６７話

「む。遅かったな……何かあったのか？」
「おうウィズ。まだ起きてたのか……ってか、ほとんど起きてるじゃねぇか」

　夜、『騎士国』の王宮……マーリンとサリス以外は、全員客室に集まっていた。

「……マーリンとサリスは……寝たか」
「えぇ……マーリンはいつも通り１０時に、サリスはイツキを待ってたけど……寝ちゃったわ」

　おどけたように肩を竦すくめ、ランゼが近づいてくる。

「どこ行ってたの？僕を置いて観光？だったら僕、怒るよ？」
「違ちげぇよドアホ、誰がこんな夜中に観光なんざ行くかよ」
「ど、ドアホ？！」

　ショックを受けたようなストレアの横を通り過ぎ、エクスカリドさんの後を追う。
　今日はもう遅いため、『騎士国』の王宮に泊めてもらえるらしい。
　で、エクスカリドさんに部屋を案内してもらっている。
　こういうのって雑用係とかにさせるんじゃないか？とか思ったのだが……ま、深くは気にしないでおこう。

『…………おい……おい』
「んだよ、話し掛けんな。せめて２人っきりの時にしろ」
「どうした？何を話している？」
「ああいや、何でもない」

　エクスカリドさんに返事し、エレメンタルを無視して進む。
　……このエレメンタルの声、どうやら他の人には聞こえないらしい。
　そのため……俺がエレメンタルと話している時、回りからは『うわ、なんか１人で喋ってる、キモッ』となるのだ。
　まあ、エレメンタルが俺の魔力を使って姿を現してるときは、他の人にも声が聞こえるらしいが。

「……ここだ……他の女性たちは、後で案内しておく」
「ああ……ありがとう」
「ふん……そうだ。お前に聞きたい事がある」

　ズイッと顔を寄せ、エクスカリドさんが『魔眼』を細めた。
　見る者すべてを射抜くような鋭い視線に、思わず背筋が伸びる。

「……お前は、あの７人の事をどう思っている？」
「７人……シャルたちの事か？」
「それ以外に誰がいる。どう思っている？」
「どう思ってるって……どう、思ってる……？」

　質問の意図がわからない。
　何故、いきなりそんな事を聞くのか。

「……シャルとランゼ、あとウィズは……まあ、俺の……女？……だ」
「なんで疑問形なんだ？」
「……どうでもいいだろ」
「ふん……他の４人は？」
「他の４人は……ただ一緒にいるだけだ」

　別に、嘘ではない。
　あいつらは……ただ一緒にいるだけだ。
　ストレアは、帰る場所がないから。
　サリスも、この世界には帰る場所がない。
　マーリンは……なんだっけ……ああそうそう。確か『明刀みょうとう』を使うに相応ふさわしいか見極めるとか言ってたな。
　フォルテに至っては、ただの私欲……とは言い切れないのかも知れないが、まあドＭだ。気持ち悪い。

「そうか……まあ良い。お前の人生だ、お前が決めるよな」
「……よくわからんけど……何が言いたいんだ？」
「……気にするな、それでは失礼する」

　俺に背を向け、エクスカリドさんが部屋から立ち去る―――と。

『………………おい。そろそろ良いか？』
「おお、すっかり忘れてた……んで、どうした？」

　美しい、鐘の音のような声……エレメンタルだ。

『先ほどの……なんだ。黒髪の少女だ』
「黒髪って……ウィズか？ウィズがどうした？」
『あの小娘……精霊と契約してるか？』

　は？いや、何言ってんのコイツ？
　ウィズが精霊と契約してるって……聞いた事ないんだが。

「いや……聞いた事ない」
『ならば、精霊と親しいとか、精霊と話せるとか……ないか？』
「それも聞かねぇな……なんでだ？」
『……先ほど、その小娘がお前に抱きついた時……妙に精霊臭くてな』

