八女津一族の野望

ひなたまひる

神楽

「他のものは合格、今日の授業は終わりなので教室に帰ってよい。珠姫は残ってもう一度。」
これだ。
身内への甘さ、などというものは憲次郎の辞書には一切ない。むしろ身内にこそ異様な厳しさを持って対峙するのが、生真面目な憲次郎の気質とも言える。
ありがとうございました、と舞踏場の出口で礼をし教室に立ち去る同級生を尻目に、珠姫は父親を睨みつけた。
「あのさ。囃子方の師匠がなんの権限で舞方の私に居残りを命じるわけ?ありがたいエコ贔屓ですか?」
憲次郎はまるで小蝿でも見るかのように珠姫を一瞥すると、たもとから扇を取り出し、武道場の中心を無言で示した。
はいはい、無視ですか。踊りゃいいんでしょ、と珠姫は面倒くさそうに進み出る。
憲次郎が扇を自分の太腿に叩きつける大きな音を合図に、珠姫は無音の中で踊り出した。

八女の神楽舞は2種類あり、出雲地方の神楽で踊られる能のような演劇性の高い「風流」(ふりゅう)と、空手の「型」のような速さと力強さを兼ね備えた「武流」(ぶりゅう)がある。
珠姫のように子供の頃から学んでいるものは、学校の授業でも武流を舞う。
習い始めたばかりのものなら、ほんの5分舞っただけでも汗だくになる武流だが、生まれた頃から宗家の長女として、まるで息をするように自然に舞を身につけてきた珠姫は、30分以上かかる難曲を軽々と舞うのだ。
家族のように育った真珸でさえ、我を忘れて見惚れてしまう美しさがある。

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