殺人鬼は異世界を満喫する

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殺人鬼、自らを名乗る

「なっ」


 ローランドが小さく声を漏らす。予想外だったのだろうか?俺は完全に予想通りだ。かなり強い力で弾かれたが、予想の範疇だったので倒れずに済んだ。


「……こうなっては致し方ありません。やりなさい、ローランド」

「っち、今回は聖剣の反応も強かったし、本物の勇者だと思ったんだがなぁ」


 ローランドが剣を抜く。銀に煌めく両刃の剣だ。つばには装飾が施されている。金銭的価値は充分にあるだろう。
 それはさておき、モルナとローランドの口調が変わった。恐らくこちらが本性だろう。口振りから、この勇者を選ぶ試練のようなものは何度も行われているらしい。俺以前に何人も殺されたと見て間違いない。


「まさか、こんな弱そうな野郎にも殺しの経験があったとはな。ちっとばかし予想外だ」

「人殺しの経験がある者は聖剣に拒絶される。……難儀なものです。聖剣を取る勇者を喚ぶために、平和な世界の最強の素質を持つ者に特定したのですが。最強の素質を持つ者は、なぜ人殺しの経験を持つのでしょうか」

「さぁな。さてと、シヒトとか言ったか?じゃあな。状況がわからんだろうが、俺達のために死んでくれや」


 俺の目の前まで歩いてきたローランドが言う。恐らく俺が生きていては不都合ということだろう。命の処分が容易なこの部屋で、聖剣に選ばれなかった人を殺しているらしい。
 ……さてと、そろそろ弱者の皮を被るのは止めようか。

 ローランドが剣を振り上げる。あまりに遅く、意識を向けなくても目視できた。いや、今までの俺ならこの速さには追い付けなかった。異世界に来たことに伴い動体視力も上がっているのだろう。

 腰を落とし、ローランドの懐に潜り込む。攻撃するならローランドが油断している今の内。幸いローランドは服が薄い。これならナイフが無くても攻撃が通じる。

 今の俺には武器が無い。この状況で使うのは己が肉体。腰の回転を乗せた正拳突きを放つ。いや、正拳突きと言っても独力で生み出した技だ。型などは必要ない、俺の為だけの攻撃法。本物の正拳突きのは違うかもしれない。

 俺の右の拳が当たるのはローランドの腹部。いきなり急所を狙うのは愚策。人の動きは狙いやすい腹部を殴れば止まる。鍛えている人はただ殴るだけでは動きを止められないが、相手に効率よく痛みを与える方法は熟知している。試し打ちなら幾らでもできた。


「ごふっ――!?」


 打撃音は鳴らない。音として外部に漏れるエネルギーなど不要。通常なら俺の拳に跳ね返る衝撃も無い。全ての力を余さず叩き込んだ。ローランドの目が見開かれる。剣は手放さなかったが、一瞬でも動きを止めることはできた。それだけで充分。ここからの定石は股間への膝蹴りだが、今の俺は冴えている。別の手段を使おう。

 即座に右腕を引き、左足で膝蹴りを放つ。殴った時の手応えで確信した。普通に蹴るのでは足りない。回し蹴りか膝蹴りでなければダメージを与えられない。間合いを考えるならここで選ぶべきは膝蹴り。

 左膝で狙うのはローランドの膝。横から当てる。拳を繰り出した時とは逆回転。充分な回転を乗せ攻撃する。膝とは人体を支えるのに重要な部位。よって膝を崩せば人は転ぶ。背後から膝を押すだけで人が転ぶのと同じ理屈だ。さらに膝にはほとんど脂肪と筋肉が無い。膝の骨を守るものは無いのだ。膝を狙うのは合理的であると言える。


「ぐっ!」


 膝は正面からの衝撃には強いが背後からの衝撃には滅法弱い。そして、痛みを与えるなら横からが最大効率。倒れこそはしなかったが、バランスを崩しよろめいている。衝撃を転ぶことで流さず踏み留まって耐えたローランドは、耐えがたい激痛を感じていることだろう。加えて今の一撃は俺の全力。ローランドの右膝に骨折までは行かなくともひびは入ったはずだ。だが行動はできる。俺は痛みつけて嘲笑うようなことはしない。徹底的に攻撃し、相手を行動不能――死――に追い込む。

 左足を少しだけ引き、足を曲げたまま体重を前に傾けローランドの右膝を踏むように蹴る。人によってはヤクザキックと捉えるかもしれない。ダメージが入っている右膝に更なる衝撃を与え、確実に転ばせる。


「なぁっ!?」


 驚愕の声を上げながらローランドが転んだ。右側を下敷にするように転ばせたため、衝撃で剣を手放した。予想外だったが、僥倖である。

 足裏で蹴る利点はバランスを取りやすいことにある。突進して押し倒すのでは自分も倒れる必要があるが、足裏で蹴れば同時にバランスを安定させ、次の行動に繋げやすくできる。

 とはいえ、ここでさらに攻撃するのは俺が危険だ。バランスを取ったとは言え、足を連続で酷使し続ければいずれはもつれ転ぶことになる。多大な隙より一瞬の隙の方がマシだ。


「貴様、一体何者だ」


 俺が両足を地に着けた一瞬の隙にローランドが俺を睨み付けながら聞いてきた。
 何者、か。俺を呼称する名前は幾つもあるが、最も多く呼ばれた名前が適切だろう。



「俺は――殺人鬼だ」



 そして俺は次の攻撃へ移る。

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