LOVE NEVER FAILS

AW

もうこれしかない


 気づくと、あの顔が目の前にあった。

「***! ********! *********!」

 頭には、布切れを通しての温かく柔らかい感触。頬には、ぽつりぽつりと宝石のような瞳から滴る雫。
 残念ながら、彼女はいつの間にかしっかりと服を着込んでいてあの綺麗なπは拝めない。それでも、下からの景色は正面から以上に立体的で、僕にとっては最高のご褒美だった。


「また会ったね。膝枕ありがとう」

 生きてた。

 死んだかと思ったのに。

 そして、また彼女に出逢えた。

 裸も良いけど、今の露出が少ない清楚な服はもっと良い。ラメが入っているのか、生地がキラキラしている。ファンタジーに出てくるエルフみたい。実のところ、本当の本当にそうなのかもしれない。そう思っておこう。


「*******。*******?」

「ごめん、ノートとか、全部取られちゃったから分かん――って、あれ?」

 感覚がなくなっていたはずの右腕が動く。
 それに、身体を起こしてもどこにも痛みはなかった。

 それだけではない。
 最後のうっすらした記憶の中、三猿が荒らしていた僕の鞄が、切り裂かれた僕の制服が、元通りになっている。


「どういうこと? 君が治してくれたの? 魔法?」

 彼女は笑顔で首を傾げつつも、僕の鞄からノートとシャーペンを取り、何やら描き始めた。

 一筋の光が紙上を走る。季節外れの1匹の蛍が力強く羽ばたくように。


「**。************」

 描かれていたのは3つの○だった。

 ノートの上と、左右にある。

 そのうちの1つが形を変えていく。

 耳の長い女の子――多分、彼女だ。

 そして、上には淡い光を放つ物――これは月か。

 彼女は左へと歩み寄り、最後の1つ――横たわる○へと近づくと、膝を曲げ、唇を寄せ――って、キスした!?


 すると、世界が大きく動き始めた。

 天上で淡く光を放っていた月は左へと滑り落ちていき、代わって右側から燦々と輝く太陽が現れる。

 太陽も月と同様に左側へと転がっていき、あっという間にノートの左端に消えていく。

 そして――再び右端からは最初の月が現れた。


 天体の日周運動は誰もが知っている。月も太陽も、東(左)→南(上)→西(右)へと動くはずだ。この絵では反対に回っていた。これが表す意味は――そうか、時間が巻き戻った?

「もしかして、時間が巻き戻ってる?」

 僕は、前に歩く振りをして後ろへ下がるムーンウォークを披露する。

 すると、彼女は伝えたいことが正確に伝わったのが嬉しいのか、笑顔になる。

 しかし、その笑顔も僅か一瞬のことだった。


「*******」

 真剣な表情で再びノートに描き始める。

 時間遡行という、誰もが夢見る魔法を目の当たりにして興奮しまくりだった僕でも、彼女の真剣な眼差しに言葉が全く出なかった。

 数多描かれた小さな点が、ざわめくように動き出した。

 森の木々が風に揺れているようだ。

 これは多分、彼女の住む世界なんだろう。

 僕は理解したことを伝えようと、彼女の目を見て頷く。


 すると、森を形成していた点が離散し、再び四隅に集結する。

 その1つが少女を迎え入れる。

 残りの3つが、時に混ざり合いながら彼女たちの側へ押し寄せる。

 岸辺に激しく打ちつける荒波のようだ。

 容赦のない波状攻撃に、次第に彼女を囲む点は少なくなっていく。

 そして、残り少なくなった彼女の周囲の点は、彼女を外側へ押し出した。

 彼女は押されるがまま、フラフープを潜り抜ける――。


「分かった気がする。民族闘争みたいなものかな。それで君がこっちの世界へと逃がされたってわけか」

 彼女は悲しそうに俯く。

 そして、徐にノートに3つの○を描く。

 その○が次第に形を変えていく。

 1つは豚のような姿に、1つは子鬼の姿に、最後の1つは猿のような姿に。

 どれも不自然な直立二足歩行をしている。

 あ、もしかして、さっきの三猿は敵対勢力のうちの1つなのか?

 僕が猿の横に三猿の絵を描き足すと、それを見た彼女は嫌悪感たっぷりに頷いた。


「なるほど。連中はあっちの世界からの追手か。そう言えば、あいつらは今どこだ!?」

「ノブナガ! *******!」


 ん? 名前呼ばれた?

