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ビースト・ブラッド・ベルセルク

あひる300

保健室ってこんな場所


 鼻をつくアルコールの独特な匂いで十夜は目を覚ました。
 ぼんやりとする意識の中、体を起こすとズキンとした鈍い痛みが走る。
 軽く手で触ると腹部辺に痛みの原因がある事がわかる。

 上着を脱ぎ服を捲ると鳩尾にはっきりと分かるくらいの痣が出来ていた。
 考えるまでもなく、清志郎に殴られた箇所だった。
 強化された拳で殴られたのだから、骨が折れていてもおかしくはなかったが、痣だけで済んで良かったと感じている自分がいる事に十夜が気が付いていた。

「まいったな……」

 ベッドを仕切る衝立てと、特有の甘い香りでここが保健室だと分かる。そもそも十夜が気絶する頻度が他の生徒と比較して、圧倒的に高い事もあり間違える事は無い。

 左右を見渡し誰も居ないことを確認すると、安心したような溜息が出た。
 今更恥ずかしがるような相手は居ないので、相手が居たからと言って何が変わる訳でもないだろう。

 自力で移動した事は考えられないため、恐らく誰かが運んでくれたのだろうと、心の中で感謝した。Dクラスの誰かかもしれないし、先生かもしれない。生徒が運んでくれるとは思わないので、先生である可能性が高い。
 何れにせよ、運んでくれた礼を言うために、後で誰かに聞かないといけないなと頭の中にメモをした。
 尤もその誰かに聞く言うのが恐ろしくハードルが高く、頭を抱えてしまう問題でもあるのだが。

 何か塗り薬や湿布などがあれば治療したいところだが、生憎保健室の中は十夜以外に居る様子はなく、左右のベッドも空っぽに見えた。
 一人である事は気を使う必要がなく、気楽でいいのだが、求める薬がどこにあるのか、どれを使っていいのか全く分からず、そもそも適当に使うわけにもいかないと、浅いため息を吐いた。

 十夜は人よりも少しだけ傷の治りが早い。
 それがなぜかは分からないが、小さい傷であれば一晩寝れば跡も残さず治ってしまう。
 しかし、それはほんの僅かに傷の治りが早い程度で、鳩尾の痣が癒えるまで、まだ時間がかかるだろう。

 自然治癒に任せるのを諦めて十夜は強化魔法を発現する。
 魔力が魔力路を通り全身に広がる。
 力が湧き上がり体が軽く感じるが、清志郎が使っていた強化魔法よりも、一段も二段も下がる程度の効果しか無い。それでも自己治癒能力も強化される事が分かっているため、やらないよりもマシだと思った。

 時計を見るとすでに放課後を過ぎた時間を指していた。窓からは夕日が差し込み白一色の保健室を幻想的に染め上げている。
 他の生徒は下校し、放課後を各々楽しんでいるのだろう。

「なんでここに居るんだろう…」

 それは誰も居ない事で気が緩んでしまい、意図せずに口から出た言葉だったが、零れ出た本心でもあった。
 十夜に味方する者は誰もいない。
 侮辱されて、中傷されて、嘲笑される事に慣れる事はなく、今でも何か言われれば心が折れそうになる。

 自分は弱い。十夜は自らをそう評している。
 魔力路の欠陥が原因で魔法使いとしての実力は低いのは事実であるが、強化した清志郎と多少なりとも渡り合える時点で決して弱者ではなく、正確には”十夜と清志郎を比較した結果弱い”となるのだが、それを指摘してくれる人が居る人が居ないため、十夜はそう思い込んでいた。
 いや、思い込むだけの環境が揃ってしまっていた。

 もしこの場所が魔法学園で無ければ、もし純粋に強さだけを追い求める環境だったなら、十夜の評価は変わっていたかもしれないが、それは詮無きことだ。

 十夜が魔法学園アマテラスへ入学した目的は二つある。
 一つは、アマテラスに保管されている貴重な資料への閲覧である。
 魔法路の欠落は仕方のない事だったとしても、赤く染まった左目や高い自然治癒力について、自分の事を全く知らない。
 アマテラスには大崩壊以降からの貴重な本が保管されており、生徒には程度の閲覧権限が与えられ、それを読めば何かしら分かるかもしれないと淡い期待もあった。
 しかし、読める範囲の資料には全て目を通したが、欲しい情報は無く、残りの資料はAクラスにならないと権限を満たすことができない。それは十夜の欠落を考えれば絶望的な条件だった。
 
 もう一つは、単純に強くなりたかったからである。
 しかし、強くなるだけであれば、他の方法がいくらでもあるように思えるし、何よりも十夜は自身が強くなっているという実感が全くない。
 当初よりも気絶する回数は減っているのだが、依然として保健室の常連でもあるし、どうしても同じ場所を足踏みしているようにしか感じられないのだ。

 通常の授業で得られる知識も、アマテラスでなければ習得出来ない様なものでもなく、身に付けようと思えば、時間がかかるかもしれないが独学でも可能な範囲だ。

 自分がここにいる必要が本当にあるのだろうかと。今更ながら疑問が芽生えてしまう。
 確かに卒業後の進路という面では、魔法学園卒業という肩書は有利にはなるのだが、その為に留まるのも違うような気がしてしまう。
 中学時代から座学の成績は良かったため、アマテラスへ入学する事は十夜には難しいことでは無かった。それは禄に魔法を使うことの出来ないポンコツではあるが、運良く十夜には魔法路を感じ取れるだけの適性があったに過ぎず、それが限界でもあった。

「いっそ……このまま」

 学園を辞めて。言葉は後に続かない。学園を辞めて何をしようと言うのだろう。
 自分は何をすべきなのか。何がすればいいのか。何も分からなかった。

 自分はいつからこんなにも空っぽになったのだろう。自虐的に笑う顔を誰かに見られなくてよかったと十夜は思った。
 前にも後ろにも行けない足踏みの状態が、いつまで続くのか考えると心が重くなるのを感じていた。

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