　精霊臭いって……意味わからんのだが。

「なんだ、その精霊臭いって。アイツ仮にも女だぞ？臭いってのは酷いんじゃねぇか？」
『違う、そういう意味ではなくてだな……何と言えばいいのか……あの小娘から、精霊の気配がすると言うか……とにかく、精霊と近しい雰囲気がある』
「……『精霊使いスピリッター』……って事か？」
『……そんな生半可な気配ではない……余よには及ばぬが、なかなか強い気配だったな』

　そう言うエレメンタルの声は……どこか、嬉しそうだった。

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『―――おうおうお～う。なんだよ、視覚共有で見るより小ちっせぇな～、今回の『器』は』
「…………………………は……？」

　暗い、暗い空間の中。
　そこに、黒髪の少女が立っていた。

『ったくよぉ……こ～んな小娘に抑えられんのかよ～。オレっちカッコ悪いじゃんか』

　少女と向かい合うようにして存在する、大きな檻おり。
　その檻の中に、軽い口調で話す『何か』がいた。

『……ま、いいや。こっちの世界に来れる『器』ってのも珍しいし、久々にお喋りしたいしな～』

　……赤黒い鱗に、命を容易たやすく刈り取るであろう剛爪。そして、見る者を震え上がらせる獰猛な瞳。
　檻の中から少女に話し掛けるのは……赤黒いトカゲのような生物だ。

「…………ここ……は？」
『はっ、な～んも知らされてね～のかよこの小娘……ま、優しいオレっちは自己紹介するんだけどな』

　ゆっくりと首を持ち上げ、大きなトカゲが少女を見下ろす。
　その捕食者のような視線を受ける少女が、思わず背筋を伸ばした。

『オレっちの名前は―――』
「『三大精霊』、『獄炎の精霊　サラマンダー』……？」
『おっと……知ってんだね。ま、オレっちは有名だし、小娘でも知ってて当然ってか～？』

　言葉と裏腹に、サラマンダーが嬉しそうに目を細める。
　それとは逆に、少女が不快そうにサラマンダーを見上げた。

「……さっきから小娘小娘と……少し癪しゃくに障さわるな」
『へ～ぇ？オレっちを前にして、もう虚勢を張れるなんて、大した度胸だな～？』
「虚勢だと……？ふん、虚勢なわけがないだろう。これが我の素だ」
『強がるなって～……オレっちを前にして、普通に立ってられる事が不思議なんだしさ～』
「……？何が不思議なんだ？」
『いやいや、本気で言ってんの？オレっちの姿見たらわかるっしょ？オレっちサラマンダーだよ？檻の中に閉じ込められてる怪物だよ？普通ビビって帰るっしょ？』

　少し寂しそうに笑うサラマンダー……と、少女が檻に近づいた。
　どんどん距離を詰める少女の姿に、サラマンダーが驚いたように目を見開く。

「ふん……我われがビビるだと？冗談にしては笑えないが、精霊にも冗談が言えるとは驚きだ」
『……へ、ぇ……なかなか肝きもが据すわってんな……小娘、名前は？』
「我が名はウィズ・デルタナ！『蒼炎』と『獄炎』を操る魔術師にして、最強の魔術師と成る者なり！」
『…………………………あ～、っと……？』

　カッコいいポーズを取りながら自己紹介するウィズに、若干引き気味のサラマンダー。
　それに気づいているのか気づいていないのか、サラマンダーに近づいたウィズが、檻の中に手を突っ込んだ。

『……おうおうお～う？ど～したんだいウィズっち～？―――腕、喰われたいのか小娘』

　その動作を『舐められている』と思うサラマンダーが、声を低くして唸る。
　普通の人間ならば耐えられない覇気……と、そんな覇気もお構い無しに、ウィズが不敵な笑みを浮かべた。

