かわいい俺は世界最強〜俺tueeeeではなく俺moeeeeを目指します〜
19話 モブ子B
モブ子Bの話はどんな話になるのでしょうか。モブ子Aがあれだけハプニングに富んだ話でしたので、少し期待してしまいます。
「私の話をする前に、私の身分を明かす必要がありますわ。私は名門オースティン家の次女です。屋敷は高級街の西地区に構えています」
ついに、名前を出さなければ不自然になるところまで来てしまいましたか。いえ、名前訊くのが面倒だっただけですよ? これ以上使い捨てキャラの名前を出して仕方がないですし。
まあ今更名前を知ったところでどうということはありません。変わらず、今まで通り、愛着を以って(あるいは以たずに)、モブ子Bと呼びましょう! 覚えやすいことこの上ないです。
モブ子ズなんて敬称で彼女たちを呼んでいますが(もちろん胸中には留めました)、言うなれば彼女達はよくファンタジーに出てくる序盤のかませ犬キャラです。俗に言うと、三馬鹿なるものでしょう。
もっとも、彼女たちはそこまで付き合いのあるわけではないというより、今日が初対面のようですが。
どドンッ。そんな効果音が可視化、文字となってモブ子Bの背後に見えます。それくらい自信があるようで、胸のものを強調するかのようにやや反り返っています。
フィアナとなった私よりも実りはいいです。私の胸の大きさはアレンの理想ですからきにすることはありません。成長することも、増減することもおそらくはないでしょう。私のせいではないので気にすることはありません。
しかし、何故でしょうか? どうにも、胸の内にフツフツと煮えたぎる何かがあるのは。いえ、わかりきっています。有り体に言いましょう。
嫉妬っ。
そう嫉妬しています。あのたわわなお胸に。
私だって、私だって理想がそうならばきっとボッキュボンは軽いんですよ。
今回はアレンの理想が清楚で、アシュレイさんをベースとしていて、バランスのいいスタイルだからこうなっているだけなんですよ。
しかし、名門の育ちということであれでしょうか、食べるものが違うのでしょうか。
だって、モブ子Aは身長は普通ですが悲しくも慎ましやかな胸です。モブ子Cは身長が低いですし、ここでまさかロリ巨乳かと思わされるかもしれませんが普通です。
その点モブ子Bは身長もよく胸も豊満ですから、これは育ち盛りに食べるものが違うせいかもしれません。
もしくは血の差? 遺伝子的な要因かもしれません。
まあ私も女性になる機会かあるなら、一度くらいはこの胸に重みを感じたいものです。ですが、そうはいかなさそうな人もいます。
もう望みのなさそうなモブ子Aには合唱を、まだ一縷の望みがありそうなモブ子Cには応援を、それぞれ心の中でしました。
「本当にあんたがあのオースティン家の次女? 私が聞いたのは、おしとやかで慎ましい女性って話なんだけど」
モブ子Aが言いました。
「どういう意味ですの?」
「さっき普通に大きな声で入ってきたじゃない。どこがおしとやかよ」
「先程のは私も恥ずかしい行動ですわ。しかし、言うべき時に言えないのはオースティン家に連なる者としてもっと恥ずべきこと。悔いはありませんわ」
「まあそれはいいわ。けど、どこが慎ましやかなのよどこが」
そう言って、モブ子Cを挟んで座るモブ子Bに向けていた視線を、あからさまに、というか恨めしそうに下げました。
ああ、やっぱり気にしていたんですね。女性ですものね。私が言うのもあれですが、女性の価値は胸では決まりません。それに貧乳にも価値はありますよ。
モブ子Aの視線の変化にいち早く気がついたのは、視線を向けられたモブ子Bではなくモブ子Cでした。
あっ、と小さく声を上げると顔を赤くしました。初心です。そして自分のものを見下ろしたのか、落胆のため息が小さく聞こえました。
大丈夫! まだまだ望みはあります!
