ビースト・ブラッド・ベルセルク

あひる300

アベルという少年


 沈んだ気分を入れ替えようと保健室を後にし、校舎を出た十夜は、一人の少年の後に群がるように幾人もの少女達が楽しそうに笑っている光景が目に入り足を止めた。

 先頭を歩く少年はカッコイイやハンサムと言う表現よりも、綺麗や美人と言う言葉がよく似合うような容姿をしている。
 風に揺れる透き通るような長い金髪を無造作に縛っただけなのに、ただ歩いているだけで一枚の絵のように様になっている。

 他人との接点が殆どない十夜でも彼の事は知っているし、アマテラスに通う生徒ならば知らない者は居ないであろう程に有名な人物であもあった。

 三年Aクラス。アベル・イツキ。

 それが彼のクラスと名前だ。
 光の貴公子。聖火。焔帝。彼についた二つ名を上げればキリがない。
 世界でも数少ない光属性の使い手でありながら、炎にも高い適性を持っている二属性保持者で、勇者の血族とも呼ばれるイツキ家の長男で、勇者再来と言われる程の実力者。
 そして前回のカミシロ祭での総合優勝者でもある。

 それに加え彼は常に人に囲われている程の人気者で、十夜に話しかけてくれる数少ない人格者だ。
 天は二物与えずと言う言葉が嘘であると彼の存在が証明していた。様々な意味で十夜と対極にいる人物と言える。

 彼を取り巻く女子生徒の中にも、小さい頃からよく知った顔がいる。
 まるで物語の中の勇者でも見ているかのように、目を輝かせているのが十夜の妹である花月二葉だ。

 艶やかな黒髪を長く伸ばし、前髪だけを眉元で切り揃えている。幼さの中に年頃の可愛らしさと母親譲りの美貌が同居し、深窓の美少女と言う表現に違和感を覚える者は居ないだろう。
 小さい頃は兄に甘えたがる女の子だったのだが、今ではその面影すら見つからない。

 二葉は血を分けた兄妹とは思えない程に出来の良い妹だった。
 何よりも光や闇といった特殊な属性を除き、苦手な属性が無いと言う点が彼女の評価を大きく上げる要因になっている。
 魔法に愛された少女と表現される事も多く、学園からの評価も高い。
 この春から魔法学園アマテラスへ通っている二葉は現在はBクラス。第二学年になればAクラス確実と言われている、十夜とは真逆の才女だった。
 あまりに違いすぎる兄妹ゆえに、比較の対象にすらならないのが唯一の救いだろうか。
 
「やあ、十夜。訓練中に倒れたって聞いたけど…大丈夫かい?」

 立ち尽くす十夜に向かって、手を上げながらアベルが声をかけた。

「は、はい。少し体が痛いけど……大丈夫です」

 十夜とてアベルが嫌いという訳ではない。
 しかし、今一番会いたくない人に話しかけられ、しどろもどろに答える十夜にを見て、アベルは大きく頷いた。

「そうか、それは良かった。でも無理はしないようにね?派手に気絶したって聞いたから心配してたんだ」

「ご心配おかけして、すみません」

「良いんだよ。僕が勝手に心配していただけなんだ。君が気に病むことじゃない」

 輝く笑顔という表現がこれほど似合う顔も無いだろう。同性ながら顔を赤くしてしまいそうだ。
 しかし、アベルを見ると劣等感を拭いきれずに直視する事ができない。十夜は俯きながらありがとうございますと言うしか無かった。

「アベル先輩あっちいきましょー」

 先程から十夜を鬱陶しげに見てたアベルの後ろに居た女生徒の一人がアベルの裾を引っ張り、早く行こうとせがんだ。
 横目で十夜を見る彼女の顔にははっきりと侮蔑が浮かんでいるのが見て取れる。
 アベルとは逆の意味で十夜も有名である。彼女もきっと十夜の事を知っているのだろう。
 仕方ないなと言う顔をするがアベルは嫌そうではなく、これが彼の日常なのだろう。

「ああ、わかったよ。それじゃ十夜、また会おう」

 慌てないでくれと後輩に引っ張られるアベルは十夜に手を振りながら、中庭の方へ歩いていった。

「ふぅ…」

 想定していなかった遭遇に十夜に冷たい汗が流れ、思わず息を深く吐いた。

「……みっともない」

 汗を拭う十夜に聞き慣れた声が聞こえた。

「二葉……」

 アベルと一緒に行ったと思っていた二葉が残っていたのだ。二つの目は十夜を突き刺すとうに睨んでいた。
 実の妹にさえ疎まれていると思うと十夜は悲しくなる。

「アベル先輩に話しかけられて動揺するのは理解できますが、みっともなさすぎです。そもそも最底辺の兄さんがアベル先輩と話す事自体が烏滸がましいという自覚を持って下さい。兄さんがそんなんだから私が変な目で見られてしまうんです。最底辺の妹がどんな目で見られるか分かっていますか?もう少ししっかりして下さい」

「……ごめん」

 恨みがましく睨む二葉の視線に十夜はだだ謝るしか無かった。

「私がどれだけ迷惑を掛けられているか分かっていますか?兄さんがそんなんだから妹の私がこんなに苦労すーー」

「……ごめん!」

 二葉の言葉を強制的に打ち切り十夜は走り出した。 

「ち、ちょっと兄さん!まだーー」

 聞いていられなかった。
 色んな事がごちゃ混ぜになり感情の制御が出来なかった。
 このままだと言ってはいけない事を言ってしまいそうで、十夜は逃げ出した。
 幸か不幸か急に走り出した兄の涙を二葉が見ることはなかった。

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