「ノブナガ、ノブナガ! *******!!」


 何だろう?

 彼女に再びノートを使うように促す。

 すると、彼女が描いた3つの○が動き出した。

 2つは少女と僕の形をしている。

 そしてもう1つは、例のフラフープ。

 もしかして――。

 案の定、僕を表すそれは、彼女と一緒にあっちの世界へと旅立った。

 そして、敵対勢力の前に立ち、棒を振るっている。

 高速バトンスピンからの、右ガンライドパス、そして両手に持ち替えてのラチェットタイフーン。

 これ、実用性皆無な技なんですが。

 彼女の中では僕が最強の勇者にでも見えたのか!?


「えっと――助けてほしいってこと?」

 そう言いながら、ノート上で蠢く敵部隊を指で弾き飛ばす。

 こんな簡単に倒せるなら良いけどさ、さっきの三猿に半殺しにされた奴には荷が重いでしょ。


「ノブナガ! *******!」

 瞳に涙を浮かべ、僕の前に跪いて懇願する彼女――放っておけるわけがない。

 考えてみれば、僕は今、彼女に助けられたんだ。

 元はと言えば僕が彼女を助けようとしゃしゃり出たんだけど、それは既に黒歴史。

 恩を返すうえでも、できるだけのことはしてみよう。

 下心があるってわけじゃない。


「分かった」

 僕は、笑顔で彼女に手を差し出す。

「ノブナガ!」

「うわっ!」

 手を引き起き上がった勢いのまま、彼女が僕に抱き着いてきた。

 何というサプライズ!

 寒い夜に感じる温もり。

 僕は、彼女の震える肩を優しく抱いてあげた。

 あぁ、全くモテもしない僕だけど、こんな彼女がいたら幸せだよなぁと思いながら。



 それから本当に忙しかった。

 例のフラフープ魔法は、木さえがあればいつでもどこでも使えるらしい。なら、異世界に旅立つ前に一度自宅に帰りたい。お風呂にも入りたいし、制服だって脱ぎたい。喉も乾いたし、お腹もペコペコだった。何より、母ちゃんに置き手紙くらいはしないとね。
 そう考え、バス停まで歩いたまでは良い。仲良く手を繋いで歩けたから。でも、緊張しまくりで会話はできなかった。学校では女子と普通に話せるのに。
 始発バスが06:12だと。今はえっと、深夜の1時過ぎか。自宅まで歩けば6時には到着できる。バスを待てば到着は8時だ。優先すべきは時間か体力か。僕1人だったら15kmくらいちゃっちゃか歩いちゃう距離なんだけど、今は彼女連れだからね。因みに、母ちゃんは夜9時に帰宅し朝4時に出勤だから、家には誰も居ない。

 三猿がいつ、どこから襲ってくるかは分からない。連中がループする彼女を捕まえたってことは、彼女の動向を把握している可能性が高い。
 いろいろ考えた挙句、彼女には兎姿になってもらい、スクールバッグに詰め込む。それを両手に抱きかかえ、ゆっくり走って帰ることにした。代わりに教科書はポイ捨て。卒業間近だし、まぁいっか。
 途中の建物を覗き込み、今現在、12月15日(金)の早朝だと判明した。時間が本当に巻き戻っていたことに今さらながら驚いた。それもご丁寧に丸々1日分。
 後で詳しく考察したところ、彼女自身はこっちの世界で1日も生活できないらしい。日付が替わる瞬間に何らかの力がはたらき、0時からやり直しになるとのこと。なるほど、エルフは長寿というより時間の流れが止まるから長生きなんだ。でもさ、友達が出来ても日付が変わる頃にはリセットされてしまうのか。昔あったね、そういうアニメ。長生きだとしてもとても悲しい生き方だと思う。で、僕もそのループに巻き込まれたってことか。あのキス、なのかな?
 その後、途中で運良くヒッチハイクに成功し、半分以上の距離を稼げたことはラッキーで、結果的には時間も体力もお金も消耗せずに済んだ。


 帰宅したのは5時過ぎ。本当なら僕がベッドで寝入っている時間帯だ。自宅にもう一人の僕が居るんじゃないかとか、歴史が変わってしまい、母ちゃんが自宅に居るんじゃないかと心配だったけど、全くの杞憂だった。
 この現象を理論づけようとしても僕には到底無理。不思議な修正力がはたらいて上書きされてしまうとでも思っておこう。

