私と幽霊と巫女な義母
衝撃
灰色の門を超え、さらに1分ほど歩いた先にあった、巨大な洋館を前にきた私は、その建物のあまりの古さと、汚さに呆然としていた。
その瞬間まで、私の想像の中にあった『義母』の理想と言えば、和風なら畳の上でグラマラスなボディを和服の間から見せてくるようなエッチなイメージの人、洋風ならば、人前に出るのは少し苦手で太陽にしばらく当たっていませんということがまるわかりの白肌の麗人で恥ずかしがり屋な人。和と洋で動と静と言ったところだろうか。
そんな理想でなくとも、リアル義母と共に生活できるというだけでラッキーだと考えていたのだが、そんな私に一点の曇りができた理由は目の前の洋館の『汚さ』だった。
二つ戸の扉を開けると、埃が舞い、太陽の光でキラキラと輝きながら浮く。
玄関からあまりにも広すぎる洋館は昼間だからか電気がついておらず、薄暗い。手前にある椅子は破けているし、ぶら下がっているシャンデリアの電球は割れていた。せっかく良いカーペットだろうに、埃がかぶっているせいでみすぼらしく感じる。
別に潔癖症というわけではないが、これからここに住むとなると憂鬱な気分にもなるだろう。
これではまるで、幽霊屋敷だ。
私にとって『義母』というものは、血が繋がっていないもののあくまで『母』なわけで、お母さんならば家事くらいちゃんとこなしているというレッテルが私の中にはあったのだ。
「……もしかして、家事ができる母親という存在自体オカルトだったわけじゃないよね?」
思わずつぶやいた独り言に対して、私は一抹の不安を覚える。
リアル母が近くにいないせいで、テレビや雑誌、私のコレクションの範囲でしか、母親の生態と言うものがわかっていなかったわけで、もしかすると、本物の母親というものは一切の家事をやらない生き物だったりするのかもしれない。
まるで、サンタクロースの有無を知らされた小学生のように、私の虚栄が崩れ去る音がする。
「……待ちなさいリン。家事くらいなら私だってできるわ。掃除機をかける巨乳を眺められないのは少し残念だけれども、私の野望はまだ――」
「何を言っているんだ、お前は」
「ひっ――だっ、誰!?」
玄関先の階段の上、屋敷の二階から不意に声をかけられた私は、驚きの声を上げる。
私が視線を向けると、声の主は、ちょうど階段を降りてきているところだった。
彼女を見てまず目に入ってくるのはゴスロリと呼ばれる服だろう。フリルがたくさんついていて、キチンとゴシックにまとめている。黒のカチューシャに、白い肌。銀髪の長い髪はサラサラで、頭を撫でてみたい衝動に駆られる。歳はおそらく、私よりも少し下くらいか。
この屋敷に合わせたコーデなのか、あるいは、単に彼女の趣味とこの屋敷が一致しているだけなのか。いずれにせよ、この空間においてゴスロリはコスプレではなく、正装にすら思えた。
「えっと、私、今日からここに住まわせていただくことになりました朝霧リンと申します」
義母さんの娘だろうか、などと思いながら、営業スマイルでお辞儀をする。
仮にも私の妹になるのである、第一印象は良いに越したことはないし、たとえ先ほどの変態発言を聞かれていたとしても、これで不信は消えるはずだ。何せ私の数少ない特技なのだから。
それにしても可愛い子が義妹になるんだなぁ、なんてことを考え始めた私に対して、目の前まで来た少女は、予想だにしない攻撃をしてきた。
それは、私の、夢と希望、そして、私の人生とも呼べるべき、譲れないはずの砦をぶち壊す一撃。
一瞬、動揺し過ぎて、初めて告白されたときの何重倍もの、衝撃が頭に響いたその言葉に対して、私はもう一度だけ言ってくださいと懇願する。
少女は、ため息を一つつくと、やれやれといった様子で、もう一度口を開いた。
「私は東条院ミコ、一応、お前の兄嫁の母――『義母』ということになる」
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