悪役令嬢(乗っ取り転生者)が好きになれなかったので、退場してもらおうと思います

宮藤小夜

悪役令嬢(乗っ取り転生者)が好きになれなかったので、退場してもらおうと思います

皆様、初めまして。私は、メルミュートン公爵家のメイドをしております、イライザ・リコットと申します。私のお仕えするお嬢様の名前はアビルダ・メルミュートンといい、メルミュートン公爵家の一人娘で、この国の第2王子の婚約者でもあります。

お嬢様は、小さな頃からお姫様のように旦那様に溺愛されており、大変ワガマ…ごほん、生意気なクソガ…ごほんごほんっ。いえ、なんでもございません。大変いい性格にお育ちしました。

そんなイラッとす…ごほんごほんっ…お嬢様ですが、17歳の誕生日の朝、唐突に性格が変わってしまったのです。「これって流行りの悪役転生!?」やら「ヒロインになんて負けないんだから!」などと意味不明な言葉を言うようになったのです。どこかで頭を強く打ってしまったのでしょうか…。シンパイデス…。

この日からお嬢様は、苦手だったダンスやマナーなどを積極的に学ばれ、あんなに大好きだった王子にも会おうとせずむしろ避け始め、私はお嬢様が別人になった…つまり、悪魔が乗り移ったのではないかと思ったのです。この世界では悪魔が生きている人間の魂を殺し乗り移り、その者の体で災厄を招くと言われております。ですがそれが勘違いだった場合、私はお嬢様を侮辱した罪で、旦那様にサクッと殺されてしまうことでしょう。お嬢様が本当に悪魔に変わられているのか確証が持てなかったので、今はただ、お嬢様を見守ることにしようと思います。



〜数日後〜

「私、殿下に婚約破棄されましたわ」

お嬢様のその言葉に、メルミュートン公爵家のお屋敷が騒然といたしました。お嬢様曰く、殿下が平民であるリコ・ササガワという女に惚れ、学園の卒業式、つまり昨日のこと…皆様の前でお嬢様との婚約破棄を行なったそうです!

「な、なんてことを…っ!わしの可愛いアビィに!!待っていなさい!今すぐ王に抗議を…っ!!」

憤怒の表情で家を出て行こうとした旦那様でしたが、私たち使用人がこれはやばい!と止めようとする前にお嬢様が旦那様の手を握り、はっきりとした声で言いました。

「いいのです、お父様」
「何がだ!殿下はお前以外の女、しかも平民の娘を寵愛し、やってもいないその娘へのいじめの主犯をお前と決めつけたんだろう!!絶対に許さん!!」
「お父様…。こんなに愛されて、私、幸せ者だわ…。私ね、殿下のこと、好きだったけれど、もう恋愛感情はないの。今は、殿下が幸せになってくれればそれで…」
「アビィ…っ!お前は何て可愛いんだ!!」

旦那様が泣きながらお嬢様に抱きつき、お嬢様も旦那様を抱きしめ返しています。これぞ、親子の友情ですね…。
けっ!…。あらいやだ、私ったら。皆さん、何も聞いてませんよね?もし聞いていたら…まぁ、今回はいいでしょう。そんなことよりも、お嬢様です!あんなに殿下LOVEで殿下に近付く女性を不幸のどん底に落としていた方とは思いません。私が知っている本当のお嬢様なら、殿下と婚約破棄されてあんなに安堵したような顔をするはずがありません。やっぱり、お嬢様は…。私は一つの決意を胸に、もう少しだけお嬢様の行動を見守ることにしました。



***

またまた数日後。お嬢様と旦那様を訪ねに元婚約者の殿下がいらっしゃいました。なぜか社交界でイケメンとお噂の方達4人を引き連れて、ですが。私はメイド長に指名され、彼らを二人が待つお部屋へご案内しました。

「旦那様、お客様をお連れいたしました」

私は中にいる旦那様にお声をかけ、ゆっくりとドアを開けました。殿下を先頭に彼らが部屋に入っていき、私もそのあとへと続きます。皆様にお茶をお出ししなければいけないので茶葉を選び、運ばれてあったお湯で蒸らし、人数分の紅茶を注いでいきます。その間にも、殿下方と旦那様の間にある空気がとても刺々しく、部屋の中にブリザードが吹き荒れているみたいです。

「娘との婚約を破棄しておいて…よくぞ参られたな、殿下」
「今日はそのことについて、貴殿に話があって参った…アビルダ」
「殿下…」

殿下とお嬢様の視線が合い、なぜか甘ったるい空気が発生しました。あれ、殿下に好きな人ができて婚約破棄されたって…。あれ?私が考えていると、旦那様が耐えられなかったのかその空気を壊すように咳払いをしました。