私がモブ子Cの微笑ましい反応にちょっと意識を向けていると、ようやくモブ子Bも気がつきまきた。そして、羞恥なのか怒りなのか、顔をみるみる赤くしていきます。
「ど、どこを見て言ってますの!?」
胸にを抱きながらモブ子Bは叫びました。しかしモブ子Bさん、そのポーズだと余計に胸を強調することになっています。
「どこって、その慎ましやかさのカケラもない胸よ」
「慎ましいというのはそこではありませんわっ。私の行動や性格のことですのっ!」
「自分で言う?」
「あなたが変な事をいうからですわ!」
この二人、案外相性はいいのではないでしょうか。話が噛み合っていますし。テンションの差があることは目を瞑る方がいいでしょう。
「で、結局本当にオースティン家の次女なの?」
ある程度落ち着き、冷静になったモブ子Aはアレンに問いました。
「本当だ。オースティン家とは交流もある」
「ええ、そうですの。アレン様とはその際に初めてお会いしました。これで納得ですの?」
「そうね。オースティン家の次女っていうのは、まあ認めてあげるわ」
「何故そんなに上から目線ですの!?」
やはり相性はいいようです。それはなにより、仲良きことに変わりはありません。
モブ子Bもこれ以上モブ子Aと言い争うことに不毛さを感じたのか、こほんっと息をつくと本題の続きを話し始めました。
「アレン様と初めてお会いしたのは三年前。メトカーフ家主催のセレント内外の有力者を招いたパーティーでお会いしましの」
三年前。モブ子Aのアレンと付き合いが長い歴が、二人目にしてあっさりと大幅更新されました。これにはモブ子Aも反応を示しました。ぴくっとなったモブ子Aは平静を装いましたが、若干の動揺が見られます。
もしかして半年という記録が破られることはないと思っていたのでしょうか? それはなんという楽観的な考えなのでしょう。半年なんて、普通に更新されるに決まっているでしょう。
モブ子Bはそんなモブ子Aの反応に気がつかなかったのか、それともあえてそうしたのか、話を続けました。
「それまでも何回もパーティーは催されていたようですが、私は参加していませんでしたの。ですから、アレン様とお会いしたのは間違いなくあの時なのですわ」
「あの時って何よ」
「ふふふ、秘密ですわ」
「なんですって!?」
「というのは冗談でして」
「ッ!」
してやったりという顔をモブ子Bが浮かべました。その表情にモブ子Aは肩を震わせています。どうやら、モブ子Bは意外執念深いようでした。
怒り心頭というモブ子Aはさておきと、モブ子Bは場を整えて話を続けた。まったく整えられてはいませんでしたが。
「私もきちんと話しますわ。本当ならアレン様とだけのものにしておきたいですが、今はそうは言っておられませんので」
「そうですか」
「はい。
私がアレン様と出会ったのはメトカーフ家屋敷のパーティー会場のベランダですの。私人混みは苦手でして、新鮮な空気をと思いベランダに出ていましたの。
私があまりパーティーに参加しなかったのも、それが理由ですわね」
名門育ちなのにパーティーが苦手だとはなかなか面白い方です。そういう方は、もっと自らの美を見せつけたいという欲望でもあるのかと思っていました。
偏見はよくありませんね。
「最初、アレン様がいらっしゃったことに私は気がつかなかったのですわ。
雲もなくて、星もよく見える夜でしたの。私は星々をぼんやりと眺めていましたから。
お恥ずかしい限りですわ」
「……」
アレンは何も反応しません。しかしモブ子Bはそのまま続けます。
「ぼんやりと星を眺めていると、不意に声をかけられたのですわ。それがアレン様でした。
『ここで何をしていっらっしゃるのですか?』と言われたアレン様は、右手に私の分の飲み物もお持ちしてくださりましたの。
私は『星を眺めております』と答えて、飲み物を受け取りました。その時は温かい飲み物をわざわざ準備してくださったようで、感激しましたわ」
アレン、所構わず紳士っぷりを発揮していますね。もっとも、それが裏返って女たらしっぷりにも繋がっているようですが。
「さらにアレン様こんなことまで言ってくださったのです。
『月が綺麗ですね』と」
まさかの夏目漱石!? なんでですか!
