ビースト・ブラッド・ベルセルク

あひる300

二葉の独白


 ああ、やってしまった。
 十夜の走り去る背中を視線で追う二葉は心の中で頭を抱えた。
 こんな事を言いたかった訳ではなかった。少なくともこんな風に言うつもりじゃなかったのにと。
 伝えるべき言葉は別に有り、頭の中で出番を待っているのだけれど、十夜を前にするとどうしても別の言葉が先にでてしまう。

 十夜の学園生活が決して楽しい物ではない事を二葉は知っている。それがあの事件に起因するものである事も、全てではないがある程度は把握している。

 ならば隣で支えるべきは、その時に助けられた者であり、唯一の家族でもある自分の役目だと思っては居るのだが、十夜の憂鬱そうな顔や、覇気のない瞳を見るとどうしても素直になれず、後悔は二葉の心へと重たくのしかかった。

 果たして自分はこんなにも天邪鬼だっただろうか。

 確かに、しっかりしてほしい。と思う気持ちが無いと言えば嘘になる。
 しかし、十夜を追い込む気持ちは微塵もなく、むしろ奮い立って欲しいとさえ思っている。
 二葉にとって妹とは十夜の存在を支える為に存在するものであり、十夜の存在無くしては妹なりえない。
 十夜のために妹は存在しており、十夜は妹を甘やかす為に存在しているのだと、謎の理論を本気で信じている。

 しかし二葉にその気持ちを押し付ける気はなく、言葉に出来るのは少しくらいは頼ってくれれば良いのに程度であるのだが。
 求められた時のために考えうる状況別に、複数のプランを用意しているし、それ以外でも十夜が望むのであれば協力を惜しむ気は無いし、求められればどんなものであっても差し出す覚悟はとっくに決めている。
 それがどんなものでも……。

「……私ったら何を考えてるのかしら」

 僅かに頬を染めた二葉は周囲を見渡し、そっと息を吐いた。

 十夜と二葉の間に血の繋がりがあるかどうかは分からない。
 二葉が生まれた時に兄の存在は無く一人っ子だった。
 しかし、病院で父親から十夜の存在を紹介された時、経緯はどうあれ、自分がどうしようもなく妹なのだと理解してしまった。
 体の芯は熱くなり、初対面の相手を十夜と呼ぶことに抵抗を感じず、それが当たり前の事として心が喜んでしまった。
 真実が分からないままに父が死に、確認するすべが失われてしまったが、二葉としてはどちらもよかった。

 成長と共に素直さが損なわれ、大好きな十夜の沈んだ姿を見ると小言が先行してしまい、本当に言いたい事が言い出せないまま、更に十夜を追い込んでしまうと言う悪循環を繰り返してしまい心は沈んだままだ。
 
 二葉が学園に入ったのも親戚へ負担を掛けたくないと言う思いよりも、十夜と一緒に居いと言う思いのほうが実は比重が高い。
 
 先程の十夜の顔は明らかに落胆と悲壮が滲んでいた。長年の経験からすると泣き出す一歩手前と言う所だろう。
 ああいう泣きそうな顔も可愛いと、頬を赤くしてしながら、次に会った時に謝って、わだかまりが無くなったら思い切り甘えてやろうと心に決める。

「二葉ちゃんどうしたの?」

 立ち止まっている二葉を不思議に思ったアベルが声をかける。
 
「なんでもありません。すぐ行きますので、先に行ってて下さい」

 馴れ馴れしく名前を呼ぶなと言いたいが、相手は仮にも上級生で、彼を慕う友達の目もあるためギリギリの所で堪えた。
 今回アベル達と一緒に居るのは、彼に憧れる友達の付き添いでしかなく、アベルの存在は二葉にとってただの上級生だ。話掛けられれば最低限の受け答えはするものの、それは最低限であって上の空である事も多い。
 確かにアベルは評価が高く優秀なのかもしれないが、それがどうした、と言うのが素直な感想である。
 有事の際に自分を助けてくれるのは十夜以外ありえず、また十夜以外に助けてほしいとも思わない。差し出された手を全力で叩き落とす自信すらある。

 兄に向ける感情としては歪んでいると言えるかも知れないが、誰かにソレを指摘されても、二葉は自覚が無いままにそれの何が悪いと開き直るだろう。

 返事をしても一向に動く気配のない二葉に早く行こうとアベルが声をかける。
 アベルに声を掛けられても動く気配のない二葉に、とり巻きの女の子達が怪訝な瞳を二葉に向けるが、二葉の視線は十夜を離さなかった。

 今行くからと、適当に返事をすると、仲直りした後に十夜と行く場所を考え始めた。
 雰囲気のいいカフェなんかどうだろうか。そもそも、十夜がそんな場所を知っているかどう分からないし、何なら自分が案内してもいい。
 むしろ十夜となら学食でも構わない。昼食だけでも一緒に居れれば満足してしまうだろう。
 意外と安い自分に気付き、二葉は頬を緩めた。

 濡れたように艶やかな漆黒の髪をそよ風が通り過ぎる。
 視界を上げる二葉の目には走り去った十夜の姿だけが見えていた。

 一方的に小言を言うだけあったが、十夜と話す事ができて少し気分の上がった二葉は、視界から十夜が居なくなるのを確認してから、舞い上がる髪を抑えアベルの隣りにいる友人の元へ淑やかに駆け寄った。 

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