「ごほんっ!…それで、お話とはなんでしょうか?殿下」
「…今日は俺をもう一度、アビルダ嬢の婚約者にしてほしいと思い伺わせてもらった」

その言葉を聞き旦那様が怒鳴ろうと口を開きましたが、お嬢様がすぐに反論しました。

「殿下!私は何度も行っているではありませんか!先に婚約破棄をしたのは殿下の方です!私は絶対に殿下とは婚約いたしません!」
「俺も何度も言っているだろう!全てのことはリコ…あの女に騙されていたことだと!」
「それでも!ずっとそばにいた私のことを信じず、あのヒロっ…女を信じたのは殿下ではないですか!!」
「それはっ!…」

少し唇を噛み締め言葉の詰まった殿下がお嬢様の前に跪き、そっと右手を取り口付けました。

「君は俺を不誠実なやつだと笑うだろう。小さな頃から近くにいすぎて気づかなかったが、やっと気づいたんだ。…俺はアビルダを愛している!アビルダも俺のことを好きだろう?何も問題はないじゃないか」

うっわ、強引にごまかしましたよ殿下。
お嬢様の右手を優しく引っ張りソファから立たせ、左手を腰に回し顎クイ…。顔がゆっくり近づいていきます。

「あっ、殿下…」

お嬢様は顔を赤くしながらゆっくりと目をつむっていきます。恋愛感情ないって言っていませんでしたっけ…。
って、それよりも…!!

「殿下、危ないっ!!」

私は殿下の危機に殿下を押しのけ、お嬢様に近づかないように殿下を背にかばいました。

「なっ…何をするんだ!!」

いいところを邪魔された殿下が私に対しどなりますが、それどころではありません。
だって、やっとお嬢様が本性を現したのですから。

「御無礼をお許しください!ですが、どうしても今!旦那様や皆様にお伝えしなければならないことがあるのです!!」

私に険しい顔を見向ける人達を無視し、なにが起こったかわからない顔をしているお嬢様へ話しかけました。

「お嬢様…お嬢様は本当に、お嬢様ですか?」
「えっと?あなた、一体何を言って…」

その質問に、不思議そうな顔をするお嬢様。やっぱり、そうなのですね…。

「…誕生日の日からおかしいのです。あれほど好きだった殿下に興味をなくされ、苦手だったダンスなどに積極的に取り組み始めたり…。それにお嬢様が知るはずのない、コックすらも知らないお料理をなさったり…。一番違うと思ったのは、性格です。お嬢様は気高く(わがままで)、美しさに気を配り(贅沢三昧)、私たちメイドのことを思っていつも厳しく接してくださいます。ですが今のお嬢様は、今までのお嬢様とは正反対なのです。私はこのように、突然性格などが変わってしまうことに心当たりがあります」

「……まさかっ!?」

私の言葉を聞き、お嬢様以外の皆様も気付き始めたのでしょう。その顔は青ざめております。

「そうです。お嬢様…お嬢様には、悪魔が乗り移っているのではありませんか…?」
「はぁ?悪魔?何を言って…」

私の言葉に怪訝そうな顔をするお嬢様。まるで悪魔という存在を本当に信じているのかという目を私に向けてきました。

「その証拠にお嬢様は…誕生日の日から一度も私たち使用人の名前を呼んでくださいません!!」
「え?」

お嬢様は性格などはあれでしたが、必ず私たち使用人の名前を呼んでくれました。
ですが、お嬢様が変わってしまわれたあの日から一度も名前を呼んでくださったことがないのです。

「お嬢様…お嬢様は、私の名前を言えますか…?」
「そ、それは…」

目が泳ぐお嬢様。その様子で、私の名前を覚えていないことが明白になりました。お嬢様が使用人の名前をよく呼んでいたことは、旦那様も知っています。その旦那様も、信じられないと言った顔でお嬢様を凝視しています。

「そ、そういえば…、わしの可愛いアビィなら一日一回、必ずドレスや宝石などおねだりしてくるのに、あの誕生日の日からそれもなかったような…」
「旦那様は、当然気づいていましたよね?旦那様の可愛い一人娘の事ですもの。あえて普段通りに接して目的を探ろうとしていたに違いありません!そうですよね?旦那様!!」

旦那様が私の、「私のようなものでさえ気づいたのに、まさか生まれた時からお嬢様を知っている旦那様が気づいてなかったわけありませんよね?」という視線に冷や汗を流しながら首を激しく縦に振る旦那様。

「あ、ああ!当たり前だとも!わしが可愛い可愛いアビィを間違えるわけないじゃないか!!」
「お父様…!?」

旦那様のその言葉に、お嬢様が愕然としています。そして私はお嬢様に乗り移った悪魔を追い詰めるため、お嬢様に質問していきます。

「覚えていますか?お嬢様。お嬢様が六歳の時、私の誕生日にくれたものを…」
「覚えていますか?去年行ったピクニックで初めて殿下とお会いになられ、初めての恋のお話を私にしてくださったことも…」

「っ…そ、それは!わ、私…」

顔色の悪くなったお嬢様…なにも言えないんですよね?