ここに異世界ですよね。夏目漱石の有名なエピソードからくる言葉(聞いた話では嘘らしいですが)が、ここ異世界で何故使われているのですか。
いえ、落ち着きなさい私。大したことではないじゃないですか。そういった言葉があっても不思議ではありません。そうです、不思議ではないのです。
それに同じような意味で使われているかはわからないじゃないですか。
「それがどうしたのよ?」
モブ子Aもわかっていませんでした。もしかしたらそこまで有名なものではないのかもしれません。
「知りませんの?」
「知らないから聞いてるんじゃない」
「何故開き直っていらんですの……」
呆れるモブ子B。……こちらに飛び火しませんように。聡明な部分が揺らいでしまいます。
私が心配に息を呑み潜めていると、そんな状況を助けてくれたのは意外にもモブ子Cでした。
「あの、名もなき詩人のエピソードですよね……」
たどたどしくもモブ子Cは言った。
「え、ええそうですわ。あなたはご存知でして?」
「はい。今でこそ紙は普及していますが、それもつい最近です。少し昔、100年位前はまだ紙は貴重だったと聞きます。」
「そうですわ。そんな時代、人々に唄って物語を聞かせる、詩人達は娯楽として重宝されていましたの。
そして数多くの詩人がいる中で特に人気だったのが『名もなき詩人』と呼ばれる一人の詩人です。その方は、自分で作られた物語のみを語ったそうです。独特ながら魅力ある物語は人々を虜にしていたとか。
それらの物語も今は本で纏められ伝えられているのです」
またまた脱線です。ですが個人的にも少し気になるところではありますから、聞くのも吝かではありません。もっとも、聞きたくなくともここまできてしまっては、それを止めるのも無駄というものです。
「『名もなき詩人』には何人かの弟子がいたそうですわ。弟子達も著名な詩人で、今世にも多くの作品を残しています。
その作品の中にあるやりとりがあるのですが、それは『名もなき詩人』と弟子達の日常を多少脚色してはいるものもほぼ正確に記したものなのです。
『師匠と私達』にある『師匠と修行』にそれはあるのですが。あなた知ってまして?」
モブ子Cに訊きました。モブ子Cは答えます。
「はい。弟子の一人コーディが『師匠ならば如何様にして女性をお褒めになるのでしょう?』と質問するんです。
それに名もなき詩人はこう答えたそうです。『月が綺麗ですね』と。
これに感銘を受けた弟子は後世に残すと決めたそうです。この弟子が『師匠と私達』の作者ですね」
もう、夏目漱石まんまのエピソードなのでは? 漱石さんまさかの異世界転生を果たしていた? だとしたらものすごい発見です。という問題です。
「素晴らしいですわ。そこの無知で野蛮な方と違い、あなたは博学なようですわね」
「い、いえ。よく読んで聞かせるだけで、博学というわけではありません」
「ですが少し足りませんね。あえて言うなら、月が女性の象徴になったのもそれからだと聞きますわ。月の女神が女性を司る女神なのはそういった経緯があるらしいのですわ」
「は、初めて知りました」
「今度屋敷にいらっしゃってくださいな。あなたとなら楽しくお話が出来そうですわ」
あっという間に仲良くなりましたこの二人。……あの、少なくとも今は恋敵に近い相手だということを忘れていないのでしょうか?  もしかしたらモブ子Bはモブ子Cをすでに下に見ているのかもしれません。勝っていると。
いえ。これは私の邪推ですね。私の心は汚れていますから、色々と。今ばかりはそれと拭い去らなければいけませんが。
そうです。彼女達は互いの好きが相まって仲良くなっているのです。それだけです。そこに変な思惑はありません。はい。美しい友情です。
「あんたの皮肉は今は流すけど。それで、そこからは?」
「アレン様にお訊きしたんですわ。『名もなき詩人』がお好きなのですか、と。するとアレン様は頷いたのですわ。
そのあとは互いに『名もなき詩人』の好きな作品や、それ以外の詩人や作家についても話し合いましたの。
初めてでしたわ。あそこまで文学について話し合えた男性は。今の男性が文学に携わることはほとんどありませんもの」
「俺は昔から読んでいたからな。文学で先人に学ぶことは大切だ」
「そうですわ」
あら意外。アレンが本を読むなんて驚きました。
それはそうと今更ながら、この世界にも本があったのですね。異世界ではよく紙がないということがありますから、これは思わぬ収穫でした。
まあ思えば、本屋があった気もします。装飾品類ばかり見ていて目にとまらなかったのかもしれません。いけないですね。
「それからアレン様とはお話する機会が増えまして。アレン様はパーティーがあればだいたい参加していますから、私もそれには出席するようにしましたの」
「……」
あ、今アレンが「だからか」みたいな顔をしました。気がついてなかったんですね。
「私がアレン様に口説かれたのは明白。さらに言えば友好にさせていただいた期間も長いですわ」
すいません。アレン、あなたのアピールに今気がつきましたよ。まったく意味がありませんでしたよ。
ですから、アレンがする反論というか、ここで出す言葉もだいたい予想がつきます。
「俺は口説いていない。名もなき詩人の言葉はそもそも女性を綺麗だと褒めるだけだろう。由来は知らずとも、多少育ちがいい者は使う」
「確かに、そうですわね……」
「それに、俺はパーティー以外でお前と会ったことがないのだが……」
「っ!」
「そして俺は、お前が俺にアピールしていたことに今気がついた」
「……」
ノックアウトですね。ガードを崩しアッパーをくらわせて、渾身のストレートで殴ったような感じです。モブ子B、もはや虫の息といったところです。
これ以上は流石にオーバーキルですね。
「あとはーー」
「アレンさん、そこまでです。女性を追い込むのはいい趣味とは言えません」
「むっ、そうだな。失礼したが、そういうことだ」
「はいぃ……」
あ、遠い目をしています。三段構えで撃たれたモブ子Bから、先ほどのように高飛車といった面影は消えて無くなりました。虚ろな目です。これは、モブ子Aよりも酷いのではありませか?
