短編︰東方禁恋録

乙音

第3話 藍夢と霊夢の出会い

「きのうは、たのしかったなあ」

藍夢はぼそっと呟いた。
藍夢が居るのは自分の家だ。

と言っても、両親は居ない。
藍夢は物心ついた時からここに居た。

理由は知らないし、自分が誰なのかも分からない。
ただ、名前と年齢、性別などは分かる。

けれど、どこから来たのか、親は居るのか、自分は何者なのか。
肝心な記憶だけが誰かに抜き取られたかのようにすっぽりと抜けていた。

そんなちょっとした記憶喪失状態に、幼い藍夢が耐えられるはずもない。
しかも藍夢には知り合いが居ないのだ。

当然と言えば当然なのだが、その事が藍夢に更に恐怖心を与えた。
自分が誰かも知らない上に知らない場所に居て、更に親も知り合いもいない。

頼れる人が誰もいない中で、藍夢は1人サバイバル生活をする事を強要されたのだ。
藍夢は、幼いながらに自分は自立しなければならないと分かっていた。

頼れる人が誰もいない中で、信じられるのは己のみだと。
けれど、その自分ですら、正体が計り知れないのだ。

藍夢は、味方が誰もいなくなった。
親も友達も……そして自分も。

正体が分からない今、自分ですら容易に頼ってはいけないのだ。
それがわかった瞬間、視界が真っ暗に染まっていくのがわかった。

しがみつける物が何も無くなり、今まで震えながらも何とか形を保っていた
幼い藍夢のハートは、当然ながらに崩れ落ちた。

そこからの藍夢は、まるで人形だった。
何も飲まず食わず、喋らず……。

そんな藍夢は目の下にはクマが広がり、
目は死んだ魚のように虚ろだった。

そして餓死を待つかのように人里で座っていると、
そこに現れたのだ。

……天使が。  

正確には、博麗 霊夢。
今ではすっかり仲がいい、霊夢だ。

霊夢は、藍夢を見て、こう零した。

「だいじょうぶ?」

今までの人達のように、憐れむでもなく、嘲笑うでもなく、だ。
「だいじょうぶ?」など、今まで言われたこともなかった藍夢は思わず目を見開いた。

「からだ、きずだらけだし、かおいろもよくないよ?
わたしのいえで、おにぎり、たべる?
おかあさんのおにぎり、おいしいんだよ!」

少女はそう言ってニカッと笑った。
その清々しくて無邪気な笑顔に、つられて藍夢も笑った。

何年ぶりだろうか、笑ったのは。
あの孤独な時から開放されたと思った瞬間涙が溢れた。

拭っても拭ってもとめどなく溢れ出る涙に、霊夢は慌てた。

「だいじょうぶ?!わたしのせい???」

ぶんぶんと首を振りつつ、それでも涙が止まらない藍夢に
霊夢は混乱しつつも、宥めるように藍夢を抱きしめた。

藍夢は、まるで子供のように霊夢の胸の中でわんわんと
泣き出した。

実際はまだまだ子供なのだが、今までの壮絶な暮らしの中で
藍夢は完全に子供の心を失くしていた。

幼いながらに世界の理を分かっていた。
世界の残酷さも、今の自分の状況も。

必死に背を伸ばして、大丈夫だと自分を励まして。
今にも倒れそうなほど頑張って頑張って頑張って頑張って、藍夢は生きてきたのだ。

けれど、幼い藍夢にそれは重すぎた。
藍夢だって、まだ子供なのだ。

それこそまだ中学生にも満たない、子供。
そんな子供にこれは荷が重すぎたのだ。

そんな重い重い荷が、今降りた。
藍夢は壮絶な暮らしから解放され、普通の子供となったのだ。

それからは1日の半分以上を霊夢の家で過ごすことになり、
霊夢とも霊夢のお母さんとも、すっかり仲良くなった。

…………これからも、れいむといっしょにいたいな。

藍夢は、霊夢と出会った頃のことを思い出し、そう考えるのだった。

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