少年と武士と、気になるあの子。

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君と武士と、夏の終わり(六)


 雨の降りしきる中、予期せぬ雨宿りを余儀なくされた善貴たちは、ぶらりとアーケードの中を散策していた。スマホで雨の上がる予報を見てみると、少なくとも今後三、四時間はずっと九〇%から一〇〇%という予報になっており、しばらくの間適当に散策することになったのである。
 瀬名川と美樹子は始めからそのつもりでここに来ていたようだからまだしも、先生も先生で、もう少しこのアーケードを見て回りたいと言い出す始末だった。まぁ、アーケードに隣接する商業施設が駅と直結しているので、いざとなれば遠回りにはなるが帰れないこともない。そこで雨の様子を見て、二人と一緒に回ることになったという具合だ。
 瀬名川といるというのもあるけれど、そこに加えて高島美樹子という彼女の友人が一緒にいるというのが、善貴を少なからず緊張させた。けれど美樹子はころころと表情を見せる子で、いつの間にか当たり前のように彼女と接しているような感覚になっていた。
 もっとも、実際に接しているのは僕ではなく先生なので、自分はグループの輪を遠巻きに微笑ましく見つめているような、そんな感じなのだけれど……。
「あー、これ可愛くない?」
「あたしはこっちも好きだなぁ」
 女子二人のとめどなく続く会話と行動を、遠巻きに見つめている感覚はなんだかイメージ映像を見つめているような気分でもあったけれど、女子二人の会話にほとんど入ることなく見つめているのは、何より先生自身だったわけだからそれもそうだろう。
「ね、竹之内くんはどっちが良いと思う?」
 決めあぐねていた美樹子は、そういって目の前にアクセサリーを広げてみせる。花をあしらったデザインのアクセサリーは、縁に七色の石を散りばめてあった。どうやら髪留めであるらしい。
「悪くない。こっちはなんだ?」
 そういって先生が手にしたのはイヤリングだ。戦国時代の人間にイヤリングがなんであるかなど分かるはずもなく、聞くのも当然かもしれない。女の子二人はそんなのも知らないの?といわんばかりに一瞬会話が止まるも、すぐに美樹子はそんなことを気にすることなく笑った。
「まー男の子だもんねぇ。あんまり興味ないの、知らなくて当然かぁ」
「うむ。俺の生まれた時にはこんなものはなかったからな」
 いけない。流石に話が突飛しすぎてきた。僕は先生にそれ以上はやめてもらいたいとお願いしたところで、小さく頷いた。二人にはこうした会話は興味がないと捉えられるような頷きに見えたようで、これ以上は深く追究してくることはなかった。
「まあ、いつの世も女子はこんなものか」
 しみじみと独り言を呟く彼に、二人はクエスチョンを浮かべながら互いの顔を見つめあう。もちろん、言った本人はそんなことはお構いなしだけれど、端から見ている僕は穴にでも入りたい気分だった。
「おなごって、竹之内くん昔の人みたいだね」
 よほどツボにはまってしまったのか美樹子は吹き出してしまっていた。まぁ、そう思うのは仕方ない。事実、僕自身もそう思ったくらいだ。時代が違えば意味は同じでも言い方、呼び方が違うことは当然なのだから、それを否定するつもりもないのだけれど。
「そんなにおかしいものか?」
「うん。だけど嫌いじゃないよ。今時の男の子じゃないかもだけど、良いと思うよ」
「ちょ、ミーコ。何言ってんの」
 美樹子との会話を聞いていた瀬名川が、ちょっと困ったように言った。僕自身にとっても、ナイスアシストと瀬名川を応援したところだ。なんというか、これ以上美樹子と話しているといずれボロが出てしまいそうな、そのように感じられて仕方ないのだ。
「それよりも、これ買うの? 買わないの?」
「あーごめん。別にそこまでは良いかな?」
 瀬名川の横槍で、美樹子は持っていたアクセサリーを棚に戻した。特に店内を見るつもりはないのか店を出る。どうやら、たまたま目に付いたアクセサリーを直に手に取って見てみたかっただけらしい。瀬名川も特別に何か買い求めるつもりはないようで美樹子に続いた。
 それからは、アーケードを散策して、適当に目の着いたショップに入っては冷やかすだけの時間が続いた。その間も、瀬名川と美樹子の会話はほとんど途切れることなく続いた。僕らは時折、振られたときにだけ二言三言答えるだけで精一杯だった。
