Little Red Riding Hood

闇狐

四章「メルスケルク」『甘美なるチョコレート』

[メルスケルク中央通り]

「ごうがーい!ごうがいーい!メルスケルク四番通りの路地裏にて、一部が白骨化した変死体を発見!死因はナイフで心臓を一突き!被害者はまたしても薬物依存者の疑い!犯行の手口からすると犯人はジェフリー・ダーマーの可能性!」

「お、また変死体か。それも犯人はジェフリー」

「最近の世の中は物騒ねー」

「またジェフリーか。いい加減、捕まんねぇかなアイツ」

「おーい!その新聞、俺にもくれ!」

早朝の号外を配る新聞配達員に対し、蜷局を巻く民衆。
メルスケルクではお馴染みの光景だ。

「ジェフリー・ダーマー?」

「おや、お嬢ちゃん知らないのか。珍しいな。ジェフリー・ダーマーは此処、メルスケルクの街に今も尚潜伏していると考えられているお尋ね者でな。何にせ、麻薬の密売をしては、そのヤクを買った薬物使用者を殺害するおっかねぇ奴だ。お嬢ちゃんも気を付けな」

「ふん。私、そんなものには興味無いわ。麻薬なんて、自分の人生を没落させる一種の起爆剤よ。下らないわ」

「流石に強かだねぇ‥‥お嬢ちゃん。俺もその不屈の精神を見習いたい所だ」

「別に、貴方に感心される筋合いは無いわ」

「おぉ、おっかねぇ」

メルスケルク中央通り。
そこはスピルス国随一の繁華街であり、麻薬の密売が横行する裏の顔を持った場所でもある。
見渡す限りあちらこちらにアクセサリー店、飲食店、百貨店等が軒を連ねている。

「いらっしゃい」

腰の曲ったやけに頬に皺の多いお婆さんが接客を務めるアクセサリー店だ。

「このお嬢ちゃんに似合うアクセサリーが欲しいんだ」

「娘さんですか?  実に可愛らしい。そうですねぇ‥‥この林檎のピアス何かどうでしょうか?  ガラス製で光に当てるとキラキラ光って綺麗ですよ。もし良ければ試着も出来ますけど‥‥いかがなさいましょうか?」

「そうするわ」

目をキラキラと輝かせながらお婆さんにピアスを試着させて貰う赤ずきん。
ミントンからすると今までの冷たい態度がまるで嘘のようだと感じざるおえなかった。

両耳に一個ずつ、赤林檎のピアスを着けた赤ずきん。
今にでも飛び上がりそうなくらい嬉しそうだ。

「お似合いですよ」

お婆さんはニコリと微笑み赤ずきんの晴れ姿を賞賛した。

「おじさん、どう?  似合うかしら?!」

「ああ、とっても可愛いよ。まるで私の娘の様だ」

「娘って‥‥おじさん娘さんいたの?」

「ああ、十年前に不慮の事故で亡くなってしまったけどな‥‥」

「そう‥‥何かもの苦しい空気にしてしまって悪かったわね‥‥」

「いや、いいんだ。そんな事より気を取り直して元気に行こう!  婆さん、このピアスとそこの百合の髪飾りをくれ!」

「毎度あり。合計、3500※ピソカになります」
※1ピソカ=1円

「そ、そんな悪いわ。ピアスだけじゃなく髪飾りもだなんて‥‥」

「良いんだ、これは俺からのせめてもの感謝の気持ちだ。礼は要らないぜ。せっかくこの街に来たんだから、存分に楽しめ!」

「‥‥有り難う‥‥おじさん‥‥このピアスと髪飾り。大切にするわ」

仄かに微笑む赤ずきんに対し、ミントンは安堵したのか一息つきながら煉瓦造りの住宅の壁に凭れ掛かった。

「大丈夫?おじさん‥‥?」

「あ、ああ大丈夫だ。少し疲れちまったようでな。そうだ、お嬢ちゃん。俺、今からそこのキオスクに煙草を買いに行くけど、一緒に来るか?」

「‥‥外で待ってるわ」

「分かった。じゃあそこの銅像の前でまっててくれ。直ぐに行くから」

「了承したわ」

赤ずきんはそう承諾すると、キオスクの扉を開くミントンを見守りながら、『深緑に包まれる天使の凱旋』という名の銅像の前でしばしの間待ち続けた。
しかし、あれから15分以上が経過してもミントンがキオスクから出てくる事はなく、どうやら待ち惚けを食らったようだった。

