ななめ

tazukuriosamudayo

ローリスク主義の岐路



インターン1日目を終え、私と弥生ちゃんは近くのいかにも、という感じの飲み屋で横並びの席に座り、2杯目を飲み始めていた。

聞きたい、聞くなら今しかない、と思いつつも、あの謝罪の意味を聞くにはかなりの勇気を要するものだ。
先程から地元の話などどうでもいいことばかり話している。


「というか、聞かないの?」
「え?」
「聞きたいとかじゃないの?私と水島さんの話」

まさかの弥生ちゃんからの話題提供に、自分のことを見透かされているようで一瞬にして手汗をかいた。

「うん、まあ。」

ふふっと笑って弥生ちゃんは枝豆を一粒ずつ手のひらに出して口にした。
物の食べ方なんていうのは人の勝手だが、枝豆をいちいちサヤから手のひらに出すなんて丁寧なんてそんな次元の話ではない。
枝豆のあの形状を目の前に、サヤから直接食べないなんて非常識のそれである。
枝豆も予想外の対応に困っているに違いない。


手のひらに寂しそうに転がる残り一粒の枝豆をなんとなく横目にしながら、切ない気持ちになっていると弥生ちゃんがここまでで容易に予想のできた事実を
驚きの事実を言うかのように口にした。


「私、水島さんと付き合ってたんだよ。」


私が聞きたいのはそんなことではない。
私が気になるのは、なぜ弥生ちゃんが謝っているのかだ。
もしかして彼女は私のことを見透かしているのかとつい20秒前に思ったが、彼女の透視能力はさほど鋭くはないようだ。

「2週間前にね、別れたの。」


「え、2週間前?」


2週間前なんていうのは私が最後にきちんと一限の授業に間に合ったことよりもずっと最近の話で、私が最後にきちんと朝食を食べて家を出た記憶よりもずっと最近だ。



「なんで別れちゃったの?、なんて聞くべきじゃないか」


「ううん、全然平気だよ。これから1ヶ月モナちゃんと一緒なんだもん。逆に知っててくれれば隠し事なくなるし気も楽ってもんだよ〜」


弥生ちゃんは今度は枝豆を4鞘手にしてそこからまとめて粒をお皿に出し始めた。
誰がかつてこの世の中で取り皿に寂しく枝豆の粒だけが転がっている光景を目にしただろうか。
少なくともここ3年の中では私が初ではなかろうか。

そんな私をよそに弥生ちゃんは喋り始めた。

「別れた理由はね〜、辰葉君の浮気だよ。私見ちゃったの。辰葉君と女の人が手繋いで会社の外歩いてるの。」

そんなドラマみたいなことってあるのか、というのと、そうか、水島さんの下の名前はタツハというのか、なんて育ちの良さそうな名前だ、と半分感心しながら適当に会話を続ける。

「なんでそんなとこ目撃しちゃったの?わざわざ会社まで弥生ちゃん行ったの?」


「うん、実はね、私、彼の会社にインターン行くのはサプライズにしてたの。辰葉君と私はね、もともと塾の先輩後輩で、私が辰葉君の行った大学と同じところに行きたかったから色々相談乗ってもらってて、そしたらね、誕生日が同じ日だったの!12月15日。それで一緒にお祝いしようってなって初めて行ったデートで付き合うことになったんだよ。だからとっても私にとっては大事な日だったの。でも今年の12月15日は彼が会社のインターン生のお世話担当になっちゃって忙しくて会えないって言われたから。じゃあ私も出版には興味あったし、サプライズで行っちゃえ!って。
それで私、本当に楽しみで。大学の帰りに会社の場所とか下見とかしたくなっちゃって思わず行っちゃったの。会社の周辺。」


「そしたら見てしまったというわけか。」

お前はどんだけ暇なんだ。
これが巷で言う恋愛モンスターというやつなのか。
そして本当に冬生まれだったのか。
ツッコミどころが多すぎてため息をつきそうになったがギリギリでそれを飲み込んで、ひとつ引っかかったことを聞いた。

「水島さんと手を繋いでた人って、同じ会社の人ってこと?」

「うん、そうだよ。橋谷さん。私たちのこと部署まで案内してくれた女の人。私、言うことなくてもう別れよう、とだけ言って別れたの。」


「え!?橋谷さん?なんであんなに平気な顔してたの?だって浮気相手でしょ?なのにあんな3月みたいな……」

「…?3月?がどうかしたの?」

「あ、いや、ううん。気にしないで。」
まずい、驚きのあまりわけのわからない脳内思考を公表するところだった。


「だって、別に橋谷さん悪くないもの。」

「え?なんで?」

「橋谷さんが辰葉君のこと好きになって、辰葉くんが私と付き合った後に橋谷さんの良さに夢中になっちゃっただけだよ。もし私が橋谷さんで、辰葉君のこと本当に好きだったら、彼に彼女がいようがいまいが好きなんだからしょうがないし、辰葉くんが私より橋谷さんのことを好きになったならそんなのはどっちが先に付き合ったかってことよりも、どっちの方が好きなのかってことを大切にするべきだと思うもん。」


「でも二股されてたんでしょ?なんで弥生ちゃんが謝る必要があるの?」


「それは、私が無駄なサプライズを計画してごめんね、の意味で、二股されたことに関しては何も謝ってないよ。」


「でも…。私には謝ることができる意味も、橋谷さんや水島さんに文句を言わずにいられる弥生ちゃんがわかんないよ。」

弥生ちゃんは3杯目のハイボールを頼んでから少し笑った。

「私は自分は傷ついても、人のことは傷つけたくないし、自分は裏切られても人のことは裏切りたくないの。
これが私の最大の仕返しなんだよ。」


私の心が荒んでいるからなのか、やっぱり私にはわからないことの方が多かったが、取り皿に転がる枝豆や、意味のわからない弥生ちゃんの言葉や行動は、数日前からあった私の中のボヤッとしたなにかを少しマシにしてくれたようだった。

人間というのは、基本的に、お互いにお互いを不思議な人間だと思うものなのかもしれない。

もしかしたら、彼女は私の「私的哲学」を不思議なやつだと思いながらも受け止めてくれる人なのかもしれない。


しかし、私の思考を相手に公表するにはまだ時間が必要だ。
秋生まれの凡人は冒険が苦手なのだ。

「ななめ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「文学」の人気作品

コメント

コメントを書く