発展途上の異世界に、銃を持って行ったら。

ibis

40話

「着いたぞ……ここが『英雄の墓地』だ」

 『騎士王』が、1つの建物の前で立ち止まる。
 ……でっけぇ……これが墓地かよ。

「……なぁ『騎士王』」
「なんだ」
「さっき『嘘偽りしかない『英雄』』って言ってたけど、何が嘘偽りなんだ?」
「それは自分が昨日教えたでしょ?!話を聞いてなかったの?!」
「お前が本当の事を話したって信じろと?人の事を変態呼ばわりするやつの言うことを信じられるかよ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」

 悔しそうに拳を握る女騎士から視線を逸らし、『騎士王』を真正面から見つめる。

「……別に今聞かなくてもいいだろう。この建物の中には『英雄』の事を調べている物好きがいる。そいつに聞け」
「今でもいいだろ、事前知識くらい持ってた方がいいだろうし」
「ふん……出身地が不明、名前は偽名、『英雄』が使っていた武器は『英雄』以外には使えない……その武器というのも、誰も見たことのない形をしている」

 淡々と言いながら、『騎士王』が建物の扉を開けた。

「ここから先は……あいつに聞け」
「……ぬ?珍しいですな、『騎士王』殿がここに来られるとは」
「『シェルバ』、こいつに『英雄』の事を教えてやってくれ……わざわざ『英雄』の事を調べるために『人国』からこの国に来てくれたらしいからな」
「ぬ……!そうなのかい?!」
「え、ああ、はい……」

 建物の中にいたのは……見るからに研究者ですよ、と言わんばかりの格好をした、若い男性だった。

「おいシェルバ……熱弁するのもいいが、ほどほどにしておけよ?」
「わかってますよぉ『騎士王』殿!それで、何が聞きたいんだい?!彼の戦績?彼の本名?彼の撃退した『蠍座』の事?それとも―――」

 部屋の端にある棒を見て、研究員が笑みを浮かべた。

「―――彼が使っていた、あの武器についてかい?」

 言われて気づいた―――いや、気づいてはいたが、認識しないようにしていた、という言い方の方が正しいだろう。
 研究員の見る先……自然と、全員の視線がそこに集中する。

「あれが、『英雄』が使っていた武器さ」
「……見たことない武器ね」
「うん……剣みたいだけど、なんか……っているって言うのかな……?」

 認識したくなかった、見たくなかった、頭にその単語を思い浮かべたくなかった。

「あれ、何なの?」
「あれは『英雄』が使っていた武器……『英雄』はあれを『冥刀みょうとう 殃禍おうか』……刀と呼んでいたよ」

 ―――刀。
 黒い鞘に収まった、刀だ。

「誰にも使えない、と聞きましたが……何故使えないんですか?」
「刀身が鞘から抜けぬのだよ」

 ……鞘に収まっている状態だが、それでもかなりの業物だとわかる。

「ふーん……なんで抜けないか、理由はわかってるの?」
「ぬ……多分、だが……特定の魔力をそそげば抜ける仕組みだと思うんだよ」

 ……ああ、アクセルのトンファーみたいな感じかな?
 あいつのトンファーは『炎魔法』が使えるやつの魔力を使って炎を出してるって言ってたし。

「……何属性の魔力を注げばいいの?『破滅魔法』?」
「いや―――『光魔法』だと思う。『英雄』の魔法適性は『光魔法』だったからね」

 バッと、『騎士王』と女騎士、研究員以外の視線が俺に集中する。

「ん?彼が、どうかしたのかい?」
「イツキ、ちょっとあれ抜いてみてよ」
「……まさか、君の魔法適性は……?!」
「……『光魔法』」

 ボソリと呟くような俺の声に、研究員が―――いや、研究員だけじゃない。『騎士王』と女騎士も驚いたように俺を見る。

「ぇえええええっ?!嘘、あなた『特殊魔法』が使えるの?!」
「……まぁ、一応」
「そ、え、ぇえええええ?!」
「お前うるせぇな……ちょっと黙ってろよ」

 掴み掛かって来る女騎士を押し退け―――みんなの視線が、どこか期待しているように見える。

「……抜かないの?」
「いや……俺が抜けるって保証もないし……」
「構わぬ!やってみてくれないかい?!」
「や、でも……」

 周りから見れば、『何をグズグズしてんだ』って感じだろうけど……俺にも一応、それなりの事情があるのだ。

「……イツキさん?抜かないのですか?」
「何にビビってるの?パパッと抜きなさいよ」
「……どうしたのイッチャン?行かないの?」
「なんか、顔色悪いけど……?」

 ……触れたく、ない。
 近づきたくない、触りたくない、握りたくない認識したくない視界に入れたくない進みたくない持ちたくない見たくない―――抜きたく、ない。

 あ……なんだろう……目が、回る?
 拒絶反応が出過ぎたのか……体に異変が起き始める。
 動悸が始まり……平衡感覚がおかしくなってきた。吐き気が止まらない。耳鳴りが止まらない。汗が止まらない。