流石にかわいそうですし、フォローを入れようとした矢先、思ってもいない人物が助けました。
「結局あんたの勘違いだったじゃない」
失礼。モブ子Aはモブ子Bの傷口に塩を塗りたくったようです。なんならハバネロソースをぶっかけたのかも。
そんな激痛にモブ子Bが黙っているはずありません。
「黙りなさいっ。あなただって同じではありませんかっ!」
「ぐぬぬ。でも、あんたの方がよっぽどの重症だったわよ、ここが」
「あなたの品のない頭の出来に比べたらましですわ! あなたの方こそここに問題があるこではなくて!?」
「知ってますー。でも私はそこを使うことあまりないから大丈夫ですー。あんたは問題なんじゃないの?」
「残念ですこと。それ以上の発展がないなんて」
「この、くるくる金髪牛乳!」
「うるさい、残念まな板!」
醜い争いが始まりましたとさ。モブ子Aの後ろには虎ーーのように振る舞う猫。モブ子Bの後ろには竜ーーみたく口を開く子蛇が。それぞれ見えます。
あらやだ、かわいらしい戦いです。
ですがそれもそうでしょう。結果的に喧嘩にはなってしまいましたが、モブ子Aが意図したとは思いませんが、モブ子Bは復活したのですから。いたたまれない雰囲気も散りました。
しかし。
ここまで二人の話を聞いて、私が感じていたことが現実味を帯びてきました。
モブ子Aは実行力、モブ子Bは聡明。両者ともにそうとれるエピソードを語ってくれました。まあ、二人ともその結末は残念ポンコツのようものでしたが。
あとは、モブ子Cのお話だけを聞きたいのですが。
「お菓子とお茶持ってきたわよ」
「誰も頼んでないが」
「店を占領しているのに酷い言い草ね。ほら食べて食べて。お金はアレン持ちだから気にしなくていいわよ」
「なっ!? かってに何をーー」
「それくらいの甲斐性、あるわよね?」
先ほどとは違うケーキとお茶を持って運んできてくれたハルさんは、私の方をちらっと見ました。それにアレンはぐっと出かけた言葉をのみ込んだようです。
これは、ハルさんもなかなかの悪女っぷりですね。しかもなかなかの商売魂。
ここまで断りにくい状況を作っておいて、そこから半強制的に支払いをさせるとは。貴族相手にものすごいです。
これに、喧嘩をしていた二人が反応を示しました。ぴたっと幼稚な言い争いを止め、ハルさんと方を見たのです。
「あ、あんたアレンの何よ。随分仲が良さげだけど」
「そうですわ。親しいようですが」
それは、そうなりますよね。私だってそうなりましたし、女の勘というか警報が鳴るというものです。
そんなモブ子A Bの質問に、ハルさんはニヤッと笑った。
「なんだと思う?」
「「なっ!?」」
「余計な事をするな。この人はこの店の店主で、この見た目でおばさんだ。昔馴染み、常連の店の店主と客というだけだ」
「もうアレン。もう少し遊ばさせてくれたっていいじゃない」
「あんたは関係ないだろう」
そんなアレンの言葉がハルさんに届くことはなく、当の本人はモブ子ズに詰め寄っていました。
「ねえねえどんな感じ? 随分修羅場ってたけど」
「どんなって」
「言われましてもね」
「ええー。おばさんには秘密?」
「じゃなくて」
「そうですわ。そういうことではなくて」
「ふうん。じゃあ真ん中の女の子は?」
「私はまだです」
「そうなの? じゃあ私も聞いちゃおっかな」
三人はハルさんのペースでたじたじでした。まあ、それも年の功というか経験の差でした。
「いい加減戻ったらどうだ?」
「ええー。暇なんだもん」
「あんたの暇潰しじゃない」
「それもそっか。仕方ない、戻るとしますか」
案外あっさりと引いたハルさん。チャオー、みたいなのが似合いそうに戻っていきました。というか行ったり来たりし過ぎですしね。
「な、なんでしたのあの方は」
「そうよ。まるで嵐じゃない」
「こ、怖かった……」
三人は安堵のため息をつきました。ですが、いい加減時間をかけるわけにもいきません。
