Little Red Riding Hood
四章「メルスケルク」『回想』
これは彼女の幼少期の話。
街外れの鬱蒼とした森が広がる中に、とある一軒家が建っていた。
赤ずきん、母、父と言った三人家族がそれはそれは幸せに暮らしていた。
とある日、赤ずきんは母親に病気のお婆さんの見舞いを頼まれた。
「ジャンヌ、このバスケットの中には、葡萄酒、バゲット、林檎、斧が入っています。斧はもし、狼に出会した時に護身用として使いなさい。分かりましたか?」
「‥‥はい」
「サリオスの村までは徒歩で約20分程度。しっかりと気を引き締めて行くのですよ?」
「‥‥はい」
「どうしたのですかジャンヌ?  そんな項垂れて」
「いや、何か胸騒ぎがするのよ。何かこう‥‥悪い予感がして‥‥」
「そんな縁起でもない事言うのではありません。もう直ぐ夕暮れ。さ、行きなさい。」
「はい‥‥お母さん‥‥」
そう母親に諭され、赤ずきんは項垂れた様子のまま鉄製の冷たいドアノブを手に掛けた。
ガチャッ
今日(こんにち)は晴天ながらも風が強く、赤ずきんはフードが飛ばされないように軽く項(うなじ)の辺りを抑えながら重い足取りでお婆さんの家を目指した。
強風につき、赤ずきんを取り巻く草木が揺れ、ざわめきだす。
ふと、赤ずきんは空を見上げるや否や、俄に雲行きが怪しくなっていく事に気付き、そそくさと足取りが速くなった。
林道を抜け、石橋を渡り、暫し単調なる道のりを歩き続けると、また林道に入る入口の一歩手前の所に鈴蘭が密集して生えている花畑があった。
「鈴蘭‥‥丁度良いわ。此処で幾つか摘み取ってお婆さんにプレゼントしましょう。きっとお婆さんも喜ぶ筈!」
そう口に出すと赤ずきんはせっせと純白に輝く鈴蘭を一本ずつ丁寧に摘み取り、バスケットの隅にそっと仕舞い込んだ。
「‥‥雨が降りそうね。急がないとお婆さんの家に着く前にずぶ濡れになってしまうわ」
そして赤ずきんは再び歩み始めた。
再度林道の入口に足を踏み入ると、赤ずきんは時より小走りになったり、倒木に座り休憩したりと、生まれながらの怠慢さが見え隠れした。
「この林道さえ抜けてしまえばお婆さんの家はもう目前。行きましょ」
林道の出口付近。徐々にお婆さんが住むログハウスのテラスの一部が見えてきた。
林道を抜けると赤ずきんは今まで自分を縛り付けていた重い足枷から解放されたかの如く一目散にお婆さんの家の玄関に駆け足で走って行った。
「お婆さん私よ!ジャンヌ、ジャンヌ・ド・アークよ!今日はお婆さんのお見舞いに来たの。だから開けて!!」
赤ずきんがそう言うと、扉の奥から微かながらも足音が聞こえてきた。
キィー…‥
「あらまあ、いらっしゃい赤ずきん。こんな老耄れの為に態々お見舞いに来てくれるなんて‥‥。何て優しい子なのかしら。」
赤ずきんを出迎えると同時に、お婆さんの目からは感激のあまりポロポロと涙が流れだした。
「ハグさせておくれ」
そう言うとお婆さんは大粒の涙を零しながら赤ずきんの小さな体を優しく抱き締めた。
「ムゥ‥‥苦しいわお婆さん。それに、あまり近づくと私にも風邪が移ってしまうわ」
「おお、それは悪かったね。」
赤ずきんの単刀直入な言い方にお婆さんは少し困惑した。
「お婆さんは今風邪を引いてるんだから、ベッドに横になって安静にしててね」
「おおそうかいそうかい。悪いねぇ‥‥赤ずきん」
そう促されるとお婆さんは自室のベッドに横になり、赤ずきんはその横にある丸椅子に腰掛けた。
「道端で拾った鈴蘭‥‥この花瓶に挿しとくわね」
赤ずきんはバスケットから束になっている鈴蘭を取り出すと、円卓の中央に置いてあるガラス製の群青色の花瓶に数本、鈴蘭を挿した。
「懐かしいわねぇ‥‥。私が初めて(亡くなった)お爺さんに頂いた花も鈴蘭だったのよ。ブーケ一杯に、それもとても綺麗だったわ」
黄昏ては感傷に浸るお婆さん。
それを尻目に赤ずきんは円卓上にバスケットの中身を丁寧に並べた。
「葡萄酒にバゲット。そして取り立ての林檎‥‥お婆さん此処に置いておくわね」
