発展途上の異世界に、銃を持って行ったら。

ibis

36話

「生かしておけない、ねぇ……こんな幼い女の子に、そんな物騒な事を言われるとは思ってなかったよ」

 からかうように笑う狂者が、ククリ刀の先を向けてくる。
 その態度に、ウィズの怒りが沸点に達した。

「失せろクズが!『ヘルフレイム』っ!」

 荒れ狂う獄炎が、狂乱者を焼き尽くさんと迫り―――

「ふふっ―――『クイック』」

 ―――並外れたスピードで獄炎を避け、室内を駆け回る。
 速い……!それに、狂者の口から聞こえた言葉……まさかこいつの『魔法適性』って……?!

「ふふふははは!どう?速いだろう?君たちにこの動きを追うことができるかな?」

 室内のあちこちから狂者の声が聞こえる。
 確かに速い……まあでも、そんなに『魔力』を込めていないのか、目で追えないわけじゃない。

「死ぃ―――!」
「ふんっ!」
「―――ぶっ?!」

 高速で駆ける狂乱者の顔面に、拳をねじ込む。

「ぐっ、は?!なん、で……なんで僕の動きが……?!」
「バーカ……『光魔法』ヘタクソかお前。そんなヘナチョコ『クイック』じゃ、動物に脚力で勝つ程度のスピードしか出ねえぞ?」

 鼻の曲がった狂者……何が起きたかわかってないみたいだ。

「く、ぐっ……!『クイック』っ!」

 さっきより数段速くなる……が、まだ目で追えるな。
 さて……どうしたものか―――

「ヤバ―――ウィズ!かがめ!」
「きゃ―――!」

 ウィズの頭を押さえつけ―――直後、その頭上を風が吹き抜ける。
 いや、風ではない。人だ。

「チッ……!ウィズを狙うのは反則だろ……!」
「い、イツキ?」
「ウィズ、動くなよ……殺されるぞ」

 狂者の動きに目を合わせ、最小限の動きで避ける。

「ふひひっ、ちゃんと守ってあげないと死んじゃうよー?」
「言われなくても……ウィズにゃ、指一本触れさせねえよ」
「イツキ……」

 ウィズの頭を抱き寄せ、不敵に笑みを浮かべる。

「―――死ィ!」

 前方から、何かが風を切りながら接近してくる。
 接近してくる何かに、拳を構え―――背後からも何かが接近してくる気配を感じた。

「―――ウィズっ!」

 反射的にウィズを床に押し倒して、攻撃を避ける。
 次の瞬間、頭上で2つの斬撃が交差した。

「へぇ……避けられるとはね」

 二方向から攻撃が来たと思ったが……実際は『狂者が投げたククリ刀』が前方から接近していたのだ。
 そして本人は背後に回り―――というわけか……!

「いやらしい戦い方しやがる―――」
「あんっ」
「は?」

 艶っぽい声に、思わず下を見る。
 床に倒れるウィズ……その小さな胸を、俺の右手がしっかり掴んでいた。

「……いやらしいのはどっちだ。このど変態が」
「そ、そこまで言わなくても!」

 立ち上がるウィズを背後に隠し、狂者の攻撃を見極める。
 ……くそ、室内が暗い。
 ウィズの『炎魔法』は消えてるし、唯一室内を照らしているのは、扉から差す外の灯りだけだ。

「……もうちょい明るかったらりやすいんだけど……!」

 言いながら、ふと思い出す。
 ……そうだ。室内を明るく照らす魔法……いや、室内が明るく見えるようにする魔法は……ある。

「―――『ルック』!」

 ―――詠唱に従い、眼前が明るくなる。
 『光魔法』の『ルック』、暗い所が明るく見える魔法……今まで試した事なかったけど、使えて良かった。

「おーおー……きたねえ部屋だな」

 今まで暗闇に隠れて見えなかったが……汚い部屋だ。
 その汚い部屋の中……やけに綺麗な紙が、壁に掛かっていることに気づく。

「……『切り裂き殺人鬼 ジャック・ザ・リッパー』……?」
「……へぇ。僕の事、知ってるの?」

 部屋を駆け回るのを止め、嬉しそうに笑う狂者。
 あの壁に掛かってる紙……あれ、指名手配犯の……

「……指名手配されるくらいに人を殺してるって事か……!」 
「有名になれて何よりだよ……でも、僕は有名になりたくて人を切り裂いてるわけじゃないんだ」

 手を大きく広げ、演説をする大統領のように語り始める。

「人は、生きている……のに、その命を無駄にしている」
「……わけがわからん」
「時間を無駄にして。お金を無駄にして。才能を無駄にして……勿体無いと思わないかい?」

