発展途上の異世界に、銃を持って行ったら。

ibis

63話

「……命中したぞい」

 杖を構えた老人が、背後を振り向く。
 そこには、幼いエルフが立っていた。

「ゴメンね『お爺ちゃん』……わざわざ『ファニア』から来てもらって」
「……たった1人の『人族』に、国が滅ぼされそうと聞けばなぁ……しかし」

 老人エルフが目を細め、空を見上げる。

「……仕留めきれんかったな。すまんエスカノール」
「仕方ないよ……前『森精王』とはいえ、年だからね」
「うむ……悪いなぁ」

 前『森精王』―――『オキシア・ズァーバ・アルフォント』。
 過去最強の『炎魔法』の使い手……と言われている。

「……どうするのだ?エスカノールよ」
「何がだい?」
「お前が気に入っていた少女の事だ」
「ああ……シャルロットちゃんの事か」

 老エルフの問い掛けに、幼エルフは邪悪な笑みを浮かべながら答えた。

「……諦めるつもりなんて、ないよ……オイラはもうあの子しか見てないから」
「ふむ……『種族戦争』か?」
「うん。場合によっては、戦争も考えるよ」

 そう言って笑みを消したエスカノールの眼は―――狂者の眼だった。

―――――――――――――――――――――――――

「……あ……んん……」
「おっ……起きたかサリス……大丈夫か?」
「……あれ……うち、寝てた?」

 髪の毛ボサボサ。ヨダレは垂れてる。上半身は下着姿。
 ……なんか、笑えてきたんだけど。
 上半身裸の俺が言えた事じゃないけどな。

「……っ?!イッチャン、右腕……?!」
「ああ……平気だ。たまに痛くなるけど」
「……あの時、だね……っ!」

 唇を噛み、サリスが悔しそうに俺の右腕―――のあった部分を見る。
 ……なんだ、気づいてなかったのか。

「さてさて……サリスも起きた事だし、先を急ぐか」
「うん……えっ?!イッチャン、なんで立てるの?!」
「……お前が寝てる間に、色々あったのさ」

 ……両足は、ヘルアーシャのおかげで完全に治ったみたいだ。
 ……てか、もうあいつが魔王とか『ゾディアック』とか倒せばよくね?
 そんなに『魔神王』との戦いが忙しいのか?

「……何があったの?」
「優しい女神様が助けてくれたのさ」
「女神……ヘルアーシャちゃんか」
『優しい女神……だと……?あれは女神の皮を被った悪魔だろう』

 エレメンタルはよっぽどヘルアーシャの事が嫌いなんだろうな。

「……それは?」
「ん?……なんかよく覚えてないけど……『魔力可動式上腕義手』とかなんか」
「名前長いね?」
「長いよな」

 昨日は幻肢痛で苦しんでたから、記憶が曖昧あいまいなんだけど……確かそんな感じの名前だったような気がする。
 『魔導銃』と同じく、所有者の魔力を使って動くらしい。

「よし……『装着』」
〈所有者認証、百鬼 樹……肌質、血液、声音、その他の情報、所有者との合致率、100%。所有者である可能性、100%。当機の使用を許可する……お帰りなさい、マスター〉

 ……おおう?

「すっげ……こんなのSFでしか見たことねえぞ……」
「……なんか、よくわからないけど……スゴいね?」

 掌を開閉し、何気なく刀を抜いてみる。
 ……うん、思い通りに動く。刀も振りやすい。

「よし……サリス、そろそろ行くか」
「うんっ」

 ……ランゼと『破滅魔法』を撃ちに行きたい。
 ウィズと『魔力可動式上腕義手』を見て、カッコいいって言い合いたい。
 ストレアの料理が食べたい。
 マーリンのうるさい声が聞きたい。
 フォルテの発言にドン引きしたい。
 ―――シャルと一緒に笑いたい。

「どれもこれも、お前がいてくれたから望めるんだよな……」

 後ろを歩くサリスが、首を傾げる。

「ん?どしたの?」
「…………………………助けてくれて、ありがとう。お前がいなかったら、俺は死んでた。ここにはいなかった。お前のおかげだ……本当に、ありがとう」
「えっ、あ……え?」
「んじゃ、帰るぞ……乗れ」

 膝を突き、サリスに背中を向ける。

「えへへ……うんっ!」

―――――――――――――――――――――――――

「……………」
「ストレア?」
「……あ、うん?どうしたの?」

 玄関の前でボーっとしているストレアを見て、マーリンが声を掛ける。

「……どうしたのって……こっちが言いたいわよ。まだ朝の4時よ?起きるには早すぎるんじゃない?」
「あ、あはは……うん……ご飯の用意でもしよっかなーって……」

 自分を納得させるように頷くストレア……ここ最近、ずっとこんな感じだ。
 ストレアだけではない。
 ランゼも、ウィズも、もちろんシャルも。
 なんとか平静を保っていられているのは……フォルテとマーリンだけだ。
 いや……マーリンも、イツキとサリスの事が心配で、寝るに寝れないのだが。

