ななめ

tazukuriosamudayo

道中の思考



時代は完全に冬に来ている。
私が話しているのは季節の話ではなく、もっと普遍的な、社会一般のことを指して言っている。


とか言ってみる。
実際はただ季節が冬で、こうやって大学からの帰り道に寒さに凍えなければならない現実がなんとなく腑に落ちないそれが心を荒ませて社会批判したい気分なだけだ。

いやいやまて、
それって冬という季節に失礼じゃないか。
自分が秋生まれだからいいものの、今のこの私の思考を冬生まれの人が聞いたらいい気分はしないだろう。
この場(脳内だが)を借りて切実に詫びを入れさせて頂こう。


しかし冬という季節が少なからずネガティブなイメージを人々に与えているという事実は否めない。

恋人同士だとか、夫婦間で仲が悪い時は「氷河期」なんていうし、空気悪くなれば「場が氷つく」とか言う。
むしろ、「寒い」とか「冷える」とかいう類いの表現でポジティブな意味合いの言葉に21年間生きてきた中で未だ出会ったことがないし、出会っていたとしても、今この瞬間即座には思い当たらない。

だとしたら、それって。
日本の四季は美しい、とか言うけれど、完全に冬という季節は四季の中で劣っている立場じゃないか。
「四季」って言われれば四つの季節がしれっと同じような顔して横に並んでる気がするが(順番に季節が巡ると考えれば縦並びなのかもしれないがそこは放っておこう) こんなにも冬がネガティブな印象だと、それはどちらかというと、「三季プラス一時期」 的な表現が合うのではなかろうか。

すごいな、冬の特別感。
VIP待遇とでも言えようか。

秋生まれの私の、秋並みの、極並な人生からしたら、むしろ冬や、冬生まれは勝ち組だ。
ああ、なるほど。それでプラマイゼロで「四季」ってわけか。


あ、そんなこと考えてたらバイト先についた。
今日は中学生2人に対して数学と英語を教えなければならない。
中学生に、私が四季に対してこんなくだらない思考労力を費やしているとばれれば相当バカにされるだろう。

ただ、私の脳内は普段こんなくだらないことで溢れかえっているのだ。
街中ですれ違う人々は逆になにを考えて、いつもと変わらぬ道を歩いているのか甚だ疑問だ。
街中の人々がこういうことに一切思考労力を費やさないとしたら私は普通ではないのかもしれない。
平坦に歩いていないのかもしれない。
もしかしたら地面に足がついてないのかもしれない。
普通の人と同じ目線で世の中のことが見れてないとしたら私は少し傾いて生きている。

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