発展途上の異世界に、銃を持って行ったら。

ibis

62話

 暗い洞窟の中……眠ってしまったイッチャンに抱きついて―――物音を警戒する。
 もしかしたらエルフがこの洞窟を見つけて、突入してくるかも知れない。
 そう考えると、寝ように寝られなかったのだが……イッチャンってば、すぐに寝ちゃうんだもん。

「……無警戒と言うか、度胸があると言うか……」

 ギュッと、イッチャンの左腕を抱き締める。
 ……この気持ちは、何なのだろうか。
 イッチャンの顔を見ると、ドキドキして、ソワソワして。
 イッチャンの声を聞くと、心臓が跳ねそうで、耳が幸せで。
 イッチャンに触れると、心まで暖かくなって、離れたくないって思って。
 ……シャルちゃんのために行動しているイッチャンを見たら、何だか胸が苦しくって。

「……あ、わかった」

 ―――これを、好きって言うんだね。
 行く先の無いうちを、迷いなく屋敷に誘ってくれて。
 『騎士国』に行く途中、迷惑を掛けてしまった時、何も文句を言わないで、優しくしてくれて。
 たった1人の女の子のために、国1つを敵に回して。
 みんなを逃がすために、1人残って『ゾディアック』と戦って。
 そんなイッチャンの事が……うちは、いつの間にか好きになってたんだね。

「……でも……うちの気持ちは、迷惑だよね」

 ランゼちゃんは、イッチャンが好きだ。
 ウィズちゃんも、イッチャンが好きだ。
 ……シャルちゃんも、イッチャンが好きだ。
 そして……イッチャンがこの3人の好意に応えた事も知っている。

 そこに、うちの入る隙間は無い。

「……イッチャンの女にして、なんて贅沢ぜいたくな事は言わない……言わないから―――」

 耳元に近づき、ささやく。

「―――イッチャンの事を、こっそりかげから好きって思うのは……許して、ね?」

―――――――――――――――――――――――――

「……あ……ああ……」
「あ、イッチャン起きた?」

 薄暗い洞窟の中、目が覚めた。

「……サリス、寝てないのか?」
「うん、まあね。いつエルフの軍隊が来るかわからないからね」
「…………………………なんかすまん」
「いいよいいよ!気にしないで!それに、イッチャンは早く回復しないといけないから、もっと休まないと!」

 ……と、左腕の感覚が戻っている事に気づく。
 すると当然、他の部位の感覚が戻っている事に気づく。
 右腕と右足がズキズキと痛みを主張し、左足の火傷が熱を放ち始める。
 
「ぐッ、づ……ッ!……サリス、飛べるか?」
「うん。一応は」
「そうか……んじゃ、出発するか」

 左足の火傷が痛むが……文句は言ってられない。
 むしろ、左足が火傷で済んで良かった。

「……エルフに見つからないように行けるかな……」
「大丈夫だ、俺に考えがある」
「考え……?」

 サリスの耳に口を近づけ、作戦を説明した。

「……それ、別に考えってほど大した事じゃなくない?」
「まあな……でも、単純でわかりやすいだろ?」
「……うん、そうだね!」

 左足一本で、洞窟の外に出る。

「……行くか」
「うん―――『ソウルイーター』」

 サリスの背中から翼が生え、体が黒衣に包まれる。
 俺の左腕を掴み、空を飛ぶ―――寸前。

「『クイック』」

 地面を蹴り、スピードを付ける。

「うわ―――速ーい!」

 『ビュウウウウウウウウッ!』と風を切り、一気に森を越える。
 ……だが……『森精国』から『アンバーラ』に行くまでに、『クイック』を全力で使って半日かかった。
 いくらサリスが空を飛べると言っても、疲れるだろうから、途中休憩が必要になる。
 ……上手くいって、2日で帰れるかって感じだな。

「……片足の『クイック』で、ここまでスピードが出るのか」

 勢いを付けたサリスが、弾丸のような速さで空を飛ぶ。

「いたぞ!あいつら―――」
「追え!逃がすな―――」
「撃て!撃ち落と―――」

 森の下から、エルフたちの声が聞こえるが―――このスピードには追い付けないのか、声が置き去りになっている。

「ん……?」

 ―――森が燃えた。
 いや違う、あれは―――

「サリスッ!上に上昇しろッ!」
「え―――?」

 火の玉が迫っている。
 クソ……ッ!読まれていたのか……?!
 どうする?今から回避しても、間に合わ―――

「ちぃいいいいいッ!」

 体をひねり、右腕を振る。
 右腕と火の玉が激突し―――

「ぐッ―――ぁああアああああああアアあッ?!」
「イッチャン?!どうしたのイッチャン?!」
「なんも、ね……ッ!進めえッ!」

 激痛を噛み殺し、右腕を見る。
 ……無い。
 肘の辺りから、右腕が無くなっていた。

「はあ……はあ……ッ!」
「どうしたの?!何かあった?!」
「ふうー……!とりあえず、エルフのいない所に……!」
「……わかった!」

 不思議と、血は出ていなかった。
 頭をよぎったのが―――焼灼止血法しょうしゃくしけつほうという、傷口を焼いて塞ぐ止血方法だ。
 ……飛んで来ていたのが『炎魔法』で助かったって事か。