「……イツキは」
「ん?」
「イツキは……帰ってくるよね?サリスも、帰ってくるよね?」
「当たり前でしょ?だって……」

 ストレアの肩を掴み、安心させるようにマーリンが笑った。

「……あの人は、強いから」
「……うん……そうだよね」

 笑いかけるマーリンに、ストレアも笑みを返そうと―――

「―――おっ、鍵開いてら」
「はー!ほんと疲れたー!」
「おい、最後は俺しか走ってないじゃん。なんでお前が疲れるんだよ」
「へー、それが命の恩人に対する態度なんだー、へー」
「なっ……礼は言っただろ?!」

 そんな事を言い合いながら、見慣れた男女が屋敷に入ってくる。
 女は髪の毛ボサボサで、なぜか上半身が下着姿。
 男は上半身裸で、右腕が白い鉱石のように変わっていた。
 だけど……見間違えるはずがない。

「……イツキ……サリス……?」

 ストレアの掠れた声に、黒髪の少年と緑髪の少女は笑みを返した。

―――――――――――――――――――――――――

「ただいま、ストレア」

 俺の声を聞いたストレアは……なぜか固まった。
 だが、それも一瞬の話。

「うわああああんっ!サリスーーーっ!」
「え、えぇ?!」

 号泣しながらサリスに抱きついた。

「ゴメンね、ゴメンねぇ……!」
「……ストレアちゃん……」

 何がゴメンなのか俺にはサッパリだったが……まあ、なんかあったんだろうな。

「……俺……帰ってこれたのか」
「イツキっ!」

 と、階段から1人の少女が飛び付いてくる。

「うおっ……ランゼ、久しぶり」
「はぁぁぁ……!ほんと、どれだけ心配させるのよ!イツキがっ、いなくて、私っ……私ぃ……!」

 嗚咽と共に、ランゼが涙を流し始める。
 何も言わず、その頭を抱き寄せて、優しく、できるだけ優しく撫でた。
 ……心配掛けたな……ゴメン。

「イツキ!」
「ご主人様っ♪」

 再び階段から物音がする。
 見上げると、黒髪の少女と人魚が駆け寄ってきていた。

「ウィズ、フォルテ……ただいま」
「………………無事で、良かった……」
「さすがはご主人様ですわ♪」

 心底安心したように溜め息をくウィズと、いつも通りの笑みを向けるフォルテ。
 ……あれ……マーリンとシャルは?

「ほら、帰ってきたんだから、ちゃんと出迎えてあげなさいよ」
「で、でも……」
「ほーら!」

 『ドンッ』と、マーリンが少女を突き飛ばす。
 金髪眼帯。愛くるしい外見。
 ……そうだ……俺は、こいつを取り返すために戦ったんだ。

「……あ、うあ……」

 パクパクと口を開閉させるシャルを見て、思わず苦笑が出てしまう。
 ……まったく……変な所で責任感じやがって。
 お前はゴチャゴチャ考えるのがヘタクソなんだから、何も考えないで笑ってればいいんだよ。

「……ただいま、シャル」

 右手でランゼの頭を抱き寄せたまま、左腕をシャルのために開く。
 一瞬、シャルが迷うような表情を見せ―――

「―――お帰りなさいなせ、イツキさんっ!」

 いつもの、美しい花のような笑みを見せてくれた。

―――――――――――――――――――――――――

「さて……色々あったが、どうにかシャルを連れて帰る事ができた」

 屋敷の中の会議室的な場所。
 俺たち8人は、そこに座っていた。

「だけど……あのクソエルフはシャルの事を諦めないと思う」
「えぇ……きっとそうね」
「だから、クソエルフを脅すつもりだったんだけど……忘れてた」

 しくじった。

「まあ忘れてたもんはしょうがない……もしかしたらあのクソエルフが、またシャルを―――」
「ねぇイツキ」

 言葉をさえぎり、ランゼが俺を見つめる。

「忘れてた、で思い出したんだけど……シャルを助けに行く前に言ってた『お前らに話さなきゃいけない事がある』って……なに?」

 ……ああ、そういやそんな事言ったな。

「そうだな……全員揃ってるし、今言うか」

 意を決し、立ち上がる。

「……ずっと隠してきたんだけどさ……俺、この世界の住人じゃないんだ」
「この世界の住人じゃない……?」

 首を傾げるマーリンに頷き、俺は続けた。

「……俺はサリスと同じで、異世界からこの世界に来た。お前らが『勇者』って言ってるやつは……一応、俺の事なんだ」

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