アレンとのデートの筈が、既にそんな描写シーンが忘れられています。アレンとのデート中だということが忘れかけられています。
 
モブ子Cには辛いでしょうが、この順番で、このタイミングで話してもらいましょう。時間はないのです。
「では、最後によろしくお願いします」
「え!? わ、わかりました」
二人よりも一回り小さいモブ子C。両隣の威圧に耐えて話をします。
「私はーー」
「私の話をする前に、私の身分を明かす必要がありますわ。私は名門オースティン家の次女です。屋敷は高級街の西地区に構えています」
ついに、名前を出さなければ不自然になるところまで来てしまいましたか。いえ、名前訊くのが面倒だっただけですよ? これ以上使い捨てキャラの名前を出して仕方がないですし。
まあ今更名前を知ったところでどうということはありません。変わらず、今まで通り、愛着を以って(あるいは以たずに)、モブ子Bと呼びましょう! 覚えやすいことこの上ないです。
モブ子ズなんて敬称で彼女たちを呼んでいますが(もちろん胸中には留めました)、言うなれば彼女達はよくファンタジーに出てくる序盤のかませ犬キャラです。俗に言うと、三馬鹿なるものでしょう。
もっとも、彼女たちはそこまで付き合いのあるわけではないというより、今日が初対面のようですが。
どドンッ。そんな効果音が可視化、文字となってモブ子Bの背後に見えます。それくらい自信があるようで、胸のものを強調するかのようにやや反り返っています。
フィアナとなった私よりも実りはいいです。私の胸の大きさはアレンの理想ですからきにすることはありません。成長することも、増減することもおそらくはないでしょう。私のせいではないので気にすることはありません。
しかし、何故でしょうか? どうにも、胸の内にフツフツと煮えたぎる何かがあるのは。いえ、わかりきっています。有り体に言いましょう。
嫉妬っ。
そう嫉妬しています。あのたわわなお胸に。
私だって、私だって理想がそうならばきっとボッキュボンは軽いんですよ。
今回はアレンの理想が清楚で、アシュレイさんをベースとしていて、バランスのいいスタイルだからこうなっているだけなんですよ。
しかし、名門の育ちということであれでしょうか、食べるものが違うのでしょうか。
だって、モブ子Aは身長は普通ですが悲しくも慎ましやかな胸です。モブ子Cは身長が低いですし、ここでまさかロリ巨乳かと思わされるかもしれませんが普通です。
その点モブ子Bは身長もよく胸も豊満ですから、これは育ち盛りに食べるものが違うせいかもしれません。
もしくは血の差? 遺伝子的な要因かもしれません。
まあ私も女性になる機会かあるなら、一度くらいはこの胸に重みを感じたいものです。ですが、そうはいかなさそうな人もいます。
もう望みのなさそうなモブ子Aには合唱を、まだ一縷の望みがありそうなモブ子Cには応援を、それぞれ心の中でしました。
「本当にあんたがあのオースティン家の次女? 私が聞いたのは、おしとやかで慎ましい女性って話なんだけど」
モブ子Aが言いました。
「どういう意味ですの?」
「さっき普通に大きな声で入ってきたじゃない。どこがおしとやかよ」
「先程のは私も恥ずかしい行動ですわ。しかし、言うべき時に言えないのはオースティン家に連なる者としてもっと恥ずべきこと。悔いはありませんわ」
「まあそれはいいわ。けど、どこが慎ましやかなのよどこが」
そう言って、モブ子Cを挟んで座るモブ子Bに向けていた視線を、あからさまに、というか恨めしそうに下げました。
ああ、やっぱり気にしていたんですね。女性ですものね。私が言うのもあれですが、女性の価値は胸では決まりません。それに貧乳にも価値はありますよ。
モブ子Aの視線の変化にいち早く気がついたのは、視線を向けられたモブ子Bではなくモブ子Cでした。
あっ、と小さく声を上げると顔を赤くしました。初心です。そして自分のものを見下ろしたのか、落胆のため息が小さく聞こえました。
大丈夫! まだまだ望みはあります!