―――――――――――――――――――――――――

「はあっ、はあ……こ、ここまで来れば、大丈夫だよね……?」

 フッと、サリスの手から力が抜ける。

「も、無理……」

 サリスの黒衣が消え、翼も消滅した。
 ……限界か。

「ありがとなサリス……」

 礼を言いながら落下―――サリスを抱き寄せ、体を地面にぶつける。
 ……サリスに怪我は無さそうだ。

「……お前がいなきゃ、俺は……」

 死んでた。
 そう思うと、全身がブルリと震えた。
 ……一度は、本気で死ぬ事を考えた。
 自滅覚悟でロケットランチャーを放った瞬間……そして、エルフの軍隊を前にした瞬間。
 あの時は、本気で死を覚悟した。
 というか、死ぬつもりだった。

「……おいエレメンタル」
『なんだ……』
「お前の『精霊魔法』で、回復とかできないか?」
『無理を言うな……が使えるのは『増強』の魔法。回復などとは無縁だ』

 つくづく脳筋な精霊だな。

「……行くか……『フィスト』、『クイック』」

 サリスを左腕で抱き上げ、左足一本で先を目指す。

「……ん」
「グルルルルルル……!」
「ゴロロロロロロロロロ……!」

 ……モンスターか。
 黒い狼が、あっという間に俺らを囲んだ。

「おーおー……完全に捕食者の眼じゃん」
『お前……大丈夫なのか?』
「俺の武器は『光魔法』でも『明刀』でもない……これだからな?」

 サリスを降ろし、そのまま左手で『魔導銃』を抜く。

「久々だな……『形態変化』、『参式 機関銃マシンガン』」
『……形が変わった……奇妙だな』
「見てろよ……すげえから」

 ……マシンガンは、片手じゃ持ちにくいな。

「まあ、んな事はどうでもいい―――失せろザコが」

 『ドバババババババババババババッ!』と、狼の群れを弾丸が襲う。

「ギャインッ」
「ガオッ……」

 頭から血を噴き、体を撃ち抜かれ―――狼がどんどん地面に沈んでいく。

「うっお……左腕への負担がやべえな」
『……なんだそれは?』
「これか?これは―――」
「『変化式魔導銃』さ!」

 バッと、足下のサリスを見る。
 ……寝てる……って事は?

『貴様……!ヘルアーシャ……ッ!』
「やあやあ久しぶりだねエレメンタル……百鬼君に力を貸してくれてるみたいで、私は嬉しいよ」
『白々しい……!余の事をこの棒切れに閉じ込めておいて、よくも余の前に現れる事ができたな……!』

 淡く輝くヘルアーシャ……それに気づいたエレメンタルが、気になる事を言った。

「閉じ込めた……って?」
「あ、うん。まあ色々あったんだよ」

 そう言って黒い笑みを浮かべるヘルアーシャに、思わず身震いしてしまう。
 ……この幼女……こんな邪悪に笑うのか。

「……うん。サリスちゃんも頑張ってるみたいだね」
「ああ……こいつがいなかったら、俺は死んでたからな」
「……ずいぶん、簡単に死のうと思ったね?」
「………………なんでだろうな。たぶん『誰かのために行動できてる俺』に酔ってたんだろうな」

 ヒーローみたいで、正義の味方みたいで。
 女の子1人を助ける俺、カッコいい!とか思ってたんだろう。バカだ。

「……君に死なれちゃ、私が困るんだよ?」
「……まあ、次の『勇者』を探さなきゃいけないからな」
「違うよ?君、私の事どういう風に思ってるの?」

 急に辺りが輝いた―――と思うと、俺の背後に鳥が現れた。
 ……エレメンタルか。

「……じゃあ、なんで困るんだよ」
「なんでって……君をこの世界に呼んだのは私だよ?その人に死なれちゃ、罪悪感もあるって」
「……で、その手に持ってるのは?」
「君が死なないための……『神器』?」

 コテンと首を傾げ、ヘルアーシャが……なんか、機械を差し出してくる。
 ……いや、『神器』ってそんなにホイホイ渡していいものなのか?それならもっとたくさん欲しいんだけど?俺TUEEEEしたいんだけど?

「……これ……まさかとは思うが……」
「お察しの通り、上腕義手さ……君専用のね」

 上腕義手―――そう言われた瞬間。
 ……無いはずの右腕が、熱を持つ。
 無いはずの右腕が、激痛に襲われる。

「いっだだだだだッ?!なん、でぇ……!さっきまで、なんとも……?!」
「幻肢痛か……悪いけど、他の傷は癒せても、それはどうにもならないね……」

 ヘルアーシャが俺の頭に手を添え―――ふっと、体が軽くなった。
 脱臼していた肩の痛みが引いた。火傷でただれた左足が元に戻る。折れていた右足の骨が『メキメキ』と音を立てながら修復された。
 だが―――そんな癒しも、幻肢痛の痛みに上書きされる。

「が、ぁああアあぁああアアああああ……ッ!」

 その日は、1日中幻肢痛と格闘した。

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