 喋り続けるジャック……それが真実、と思い込んでいるやつの顔だ。

「とある日にね、ちょっとムカついた子を殺しちゃったんだ。その子はね、才能に溢れた人間だったんだよ……殺される寸前のその子の顔……今まで見てきた中で、一番『生きてる』って顔をしてたんだ」

 ……ダメだ。狂者の言うことは理解できん。

「僕はわかったんだ―――死を与えることで、生を与える。これが僕の使命だって」
「お前、死んだ方が良いぞ―――『形態変化』!『弍式 散弾ショット―――?」

 右足に手を伸ばし―――手が空を切った。
 ……いつも付けているはずのレッグホルスターが無い。
 あ、そうだ。朝慌てて屋敷を出たから、机の上に起きっぱなしにしてるわ。

「やらかしたな……」

 『フィスト』を使えば、簡単に仕留めることができるだろうが……1歩間違えれば、致命傷を与えかねない。
 殺人鬼とはいえ、相手は人間……さすがに人殺しにはなりたくない。

「……ウィズ」
「なんだ?」
「あいつの動き、俺が止めるから……攻撃は任せた」
「任せるがいい」

 頼もしい返事を聞き、ジャックと向かい合う。
 狂者を気絶させるのは簡単だが……あいつにとどめを刺すのは、俺じゃない。

「ふふふ……『クイック』」

 再び、ジャックが室内を駆け回る。

「はあ……本物を見せてやるよ―――『クイック』」
「んな―――?!」

 ジャックの『クイック』を上回るスピードで室内を駆け回り―――

「死ィ!」
「おらぁ!」
「は―――」

 ―――振り下ろされるククリ刀を、手で掴む。
 掌に広がる痛み……歯を食いしばって、叫びたくのを我慢し―――

「―――ウィズ!」
「『ヘルフレイム』!」

 ―――絶叫の代わりにウィズの名を呼び……直後、燃え猛る獄炎が狂者を包み込んだ。

「が、ぁあああああっ?!」
「振り払おうとしても振り払えぬ……獄炎は、その身を焼き尽くすまで消えることはない」
「あつ、熱い!熱いぃいいいい!」
「……大人しく拘束されるというのなら、慈悲をかけよう」
「ガ、キが……!舐めんじゃねぇええっ!」

 ひと飛びでウィズとの距離を詰め、その頭にククリ刀を振り下ろし―――

「させねえよ」

 ―――傷ついた方と反対の手で、再びククリ刀を掴む。

「て、めぇ……!」
「言ったろ、ウィズには指一本触れさせねえって……チェックメイトだ」
「『ヘルフレイム』!」
「ぱっ―――」

 荒れ狂う獄炎が、狂者の姿を包み込む。

「……貴様が殺した者たちの気持ち……少しは思い知るがいい」

 パチンッとウィズが指を鳴らす。
 それと同時に、獄炎が掻き消えた。

「が……あ……」
「……イツキ。こいつの身柄を騎士に渡そう」

 ……いや、俺の手を見てよ。ククリ刀2発も受け止めたんだけど?この状態で殺人鬼を持てってか?お前は鬼か?

―――――――――――――――――――――――――

「これで全員分か……」
「うむ。手伝ってもらって悪いな」
「気にすんな」

 殺人鬼の家にあった服を持ち出し、墓地のような所にやって来た。

「これ、どこに置けばいい?」
「ここだ」

 一際大きい墓の前に立つウィズ……その墓に、孤児院の子どもたちが着ていた服を置く。

「……ジン、マカ、デモート、ミラ、アバン、クロウ、サージャ、ハンバ、ボルガ、ブレンダ、マイグ、ルーシャ院長……みんな、この悲劇で死んでいってしまった」

 墓前に膝を突き、両手を合わせるウィズ。
 その隣に座り、俺も両手を合わせる。

「……すまないな、みんな……我の行動が遅かったばかりに……」
「……お前の責任じゃねえだろ。今回悪いのは、あのイカれた殺人鬼ただ一人だ」
「……なあイツキ」
「ん?」
「ちょっとの間……ほんの少しの間でいいから、胸を貸してくれないか?」
「……ん」

 両腕を広げ、ウィズを抱き締める体勢をとる。

「……失礼する」

 ぬいぐるみを抱き締めるように、彼氏を抱き締める女の子のように、愛しい物を掴んで離さない赤ちゃんのように……強く、強く抱き締めてくる。

「……ぅ、あ……!ああ、あっ……うぅ……!」

 嗚咽を殺し、泣き声を我慢するウィズ……その頭を、できるだけ優しく撫で続けた。
 何度も、何度も―――

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