私がモブ子Cの微笑ましい反応にちょっと意識を向けていると、ようやくモブ子Bも気がつきまきた。そして、羞恥なのか怒りなのか、顔をみるみる赤くしていきます。
「ど、どこを見て言ってますの!?」
胸にを抱きながらモブ子Bは叫びました。しかしモブ子Bさん、そのポーズだと余計に胸を強調することになっています。
「どこって、その慎ましやかさのカケラもない胸よ」
「慎ましいというのはそこではありませんわっ。私の行動や性格のことですのっ!」
「自分で言う?」
「あなたが変な事をいうからですわ!」
この二人、案外相性はいいのではないでしょうか。話が噛み合っていますし。テンションの差があることは目を瞑る方がいいでしょう。
「で、結局本当にオースティン家の次女なの?」
ある程度落ち着き、冷静になったモブ子Aはアレンに問いました。
「本当だ。オースティン家とは交流もある」
「ええ、そうですの。アレン様とはその際に初めてお会いしました。これで納得ですの?」
「そうね。オースティン家の次女っていうのは、まあ認めてあげるわ」
「何故そんなに上から目線ですの!?」
やはり相性はいいようです。それはなにより、仲良きことに変わりはありません。
モブ子Bもこれ以上モブ子Aと言い争うことに不毛さを感じたのか、こほんっと息をつくと本題の続きを話し始めました。
「アレン様と初めてお会いしたのは三年前。メトカーフ家主催のセレント内外の有力者を招いたパーティーでお会いしましの」
三年前。モブ子Aのアレンと付き合いが長い歴が、二人目にしてあっさりと大幅更新されました。これにはモブ子Aも反応を示しました。ぴくっとなったモブ子Aは平静を装いましたが、若干の動揺が見られます。
もしかして半年という記録が破られることはないと思っていたのでしょうか? それはなんという楽観的な考えなのでしょう。半年なんて、普通に更新されるに決まっているでしょう。
モブ子Bはそんなモブ子Aの反応に気がつかなかったのか、それともあえてそうしたのか、話を続けました。
「それまでも何回もパーティーは催されていたようですが、私は参加していませんでしたの。ですから、アレン様とお会いしたのは間違いなくあの時なのですわ」
「あの時って何よ」
「ふふふ、秘密ですわ」
「なんですって!?」
「というのは冗談でして」
「ッ!」
してやったりという顔をモブ子Bが浮かべました。その表情にモブ子Aは肩を震わせています。どうやら、モブ子Bは意外執念深いようでした。
怒り心頭というモブ子Aはさておきと、モブ子Bは場を整えて話を続けた。まったく整えられてはいませんでしたが。
「私もきちんと話しますわ。本当ならアレン様とだけのものにしておきたいですが、今はそうは言っておられませんので」
「そうですか」
「はい。
私がアレン様と出会ったのはメトカーフ家屋敷のパーティー会場のベランダですの。私人混みは苦手でして、新鮮な空気をと思いベランダに出ていましたの。
私があまりパーティーに参加しなかったのも、それが理由ですわね」
名門育ちなのにパーティーが苦手だとはなかなか面白い方です。そういう方は、もっと自らの美を見せつけたいという欲望でもあるのかと思っていました。
偏見はよくありませんね。
「最初、アレン様がいらっしゃったことに私は気がつかなかったのですわ。
雲もなくて、星もよく見える夜でしたの。私は星々をぼんやりと眺めていましたから。
お恥ずかしい限りですわ」
「……」
アレンは何も反応しません。しかしモブ子Bはそのまま続けます。
「ぼんやりと星を眺めていると、不意に声をかけられたのですわ。それがアレン様でした。
『ここで何をしていっらっしゃるのですか?』と言われたアレン様は、右手に私の分の飲み物もお持ちしてくださりましたの。
私は『星を眺めております』と答えて、飲み物を受け取りました。その時は温かい飲み物をわざわざ準備してくださったようで、感激しましたわ」
アレン、所構わず紳士っぷりを発揮していますね。もっとも、それが裏返って女たらしっぷりにも繋がっているようですが。
「さらにアレン様こんなことまで言ってくださったのです。
『月が綺麗ですね』と」
まさかの夏目漱石!? なんでですか!