「遅いわね‥‥」

少し心配になりキオスクのドアに手を掛けようとする赤ずきん。
するとその時。

トントン‥‥
たれかが赤ずきんの方を軽く叩いた。

「?」

赤ずきんが後を振り向くとそこには‥‥ホームレスの様なオンボロの服を着た青年が立っていた。

「よお、赤ずきん。いや‥‥ジャンヌ・ド・アークさん」

「!  ‥‥貴方‥‥誰?」

「おいおい、誰とはないだろ‥‥。御前の彼氏さんの、『ジェフリー・ダーマー』様だぜぇ!  忘れたのか?」

「ジェフリー‥‥ダーマー‥‥‥」

一瞬、赤ずきんの脳裏にあの時の情景がスクリーンの様に映し出された。

[「ごうがーい!ごうがいーい!メルスケルク四番通りの路地裏にて、一部が白骨化した変死体を発見!死因はナイフで心臓を一突き!被害者はまたしても薬物依存者の疑い!犯行の手口からすると犯人はジェフリー・ダーマーの可能性!」]

[「またジェフリーか。いい加減、捕まんねぇかなアイツ」]

[「ジェフリー・ダーマー?」]

[「おや、お嬢ちゃん知らないのか。珍しいな。ジェフリー・ダーマーは此処、メルスケルクの街に今も尚潜伏していると考えられているお尋ね者でな。何にせ、麻薬の密売をしては、そのヤクを買った薬物使用者を殺害するおっかねぇ奴だ。お嬢ちゃんも気を付けな」]

「貴方‥‥巷で有名になってる‥‥」

「フフ‥‥御名答だ。」

「やっぱり。哀れなものよね、この国は。まるでガバナンスが貧弱で、いつ何処で貴方の様なモラルに欠けた人が現れてもおかしくないんだもの」

「結構。俺にとっては褒め言葉に過ぎない。そうだ、此処で話すのも何だから、路地裏に行かないか?  この繁華街のね」

「‥‥そうやって人を誘い込んで殺害するんでしょ。貴方の『殺り方』は全て御見通しよ。精々、世間の人気者になり過ぎた事を後悔するのね。んじゃ、またね」

ジェフリーに背を向け立ち去る赤ずきん。
それをまじまじと見るジェフリー。
彼が少年時代から抱き続けていた恋心は、彼女の冷たい言動によりことごとくズタボロに切り裂かれた。

「ぐぬぬ…!  小癪な‥‥!  俺はこんなに御前を愛してると言うのに‥‥!」

そうブツブツと呟いている間にも赤ずきんとの距離はどんどん離れていくばかり。
ジェフリーの恋心は束の間に怒りへと変わり、赤ずきんを殺意の籠った目で見るようになった。