「ありがとねぇ‥‥赤ずきん。お婆さんとても嬉しいわ」
「うん。早く風邪が治ると良いわね」
ゴロゴロゴロ‥‥
窓の外から屋内に渡り雷鳴が響き渡る。
「あっ、遂に降ってきたか」
「おかしいわねぇ‥‥さっきまで晴れていたのに。今日は何だか変な天気ね」
「お婆さん、私もう行かなきゃ。既に外は真っ暗だし、それに、家ではお母さんとお父さんが待ってるわ」
「そうかいそうかい。赤ずきんや、今日は本当に有り難うねぇ‥‥雨に濡れたりして風邪を引かないように気を付けるんだよ。それと‥‥狼にもね‥‥」
「御心配どうも、お婆さん。じゃあまたね」
赤ずきんがニコッと微笑みながら手を振ってお婆さんに別れを告げると、お婆さんも優しく手を振って赤ずきんを見送った。
お婆さんの家を出ると、赤ずきんは急ピッチで父母が居る家へと向かった。
「(しかしあの胸騒ぎは一体何だったのかしら‥‥)」
‥‥父母の家。それは静寂に包まれながらも赤ずきんを冷たい眼差しで見詰めている。
「‥‥ドアが開いてるわ。お客さんでも来てるのかしら」
しかし、ドアの隙間から見る限り、部屋の中は真っ暗で、全体を見通す事は出来ない。
キィーッ‥‥‥
「お父さん?お母さん?帰ったわよ」
しかし、暗闇に包まれた部屋からは何の返事もない。
「‥‥‥」
赤ずきんは手持ちのランプに火を付けると、喫驚してその場で腰を抜かした。
「グルルルル‥‥‥」
赤ずきんの視界に飛び込んできたのは‥‥何と三匹の腹を空かせた狼であった。
「!?」
そしてその横には、今にでも零れ落ちそうな腸(はらわた)を必死に押さえてる父母の姿が‥‥
「ジャンヌ逃げろ‥‥!お父さんとお母さんはの事はいいから‥‥とにかく逃げるんだ‥‥!!」
「駄目よジャンヌ‥‥!  こっちに来たら貴女も狼の餌に‥‥!  逃げなさい、逃げなさいジャンヌ‥‥!!」
「お父さん‥‥お母さん‥‥嫌‥‥いやあああああああああああ!!!」
するとその悲鳴に気付いたのか、三匹の内の一匹の狼が赤ずきん目掛けて飛び掛ってきた。
「こ、来ないでっ!」
赤ずきんは腰を抜かした状態で全身を震わせながらも後に後退しつつ、恐怖で腕から滑り落ちたバスケットに手を突っ込み、中から出てきた手斧を狼目掛けて投げ放った。
「ギャンッ!!」
赤ずきんが放った手斧は見事狼の脳天に命中し、狼はその場で倒れ込み絶命した。
狼の頭部からは脳髄が剥き出しになり、赤ずきんは全身に返り血を浴びた。
「あああああ‥‥‥」
少しの間混乱が止まなかった。
一体何が起こったのか、赤ずきんは一瞬混乱の余り自我を失いかけた。
その間にも雨は降り続け、夜月は赤ずきんを照らし、地面は血に染まる。
赤ずきんは震えながらも立ち上がると、父母が待っているであろう家のノブに再び手を掛けた。
「お父さん‥‥?お母さん‥‥?」
「ガルル‥‥グワァ!!!」
「キャア!?」
赤ずきんが半開きになったドアを開けると同時に、すれ違いざまに二匹の狼が口の周りと牙全体を真っ赤に染めて森の方へ帰って行った。
戦慄の瞬間であった。
室内は相変わらず暗闇に閉ざされ、イマイチ状況が読み込めない。
「そ、そうだわ。確かランプが有った筈‥‥あれっ‥‥無い、無いわ‥‥!?」
どうやら先程の狼の遭遇で落としてしまったようだった。
赤ずきんは後ろを振り返り、狼の死骸が横たわる近辺を手探りで探すと‥‥
「あ、有った!」
落とした衝撃で少しばかり亀裂が入ってしまったが、先程灯した小さい炎が辛うじで消えずにフワフワと揺らめき続いていた。
「今度こそ‥‥」
ランプの炎が部屋の隅をぼんやりと照らしだす。
その光の先に映し出されたものは‥‥父母の無残にも全身を喰いちぎられた惨たらしい死体とその近辺に散らばった骨であった。
「そんな‥‥」
赤ずきんはあまりものショックにランプを手から離し、その場に崩れ落ちた。
「そんな‥‥嘘よ‥‥こんな‥‥」
絶望に明け暮れる赤ずきん。
その後、赤ずきんは母方のお婆さんに保護され、この節目の日から二人暮しをすることになった。
【続く】