 僕からしてみれば女子トークなど、ほとんど暗号の掛け合いに似たようなものだなと聞いていたけれど、先生はどういうわけか意外と二人の会話をしっかりと聞いており、振られた時もほとんど的確に答えていた。その都度、美樹子さんは面白おかしく笑っていたが。
 そうこうしている内に、時間は二時間近くが経過しようとしていた。先ほどまであれだけ降りしきっていた雨は、小止みになっている。アーケードの天井に叩きつけんばかりの大粒の雨も、小康状態になったようだった。
「もう少しすると雨も止みそうだ」
「なんで分かるの?」
 興味深そうに美樹子が問いかける。
「先ほどまで南よりの風に乗って雲が流れていた。だが、その雲ももう切れ目にきているだろう。南の空も雲がかかってはいるが明るい。だから雨が止むか、降っても弱い雨だな」
「へー、結構詳しいんだね!」
「経験でな。風も湿っぽさがなくなりつつあるから、恐らく止むだろう」
 もちろん、先生自身は気象予報士としての勉強なんてしたことがないから、経験というのは本当だろう。聞いていた善貴も、思わず納得のいく説明に、瀬名川はなんだか面白くなさそうにしている。
「どうした?」
「なんでも!」
 ふくれっ面に突然機嫌を損ねる彼女は、先生の問いに首を振った。
「良く分からん奴だ」
 くつくつと腕を組んで笑う先生に、瀬名川は怒りっぽく、なんで笑うのよ!、なんて声を張り上げる。アーケードに瀬名川の声が一際大きく聞こえたのか、周囲の通行人たちがこちらを注目し、その視線に恥ずかしくなったのか顔を赤くして俯いてしまった。
「もー最悪……」
 しゅんと畏まってしまう彼女の仕草に、傍で彼女を見つめる僕は思わずドキリとさせられる。本当に、今日の彼女は私服姿というのもあるけれど、全く違う一面を覗けているようでなんだか嬉しくて仕方ない。思わぬ雨宿りだったけれど、結果は良かったと思えるほどに。
「この後どうしようか?」
 美樹子の問いかけへの返事のように、ぐぅぅぅ、と大きく腹の虫が鳴った。大きな腹の虫の音で、二人にはもちろん聞こえてしまうほどで、もしかすると周囲の通行人たちにも聞こえたんではないかと心配になってしまうくらいだ。
「えーと竹之内くん、お腹減ってる?」
「うむ。実を言うと帰るつもりだったのだが、天気が急変したんでな」
「そっか。すごい雨だったもんねぇ……じゃあさ、マックかどこか行く?」
「え? なんでよミーコ」
「だって、竹之内くんお腹減ってるみたいだし」
 お互い何を言ってるのか分からないといった感じで、二人は正反対の表情でそういった。というよりも、勝手に瀬名川だけが慌てているといった感じなのだけれど。
「ありがたい申し出だが、実は所持金がない」
「そうなの?」
「うむ。先ほど買いたいものを買ったおかげで、もう底をつきそうなのだ」
「そっか。じゃあ、今日は私のおごりで良いよ」
「ほう。それはありがたい。ではお言葉に甘えて……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ竹之内! あんた、今日会った女の子からおごられようっていうの?」
「ミーコとやらがそう言っておるから、言葉に甘えるだけだ。悠里はどうするのだ?」
 悪びれた様子もなくあっけらかんと言った先生に、瀬名川はまさかそんな返答がくるとは思わなかったのか、返す言葉を無くした。
 いや、かく言う僕も同じで、まさか初めて会った、それも瀬名川の友人だという女の子からの施しを、何の苦もなく受けるというのは戸惑いもあるはずだ。なのに、先生はそんなのどこ吹く風で、彼らしいといえばまさにそうなのだけど……。
 それにしても、よほどお腹が減っているのだろうか。先ほども、団子屋に後ろ髪引かれる様子で何度か振り返っていたくらいだし……。なんだか、そうまでしてお腹が減っていたのなら、なんだか悪いことしてしまったような気になるのはなぜだろう。意識はあるけれど、感覚がない今の状態ではそれも分からない。
「じゃあいこっか」
「かたじけないの」
「……かたじけないっ!」
 もはや慣れたのか、ぷっと吹き出した美樹子の様子を特に気にすることなく、先生は美樹子に半歩遅れて近くのファーストフード店へと向かい始めた。乗り気じゃない瀬名川も、仕方なしに僕らの後をついてきた。今は瀬名川の気持ちが痛いくらいに良く分かる。




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