虫のこえ

マウンテン斎藤

第5話 -罠-




「この森を抜ければシキシャの縄張りだ!」


シキシャの不在に気づき、彼の縄張りである大樹に向かっていたハイユー達は森の中を全速力で飛んでいた。ハイユーはツノにトザンカを乗せながら、木々の枝の間をすり抜け、落ちる葉っぱを避ける。トザンカは振り落とされないように必死にツノにしがみついている。あと少しで森を抜け、大樹に着く。するとトザンカが前方に迫る異変に気づき、大声をあげた。

「ハイユー!前!危ない!」

その瞬間、ハイユーの身体は透明な網に衝突した。猛スピードで飛んでいたその勢いで、一瞬それを突き破りそうになるが、網は強固で破れずハイユーの身体をグイッと引き戻した。トザンカはその反動でツノから投げ飛ばされ、宙に弧を描き落ちて行く。

「ぐっ…っ!トザンカァぁぁ!」

ハイユーが叫び、落ちて行くトザンカを助けようとするが、羽がその網に絡みつき、身動きができない。くそっ、くそっ!と必死に足掻く度、幾千も張り巡らされた糸がその足に余計に絡まっていく。ハイユーは木の枝の間に仕掛けられた巨大な罠に嵌ってしまった。そして、トザンカの姿も見えなくなった。何度も叫ぶが返事は聞こえて来ない。


「そんな…」


絡みついた糸は固く、接着剤のように身体にへばりつく。辺りを見回せば無数の蜘蛛の巣があり、黒い影が、かかった獲物を捕食する姿が見える。ここは蜘蛛の縄張りだったようだ。ハイユーはもうどうすることもできず、恐怖で身体が震える。


あぁ、俺はこのまま、この罠の主に食われるのか…。

トザンカは、死んでしまっただろうか…。

くそっ、こんなとこで…。シキシャ…ごめん…。




ハイユーが捕らえられ、絶望するその目の前に、巨大な蜘蛛がスルスルと糸にぶら下がりながら現れた。蜘蛛は8個の眼をハイユーに向け、8本の脚を宙に浮かせている。そして唐突に喋り始めた。


「おやおや、どうしたんだいそんなに顔を青くして。具合でも悪いかい?それとも何か嫌な事でもあったかい?」

蜘蛛は戯けたようにハイユーを覗き込む。黄色と黒の縞模様のそれは不気味なオーラを放っていた。ハイユーは喋り始めた蜘蛛に一瞬驚いたが、気を取り直し、冷静を装う。

「っ…お前も…蘇者か。俺をどうするつもりだ?」

ハイユーがそう聞くと、蜘蛛は突然奇声をあげた。

「あぁ、あぁ、ぁあああっ!…アンタぁ。私の嫌いなタイプだよ。俺をどうするつもりだ?だってェ?…それは後で私がどうにだってできる!そんなことより先に私の質問に答えるべきだろう。具合でも悪いかい?それとも…何か"嫌な事"でもあったかいィ?」

蜘蛛は脚をカサカサと震わせ、苛立ちで声が荒ぶっている。

「う、あぁ、すまない。俺が悪い。答えるから落ち着いてくれ。具合は見ての通り良くない。身体が糸で絡まって身動きができない。そして、今しがた友人とはぐれた。今すぐにでも助けに行きたい。」

蜘蛛はそれを聞くと、一瞬ハイユーに目の焦点を集中させたあと、辺りを見回すようにギョロギョロと8個ある眼を動かした。時折、クルクルと身体を回しピタッと止まるのを繰り返す。そうして暫くした後、眼が下方の一点を向いた。


「蟻なら下の私の巣にいる。気絶しているようだが、生きている。」

「本当か!?」

「本当かどうかは、自分の目で確かめればいい。」

蜘蛛はそう言うと、8本の脚でハイユーに絡まった糸を解いていく。ハイユーにはどうすることも出来なかった拘束があっという間に取れてしまった。ハイユーはようやく自由になり、羽を伸ばし、足で網を掴む。

「助かる!礼は後で必ずする!」

そう言い残し、ハイユーは網から飛び出すと、羽を背中にしまい、トザンカが落ちていった方へ向け急降下していった。


「あぁ、あぁ。礼は後で頂くよ…。」

蜘蛛は糸にぶら下がり、ゆらゆらと揺れながら不気味な笑みを浮かべる。そしてハイユーが掛かっていた巣に飛び移り、グチャグチャになった巣を直しながら呟く。


「本当に"嫌な事"はこれからだからねェ…。」




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