「覚えて、おられないんですね?」

無言になったお嬢様。旦那様は苦悩した顔でお嬢様を見つめ、他の方は呆然としております。いえ、殿下は顔面蒼白です。それはそうでしょう。悪魔に体を取られた方とキスをすれば自身の魂が吸い取られ、悪魔の傀儡となってしまうのですから。

(そろそろ、頃合いかしら…)

私は大げさに顔を覆い、泣き叫びました。

「返してください!私の大好きで大切だったお嬢様を…返してくださいよっっっ!!…っう、うああああああああぁあああああぁぁあ!!」

悪魔に体を取られたものは魂を消滅させられ、その体に入った悪魔は不自然ではないように記憶喪失を装ったりして、周りのものに厄災をもたらす存在となる。

やっぱり、お嬢様は悪魔に殺されてしまったのです。

旦那様が最後の希望とでもいうように、お嬢様に問います。

「アビィ…本当に、本当に何も覚えていないのか…?」
「…」

お嬢様は無言です。その様子に絶望したのであろう旦那様。

「っでは、本当に…」
「いいえ!私はお父様の娘のアビルダ・メルミュートンで間違いありませんわ!記憶…は、多分前世の記憶を思い出したことが原因で…!!」

お嬢様が叫びますが、その言葉で悟ったのでしょう。お嬢様の言葉は同じなのです。あの隣国の、国を破滅させたという悪魔と。隣国に現れた悪魔は平民の少女を乗っ取り、王太子であった方や有力貴族の何名かの殿方を誘惑し、王太子の婚約者であった令嬢をありもしない罪状で公開処刑し、後に王妃となって贅沢三昧。それに業を煮やした国民が反乱を起こし、王族は処刑されました。その時に王妃が「前世の記憶の通りに行動しただけよ!私は悪くない!リセットしなきゃ…!」と叫んでいたようです。そのため、「前世」などという言葉を使ったものは悪魔だ!というのは、隣国…いえ、この世界の常識なのです。
あれ、これって我が国の出来事と似ています。あの平民の少女も、悪魔だったのでしょうか…。

「アビィ…辛かったろう、悲しかったろう。すぐに気づいてやれずにすまなかった…。今、楽にしてやるからな」

旦那様は壁に立てかけてあった剣を鞘から抜き取り、お嬢様にその切っ先を向けました。

「お、おとうさま…?」

顔を青ざめながらも、信じられないものを見る目で旦那様を見るお嬢様。そんなお嬢様を悲しさや憎しみを困った目で睨む旦那様。そして旦那様は、お嬢様の左胸に剣を突き立てました。

「え、あ…あぁあぁあああぁあぁああ!!痛い痛い痛い!痛いよおぉおぉおぉおお!!なんっで、こんな…だずけ…で…おどうざまぁ…」

お嬢様が刺さった剣を抜こうと手に力を入れますが、力が入らないのでしょう。足の力も抜け、床に音を立てて倒れました。

「しぶといな…」

旦那様は容赦なく、お嬢様に刺さっている剣に手を添え強く押さえつけました。どんどんと深く刺さっていく剣。響くお嬢様の悲鳴。こんな場面、見たくはありません。けれど、私は見なければいけないと思いました。それがもういなくなってしまったお嬢様に対する、けじめだと思ったのです。

「ぁんで…ごんなぁ、こどにぃ…。わ…だしは…ただぁ…あくやくれいじょうにぃ…なりだぁくながっだ…だけ…ぁのにぃ………」

お嬢様は掠れた声でそう呟き、死んでしまいました。
旦那様はお嬢様の血に濡れた手で顔を覆い、お嬢様への懺悔を繰り返します。殿下達は…初めて人が死ぬところを見たのでしょう。青ざめ、震えています。吐いている方もいました。例え中身が悪魔だとしても、体はお嬢様だったのです。殿下達の愛した…。

私はもう一度お嬢様の顔を見て、口元を押さえ顔が見られないように俯きました。体が、自然に震えます。


だって…


















笑ってしまうんですもの!




ねぇ、皆もそう思ったでしょ?旦那様とか、殿下達とか…皆とっても単純でバっカバカしい!お嬢様が悪魔?ただ違う魂が乗り移っただけでしょ。この世界を舞台にした乙女ゲームの記憶を持った魂が…ね。


私、ずっと思っていたのよね。あざといヒロインに惚れる攻略キャラ達、そして悪役令嬢が無実だったと知ってその後の誠実さに惚れたり…。アホか!って思ってたわ。まあ、単純だからこその乙女ゲームなのでしょうけど。

お嬢様は悪役令嬢になりたくなかったって言ってたけれど、あなたがシナリオを変えてしまったから狂ってしまったのよ?ヒロインも、周りもみ〜んなみんな…ね。

私が悪役みたい?私のせい?…何を今更。
いい?本当の悪役ってものはね…最後の最後までバレないものなのよ。

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