが戦争に導入されたはいいが、同時にテスラーは多額の借金を背負ってしまった。
 国規模の借金は、どこからしてきたのか? 答えは単純明快、企業団体である。資本主義を神の如く信仰する彼らに資金援助を求めたのだ。
 彼らは資金援助に同意したが、その代わりにある一つの提案をした。

「……それが『戦争のエンターテイメント化』」

 彼は独りごちる。戦争は人の生命と生命が削られていくものだ。それに目をつけた企業団体はある倫理ラインを設けた上で戦争のテレビ放映を提案したのだ。
 テスラーはそれに了承。初めはパイロットなど軍部からの反対意見もあったが、軍隊アイドルやパフォーマンスの増強に伴い、次第にその意見も減っていった。

「……となると厄介だな。確か俺って、そこそこテレビで人気あるんじゃなかったっけ? ソーシャルメディアでも、『人気パイロット、謎の失踪』とか書かれているんだろうか。いや、全然謎でも何でも無いんだけどさ」
「……さっきからごちゃごちゃ煩いぞ、人間」

 声がした。
 彼はまさかそこに自分以外の誰かがいるなんて思いもしなかったから、いつもの癖で独り言をぽつぽつと呟いていたわけだが、その反応からすると全て聞かれてしまった、ということになるのだろう。
 そして、声の正体は、彼の足元から聞こえていた。

「……まさか、これって地面じゃない?」

 恐る恐る触れてみると、少しだけゴツゴツとした感触があった。まるで鱗のようなそれは、彼が触ったのに連動してゆっくりと動き始めた。

くすぐったいぞ。あまり身体を触るでない」
「い、いったい何者だというんだ。これほど大きな身体を持つ生き物はドラゴン以外に見たことがないぞ……」
「儂が、そのお前の言うドラゴンだが」

 ドラゴン。
 テスラーではとっくに絶滅してしまった最強の生物。
 剣を通さない鱗に覆われ、翼が生えていて空をも占有することが出来る。攻撃手段はその自らの爪のほか、内燃機関を体内に搭載しているからか炎を吐くことも出来るという。

「……ドラゴン……。シンギュラリティのモニター越しには見たことはあるが、実物は……」
「ほう。見たことがない、か? 珍しい。人間はドラゴンに触れ、ドラゴンは人間に知恵を与えた時代もあったが」
「それは創世記の頃のことか?」
「そうさね。忘れてしまったが……なんとも言いようがない。忘れてしまうほど、儂は長く生きた。もう担い手も死んでしまったからのう。ここでただ死を待つしかあるまい」
「担い手は……戦争で死んだのか?」
「ああ。貴様が殺した」

 それを聞いて彼は冷や汗をかいた。
 ドラゴンに本気を出されてしまえば人間を一人殺すなど赤子の手を捻るも同然だ。だから出来る限り防衛をして……そして逃げるしかない。そう思った。

「なに。別に殺すつもりはないよ。そういう感情すら、とうに失った。我々は何を間違えたのか……或いは間違えなかったからこうなったのか。その答えは誰にも分からない。儂にも、お前にも」
「……だが、あんたは飛ぶことが出来るだろ」
「ん?」

 ドラゴンの目がぴくりと動いた。
 彼の話は続く。

「俺は翼を失った。いや、翼だけじゃない。攻撃をする手段すら失ってしまった。だから俺は翼が欲しい。そしてあんたは担い手が欲しい。……違うか?」
「担い手か。そうさね、たしかに無いよりかはマシだ。だがいたところで使いこなせるかどうかはまた別の話だよ」
「使いこなしてやるよ、俺があんたを」
「ほう? 見るからに魔術師でも契約を交わした人間でもない、ただの人間が儂を操ることが出来るというか」
「やってみなきゃ、わかんねえだろうよ。契約も、操作も」
「……それもそうだな」

 彼は降り立ち、ドラゴンの顔を見る。
 ドラゴンは目を細めて、彼の顔をじっくりと眺めていた。

「俺の名前はラインハルト・ルーキブル。俺の翼になってくれ、ドラゴン」
「ドラゴンじゃない。儂にはブランという立派な名前がある。……ふふ、それにしても、面白い担い手候補を見つけたものよ!」

 こうして、彼らは初めて出会った。
 この後、彼らの身に世界を揺るがすほどの大事件が起こるのだが、それはまた追々時間を追って説明することとしよう。

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