絶望の サイキック

福部誌是

戦闘訓練

名古屋市内にある使われていないビル。

両側をアスファルトの壁が覆っており、背後には大きな建物が並んでいる。

つまりその建物は道の最終地点で、その建物から先へは進めないようになっている。

薄暗い路地を抜けた先にあるその建物の地下に『アルドアージュ』のアジトが存在している。


ようやくアジトまでの道を覚え、更には名古屋をマップを見ずに歩けるようになってきたテルヤはアジトの地下にある一室の隅で疲労した身体を休めていた。


組織のリーダーが出張してから数日が経った。最初にその事を聞いた時は驚いた。急にリーダーが組織を離れた事を聞いて、その代理を須棟さんが務める事になったらしいのだ。

出張の理由は聞かされず、メンバーの間で色々と話題になり、組織内の雰囲気に動揺が走った。

リーダー(桃李)の出張にリンゴも着いて行ったらしい。


更に、紅輝の入院(本人は元気だが)にも驚愕した。なんでも普通の病院だが、医者として働いている能力者がいるらしい。

その医者曰く数日で治る怪我らしいので、さほど心配はしていないが、いつも隣に居た紅輝が居なくなったことに最初は違和感を感じていた。


色々とあった数日を経てテルヤはやっと皆に仲間として認められたらしい。

(信頼されているっていう感じはないけど⋯⋯)

それでも、数人からの信頼は獲得出来たんだと思うし、またその人たちも信頼している。


そして、歓菜に誘われてクルさんに戦闘の訓練を受けている。

クルさんは淡い緑色の髪を襟まで伸ばしている男性で、顎にうっすらと髭を生やしている。

年齢はおそらく20代だと思われる。


目の前では、まるでアクション映画のワンシーンのような攻防戦が繰り広げられている。


藍色のボブショートの髪型を揺らしながら、素早くパンチを打ち出す歓菜。

それを左手で逸らして反撃するクルさん。攻撃を避けて更に歓菜は蹴りを入れる、が、それを難なく受け止める。


同い歳に見えない彼女の動きに圧倒されながらも、それを捌くクルさん。

どちらもテルヤからしたら次元が違う。

数分前まではテルヤもクルさんに向かって攻撃を仕掛けていたが容易に反撃されて打ちのめされてしまった。

クルさんのアドバイスは「遅すぎる」の一言で終わった。

つまり、向いていないのだ。こういう戦闘は。

昔は憧れはしたが、テルヤは酷く運動音痴なのだ。昔から何をやっても駄目。


人より優れたところは何も無かった。

野球もサッカーも水泳も平均以下。

才能に恵まれなかった人間なのだ。

だから、クルさんに向かっていく自分は傍から見たら情けなかったと思う。

弱く脆い。


その点、ツカサや紅輝はこういうのに向いている気がする。


ツカサは昔から運動神経がよくて直ぐに経験者を追い抜いた。

きっと闘いに関してもその才能を発揮したはずだ。紅輝は言うまでもなく戦闘派だろうな。

(⋯⋯最初に会った時も闘っていたし)


目の前で闘っている歓菜は女の子なのにしっかり闘えている。

明るくて愛嬌のある少女。

普段の彼女からは連想できない程の集中力とその表情。

(必死だ。) 
強くなるのに必死なのだ


「はぁっ!」

活きのいい掛け声と共に強烈な強打が打ち込まれる⋯⋯かと思ったが、難なく阻止される。

クルさんの連続する反撃を全て紙一重で避けて歓菜は更に前に踏み込んで攻撃に移る。

繰り出された拳をクルさんの右手が逸らす。

横に弾かれた彼女は反撃されまいと、蹴りの動作に入る。

それを見切ったクルさんは自身の片脚を歓菜の足元へ捩じ込む事で抑制する。

「なっ!」

呆気に取られている間にクルさんの攻撃が決まる。腹に拳が打ち込まれる寸前で動きが止まる。


負けた事を認識して悔しそうな表情でなんとも言えない声を出す歓菜。


「まだ攻撃があまい。あと、フェイントとかを入れてもいいかもな」

と相変わらず愛嬌のない声でそう言うとクルさんは顔をテルヤの方へ向けた。

「次はお前だ」と顔が告げている。

(う、まじか)

「お、お願いします」

そう言ってクルさんの元へと駆け足で進む。

「頑張ってね」

敗北した少女は明るい笑顔でそう告げた。




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