 冷蔵庫を開けて、彼女が食べられそうな物を物色する。即戦力のあるのはリンゴとバナナくらい。それに加えて野菜をいくつか出すと、エルフの姿に戻った彼女がせっせと切り分けて並べていく。まるで新婚夫婦のような共同作業だ。保温状態で湯気が立ち上るご飯を見て彼女がびっくりしている。これこそ日本科学の力だ。インスタントで申し訳ないけど、みそ汁も用意する。
 でも、全てが空回りに終わった。彼女は食事を必要としないらしい。彼女はどうやら植物界に属する妖精で、光と空気と水があれば良いんですと。誰だよ、エルフがベジタリアンだって設定したのは!

 美少女にずっと見つめられながらの食事ほど緊張することはないと思う。
 なので、彼女を先にお風呂に連れて行く。一緒には入らない。シャワー、シャンプーやトリートメント、ボディソープの説明をする。似たような物が異世界にもあるのだろう。彼女は大丈夫だと言わんばかりに頷いている。
 いつの間にか目を見て話せなくなっている自分。実は緊張しちゃって会話すら危ういんだ。今までは全く平気だったのに。思っていた以上に女の子に対する免疫がなさすぎだろ。

 シャワーの音が聴こえ始め、覗きたい衝動を必死に抑えていると、脱衣所に置かれた服が目に飛び込んできた。震える手できらきら光る魔法の服を手に取る。いわゆる長いワンピースのような服で、露出は少ない。素材は合成繊維とは一味違う。ユリの花弁とトンボの翅を組み合わせたような繊細な感じ。ひらひらが付いていて多層構造になっているようだ。

 で、これ1枚だけ?
 何と言うことだ、下着がない。食べない=トイレが不要=下着も不要、ということなのか?
 服自体は汚れているようには見えないけど、洗濯した方が良いのかな。ここでクンカクンカしたらさすがに人間失格な気がして自重する。前屈みの姿勢のまま、すすぎと脱水、乾燥を設定して洗濯機に放り込む。

 母ちゃんへの置手紙を書き終え、2人前のベジタブルをお腹に放り込んだ頃、台所に彼女が飛び込んできた。白兎の格好だ。いきなり僕に飛び付いてきたかと思いきや、兎パンチを連発してくる。怒ってる? あ、服を洗濯機に入れたままだったか。

 可愛い兎を抱きかかえて脱衣所に戻る。
 素材の特質だろう、短時間だけどしっかりと乾いている。
 取り出して広げてみると、ヤバい!
 あちこちが破れてボロボロだ!
 とんでもないことをしてしまった――。

 タオルに巻かれた彼女が僕の後ろからジト目で見つめてくる。
 僕は現在、ご立腹な彼女の替えの服を捜索中だ。
 母ちゃんの部屋に侵入し、無言でクローゼットを漁っている。
 もう既に僕の思考は全停止していた。


「あった!」

 クローゼットの奥の奥から取り出したのは母ちゃんの勝負服。
 と言っても、母ちゃんが子どもの頃に着ていた服なので、着ているところを生で見たことはないし、見たいとも思わないけどね。
 某人気アニメのヒロインが着ていた服――いわゆる本気のコスプレ衣装だ。しかも、ヒロインはエルフ。彼女にはもうこれしかないと、30分以上捜し尽くしてやっと発掘したんだ。折り畳まれた水色を基調とした清楚な7つ道具。それをベッドに置き、僕は部屋を出た。


「*******!」

 数分後。
 ドアをノックして入ってきた僕に対し、彼女が奇声を発する。
 お、凄く似合ってる!!