ここに異世界ですよね。夏目漱石の有名なエピソードからくる言葉(聞いた話では嘘らしいですが)が、ここ異世界で何故使われているのですか。
いえ、落ち着きなさい私。大したことではないじゃないですか。そういった言葉があっても不思議ではありません。そうです、不思議ではないのです。
それに同じような意味で使われているかはわからないじゃないですか。
「それがどうしたのよ?」
モブ子Aもわかっていませんでした。もしかしたらそこまで有名なものではないのかもしれません。
「知りませんの?」
「知らないから聞いてるんじゃない」
「何故開き直っていらんですの……」
呆れるモブ子B。……こちらに飛び火しませんように。聡明な部分が揺らいでしまいます。
私が心配に息を呑み潜めていると、そんな状況を助けてくれたのは意外にもモブ子Cでした。
「あの、名もなき詩人のエピソードですよね……」
たどたどしくもモブ子Cは言った。
「え、ええそうですわ。あなたはご存知でして?」
「はい。今でこそ紙は普及していますが、それもつい最近です。少し昔、100年位前はまだ紙は貴重だったと聞きます。」
「そうですわ。そんな時代、人々に唄って物語を聞かせる、詩人達は娯楽として重宝されていましたの。
そして数多くの詩人がいる中で特に人気だったのが『名もなき詩人』と呼ばれる一人の詩人です。その方は、自分で作られた物語のみを語ったそうです。独特ながら魅力ある物語は人々を虜にしていたとか。
それらの物語も今は本で纏められ伝えられているのです」
またまた脱線です。ですが個人的にも少し気になるところではありますから、聞くのも吝かではありません。もっとも、聞きたくなくともここまできてしまっては、それを止めるのも無駄というものです。
「『名もなき詩人』には何人かの弟子がいたそうですわ。弟子達も著名な詩人で、今世にも多くの作品を残しています。
その作品の中にあるやりとりがあるのですが、それは『名もなき詩人』と弟子達の日常を多少脚色してはいるものもほぼ正確に記したものなのです。
『師匠と私達』にある『師匠と修行』にそれはあるのですが。あなた知ってまして?」
モブ子Cに訊きました。モブ子Cは答えます。
「はい。弟子の一人コーディが『師匠ならば如何様にして女性をお褒めになるのでしょう?』と質問するんです。
それに名もなき詩人はこう答えたそうです。『月が綺麗ですね』と。
これに感銘を受けた弟子は後世に残すと決めたそうです。この弟子が『師匠と私達』の作者ですね」
もう、夏目漱石まんまのエピソードなのでは? 漱石さんまさかの異世界転生を果たしていた? だとしたらものすごい発見です。という問題です。
「素晴らしいですわ。そこの無知で野蛮な方と違い、あなたは博学なようですわね」
「い、いえ。よく読んで聞かせるだけで、博学というわけではありません」
「ですが少し足りませんね。あえて言うなら、月が女性の象徴になったのもそれからだと聞きますわ。月の女神が女性を司る女神なのはそういった経緯があるらしいのですわ」
「は、初めて知りました」
「今度屋敷にいらっしゃってくださいな。あなたとなら楽しくお話が出来そうですわ」
あっという間に仲良くなりましたこの二人。……あの、少なくとも今は恋敵に近い相手だということを忘れていないのでしょうか?  もしかしたらモブ子Bはモブ子Cをすでに下に見ているのかもしれません。勝っていると。
いえ。これは私の邪推ですね。私の心は汚れていますから、色々と。今ばかりはそれと拭い去らなければいけませんが。
そうです。彼女達は互いの好きが相まって仲良くなっているのです。それだけです。そこに変な思惑はありません。はい。美しい友情です。
「あんたの皮肉は今は流すけど。それで、そこからは?」
「アレン様にお訊きしたんですわ。『名もなき詩人』がお好きなのですか、と。するとアレン様は頷いたのですわ。
そのあとは互いに『名もなき詩人』の好きな作品や、それ以外の詩人や作家についても話し合いましたの。
初めてでしたわ。あそこまで文学について話し合えた男性は。今の男性が文学に携わることはほとんどありませんもの」
「俺は昔から読んでいたからな。文学で先人に学ぶことは大切だ」
「そうですわ」
あら意外。アレンが本を読むなんて驚きました。
それはそうと今更ながら、この世界にも本があったのですね。異世界ではよく紙がないということがありますから、これは思わぬ収穫でした。
まあ思えば、本屋があった気もします。装飾品類ばかり見ていて目にとまらなかったのかもしれません。いけないですね。
「それからアレン様とはお話する機会が増えまして。アレン様はパーティーがあればだいたい参加していますから、私もそれには出席するようにしましたの」
「……」
あ、今アレンが「だからか」みたいな顔をしました。気がついてなかったんですね。
「私がアレン様に口説かれたのは明白。さらに言えば友好にさせていただいた期間も長いですわ」
すいません。アレン、あなたのアピールに今気がつきましたよ。まったく意味がありませんでしたよ。
ですから、アレンがする反論というか、ここで出す言葉もだいたい予想がつきます。
「俺は口説いていない。名もなき詩人の言葉はそもそも女性を綺麗だと褒めるだけだろう。由来は知らずとも、多少育ちがいい者は使う」
「確かに、そうですわね……」
「それに、俺はパーティー以外でお前と会ったことがないのだが……」
「っ!」
「そして俺は、お前が俺にアピールしていたことに今気がついた」
「……」
ノックアウトですね。ガードを崩しアッパーをくらわせて、渾身のストレートで殴ったような感じです。モブ子B、もはや虫の息といったところです。
これ以上は流石にオーバーキルですね。
「あとはーー」
「アレンさん、そこまでです。女性を追い込むのはいい趣味とは言えません」
「むっ、そうだな。失礼したが、そういうことだ」
「はいぃ……」
あ、遠い目をしています。三段構えで撃たれたモブ子Bから、先ほどのように高飛車といった面影は消えて無くなりました。虚ろな目です。これは、モブ子Aよりも酷いのではありませか?
