嫌われる意味を知らない者達~異世界で始まった人生の迷い家~

ゼロのカラカラ

十四話 一方荘都では

「以上が、遠征であったことの顛末だ」

「そうなのか…大変だったな、レイジ」

「……確かに、あの少年を亡くすのは惜しかった」

 レイジは椅子に腰掛けて茶を啜る。レイジの向かい合う少年ーーランマルは出された菓子を綺麗に均等に分けて口に運ぶ。

 オキノ・ランマル。かのイナズマがイレブンしていて、なおかつGOしている中に出てくる彼にそっくりだ。中性的な顔立ちはもはやどっちと言われても納得できる。着物姿であり、それが男性用であるにも関わらず、それに見とれる男共(変態)の数は後を絶たない。水色の長い髪を後ろで二つに束ね、凛とした表情はいつも崩していない。どう考えてもイケメンの部類だ。

 その性格も優れている。老若男女問わず思いやりをもって接してくれる。それに落とされた女性また男性は少なくない。男女共同で「ランマルファンクラブ」が結成しているのを当の本人は知らない。常に胸きゅんさせてくる彼の言動は荘都を揺るがす大騒ぎになる。主に胸きゅんで。しかし、本人は自覚がなく素であるというのも恐ろしい。

 彼は菓子を食べているが、その表情は暗い。流石に今回のことは心にきているのだろう。

 荘都の神祭、つまり異世界人を連れ込んだ者である。彼は神の意のままに異世界人を連れ込んだ。彼自身神に猛反対したのだが、結局決行されたのは彼が折れたからである。家族離れ離れになる十人ほどの少年少女と、世界を揺るがす魔獣と比べられれば仕方ない。

 それでもその中の一人、シオンを失うには余りに惜しかった。能力なしでもある程度の実力のあるものがそれを開花させずに死んだのだ。話によると、逃げようとする集団から飛び抜けて襲われたという、「不運な」事故らしい。そう他の皆が証言している。

「……私がもう少し神と交渉すれば……!!」

 神祭とて熱烈な信者ではない。神を信仰しつつ、決して神に囚われないという絶妙な位置で安定を保つ精神がいる。それが偶然ランマルに適していたのはランマルも予想外だった。この話はまた別の機会に。

 そんな訳で、今レイジはランマルと話込みをしている。これ以上彼らを魔獣掃討に使うかどうかだ。もちろん決めるのは殿様であるからここで話したって意味は無いのだが、神祭であるランマルが進言すれば少しは変わるかもしれない。

「では、どうしろというのだ…。もう無くなった命は戻ってこないぞ。それこそ彼の思いを無駄にすることになるぞ」

 ちなみに彼らはあれが「不運な事故」ではなく「意図的な殺人」であったのは知らない。知ることになるのは、また別の話だ。

 勇者達(ここでは異世界人を便宜上そう呼ぶ)はあの騒動で「死」というものに怯えるようになった。すっかり衰弱しきったものも少なくない。それはあの中で唯一大人のタノウエでさえそうなのだ。深く深く傷がついたらしい。一ヶ月間心を失っている様子は、見るに堪えない。

 最も危ないのはサクラだった。サクラや周りは気付いてないだろうが、おそらくシオンに対して恋心のようなものを抱いていたのだろう。なんだかんだ付き合いが長いレイジだからこそ分かるものだ。そんな人を失ったサクラ。今は自室にこもり侍女として働いていない。最もそんな状況は城方にとって喜ばしくないのだが、レイジが殿様に食い付いて了承を得た。

『非力な者はいらん』

 サクラ始めとした勇者が殿様の言葉に絶句したのは仕方あるまい。猛反発するサクラが短刀を取り出そうとした時は流石に焦った。国家反逆罪で流罪になるところだ。

 しかし、側近に近い立場のレイジは気付いている。かく言う殿様も、本当は深く悲しんでいるのだ。それを表に見せないための虚勢が、逆に信頼を失わせる結果となった。その誤解はレイジが何とか解いて国中に広がるのを防いだ。