街外れの鬱蒼とした森が広がる中に、とある一軒家が建っていた。
赤ずきん、母、父と言った三人家族がそれはそれは幸せに暮らしていた。
とある日、赤ずきんは母親に病気のお婆さんの見舞いを頼まれた。
「ジャンヌ、このバスケットの中には、葡萄酒、バゲット、林檎、斧が入っています。斧はもし、狼に出会した時に護身用として使いなさい。分かりましたか?」
「‥‥はい」
「サリオスの村までは徒歩で約20分程度。しっかりと気を引き締めて行くのですよ?」
「‥‥はい」
「どうしたのですかジャンヌ?  そんな項垂れて」
「いや、何か胸騒ぎがするのよ。何かこう‥‥悪い予感がして‥‥」
「そんな縁起でもない事言うのではありません。もう直ぐ夕暮れ。さ、行きなさい。」
「はい‥‥お母さん‥‥」
そう母親に諭され、赤ずきんは項垂れた様子のまま鉄製の冷たいドアノブを手に掛けた。
ガチャッ
今日(こんにち)は晴天ながらも風が強く、赤ずきんはフードが飛ばされないように軽く項(うなじ)の辺りを抑えながら重い足取りでお婆さんの家を目指した。
強風につき、赤ずきんを取り巻く草木が揺れ、ざわめきだす。
ふと、赤ずきんは空を見上げるや否や、俄に雲行きが怪しくなっていく事に気付き、そそくさと足取りが速くなった。
林道を抜け、石橋を渡り、暫し単調なる道のりを歩き続けると、また林道に入る入口の一歩手前の所に鈴蘭が密集して生えている花畑があった。
「鈴蘭‥‥丁度良いわ。此処で幾つか摘み取ってお婆さんにプレゼントしましょう。きっとお婆さんも喜ぶ筈!」
そう口に出すと赤ずきんはせっせと純白に輝く鈴蘭を一本ずつ丁寧に摘み取り、バスケットの隅にそっと仕舞い込んだ。
「‥‥雨が降りそうね。急がないとお婆さんの家に着く前にずぶ濡れになってしまうわ」
そして赤ずきんは再び歩み始めた。
再度林道の入口に足を踏み入ると、赤ずきんは時より小走りになったり、倒木に座り休憩したりと、生まれながらの怠慢さが見え隠れした。
「この林道さえ抜けてしまえばお婆さんの家はもう目前。行きましょ」
林道の出口付近。徐々にお婆さんが住むログハウスのテラスの一部が見えてきた。
林道を抜けると赤ずきんは今まで自分を縛り付けていた重い足枷から解放されたかの如く一目散にお婆さんの家の玄関に駆け足で走って行った。
「お婆さん私よ!ジャンヌ、ジャンヌ・ド・アークよ!今日はお婆さんのお見舞いに来たの。だから開けて!!」
赤ずきんがそう言うと、扉の奥から微かながらも足音が聞こえてきた。
キィー…‥
「あらまあ、いらっしゃい赤ずきん。こんな老耄れの為に態々お見舞いに来てくれるなんて‥‥。何て優しい子なのかしら。」
赤ずきんを出迎えると同時に、お婆さんの目からは感激のあまりポロポロと涙が流れだした。
「ハグさせておくれ」
そう言うとお婆さんは大粒の涙を零しながら赤ずきんの小さな体を優しく抱き締めた。
「ムゥ‥‥苦しいわお婆さん。それに、あまり近づくと私にも風邪が移ってしまうわ」
「おお、それは悪かったね。」
赤ずきんの単刀直入な言い方にお婆さんは少し困惑した。
「お婆さんは今風邪を引いてるんだから、ベッドに横になって安静にしててね」
「おおそうかいそうかい。悪いねぇ‥‥赤ずきん」
そう促されるとお婆さんは自室のベッドに横になり、赤ずきんはその横にある丸椅子に腰掛けた。
「道端で拾った鈴蘭‥‥この花瓶に挿しとくわね」
赤ずきんはバスケットから束になっている鈴蘭を取り出すと、円卓の中央に置いてあるガラス製の群青色の花瓶に数本、鈴蘭を挿した。
「懐かしいわねぇ‥‥。私が初めて(亡くなった)お爺さんに頂いた花も鈴蘭だったのよ。ブーケ一杯に、それもとても綺麗だったわ」
黄昏ては感傷に浸るお婆さん。
それを尻目に赤ずきんは円卓上にバスケットの中身を丁寧に並べた。
「葡萄酒にバゲット。そして取り立ての林檎‥‥お婆さん此処に置いておくわね」
「ありがとねぇ‥‥赤ずきん。お婆さんとても嬉しいわ」
「うん。早く風邪が治ると良いわね」
ゴロゴロゴロ‥‥
