ビースト・ブラッド・ベルセルク

あひる300

はじまりの朝

 花月十夜は飛び起きるように目を覚ました。周囲を見渡し、そこが見慣れた自分の部屋だと確認し、安堵の息をこぼす。

 夢の中で貫かれたはずの胸には不思議な胸の高鳴りがまだ残っている。
 当然ながら刺された箇所に刃が刺さっていると言う事はなく、穴が空いている気配も、血が流れた形跡もないが、トクン、トクン、といつもよりも鼓動が早くなっていた。
 あれは夢の中での出来事で、実際に刺された訳ではないと分かってはいたが、本当は貫かれていて体の方が感覚が勘違いをしているのではないと思うほどにリアルな夢だった。
 鏡の前でも見てみたが、そこには冴えない顔をした地味な少年が不思議そうに見返すだけだった。

 部屋に置かれた時計を見ると普段よりも数時間は早い。安物の薄いカーテン越しに見る空は、まだ夜と同じ暗さだった。
 もう一度寝直す気分にもなれず、熱めのシャワーを浴び、壁に立て掛けた練習用の剣を手に取って十夜は部屋を出た。

 向かった先は訓練場と呼ばれる寮内の施設だ。
 普段よりも冷たい空気を鼻から吸うと、埃っぽさが鼻をつく。亡くなった祖父の家に有った道場も、同じような少し埃っぽい匂いをしていたことを思い出した。

 祖父に教わった通りに剣を握り素振りを始める。最初は動きを確かめるようにゆっくりと。振るたびに自分のイメージに沿うように修正をしていく。イメージと動きが合致するまで何度も剣を振り、イメージに通りになるように少しづつ修正する。
 自分のイメージ通りに振れるようになると、徐々に剣を振るう速度を少しづつ上げ、より鋭く、より早く振れるように体を合わせる。
 段々と剣と自分の間にある境界が曖昧になり、自分と剣が一体になったような感覚になる。

 剣道場を営む祖父から教わったのは剣を振る事だけで、他の事は一切教わることはなかった。それでも基礎こそ奥義なりを地で行く祖父に最後の最後まで勝つことはできなかったのは十夜の未熟故だろう。
 そんな祖父が亡くなったのが二年前、十夜が十三歳の頃だった。
 死ぬ前日まで普段通りに剣を振り十夜と打ち合っていたが、朝食の時間になっても起きてこない祖父を起こしに行くと冷たくなった祖父が横になっていた。昔ながらの厳しさを持つ人物であったが、当時に厳しい暖かさを持った人であったと今になって思う。

 祖父が亡くなったあと、身寄りのない十夜と一つ下の妹は親戚だという人達に引き取られた。今まで親戚付き合いをした事が無く、戸惑いしかなかったが、きちんと教育を受ける事ができ、不自由のない暮らしをさせて貰い感謝している。
 しかし、それまで会ったことがない親戚の世話になっている事に、申し訳無さと、ここに居るべきではないと言う異物感を感じていた十夜は、入学できる年齢に至った事もあり魔法学園アマテラスへ行くことを決めた。

 魔法学園アマテラスは日ノ本国が出資運営する魔法使いと呼ばれる人達が通う専門の教育機関である。
 魔法は魔力路と呼ばれる仮想器官を感じられるかどうかで適性が決まり、魔力路の大きさは扱える魔力量の大きさと比例している事が分かっている。
 つまり、魔力路の大きさが一つの才能となっているのだ。勿論、魔法を扱う技量や分野によっても求められる技能が違うため、一概には言い切れないが目安になっているのは確かであった。

 魔法学園アマテラス以外にも民間が運営する魔法教育機関は存在するが、国が運営する魔法学園とは設備や教師陣の厚みに雲泥の差があるのが実情だ。
 十夜は運良く魔力路を感じられるため、学費全額免除と言う特典に惹かれ、負担を掛けたくない十夜は早々に入学を決めてしまった。
 後悔していないとは言えないが、もし同じ選択肢が有ったとしても、十夜は同じ道を選ぶだろうと自覚していた。
 暫く無心で剣を振り続け、剣が重く感じられるようになり、ようやく十夜は素振りを止めた。
 時計を見ると普段起き出す時間よりも少し早い。この時間であれば誰にも見られずに部屋に帰れるだろうと、十夜は訓練所を後にした。