 「…私は戦って欲しい。そして見つけてほしい。彼が生きていた証拠を、彼らが帰る時に持っていけるように」

「ランマル……」

 帰る方法はない。しかし、ランマルはその方法を探すのに必死だ。それが確立次第すぐに彼らを帰す気らしい。

 コンコンと、音が鳴る。ここは休憩室で使うのはレイジとランマルくらいだ。入るように促し、誰が来るのかを警戒する。

「こんばんは…レイジさん……」

「……レイジ…」

「レオナにサクラ……!何故ここに?」

 そこにはサクラと勇者の一人、遠藤玲於奈がいた。突然な登場にランマルも驚きを隠せない。

 遠藤玲於奈。空手家で【身体を固める】でヴワルを圧倒したうちの一人だ。身長は小さく、普通の人より六尺(約18センチ)低い。髪を後に束ね、和服で着飾った彼女はどことなく決意に満ちていた。サクラも同じように目をギラギラ輝かせている。以前のように憔悴したレオナとサクラではない。

「……た、戦わせて、くだ、さい…!」

 レオナはこもった声で、しかし押し出した決意の声でレイジにそう言った。感極まったのか、目元が潤んでいる。サクラも同じように潤んでいた。

「………それはもう一度妖森に行って、攻略しようとするということかい?」

「……はい、!」

 ランマルの質問にはっきりと答えるレオナ。レイジとランマルは顔を見合わせ、何があったんだろうと首を傾げる。

 元々空手家だが、大人しい性格のレオナは前線組と行っても控えめである。他にも大森や牧原もいるのだ。彼女が出る幕がない。ヴワルの時は全員で倒さなくてはいけない状況だったので前に出るが、二人一班の時も牧原に任せっぱなしで出る幕がない。宝の持ち腐れというやつだ。

 しかし、そんな彼女に何らかの心の変化があったのは誰の目からも明らかだ。それも十中八九、あの妖森での出来事だろう。レイジはじっとレオナを見つめて問う。

「確実に辛い道のりだぞ。拠点もなく、毎日野宿だ。魔獣が蔓延り、油断すれば…彼のように死ぬ。レオナだけじゃない。他の皆も危険だ。そんな中、あの森に行くのか?」

 試すような口ぶりに、ぐっと拳を握りしめ、レオナはゆっくりと口を開く。

「それでも行きたいです。あの日村崎くんを死なせたことを……私はすごく後悔しています。怖くて逃げることしか出来なかったとか言い訳はできないんです。最もあの場で恐怖していたのは紛れもなく、村崎くんなんですから。
 私は強くありたい。それは力ではなく、『人間』として。いつまでも現実を見ない子供でなく、『村崎くん』がいたという証拠を、この目で焼き付けて、戒めにします。それは、『人間』としてあるべき姿だから」

 反論の余地はない。心からの言葉である。おそらく死んでも本望であろう。「人間」らしく生きられた。それは数時の甘い蜜かもしれない。しかし、それでもいい。特攻前の侍のようだ。ここまで凛々しい瞳を久々に見た。

「…サクラも同じかい?」

 ランマルが問う。曰く

「…私も同じです。彼が死んだなんて信じられないです。それでも、いつまでもしょげている時間ではないんです。彼がどんな風に死んだのか、何を思って死んだのか、私はこの目で、確かめたい」

 それは死んだシオンがもたらした結果だった。元より聡明(でちっこい仲間)だった彼女らが出した答え。レイジは決してそれに口出しするようなことはしなかった。

 真っ直ぐな意思は真っ直ぐ返す。レイジの座右の銘であり、人生の言葉だった。

「……俺から殿様に取り合う。おそらくは一週間以内に行くことになる。レオナと俺が妖森に、サクラはその侍女として、そしてランマル、お前は彼についての情報を集めるため。以上だ」

「「はい!!」」

「……レイジらしいね。全く…」

 全力で返事した少女達、そして友の思いっきりに少し呆れる青年が一人。思いは違えど、道は同じである。その次の日、彼らは難なく許可を得て、三日後に荘都を発った。それは騒動から一ヶ月と三日。

 しかし彼らは知らなかった。覚悟を決めたその日、妖森は平衡を崩したということに。

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