嫌われる意味を知らない者達~異世界で始まった人生の迷い家~

ゼロのカラカラ

十二話 シオンの過去

 汝の敵を愛せよ。どこぞの聖人君子が言い放った無茶振りもいい加減にして欲しい言葉。今のシオンには理解できない。なぜあいつはあんなことが言えるのだろうと。裏切られることの虚しさを知らないのだろうと。

 紫苑は裕福な家庭に育った訳でもない。決して身体能力がいい訳でもない。父の秀才ぶりが遺伝して、勉強しなくても頭が良かった。小学生時代はそんなんだった。中学時代はそういう訳にもにいかなかったが、何気なしに二教科コースの塾に入った途端、学年のトップに君臨した。県内随一での高校ではさほど勉強してないのにも関わらず学年半分以内には入る。もちろん本物の天才もいるのだが、それでも彼は普通からすれば特筆して頭が良かった。

 友人関係は乾いたものだった。その場その場の現状で友達を適当に作って遊んでいた小学生時代。それを受け継いで遊び呆けた挙句、それでも学年トップにいた中学時代。長い付き合いもいらず、今の埋め合わせでしかこの世界はいらない。

 高校で心機一転。中学時代の友達が全員受験で落ちた。友達作りをしようにも、次第に固くなった彼の心は誰からも距離を置かれた。彼も小意地となりいよいよもって立場が危うくなり始めた。ほとんど自暴自棄だった。

 興味を持った宇宙で地学部に入ったのはその頃だった。紫苑含めて三人入った。そのうち一人は村井。しかし、紫苑は村井よりもう一人の方と仲良くなる。次第に恋愛感情が芽生えたのは言うまでもない気がする。彼女がもう一人部員を連れてきた。岩永である。

 しかし、そんな彼女の友人関係を壊さんとする出来事が起こる。それでも紫苑は彼女を守り、進言して何とか解決させた。

 が、彼女とは音信不通となる。たまに学校に来てもすぐに帰ってしまう。丁度部活で忙しい時期と重なり、紫苑は彼女と疎遠になる。ついに学年が上がると同時に転校した。

 それを慰めてくれたのは紛れもなく部員だった。村井始め意気消沈していた紫苑を気遣ってくれた。

 彼らにしてみれば他愛ないことであっただろう。しかし紫苑にとってみれば乾いた友情より、このような深い何かの方が良かった。故に、彼は二度と彼女のような失態を犯さないと誓う。

 それを無下にする仲間の裏切りは、紫苑をシオンへと変えた。自身が抱いていた「守りたい、この絆」という幻想は見事なまでに打ち砕かれた。あの時の部員の目を思い出すだけでも殺したくなる。あの時シオンを見ていた目は絶望以外の何物でもない。そしていなくなった仲間への虚無感は忘れられない。

 復讐の為、生きると誓った。要らないものは捨てて、自身を押し殺し、敵を蹂躙する。心優しかった努力家は、冷淡な狩猟者となっていた。

 故に、死ぬことが怖い。死んでしまっては復讐できない。体さえあれば復讐出来るが(しかし、五体満足が条件)、命が無くなってはできない。そんな中の【命に嫌われる】能力は絶好の機会だった。今の彼に必要な全てでもあった。

 同時に、全てをもたらした。殺され続ける日々。虫が湧き、肉が抉れ、腐敗してもなお生き延びていた。苦悶の日々。壮絶な日々はたったひとつ「復讐」という二文字によって繋がれた。同情するなら死ね。そう思っていた。

 地獄は、終わらないのか。

 暗い世界で思う。確かにここは現実で、ただ彼は目を閉じているだけだ。どこにいるかの感覚もない。五感はあるのだが、彼の意識がそれを拒否する。今はダメだ、と。

 もしかすると全部夢で…と何度考えただろう。異世界転生なんて馬鹿みたいな話が通じるのは夢しかない気がする。しかし、毎度毎度魔獣が噛み付いてきて夢から醒めるシオン、既にその妄想を諦めた。思ったところで現実は変わることがないのだから。

 ふと違和感に気付く。おかしい。拒否していた感覚が徐々に戻っていく。仰向けになって寝ているし、地面は固い。五体満足で生きているのは当然だが、何故自分がこんな状況になっているのかが不思議でならない。よくよく感じ取れば体に何か布のようなものが掛けてある。

 普段は木の上で寝るし、剣を抱えたように寝るし、起きる時も魔獣の噛みつきではないし、布なんてかけることは無い。と言うより、剣がない。

 衝撃の事実に飛び上がるシオン。目の前にあるのは洞窟だろうか、奥まで真っ暗な岩のドーム。薪が燃えていて、自分のすぐ右の方に剣が置いてある。ふと触った腹は、以前蛆虫が湧いて張り裂けたはずなのに、元に戻っていた。

「…起きた?」

 洞窟の中、岩が飛び出るその場所で、小さく可愛げのある声はエコーする。

 故に、シオンの思考は停止した。スキルを超えた情報処理能力がオーバーヒートしたのだった。

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