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 十夜は二年Eクラスである。それは同時に落ち零れを意味していた。
 適性でクラスが別れた第一学年とは違い、第二学年では魔法実技と座学の成績が評価されAからEでクラス分けられるため、本当に実力で分けられるのは第二学年からと言える。

 そして、Eクラスは第二学年の中でも最低クラスであり、更にEクラスには一人しか居ないことから第二学年最下位の地位を手に入れた。
 厳密に言えば評価総数がDクラスに入れる基準を満たさない場合にEクラスと判断されるのだが、当人達にはあまり関係がない事だろう。
 例年であればEクラスにもある程度の人数が居るのだが、今年の第二学年は比較的高評価を与えられるだけの逸材が揃っており、Eクラスは十夜一人だけだ。
 それは、十夜の評価が低いだけではなく、第二学年に優秀な生徒が集まった結果と言うべきなのかもしれないが結果的に最下位なのは変えようのない事実だ。

 十夜の場合、座学だけで見ればA評価だが、魔法技能がE評価と最低の評価を頂いている。
 それは、十夜は魔法使いとしても欠陥品な事も影響している。
 魔力を通す為の回路が焼き切れておりほぼ使い物にならない。炎を出すとか、風を起こすと言った事は出来なくて、雀の涙ほどの強化魔法を使うのが精々である。
 全く魔力が通せない訳ではないのでアマテラスの入学試験を通過出来たが、ここに通う生徒よりも圧倒的に性能が低いことは間違いない。
 それでもある程度の事情を知る学園からの温情で、退学せずにで済んではいるが、危ういバランスの上に立っている事は間違いない。

 魔法学園アマテラスでは実力主義を基本方針としており、評価が高ければ高いほど、施設や設備への優先的使用権が得られたり、新しい備品が支給されるなどの優遇されやすくなる。
 実は十夜が入学した目的の中に貴重な文献や記録の閲覧が含まれているのだが、残念ながら十夜が見たいものはAクラスでないと見れない事がわかり、涙を飲んだ事もあったりする。
 教育に関しても最大限のサポートをしており、学園としてもたった一人しか居ないEクラスの生徒の為に教員を割くよりも、Aクラスの教員を増やす方が方針に沿っていると判断しているため、Eクラスには担任教員は存在せず、Eクラスである十夜はDクラスと一緒に授業を受けていた。

「あ…最底辺だ…」
「あいつが居るとこっちの評価も下がるんだよね」
「欠陥品の癖に学校来てんじゃねぇよ」
「なにあの目……気持ち悪い」

 そんな学年最下位の十夜が浮かないはずがなく、Dクラスの教室に入ると同時に浴びせられる侮蔑の声は、十夜にとって最早お馴染みとなってしまい笑うことも出来ない。
 十夜の持つ魔法使いとしての欠陥と、魔法実技と座学による評価制度があるかぎり、十夜の成績は今以上に良くなる事はない。
 その結果どんなに努力を重ねても、どんなに座学の成績が良くても、十夜がEクラス以上に上がる事は事実上不可能となっており、いつでも安心して下に見れる体制が出来上がってしまっていた。

 尤も最底辺であることも一因ではあるだろうが、根本的な原因は十夜の身体的な特徴にあるのかもしれない。
 十夜の左目は血に染まったように赤い。それがまるで呪われた証のように見えて、忌避と差別の対象になっているのだ。

 気配を殺し身を潜めるようにして一番後ろの席に行こうとする十夜を大きな体が遮った。
 生田清志郎。筋肉質の恵まれた体。黙っていれば精悍と表現される顔付きであるが、今は弱者を痛み付ける獰猛な笑みが浮かんでいた。

「よう、欠陥品」
「赤目の欠陥品なのになんでここに居るの?」
「早く退学したら?居ても邪魔なだけなんだし」

 清志郎と背後にいる取り巻きが嫌な目つきで笑い罵るのを、俯いた十夜は黙って聞いているだけだった。
 助けてくれる人も、同情する人も、気軽に話せる友達も居ない。十夜は魔法学園アマテラスでどうしようもなく一人ぼっちだった。



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