「なあ!」

強引に赤ずきんの方を引き寄せるジェフリー。
その眼は見るからに血走っており、無数の憎悪が渦巻いていた。

「何よ。貴方と関わる気は無いわ」

「これ、チョコレートだ。俺からの愛の贈り物。良かったら食べてくれ」

そう言うとジェフリーは赤ずきんに対し『チョコレート』が入った小袋を渡した。

「貴方からの愛の贈り物? そんなもの、要らないわ」

赤ずきんはジェフリーの手を振りほどき、またすたすたと歩き始めた。

「おい!」

「何よ。しつこ‥‥!」

赤ずきんの喉仏にバタフライナイフを突き付けるジェフリー。
その態度は明らかに先程のものとは違った。

「ちょっとこっちに来てもらうぞ‥‥」

ジェフリーは赤ずきんの目と口を塞ぎ、暗い路地裏へと引き摺りこんだ。

「さあ食え!  口を開けろ!  開けろって言ってんだろ!!」

無理にでもチョコレートを赤ずきんに食べさせようとするジェフリー。
その行動には一体何が隠されていると言うのだろうか。

「嫌よ!  離して!!  離しなさい!!」

激しくもがいて再びジェフリーの腕を振りほどく赤ずきん。
瞬時に腰に身に付けているナイフポーチに手を突っ込むと、そこから出した小型の投げナイフの柄を握り締め、ジェフリーの鳩尾を物凄い勢いで殴り付けた。

「カハッ!?」

「これで懲りたかしら?  悪いけど私に恋人は居ないし、況してや貴方の様な捏ち上げ野郎は一生童貞のままがお似合いよ」

「ハーヒィー‥‥ハーヒィー‥‥ハーヒィー‥‥」

ジェフリーは一時的に過呼吸状態となり、その後失神した。

「居たぞ!ジェフリー・ダーマーだ捕まえろ!!」

繁華街の深淵となる路地裏に、続々と警官が押し掛ける。
その様子はあまりにも滑稽で、赤ずきんは堪えきれず嘲笑った。

「ああ、大丈夫でしたかお嬢さん。先程、中央通りの『天使の凱旋像』の前で指名手配中のジェフリー・ダーマーらしき人物を見掛けたと言う通報がありまして、早速我々が駆け付けてみると‥‥これは?」

「鼠に脳髄でも齧られたんじゃないの?  私は何も知らないわ」

赤ずきんらしからぬジョークが飛び出した。

「アッハッハ!それは結構。犯人の身柄確保貢献して下さり、誠に有り難うございました!  懸賞金は後程‥‥」

「要らないわ」

「えっ?」

「私、おじさんと買い物中だから‥‥じゃあまた」

「は、はぁ‥‥」

呆然とする警官を尻目に赤ずきんは暗闇に閉ざされた路地裏を後にした。

路地裏を抜けると、ある方向から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「お嬢ちゃーん!何処行ったんだー!お嬢ちゃーん!」

「意外とあのおじさん良いとこあるのね」‥‥と、心に思う赤ずきんであった。

「おじさーん!私は此処よー!」

これから先、一体どれ程の苦難が彼等を待ち受けているだろうか。
それは貴方がこの本を手に取った時に初めて知り得る事だろう。

それではまた、新しいページに文字を記すとしよう‥‥

四章「メルスケルク」『甘美なるチョコレート』

『Little Red Riding Hood』

【完】

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【キャラクターズメモ】

ジェフリー・ダーマー

・23歳

・身長170cm

・痩せ型

・麻薬の密売人

・17歳の時までサリオスの村に住んでいたが、親の仕事の都合上でメルスケルクへ移住した。
※その後両親は病気で他界し、独り身となり、一時期ホームレスとして路頭に迷うが、ある時、麻薬と出会い、密売人として生計を立てるようになった。そして今日、街で偶然赤ずきんを見掛け、再びストーキング&麻薬が混じったチョコレートを差し出し、魔の道へと誘い込もうとした。

・メルスケルク郊外に在住

・武器はバタフライナイフ

・ミントンの林檎畑に死体を遺棄した犯人。
その後死体は林檎の樹の下に埋めた。
※死体をそこに遺棄した理由は、昔食べた林檎(サリオス産)を思い出し、郷愁に誘われたから。

・14歳の少年期の時にサリオスの村でお婆さんの見舞いに行く赤ずきんを見掛け、一目惚れし、それ以来ストーキングをするようになった。

・ターゲットは主に女性で、薬物依存症の症状が見受けられたところで殺害する。

・愉快犯

・メルスケルクでは有名なお尋ね者。頻繁にメディアに取り上げられる。

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