虫のこえ

マウンテン斎藤

第1話 -ナマリ-



 昼は騒がしく、夜は静けさに包まれる。公園とは本来そういう場所だが、ここは違う。辺りは森に囲まれ、遊具が山型のアスレチックとキリンの滑り台、2人分のブランコしか無く、子供はほとんど遊びに来ない。たまに来るのは年寄りばかりで、昼は閑散としている。そして夜は、、、彼らの溜まり場になっている。



「…おいおいトザンカさんよォ!なんでお前はそこでアタックしなかったんだよ!そこは普通行くだろ!男ならガツっと告白するだろ!彼女もきっとお前に惹かれてたはずだぜ!?あぁなんて勿体ねえことを!」

身振り手振り、大げさなジェスチャーをしながら熱く息巻く男に、トザンカは答える。

「いやぁ〜、オイラその辺は経験なくてさ。どうすれば良いのか分かんなくなっちゃったのよ。それがまた美人でテンパっちゃってさ、惜しいことをしたなぁ〜。相手が山なら良かったのになぁ〜。もしくはオイラがハイユーみたいに男前だったら...」

トザンカの情けない言葉にハイユーはため息をついた。

「はぁ、、お前なぁ。山を登る勇気はある癖に、女にアタックする度胸が無いなんて、、、生前の俺なら引っ叩いて喝を入れてやってたね。」

「あはは。そりゃ頼もしいや。だけど、今はもうオイラ達には引っ叩く手がないし無理だねぇ〜」


茶碗をひっくり返したような形をした、山型のアスレチックをよじ登りながら、熱く語り合っているのは二匹の生き物だった。一匹は米粒みたいに小さく、6本足で器用に山を登っている。もう一匹はそれより少しだけ大きく、頭に生えた大きなツノが、暗闇の中でも月明かりに照らされて輝いている。


「大体なんで俺たちはこんな体で蘇ったんだよ。不便で不憫で仕方ねえわ。」

ハイユーは気怠げに歩きながら不満を漏らす。

「そおかなぁ?オイラは登り甲斐があって楽しいけどなぁ。この山を登ってると、あの頃を思い出すよ。」

トザンカは快活な足取りで山を登っていく。すると二匹の前方に山の頂上が見えてきた。

「お、そろそろ着きそうだな」

ハイユー達が山の頂上に着くと、そこは火山が噴火した後のような窪地になっており、その窪地の底に一匹、先客がいた。

「ハイユー!トザンカ!もう、待ちくたびれたよ!君たちがあんまりに遅いから、曲を3つも書きあげてしまったよ!…さぁ!早く宴をしよう!今夜は半月だ!もう待ちきれない!酒は持ってきたか?!」

ブンブンと手を振り、よく通る大きな声でこちらに話しかけてきた男にハイユーは面倒くさそうに答える。

「はいはい。持ってきたよ。ほら、あそこに生えてる木の樹液だ。結構重かったんだぞコレ。」

ハイユー達は窪地に降りながらその男の文句を垂れる。

「まったくもう〜。シキシャはいつも飲む前から酔っ払ってるよねぇ〜」

シキシャと呼ばれた男は嬉しそうに樹液を受け取ると、チュルチュルと吸い取るように飲んだ。

「あぁ〜。これだよこれ。これがないと宴は始まらない。」

シキシャはプハーっと息を吐くと、樹液が入ったボトルを持ったまま、羽根をバタつかせ慌ただしく喋り始めた。

「さてみんな!早速宴を始めよう!私たちは一度は死んだ身だが、天の思し召しで再びこの地に蘇った!この小さな身体に魂を移して、大地を踏みしめているのだ!酒を飲み、曲を奏でて盛大に祝おう!」

シキシャが興奮して羽をばたつかせ始めた。ブンブンと羽の音が鳴り、甲高い声が響く。ハイユーは慌てて今にも飛びだしそうなシキシャを制止した。

「ちょっと待て。今日もアイツは来ないのか?」

ハイユーが公園の隅にあるブランコの方向を指し示すと、そこには夜空に光る星のような小さな小さな光が微かに輝いていた。シキシャは羽ばたくのをやめて、その方向を横目でチラッと見た。

「あぁ、、ナマリか。どうやら彼は1人が好きみたいだ。私たちとあまり関わりたくないらしい。いつもああやってブランコの上で空を見上げているよ。寂しいやつだ。」

シキシャはどこか怒りを湛えたような声で言い、樹液をグビグビと仰いだ。
それを聞いたトザンカは悲しい顔をして俯いた。

「彼、、ナマリは生前の記憶がないんだよ。オイラも一度会って話してみたけど、みんなと話すみたいに、彼とは喋れなかったよ。オイラの事はたくさん喋れても、彼のことは何一つ聞けなかった。自分が生前に誰だったのか分からないのって、とても辛いことなんじゃないかな。オイラ達はここで生前の記憶について語り合うけど、記憶のないナマリは話に入って来れないよね。」

シキシャは少し気まずそうな顔をして、樹液が空になったボトルを見つめながら言う。

「あぁ、それで彼は自分の名前も分からないと言うので、私がナマリと名付けたんだ。彼の喋り方には少し癖があったからな。」

そうか。とハイユーが呟くと沈黙で空気が淀んだ。シキシャは遠くナマリのいる方を見つめた後、目を伏せ、樹液をボトルに継ぎ足した。そしてまた樹液をグビグビッと飲んだ後、一呼吸、息をついてから話し始める。

「ま、とにかくだ!また今日も皆無事に宿主が死なず、蘇ることが出来たんだ!盛大に祝おうじゃないか!人生今を楽しんだものが勝ちなんだから!」


シキシャは小さな木の枝を片手に持ち、葉っぱに書かれた楽譜を開いて、演奏の準備を始めた。ハイユー達も葉を巻いて笛を作り、木を丸く削って太鼓を作った。雲の隙間から半月が現れ、薄明るくステージを照らすし出した。今宵も公園に、騒がしい夜が訪れる。

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