さよなら、ダーリン

ヒウリカ

1

その日は、兄の月命日だった。
何十回も通っていると、悲しみもだんだんと薄れていくようで、涙を流すようなこともなく、ここへ来るのは義務のような形だった。本当なら、人の姿を思い出すのは、お盆位がちょうどいいのだろう。けれど、僕はそこまで、兄の死を成仏できずにいたのだ。

新聞で包まれた菊の花束、線香の束、ライターを持って高台にある兄のお墓に歩いていく。他の家の一筋の線香の煙を凝視してはいけないような気がして、なるべく視界には、何も入れないように下を向いて歩いた。

この場において僕は異物なのだと思う。健康な人間はここに長くとどまってはいけないのだ。息の詰まるような気持ち悪さを我慢して僕は、兄のお墓な通りへ来たので曲がる。




曲がった先には花嫁がいた。
まるで死んだ兄と結婚しに来たみたいだ思った。そのウェディングドレスは彼女のためだけに作り出されたようにフィットして、ウェブさせた髪をポニーテールにしてベールもかぶって、僕は彼女をよくある花嫁のポスターの代表みたいに感じた。彼女は僕が今まで見てきた花嫁で一番綺麗だった。



僕はその人をよく知っている。
彼女は兄の最後の恋人だった人だ。


彼女は静かに泣いている。それは多分兄に向けたものに違いはなくて、まだ兄の最後のために泣いている人がいるんだと感激するでもなくそんなことがストンと心に落ちてきた。ほっとした、まだ兄を、想ってくれている人がいるのだと、覚えてくれている人がいるんだと、その事実が存在していることが。

泣いている彼女は、今兄のフィアンセに違いない。


「馨さん」


よほど驚いたのか、いちど痙攣したように、肩がはねた。右目の縁に溜まった水が1粒になって赤い頬に道を作る。恐る恐る視線を合わせた彼女は、僕の顔を覗くと椿みたいな笑顔見せた。


「さとるくん、元気?」


「元気だよ。充分過ぎるくらいに。馨さんは?」


僕はそう言いながら、彼女に近づいていた。彼女に会ったのは、数ヶ月ぶりだった。前に会った時は、大学生で学生生活を謳歌している風だったのに、もう結婚とは。まさか何とするわけでは無いだろうし。


「まあ、健康よ」


僕は、彼女に質問した。聞いていいことかわからなくて気まずさから声が裏返ってしまった。けれど聞かずにはいられなかった。

 
「なんでそんな格好で、ここにいるのか聞いてもいいかな? 」


彼女は笑う自然的でない、人工的な笑顔で。


「逃げて来ちゃった」

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