【ボイスドラマ化全三部作】突然変異~mutation~【Youtube】

コロ(coro)/兼高貴也

第十話 成長

一方、西岡たちはと言うと……。

 河井が主導権を握るのに変化はなく、西岡は河井の好きにさせてやろうという情も生まれていた。

 これは別れる前と今とでは大きく変わった西岡の気持ちだった。

 やはりずっと一緒にいた河井や本宮への想いが今こうして再会できたことで自然と行動に出てきたのだろう。

 河井は高校生活をしていた時につるんでいたやんちゃ仲間に会いたくなり、メールを送り始めた。



「久しぶり! こっちに戻ってきたから、空いてる時間遊ばないか? 前みたいに楽しくバカしようぜ(笑)」



 河井は当時の仲間たちに一斉に送信したが、そのメールに対する返信はすぐにはやってこなかった。

 不思議なくらい返信が来ないので河井は自分のことを忘れられている気がして少し怖くなった。



「美香さん、みんな俺のことなんてもう忘れてしまったのかな?」

 あの強気で弱音なんて一つも吐いたことのなかった河井が珍しく落ち込んでいた。

 そんな河井を見て西岡も少し心配してしまった。



「大丈夫じゃない? きっとみんな忙しいのよ。それか単純にメールを見てないかのどちらかね」



 西岡は河井にいつも通りの口調でそう言った。いつも通りに。それが彼女ができる最大限の優しさだった。

 そして、夜は更け午後七時を過ぎた頃、ようやく一人の友人から返信が来た。

 河井はもう半分以上、諦めかけていた。

 そんな時にメールが来たことが嬉しかった。

 自分の存在を否定されたかのように思い込んでいた河井にとってはその嬉しさは当然のことだった。



「達哉、悪い。返信遅れた。久しぶりだな! 元気にしてたか? こっちに戻ってきたんだな。でも、残念ながら遊ぶ時間は作れそうにないんだ。仕事、忙しくてさ。時間が出来たらまた連絡するわ」



 友人からのメールはまるでもう子供じゃないんだから遊んでいる暇なんてないと言いたげだった。

 そんなメールを見て河井は働いてるなら仕方ないなとどこかで割り切って他の友人からのメールを待つことにした。

 次にメールが来たのは午後八時。さっきのようなことはないだろうと思い、メールを開封する。



「達哉! 元気してたか? 本当に久しぶりだな! 久々に遊びたいけど、俺も専門学校に通い始めててバイトも深夜までやってるから遊ぶ時間なさそうだわ。またワイワイしたいよな。みんな集まれたらいいな!」



 この友人からも遊ぶ時間がないとの返信だった。ここで河井はあることに気づいた。

 そして、それを西岡に伝えてみることにした。



「美香さん、俺、気づいちゃったかもしれない」



「何に?」



 西岡も普段とは違う河井の様子に少々心配しながら話を聞く。



「みんなもうあの頃のみんなじゃないんだなって」



「みんなはみんなでしょ? 何も変わってないわ。みんな、あなたの友達じゃない」



 何かに気づいたと言った河井に対して西岡は変わらずいつも通り接する。こうするしかないと彼女は思っていた。



「違うんだよ。もうみんなはあの頃みたいにバカやって楽しんでたみんなじゃないんだ。

 俺が消えてた間に働いたり、自分の決めた進路に進んで大人になってたんだ。馬鹿だな……。

 俺には未来なんてないから何でも出来るけど、みんなには未来がある。だから、みんなとは違うんだ」



 こんなにシュンとした河井を見るのは初めてだった。彼の感情を彼女は痛烈に感じ取った。

 そして、彼を諭すように話を始める。



「そう思うのなら、あなたもあなたなりに大人の階段を上がればいいんじゃない? 

 例え、未来がなくても今、こうして存在しているんだから今出来ることをしてみんなと対等な立場になれるように努力すればいいじゃない。

 決して自分が前に進むことが出来ないなんてことはないはずよ。気づいたならそれを行動に移すのがベストじゃない? 

 気づいたなら今、変われるチャンスなのよ」



 彼女の言葉は彼に強く届いたようだった。



「そっか。そうだね。美香さん、ありがとう。俺も今できることしようと思う。そうやってみんなに引けを取らないとこ見せてやるよ!」



 西岡はやっといつもの河井に戻ったと思い、ホッとした。

 しかし、それも束の間。

 彼は突然立ち上がり闇雲に掃除機を取り出す。

 突然の出来事で西岡は全く理解できなかった。



「ちょっと! なにするの!?」



「掃除だよ、掃除!」
 彼女の言葉も耳に入ってないかのように彼は部屋の掃除を始める。

 確かにあまりキレイとは言えない部屋だが、急にどうしたというのかが全く掴めなかった。



「心を整理するにはまず、部屋の掃除からなんだよ、美香さん」



「いやいや、意味がわからないんだけど?」



 そんな言葉も掃除機の騒音でかき消される。



「俺には美香さんみたいに難しい研究とか出来ないし、専門学校に行って勉強できる頭もない。ましてや、働くのも無理でしょ? 

 だから、この体が使える今はこの散らかっている部屋の掃除とか美香さんの苦手な家事をすることが俺の役割だと気づいた」



 西岡には意味がわからなかった。突然、活発に動き出した体と河井の考えについていけなかった。



「いや、気づいたら動けばいいとは言ったけど、ちょっとズレてるというか。そういう意味じゃないっていうか」



「何? なんか言った?」



 彼女の声に反応はしたもののやはり掃除機の騒音がうるさいのか彼は聞こえないふりをする。実際は聞こえていないわけがない。

 なにしろ、口から耳に届く声ではなく脳裏に届いているのだから。

 まぁ、彼が立ち直ったということで彼女も大目に見ることにしたのだった。

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