流石にかわいそうですし、フォローを入れようとした矢先、思ってもいない人物が助けました。
「結局あんたの勘違いだったじゃない」
失礼。モブ子Aはモブ子Bの傷口に塩を塗りたくったようです。なんならハバネロソースをぶっかけたのかも。
そんな激痛にモブ子Bが黙っているはずありません。
「黙りなさいっ。あなただって同じではありませんかっ!」
「ぐぬぬ。でも、あんたの方がよっぽどの重症だったわよ、ここが」
「あなたの品のない頭の出来に比べたらましですわ! あなたの方こそここに問題があるこではなくて!?」
「知ってますー。でも私はそこを使うことあまりないから大丈夫ですー。あんたは問題なんじゃないの?」
「残念ですこと。それ以上の発展がないなんて」
「この、くるくる金髪牛乳!」
「うるさい、残念まな板!」
醜い争いが始まりましたとさ。モブ子Aの後ろには虎ーーのように振る舞う猫。モブ子Bの後ろには竜ーーみたく口を開く子蛇が。それぞれ見えます。
あらやだ、かわいらしい戦いです。
ですがそれもそうでしょう。結果的に喧嘩にはなってしまいましたが、モブ子Aが意図したとは思いませんが、モブ子Bは復活したのですから。いたたまれない雰囲気も散りました。
しかし。
ここまで二人の話を聞いて、私が感じていたことが現実味を帯びてきました。
モブ子Aは実行力、モブ子Bは聡明。両者ともにそうとれるエピソードを語ってくれました。まあ、二人ともその結末は残念ポンコツのようものでしたが。
あとは、モブ子Cのお話だけを聞きたいのですが。
「お菓子とお茶持ってきたわよ」
「誰も頼んでないが」
「店を占領しているのに酷い言い草ね。ほら食べて食べて。お金はアレン持ちだから気にしなくていいわよ」
「なっ!? かってに何をーー」
「それくらいの甲斐性、あるわよね?」
先ほどとは違うケーキとお茶を持って運んできてくれたハルさんは、私の方をちらっと見ました。それにアレンはぐっと出かけた言葉をのみ込んだようです。
これは、ハルさんもなかなかの悪女っぷりですね。しかもなかなかの商売魂。
ここまで断りにくい状況を作っておいて、そこから半強制的に支払いをさせるとは。貴族相手にものすごいです。
これに、喧嘩をしていた二人が反応を示しました。ぴたっと幼稚な言い争いを止め、ハルさんと方を見たのです。
「あ、あんたアレンの何よ。随分仲が良さげだけど」
「そうですわ。親しいようですが」
それは、そうなりますよね。私だってそうなりましたし、女の勘というか警報が鳴るというものです。
そんなモブ子A Bの質問に、ハルさんはニヤッと笑った。
「なんだと思う?」
「「なっ!?」」
「余計な事をするな。この人はこの店の店主で、この見た目でおばさんだ。昔馴染み、常連の店の店主と客というだけだ」
「もうアレン。もう少し遊ばさせてくれたっていいじゃない」
「あんたは関係ないだろう」
そんなアレンの言葉がハルさんに届くことはなく、当の本人はモブ子ズに詰め寄っていました。
「ねえねえどんな感じ? 随分修羅場ってたけど」
「どんなって」
「言われましてもね」
「ええー。おばさんには秘密?」
「じゃなくて」
「そうですわ。そういうことではなくて」
「ふうん。じゃあ真ん中の女の子は?」
「私はまだです」
「そうなの? じゃあ私も聞いちゃおっかな」
三人はハルさんのペースでたじたじでした。まあ、それも年の功というか経験の差でした。
「いい加減戻ったらどうだ?」
「ええー。暇なんだもん」
「あんたの暇潰しじゃない」
「それもそっか。仕方ない、戻るとしますか」
案外あっさりと引いたハルさん。チャオー、みたいなのが似合いそうに戻っていきました。というか行ったり来たりし過ぎですしね。
「な、なんでしたのあの方は」
「そうよ。まるで嵐じゃない」
「こ、怖かった……」
三人は安堵のため息をつきました。ですが、いい加減時間をかけるわけにもいきません。
アレンとのデートの筈が、既にそんな描写シーンが忘れられています。アレンとのデート中だということが忘れかけられています。
 
モブ子Cには辛いでしょうが、この順番で、このタイミングで話してもらいましょう。時間はないのです。
「では、最後によろしくお願いします」
「え!? わ、わかりました」
二人よりも一回り小さいモブ子C。両隣の威圧に耐えて話をします。
「私はーー」
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