「*******!*******!」

 スカートの裾を両手で引っ張りながら顔を赤らめて抗議する彼女。
 うんうん、スカートが短すぎるって言いたいんだね。
 でも、そのポーズだと、逆に胸が寄せられてもっと恥ずかしいことになってるよ。
 でも、めちゃくちゃ似合ってる!
 ちょっと小さめで身体のラインが目立つ所がナイスだ。

 胸元を強調して止まないトップス。
 すらりと伸びた脚に絶対領域を創造するハイソックスと膝上丈のひらひらスカート。
 装飾がカッコいいブーツ。
 ベッドに置かれたままのケモミミフード付きコート。
 今は見えないけど、白と水色の縞パン&ブラを加えたエルフ姫御用達7点セット――。

「ジャパニーズスタイル!」

 本来の“和風”とは意味が全然違うけど、どうせ通じないし構わん。
 サムズアップし、真正エルフ爆誕に最大級の賛辞を贈る。

「****? *****?」

 褒められたことを自覚したのか、彼女のスカートを掴む手が離れる。
 どの世界の女の子も褒められると嬉しいのかな。
 赤面したまま、くるくるっと回る。
 うん、パンチラサービスありがとう。
 さすがにそのままでは寒そうなので、コートを掛けてあげる。
 残念ながら膝下まで覆われて露出度はガタ落ちだけど、白兎っぽい感じが出ていて凄くいい。
 姿見で確認した彼女の表情もまんざらでもなさそう。

「ジャニパーズスライム?」
「惜しい! ジャパニーズスタイル!」

 そんなこんなで僕もシャワーを浴び、学校の指定ジャージにウィンドブレーカーという体育ファッションに変身した。

 荷物はどうしよう。
 多分、日帰りか1泊2日で帰れるよね。
 時計は一応持っていく。他は最低限でいっか。中身は旅人7つ道具だ。まずは某アニメの歌詞に出てくるナイフとランプ――は無いから、カッターとソーラー式懐中電灯。水筒と歯磨きセットも当然必要。食料は受験用に買い置きしてあったカロリー○イトでどうだ。そして、袋に詰め込んだタオルと下着。他にも必要な物を挙げれば枚挙に暇がない。だって、死地に赴くんだから。

 よしっと気合いを入れてバッグを背中に掛けした瞬間、あれを思い出した。
 押入れの奥から勇者の剣を引っ張り出す。これはバトン技の練習用にと元野球部の友達から貰った宝物。スペックは、長さ80cmの重さ1.2kg。実は素振り用の金属バットで、太さはほぼ均一に直径1.8cm。廃病院のポールよりは短いけど、かなり丈夫な作りだ。散々弄り続けてきたのでしっくりと手に馴染んでいる。

「*********?」

 何か変?
 僕の四畳半の城に侵入してきた彼女が、僕の回りを周回しながら何か言ってる。
 それにしても、この鈴虫のような声はどうにかならないか。
 嫌いじゃないんだけど――あ、ノートとシャーペンも持っていかないと!
 慌ててリングノートにシャーペンを差し込み、バッグのポケットに突っ込む。

「ジャパニーズスタイル!」

「****! ジャパ二スタイル!」

 全て納得してもらえたようだ。

 で、今更だけど、彼女のことを何て呼べばいいんだろう。
 名前はあるよね?
 聴き取れないかもだけど、一応訊いてみるか。

「僕はノブナガ。君の名前は?」

 自分を指差してから名前を言った後、耳を傾ける。リスニングなら自信ある。

「***? ****」

「え?」

「****」

 ダメだった――。
 辛うじて、最初の“リ”という響きだけは聴き取れるんだけど。

 逆に訊いてみるか。

「リリー?」

「****! ****!」

 違うのか。必死に首を振っている。
 ちなみに、頷く=OK、首を振る=NGという動作ルールは、既に共有している。

「リーン?」

「****!」

「リーフ?」

「****!!」

 完敗だった。
 結局、30個以上連ねた後で、“リーシャ”という響きが近かったようで、首を振るのを諦めたご様子。
 本当は違うけど、発音的にぎりぎり妥協ラインなんだと思う。

「よし、リーシャ。準備はできた。行こうか」

「****! ジャパ二スタイル!」


 リーシャ(仮)が僕の部屋のドアに手を翳して呪文のような物を唱えると、コケが生えて緑色に染まっていく。
 ドアはみるみるうちに蔓植物に包まれ、1m四方の緑のカーテンと化す。
 安アパートだけど、ちゃんと元に戻せるのか心配で苦笑いが止まらない。


 数分後、長い呪文が終わりを告げると、カーテンが左右に開いていった――。

「ノブナガ、********!」

 三猿から逃げる時とは逆に、彼女の方から僕に手を差し伸べてきた。

 僕は、恥ずかしさと緊張、もしくは興奮からか、震える手を差し出す。

 彼女の小さな手に力が籠る。



 リーシャに続いてカーテンを潜り抜けると、そこは暗黒魔界だった――。

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