「はん、笑わせるなトカゲ。我は貴様なんぞ相手にならないほどの実力を持つ者を知っている……それに、貴様以外の『原初の六精霊』も２匹見ているからな。今さら驚くほどの事でもない」
『オレっち以外の『原初の六精霊』……？へぇ、誰だ？契約者からの愛を欲する、あのイカれた水女か？それとも、『原初の六精霊』に迫る実力を持つ風小僧か？大地を愛しすぎた故に、契約を望む者を追い返すアホオヤジか？』

　興奮したように喋るサラマンダーが、嬉しそうに続ける。

『それとも……世界に絶望し、契約者を操って世界を滅ぼそうとしたクソヤミバカか？』

　それとも、と続けた。

『―――クソヤミバカの愚行に真っ向から対立して姿を消した、メチャクチャカッケェトリさんか？』

　どこか嬉しそうに、どこか寂しそうに。
　先ほどまで陽気に喋っていたサラマンダーが、複雑な表情を見せる。

「ふむ……そうだな。我われが出会ったのは、『暴風の精霊　シルフ』と、『光神こうじんの精霊　エレメンタル』だ」
『………………は、ぁ？おいおいウィズっち、あのエレメンタルに会ったのか？』
「うむ」
『な、なら教えてくれねーか？！エレメンタルが、どこにいたのか！』

　先ほどの軽い調子が消え、切羽詰まったように問い掛ける。
　様子の変化に困惑しつつ……即答した。

「我の愛する者の精霊となっている……まあ、イツキならば当然だがな」
『エレメンタルが……ニンゲンと契約を……』
「おいサラマンダー、いくつか聞きたい事があるが……その前に、提案だ」

　人の悪そうな笑みを浮かべ、ウィズがサラマンダーを見上げる。
　その顔は―――イツキにそっくりだ。

「我と契約しろ」
『……はあ～ん？いやおいウィズっち、冗談にしては笑えね～ぞ？―――お前みたいな小娘と、オレっちが契約を結べだと？調子に乗んなよニンゲン』
「……契約を結べば、エレメンタルに会わせてやろう」

　その言葉に、ピクッとサラマンダーが反応する。

『……はん。その言葉がホントとは限らね～だろ～？……ま、ホントなら考えてやるけどな』
「本当だ」
『いやだから、それがホントとは―――』
「本当だ」

　手を突っ込んだまま、サラマンダーを睨むように目を細める。

『……なに？そんなにオレっちと契約結びたいの？まあオレっちは『三大精霊』だし、軟弱で脆弱なニンゲンが契約を結びたがるのもわかるけどさ……ウィズっちは、なんか違うな～？―――汝なんじ、何故我との契約を望むか？』

　ふざけた感じが消え、『三大精霊』に相応ふさわしい厳おごそかな雰囲気に変わる。

「……我は、愛する者の力になりたい。我われが強ければ、イツキが右腕を失う事もなかった……！我は、『怠惰』な我を許せない……もっと強くなりたい。もっと強くなって、イツキの力になりたい……！」

　過去の後悔に、握った拳が小刻みに震える。
　その様子を見たサラマンダーが……人間のような、深いため息を吐いた。

『は～……愛だの恋だの結婚だの、ウンディーネが好きそうな事ばっか言いやがって……』
「おい、恋だの結婚だのは言ってないぞ」
『だが……おもしれぇ。こっちの世界に来る『器』は、自分の欲望のためにオレっちの力を欲ほっしてたからな……ウィズっちみてぇなバカ、ひっさしぶりだな～』

　ケタケタと、心底面白そうに笑い―――檻に突っ込んであるウィズの手に、頭を寄せた。

『……ま、悠久の時を生きるオレっちだ。バカと遊ぶのも、また一興いっきょう……ってか～？』
「話が長い。どうするか決めろ」
『……ホント、ビックリするくらい口悪いな～？……ってか、ホントにエレメンタルに会わせてくれるんだろ～な？』
「ああ、もちろんだ」

　そう言って笑うウィズ……と、目の前の檻が粉々に砕け散った。

　―――『獄炎の精霊　サラマンダー』が、現世に解き放たれた瞬間だった。