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ビースト・ブラッド・ベルセルク

あひる300

それは誰の夢なのか

 高い崖の上に少女が立っていた。
 黒い外套に身を包み、寒さをしのぐようにフードをかぶる。
 呆然と遠くを眺めているように見えるが、些細な変化を逃さないように、気を張っているのが感じられた。

 崖の上から朝日が昇っているのが見える。生まれたての子鹿の様に、地平線の向こうをフルフルと震わせながらオレンジ色の光が生まれようとしていた。
 
 強い風が吹いてフードが外れた。
 赤朽葉色の長い髪が風に煽られれふわふわと揺れる。貝殻を磨いた耳飾りがカラリと音を立てた。

 首に巻いたストールが風に流され飛んで行くのを少女はじっと見ていた。

 十夜は咄嗟に手を伸ばし掴んだが、掴んだはずのストールは十夜の手をすり抜けた。
 ああ、これは夢なのか。
 あまりに現実的で今まで気付けなかかったが、乾燥した空気の匂いも、遠くに感じる日の光の暖かさも、すぐそこにあるように感じられるのに、頬を濡らす少女の涙を拭うことが出来なかった。

 少女は悲しんでいた。
 大好きな世界が無残に犯されようとしている事が、たまらなく悲しかった。

 静かな世界にゆっくりと不協和音が生まれる。
 不愉快な金属音を鳴らしながら崖の下を通るのは豚の様な顔に盛り上がる筋肉の鎧を纏った魔獣ーーオークの群れだった。
 不格好な金属の鎧が擦れて、地面に武器を突き鳴らして、不細工な歓声を上げて、我が物顔で騒ぎ立てながらオークの群れは崖下を進む。

 群れの最後尾には一際巨大なオークが一体。
 それが巨大なオークの群れを指揮しているオークの王だと一目で分かる。

 まるで自らが神であるかのように、神輿に担がれながら退屈そうに頬杖を付いている。
 神輿を担ぐのは人間……だった物だ。
 尊厳も自由も誇りもなく、歯向かうことも、自ら話す事も、命令無しでは動くことも出来ない、ただ従うだけの人間モドキ。

 事実、彼らはすでに人間とは言えない。
 魔獣の王に呪われて意識を奪われている。
 自我の無いただの操り人形だった。
 
 少女は哀しかった。
 これから少女がする事は決して救いではない。
 声を上げるような大名義分も、主張すべき信念でも無く、ただ目障りだから少女は戦う。
 それだけの為に命を掛ける。

 夏の日に耳の側を飛ぶ虫のように。耳障りだった。
 
 少女はゆっくりと崖から身を投げ出す。
 ゆっくりと速度を増しながら軽い体は落ちてゆく。

「―――――」

 少女の口が何かを口ずさむ。
 魔力の奔流が少女を包み、彼女は、殺戮者になった。

 魔力に当てられた何体かのオークが騒ぎ立てる。
 不細工な騒音が群れを飲み込み、数秒遅れて声が届いたオークの王は、つまらなそうに落ちていく少女を視界に捉えた。
 オークの王は立ち上がり咆哮を上げた。
 呼応するようにオークの群れが咆哮を上げる。

 重力を味方につけ少女は流れ星のようだった。
 落ちたのは群れの中央部。
 着地と同時に衝撃波がオーク達を吹き飛ばす。
 
 土埃が視界を埋め尽くす中、少女はすでに動いていた。

 右手には赤い剣。左手には黒い剣。
 赤い軌跡と黒い軌跡を残しながら、縦横無尽に動き回りオークの首を刎ねてゆく。

 自分の何倍もあるオークを切り裂き、時に蹴り飛ばしながらオークの王へと向かって進んでいった。

 自身の武器である反りのある片刃の大剣を振り回し、オークの王が喝を入れるように咆哮を上げた。
 周りのオークや人に当たり血を撒き散らすが、構わず怒鳴りつける。
 オークの王は本能的に理解していた。
 自身の半分程もない小さな生き物が、自らの喉を掻っ切る事ができる死神であると。

 オークが耳障りな声を上げながら少女へと群がるが、少女の足を止めるには至らない。
 少女が持つ二本の牙はすでにオークの王の喉元へと向けられているのだから。

 とはいえ、少女とて戦えば疲弊する。
 次第に避けきれなくなり、背後から殴られ木っ端のように吹き飛んだ。
 ボールのように地面を跳ね上がり、転げ回る先に居たのは獰猛に笑うオークの王だった。

 少女に殺されたオークの数は、群れ全体で言えばそれ程多くない。
 ひ弱な人が治める国など滅ぼしてもまだ残る。
 
 己の勝利を確信したオークの王は、少女に向けて巨大な刃を振りかざした。
 王の名に恥じない一撃は衝撃波と共に大地に巨大な穴を穿つ。
 
 オーク達は自分達の勝利を確信し鬨を上げた。
 しかし、空気を震わす歓声の中、土煙から出てきたのはオークの王の頭部だ。
 先程の鬨が嘘のように静まり返る。

 最初に逃げ出したのは誰か分からないが、少女にはすべて同じに見えた。
 だから殺した。手当たり次第に。
 オークを、ヒトモドキを。
 視界に入った物から徹底的に。

 ふと、あるヒトモドキを見て少女は足を止めた。
 少女の耳飾りとよく似た、虹色の首飾りを掛けている。
 それは少女が弟に与えたものだった。
 
 最初は耳飾りだったのだが、少女が口を滑らせてしまい、女の子のようだと言うと怒って首飾りにしてしまったのだ。
 少女は懐かしそうに、少年の首飾りへと手を伸ばした。
 
 指先が首飾りに触れる瞬間。
 少年の体から槍が生えて、少女の胸を貫いた。
 少年の向こう側ではオークが卑下た笑みを浮かべている。

 槍が抜かれ少年が少女にもたれかかる。
 少女は力なく体を預ける少年を抱き迎え、首を刎ねた。

「ーーー悪評高き狼の嘆き<フローズ・ヴィルトニルフ>」

 先程とは比較にならない程の魔力が少女を包み込む。
 奔流が暴風となり少女がかき消えた。

 


「ごめん」

 全てを終えた少女は頭だけとなった弟を抱きしめ、疲れた体を岩に預けていた。
 少女の胸に空いた穴は止めどなく命を流し続け、地面に大きなシミを作っていた。
 もう長くない。それは誰が見ても明らかだった。
 
 少女は震える指先で耳飾りを外すと、指先で辿りながら頭部だけになった少年の耳へ付けた。

「……やっぱり女の子……みたいじゃ……ん」

 魔法の副作用で目が潰れ、白濁した瞳には何も映る事はない。
 だが、耳飾りを付けた少年は確かに少女と良く似ていた。


 傍観者となり続けた十夜は苦しくなる胸を抑えた。
 これは彼女の生き様だった。哀しい生き様だった。

 彼女は救われない。本当に守りたかった物を守れず静かに消えてしまう。
 十夜は涙を流す。誰にも認められず、報われず、大事な人を失った少女を思い、涙を流した。
 
 ふと、白濁した瞳が十夜を捉えた気がした。
 唇がゆっくりと動く。

「あ、り、が、と、うーー」

 あなたならだいじょうぶだよーーーと。

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