殺人鬼は異世界を満喫する
殺人鬼、聖剣に手を伸ばす
「成功です!全ての世界において最強になりえる素質の持ち主――勇者の召喚に成功しました!」
考える。目の前の女は誰だ?
考える。ここはどこだ?
考える。俺は死んだ。処刑されて。
「やりましたね王女様!これで魔王にも勝てるでしょう!」
考察する。石造りの部屋。剣を持つ男。不用意な行動は危険。
考察する。足下には謎の円形模様。魔方陣と推測。
考察する。王女、魔王、非常識的発言。日本ではないと判断。
「ええ、ようやく……ようやく……っ!」
断定。場に合わせるのが最良。思考加速終了。
「……ここは、どこだ?」
思考加速とはなんだ?俺じゃない何者かがアシストしてくれる感覚があった。頭の片隅に置いておくべきか。
状況を整理すると、死んだ、召喚された、異世界じゃね?……といったところか。今までの俺なら焦って目の前の王女と呼ばれた涙ぐんでいる女を殺しにかかっていた。恐らく思考加速のお陰か。
「あっ、そうですね。まず説明しなければなりませんね。ここで話すのは難でしょう。ついてきてください」
「こちらです」
この王女とやらと剣を腰に提げた男は俺を知らないらしい。俺は名前から背格好、体格から顔の細部まで地球上全ての国に伝わっている。日本ではないにしても、テレビを見て情報を得られる人なら誰もが俺のことを殺人鬼だと知っているのだ。知らないのなら、ここが異世界である可能性はより高まる。
王女が歩き始めると隣に立っていた男も歩き始める。俺は大人しくついていこうと思ったものの、何も言わずにただ冷静でいるのもおかしいから動揺する素振りぐらいは見せるか。
「あの、あなたは、一体?」
王女に歩きながら話しかける。同時に部屋から出ると、そこは赤いカーペットが敷かれ白亜の壁が続く廊下だった。これほど大きい建物となると王女というのも嘘ではない。やはり殺してしまわずに正解だった。
この男は王女と二人だけでいることが赦され、なおかつ剣を持つことが許可されているとなると親衛隊隊長と見るのが妥当だろう。不測の状況に備えて護衛の役割を持っているに違いない。
「あっ、名乗り遅れてしまいました。私はモルナ。モルナ・フォモスと申します。気軽にモルナとお呼び下さい」
「王女様はこう言っていらっしゃいますが、王女様と付けるのを忘れないでくださいね」
「もう、ローランドったら。ローランドも私のことをモルナと呼び捨てにして良いのよ?」
「いえ、そのような無礼を働く訳には……」
王女はモルナ、男はローランドという名前なのか。日本語を話してはいるが、日本名ではない。いや、そもそも何らかの力によって違う言語が日本語のように伝わっているだけだろう。話が通じるのだから俺の言葉も同様か。
この二人の関係はこの一連の会話で大体察した。利用できるのであれば利用しよう。できることならこの建物に保管されている金が全て欲しい。そのために何か使えないだろうか。
ひとまず俺も名乗っておこう。地球上でないなら本名を名乗っても問題はないか。
「えっと、俺は金井史人と申します」
「シヒトさんですか。いい名前ですね」
本当に、意味だけを考えるならいい名前だな。名前に込められた願いは叶えたのだから、文句は言うまい。
廊下をしばらく歩くと、先頭を歩いていたローランドが壁を押す壁は奥に沈み込むように動き、中央から2つに分かれて開いた。壁があった場所には闇に沈んだ下り階段がある。隠し扉か。素直に驚いた。
「ふふっ、資格がある人にしか開けないようになっているんですよ。では、行きましょうか」
驚愕が顔に出ていたのか、モルナが話しかけてきた。資格ある人。恐らくこの二人はその資格ある人なのだろう。つまり現状この先に自由に出入りできないのは俺だけ。閉じ込められればそれまでだ。
……俺の本能もこの先は危険だと言っている。だが、ここで逃げようとすれば確実に死ぬと言っている。行くしかない。
モルナに連れられ階段を降り始めると、背後で扉が閉まる音が聞こえた。同時に壁に取り付けられている水晶のようなものが光り始めた。電気が通っているのか、それとも異世界らしく魔法のようなものなのか。
しばらく降りていると、不思議な気を感じた。恐怖とも殺気とも違う。俺が殺人を犯して以来、受けたことの無い正の気だ。しかし、その奥に負の気も感じる。憎悪、悪意。まるで、時が来たと喜ぶような気の起伏。
なぜここまでハッキリと気を感じるのか解らない。日本にいたときもなんとなく感じるだけだった。恐らくここが異世界であるというのが関連しているであろう。
「モ、モルナ王女様、この先には何があるのですか?」
「もうすぐで解ります」
困惑した様子を見せるのは重要だ。相手を油断させることができる。
モルナの言葉の通り、広く明るい空間に出た。白く輝く光に満たされた円形の広間だ。広間の中心には一本の白く輝く剣が刺さっている。この部屋の最たる光源だ。
「あれは聖剣。あれを引き抜けば、シヒトさんは勇者として認められます」
「俺が、勇者……」
「安心してください。シヒトさんならば、選ばれます」
間違いなく選ばれないだろう。俺には勇者なんて似合わない。盗賊と言われた方が納得できる。それに、正の気の根元はあの聖剣だ。どこからか感じる負の気に引かれてここまで来れたが、正の気が明らかに俺と反発している。
しかし、ここで聖剣を取ろうとしなければ危険だと本能が警鐘を鳴らす。ならば、俺は聖剣に向かって歩く。
残り10歩。モルナとローランドは広間の入口にいる。
残り8歩。聖剣がより強く輝く。
残り6歩。押し戻されそうなほどの力に阻まれながらも進み、そして――
残り5歩というところで、白い壁が表れ弾き返された。
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