「……………」

 誰も、俺の気持ちに気づいてくれない。
 俺の事を好きだと言ってくれたシャルとランゼも、同じ異世界から来たサリスも……誰も、俺の気持ちなんか―――

「―――別に、抜かなくても良いのではないか?」

 静寂を破るように、誰かの声が室内に響いた。
 シャルの声でもランゼの声でも、サリスの声でもない。この声は―――

「……ウィ、ズ……?」

 耳鳴りのせいでよく聞こえなかったが……聞き間違えるはずがない。この声は、間違いなくウィズの声だ。

「……別に抜くだけでしょ?何かダメなの?」
「そんなの、イツキの自由だろう……抜くも、抜かぬも」
「でも……もしかしたら、イツキさんだったら使えるかもしれないんですよ?」
「ふん……それを使えたとしても、使う本人が使いたくないと言えばそれまでだろう?」

 小さな何かが、俺の背中を撫でるような感覚を感じる。
 見ると、いつの間にか隣に立っていたウィズが、俺の背中を優しくさすっていた。

「なんで?イッチャンにしか抜けないかもしれないんでしょ?」
「その研究者の言うことが正しいとは限らんだろう」
「ねぇ……なんかイツキ、気分悪そうだけど……どうかしたの?」
「見たままだ……気分が悪いのだろう。だから今は無駄な労力を使わせないようにしてやってくれ」

 ……ウィズは……ウィズだけは、俺の気持ちをわかってくれるのか?
 いや……こいつには俺の過去を話した。だから、わかってくれたのだろう。
 
「……そこの小娘……やけにそいつを庇うのだな……何か理由でもあるのか?」
「ふん……何を言い出すかと思えば……」

 問い掛ける『騎士王』に対し、『怠惰』の大罪を背負う少女は、キッパリと言った。

「……好きな者を庇うのに、深い理由などるまい」
「……おい。何血迷ってんだよ」

 苦笑を浮かべ、乱暴に頭を撫でる。
 ウィズの爆弾発言のおかげで、少し気分が紛れた。

「もう大丈夫だ……ありがとな」
「血迷ってなどいない……本気だ」
「そうか……本気で心配してくれたんだな?」
「違う。本気で好きだと言いたいんだ」

 真顔のウィズが、俺の顔を見上げる。

「……よしわかった。この話は後でゆっくりしよう、な?」
「……イツキ……さぁん?私ともゆっくりお話しませんかぁ?」
「落ち着け頼む……っと、それよりまず……」

 部屋の端で、異様な存在感を放つに近づく。

「い、イツキ、無理はしない方が―――」
「大丈夫だって……お前のおかげで、楽になった」

 心配そうな視線を送るウィズに笑みを返し、刀の前に立つ。
 ……動悸がおさまった。平衡感覚も戻った。吐き気も止まった……耳鳴りと汗も止まった。
 ―――抜くなら、今しかない。

「……もう二度と、刀とか竹刀には触れないと思ってたのにな」

 飾られていた刀を手に取り、その柄に手を添え―――

「あ……ぁあああぁあああああっ?!」
「……ほう」
「まさか……まさかまさか!本当に!抜けるとは!」

 案外、すんなりと抜けた。
 鞘に隠されていた刀身があらわになり―――その色に、少しガッカリした。

 真っ黒だ。つばも、刀身も。
 ……鍔の形が、桜のような形をしている他には……特に目立つ所はない。

「やはり『光魔法』の魔力が必要だったという事か!」
「……なぁこれ、どうすりゃいいんだ?」
「ぬ!私に握らせてくれ!」

 興奮する研究員……その手が、柄に触れようとして―――

「……ぬっ?!」

 何かに弾かれたように、その手を引っ込めた。

「ぬぅ……なるほど。『光魔法』が使えないやつは触れることもできない、という事か……仕方がないな」
「……んじゃ、返すわ」
「ぬ?いや、君が持ってて良い……この国には『光魔法』が使える人間はいない。それが使えるのは君だけなのだ……それに、『光魔法』が使える人間など、君しかいないだろうしな」

 ……マジかよ……いらねえんだけど。いや本気で。

「シェルバさん!そんなのダメですよ!」
「マーリン殿……しかし、あれを使えるのは『光魔法』を使える人間で……魔法適性が君には使えぬよ」
「そ……そんな事!わかってます!自分が言いたいのは!あんな変態に、貴重な武器を渡す事ですよ!」
「いや……いらねえって言ってんじゃん」

 こんなの貰っても困るんだけど。

「くっ……!それじゃあ、自分が付いていきます!」
「は?」
「自分が彼に付いていって、本当に『英雄』の武器を使うに相応ふさわしいか見極めます!良いですよね、『騎士王』様!」
「……勝手にしろ」
「ふざけんな勝手にさせんな」

 ―――こうして、嫌々だが……本当に嫌なのだが、刀を手に入れ……ついでに、うるさい銀髪の女騎士が付いてくることになった。

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