虫のこえ

マウンテン斎藤

第7話 -糸-




蜘蛛は糸を自在に操り、網を作る。それは自分が住む家として、餌を集める罠として、時には敵を感知するセンサーとして使われる。糸は鋼鉄のように硬くしなやかで、雨粒が落ちても千切れることはない。ハイユー達が飛び入ったそこは、蜘蛛の国であった。雪の結晶のように編まれた糸がそこかしこに偏在し、枝と枝の間には糸が橋のように紡がれていた。そして至る所で獲物を待つ黒い影がひっそりと目を光らせている。トザンカが落ちたのは木の根元に敷かれた網の上だった。


ポツリ…と一滴、トザンカの額に雨粒が当たり、目が覚める。

「ん…んぅ…?ここは…?」

トザンカが朦朧とした意識の中、目を擦りながら辺りを見回すと、そこは草むらに囲まれた蜘蛛の巣の中だった。よく目を凝らすと、周りの草の隙間には蜘蛛の卵が糸に包まれて、ビッシリと敷き詰められている。

「あはは…これは、なんだかマズそうだなぁ。」

トザンカの周りには孵化した子蜘蛛の餌となるであろう死体が敷き詰められており、卵の周りには世話をする親蜘蛛の姿が複数見える。幸いにもトザンカは死体に紛れ、注意は寄せていないが、少しでも動けば襲われるかもしれない。そんな危惧をトザンカがしているとも知らず、ハイユーは空から勢いよく降ってきた。


「大丈夫かぁあ!トザンカァ!」

ズシンっと網を揺らし、スタントマンのごとく降りてきたハイユーはトザンカの無事を確認する。その姿は俳優さながら、見事にキマっていた。キマッていたが…

「やぁハイユー。助けに来てくれてありがとう。でも、今大丈夫じゃ無くなっちゃったよ。」

トザンカは恐る恐る、卵の方へと振り返る。ハイユーは何のことか分からず首をかしげる。

「あぁ、これは本当にマズイ事になった…」

トザンカが向ける視線の先から、親蜘蛛達が糸を伝い、這い寄って来ていた。その目は赤くギラギラと光り、怒り猛る戦士のようだった。ハイユーはようやくその危険を察知し咄嗟に、逃げるぞ!とトザンカを足で掴み羽ばたこうとするが、親蜘蛛達の方が一瞬早く、尻から発射された糸が体に巻きつき網の上に叩き落とされた。


「クソっ…やべぇ…また捕まっちまった…」

ハイユー達は身体を糸でグルグルに巻かれ、身動きができない状態にされた。親蜘蛛達は卵の元へ帰っていく。

「オイラたち…このまま餌にされちゃうのかなぁ…」

トザンカが不安な目でハイユーを見つめる。ハイユーは自分の失態のせいでまたもトザンカを危険な目に合わせてしまっていることに落ち込む。するとその目の前に、巨大な蜘蛛がクスクスと笑いながら糸を伝い降りて来た。


「くふふふ。やぁ。甲虫くん。またあったねェ。それにしても、どうしたんだいそんな顔をして。具合でも悪いのかい?それとも何か嫌なことでもあったかい?」


蜘蛛はニヤニヤとし、ハイユーの顔を覗き込む。ハイユーは蜘蛛を睨みつけ、黙り込む。

「ん?またアンタは私の質問に答えないのかい?はぁ…ほんと嫌いだよ。嫌い嫌い。あぁ嫌いだよ。甲虫は嫌いだ。硬くて嫌いだ。スカした感じが嫌いだ。飛び跳ねて嫌いだ。ツノがアレに見えて嫌いだ。黒くてデカくて嫌いだ。」

蜘蛛は眼をギョロギョロと動かし、糸を尻から出して足でグルグルに丸めてボール状にする。それをトザンカに投げつけ、惚けた顔で言う。

「でもアリンコぉ…。アンタは好きだよぉ。踏めば潰れるし、小さくてか弱いし、何より健気だ。威張った感じがない。それに、食べるのも楽ちんだ。」

トザンカの顔は引きつり、先ほどまでの蜘蛛とは比べ物にならない程異様なオーラを放つその蜘蛛に怯えていた。

「き、君はオイラ達を食うのか…?」

「ん?あぁ、もちろん食うさ。だが今はまだその時じゃない。アンタらの魂が一番美味しくなる時まで、この餌場で居てもらうよ。上じゃ他のやつらに奪われちゃうからねぇ。しかし、アリンコがここに落ちてくれたのは私もラッキーだったよ。それにそこの甲虫も随分なマヌケだったねぇ。お陰で運ぶ手間が省けたよ。」

「…初めから、俺たちを狙っていたのか?」

ハイユーが口を開き、蜘蛛に言い寄る。

「あぁ。アンタらがここに来るのは全部わかっていたよ。私は蜘蛛の王だからねェ。全部見えるんだよ。この8個の眼で。あんたらがどこにいようと、森に散らばった私の子蜘蛛の視界があんた達を捉える。言わば私は森全体に巨大な網を貼ってるんだよ。ネットワークってやつさ。」

蜘蛛は脚を大きく広げ、黄色と黒の縞模様が波打つように動く。

「そんなことが…」

トザンカの声が震える。

「出来るんだよねェ、蘇者の魂を食えば。我々蘇者は魂を食えばその身に異様な力を宿す。でも、食えば食うだけ、その欲求は増していくのよ。そして魂の形も変わっていく。だから私は最小限で最大の力を得るために、満月の夜にアナタ達を食う。蛙みたいなバカな真似はしないわ。」


ハイユー達は蜘蛛の話すことが信じられなかった。何もかもが現実離れしていて、自分たちの存在以上に嘘のような話に聞こえた。

「蛙ってのは、なんだ?」

ハイユーが疑問を口に出すと、蜘蛛はニヤリと笑って答える。


「あらあら、そういえば貴方達知らなかったわね。蛙も蘇者の魂を食べるのよ。アイツは時を選ばずだけど。そして今夜、蛙は貴方達の友達の蝉の魂も食べたわ。」


蜘蛛はハイユー達の驚愕する顔を見て、恍惚の表情を浮かべた。

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