さよなら、ダーリン

ヒウリカ

4

彼女は、先頭を歩いてく。墓地の急な斜面を、まるでキャリアウーマンの様に歩いていくのだからウェディングドレスを着慣れていない彼女は、何度も転びかけた。僕はお姫様みたいにドレスの裾を上げて歩く彼女を見て笑ってしまった。

「まずはさ、新しい洋服、買いに行こう」

あいにく、僕は女の子を家に呼んだりはしないので、女物の洋服なんて存在しない。そして、女性を招いて生活させられるだけの用品もない。
僕が笑いながら言うと、彼女も苦笑しながらドレスの裾を掴んでいた手を脱力させて言う。

「それもそうね」

ウエディングドレスをまるで普段着と間違えてしまったかのようだった。彼女にはウエディングドレスは似合わない。きっとそのドレスは女の子の憧れなのだろうけれど。彼女は、誰かに縛られるような人間ではないような気がしたからだ。そのドレスからは相手の執着を感じたのだ。
コロコロ変わるその表情に、惹かれた兄の気持ちが少しわかるような気がした。
入ったショップの店員は、馨さんの格好を見てぎょっとした顔をした後「いらっしゃいませー」とプロの対応を見せ、た。にこにこと造られた笑顔で、店員が馨さんに話しかける。女の子の買い物に男が口を出すスキはなく、あったとしたら「可愛い?」と聞かれた時に「可愛いよ」と笑って答えるだけに存在しているのだ、

「何かお探しですか?」

「ええ、これを着替えたくて何かよさそうなのはありますか?」

馨さんはウエディングドレスの巣をを持ち上げて言う。店員は何着か適当な物を持ってきて、手渡した。彼女はそれに合いそうな洋服を探し当て、試着室へと入っていく。店員と二人きりにされた僕は、気まずい思いをした。彼女のその格好で、訳ありなのは丸わかりだった。けれど、どうすることもできない。思わず、頭を抱え込んで、しゃがみこんでしまいたい衝動に駆られた。なんで彼女を受け入れてしまったのか、と自分一人で反省している間に彼女は手際よく、お目当てを試着し、何着かを選びあげ、会計した。
幾分か身軽になった彼女は、その抜け殻を郵送した。なぜか彼女は、クレジットカードとスマートフォンの身だけは持ってきていたらしかった。
彼女の潔さからして、ドレスは処分して、などと言ってしまうかもしれないという危惧はあったが、さすがにそれは憚れるらしい。

「どう?」

ワンピースの裾をひろげながら、彼女はくるりと回って、僕に感想を求めた。僕は彼女が求めている感想と、今自分が抱いている感想はきっと同じであることを望んで言葉にする。

「すごい似合ってる」

「ありがとう」

彼女はほんの少し頬を染めて微笑んだ。

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