窓の外から屋内に渡り雷鳴が響き渡る。
「あっ、遂に降ってきたか」
「おかしいわねぇ‥‥さっきまで晴れていたのに。今日は何だか変な天気ね」
「お婆さん、私もう行かなきゃ。既に外は真っ暗だし、それに、家ではお母さんとお父さんが待ってるわ」
「そうかいそうかい。赤ずきんや、今日は本当に有り難うねぇ‥‥雨に濡れたりして風邪を引かないように気を付けるんだよ。それと‥‥狼にもね‥‥」
「御心配どうも、お婆さん。じゃあまたね」
赤ずきんがニコッと微笑みながら手を振ってお婆さんに別れを告げると、お婆さんも優しく手を振って赤ずきんを見送った。
お婆さんの家を出ると、赤ずきんは急ピッチで父母が居る家へと向かった。
「(しかしあの胸騒ぎは一体何だったのかしら‥‥)」
‥‥父母の家。それは静寂に包まれながらも赤ずきんを冷たい眼差しで見詰めている。
「‥‥ドアが開いてるわ。お客さんでも来てるのかしら」
しかし、ドアの隙間から見る限り、部屋の中は真っ暗で、全体を見通す事は出来ない。
キィーッ‥‥‥
「お父さん?お母さん?帰ったわよ」
しかし、暗闇に包まれた部屋からは何の返事もない。
「‥‥‥」
赤ずきんは手持ちのランプに火を付けると、喫驚してその場で腰を抜かした。
「グルルルル‥‥‥」
赤ずきんの視界に飛び込んできたのは‥‥何と三匹の腹を空かせた狼であった。
「!?」
そしてその横には、今にでも零れ落ちそうな腸(はらわた)を必死に押さえてる父母の姿が‥‥
「ジャンヌ逃げろ‥‥!お父さんとお母さんはの事はいいから‥‥とにかく逃げるんだ‥‥!!」
「駄目よジャンヌ‥‥!  こっちに来たら貴女も狼の餌に‥‥!  逃げなさい、逃げなさいジャンヌ‥‥!!」
「お父さん‥‥お母さん‥‥嫌‥‥いやあああああああああああ!!!」
するとその悲鳴に気付いたのか、三匹の内の一匹の狼が赤ずきん目掛けて飛び掛ってきた。
「こ、来ないでっ!」
赤ずきんは腰を抜かした状態で全身を震わせながらも後に後退しつつ、恐怖で腕から滑り落ちたバスケットに手を突っ込み、中から出てきた手斧を狼目掛けて投げ放った。
「ギャンッ!!」
赤ずきんが放った手斧は見事狼の脳天に命中し、狼はその場で倒れ込み絶命した。
狼の頭部からは脳髄が剥き出しになり、赤ずきんは全身に返り血を浴びた。
「あああああ‥‥‥」
少しの間混乱が止まなかった。
一体何が起こったのか、赤ずきんは一瞬混乱の余り自我を失いかけた。
その間にも雨は降り続け、夜月は赤ずきんを照らし、地面は血に染まる。
赤ずきんは震えながらも立ち上がると、父母が待っているであろう家のノブに再び手を掛けた。
「お父さん‥‥?お母さん‥‥?」
「ガルル‥‥グワァ!!!」
「キャア!?」
赤ずきんが半開きになったドアを開けると同時に、すれ違いざまに二匹の狼が口の周りと牙全体を真っ赤に染めて森の方へ帰って行った。
戦慄の瞬間であった。
室内は相変わらず暗闇に閉ざされ、イマイチ状況が読み込めない。
「そ、そうだわ。確かランプが有った筈‥‥あれっ‥‥無い、無いわ‥‥!?」
どうやら先程の狼の遭遇で落としてしまったようだった。
赤ずきんは後ろを振り返り、狼の死骸が横たわる近辺を手探りで探すと‥‥
「あ、有った!」
落とした衝撃で少しばかり亀裂が入ってしまったが、先程灯した小さい炎が辛うじで消えずにフワフワと揺らめき続いていた。
「今度こそ‥‥」
ランプの炎が部屋の隅をぼんやりと照らしだす。
その光の先に映し出されたものは‥‥父母の無残にも全身を喰いちぎられた惨たらしい死体とその近辺に散らばった骨であった。
「そんな‥‥」
赤ずきんはあまりものショックにランプを手から離し、その場に崩れ落ちた。
「そんな‥‥嘘よ‥‥こんな‥‥」
絶望に明け暮れる赤ずきん。
その後、赤ずきんは母方のお婆さんに保護され、この節目の日から二人暮しをすることになった。
【続く】
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